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第56話 アンナ視点⑧

「ちょ、アーミアさん、な、なにを……!」

「ご心配には及ばないわぁ。ちょっと覚悟を決めただけよぉ」

「だ、大丈夫ですよ。アーミアさん。メイドはそこまでひどい労働環境ではございませんから……! あ、あくまで私がいた部署は、ですけど……!」


 いや、それ肯定しているつもりなのかしら?


「じゃあ、そう言う事で」


 と私が言うとティナ達は渋々首を縦に振ったのだった。

 アンナ・クルーディアスキーが自身の顔に傷をつける事はあり得ない。皆そう思っているはずだ。だから私はそれを逆手に取った。

 滴り落ちる血を包帯が巻かれている部位の腕で拭おうとすると、ティナが慌ててハンカチを差し出してきた。


「これで拭いてくださいまし」

「いいの?」

「大丈夫です」

「じゃあ、使わせてもらうわね」


 ハンカチで止血した状態で私は昼食を頂いた。ティナがミートボール入りのスープを作ったから食べてほしいと言われたので仕方なくパンと一緒に食べたが、思ったより塩気が効いていて美味しかった。


「ごちそうさま」

「美味しかったですか?」

「ええ、ティナ。思ったより私好みの味付けで美味しかったわよ」


 と、感想を伝えるとティナは自信満面の笑みを浮かべた。

 この子、もしかして私の事を知っているの? だったらまずいのだけど……。いや、それは無いか。


「私、料理は得意でございますの」

「だから笑ったの?」

「ええ、そうですわよ?」


 だからか。あの自信満面の笑みは。私の事を知っているからじゃなくて安心したわ。


「ねえ、アーミアさん。ちょっと質問したい事があるのだけれどよろしいかしら?」

「何?」

「アーミアさんも王宮で働きたいのですか?」


 働きたくはないわよ。だって労働だなんてめんどくさいし。だけどメイドになればメアリー様に出会って傷つける事が出来るじゃない。私は彼女が憎い。だから結局は彼女を傷つけないと、幸せにはなれないのよ。

 でも。ティナには働きたくないだなんて言えないわね。


「うん。お金を稼ぐ為にね」

「そうなのですね。実は私もいつかはメイドとして王宮で働いてみたいなぁ。だなんて思っているのでございます」

「そうなのぅ?」

「ええ、はい。少しでも暮らしがよくなればと思いまして」

「そんなにここの暮らしは切迫してるの?」

「いえ、ご先祖様は貴族でしたから……」


 話を聞く限りティナの家は元は子爵家だったみたいね。だけど大昔に財政破綻で爵位を返上し、それからは平民として生きてきた。とか。

 ティナが生まれた時には既に平民だったという事も聞いた。だからあの言葉遣いなのねえ。


「それにメイドとして働けば、商人などと言ったお金持ちへ嫁ぐ……なんて事もあるみたいだと聞きました」

「へえ、あなたやっぱりお金持ちの男の方が良いのぅ?」

「え、でも……やっぱり、暮らしをよくする為には……」


 真面目な子ね。なぜかはわからないけど、嫌な感じは一切しない。


「そう。お金は大事だからねぇ」


 私はにこりとティナに笑みを返した。

 その後、夕食を軽くベッドの上で取った後、ナナが私の分のお皿を回収しに部屋へと訪れた。


「失礼します。お皿を回収しに来ました」

「ありがと。頂いたわ」

「すみません、スープはお昼の残りで……」

「まあ、私好みの味付けだったし、いいわよ」

「ありがとうございます」


 ナナは私からお皿を回収していくと、ドアの前でピタリと止まった。


「メイドとして、頑張って行きましょうね」

「は、はい……」


 ナナの言葉が少しだけ、不気味な感じがしたのは気のせいだろう。

 それから時間はあっという間に過ぎ、私は王宮に向けて出立していった。服の中には途中、刃物屋で購入したナイフを隠している。護衛の人には護身用だと言ったが、本来の使用用途は……メアリー様を刺すもの。

 やっぱり私は……あなたを不幸にしてこそ。だと思うの。

 レアード様がウィルソン様と違って私に靡くとは思えなかったから、仕方ないわよね。


「吹雪がすごいな。予定よりも遅くなるかもしれない」

「いいわよ」

「すまないな」


 30代くらいの御者からそう、声をかけられた。こんな吹雪なら仕方ないか。


「付いたぞ」


 ようやく到着したかと思えば、猛烈な吹雪が王宮の堅牢な建物に襲いかかっているのが見えた。馬車から降りるのは嫌だけど、仕方がない。


「よいしょ……」


 馬車から降りた後は小走りで王宮内に入り、メイド達が待機している待機場所へと向かった。

 それにしても、王宮内の雰囲気は変わらない。癪に障るくらいだわ。

 待機場所に到着すると、部屋の中ではメイド達が世間話をしていたり、簡素なソファの上で足を伸ばしたりしてくつろいでいるのが見える。


「あなたがアーミアね」

「はい、アーミアと申します」


 いきなり目の前にデカい図体をしたおばさんのメイドが現れた。縦にも横にもデカいし、髪は白髪混じりでやや禿げかかっている。しかもこれでもかってくらいなしかめっ面だ。

 いわゆるお局ってやつかしら? いけ好かないババアね。


「あなたの仕事を紹介します。着替えたらついてきなさい」


 ババアが私にメイド用の服を雑に手渡して来た。しかもしかめっ面で。私はそれに手早く着替える。ナイフはホルダーに入れてあったのでバレなかった。


「ついてきなさい」

「はい」


 早歩きで移動するババア。本当にムカついてきたわ!

 足音もドスドスと響いているし、汚らしい。


「あ」


 ああ、せっかくだ。メアリー様を刺す予行演習。してみようかしら。

 でも、私の中にある良心が、それを阻んでいる。良心と悪がせめぎ合っていた中、私は階段を登っていた時だった。


「ぎゃっ」


 ババアが階段から足を踏み外し、落ちてくる。私は既の処で避けたが、ババアはそのまま床に叩きつけられるようにして落ちてしまう。


「ひっ」


 ババアの頭から血が流れ、血の池を形成していく。私は気がつけばその場から逃げ出していた。

 そして……メアリー様を探す。そうだ。メアリー様がいないと……!


「っ!」


 躓いて転んでしまった。大理石で出来た床はものすごく冷たくて氷のよう。


「いたた……」


 痛みと冷たさを同時に味わうと、痺れるくらいに痛い。

 なんとか立ち上がって歩き出すと、前の方から何やら王太子殿下……! という声が聞こえた。

 あ、良い事思いついたわ。メアリー様を直接傷つけるよりも、レアード様を傷つけた方がよりメアリー様が不幸になるんじゃないかしら?

 そうじゃない。メアリー様を直接傷つけるよりもこっちの方が効果的だわ!


「どこかしら……」


 前の方へと歩きながら、ホルダーにしまっていたナイフを取り出し、ナイフを持った手を背中に回す。


「きた」


 レアード様がかつかつと侍従らを引き連れて歩いてきた。


「はっ……!」


 私は思いっきり飛び出し、ナイフをレアード様の腹部めがけて突き刺した。良心はいつの間にか消えていた。


「ぐっ……!」


 レアード様の鈍い声が耳元に落ちてきた。

 ざまぁみろ。あんな女なんかを溺愛するからだ。

 

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