第50話 王妃様の死
もしかしたらホットミルクが好きなのは遺伝なのかもしれない。
「よし、頑張らないと……」
小さな声で自分に気合を入れて、仕事に注力するのだった。
それから3日後の深夜の事。就寝中の私の元へメイドが現れる。
「王太子妃様、国王陛下よりお呼びでございます……! 王妃様のお部屋へ向かうようにとのご命令です!」
「わかりました……!」
ベッドから急いで起き上がる。でも今の私は寝間着姿だ。こういう時って着替えた方が良いのだろうか?
いや、そんな時間はない。なので昨日洗濯したばかりのカーディガンを上から羽織って、手で髪を梳きながらメイドの案内を受けながら王妃様の元へと向かう。
「お待たせしました……!」
王妃様のお部屋は私が使っている自室よりもさらに広い。そんな広い部屋の一角にある大きな黄金で彩られた天蓋付きベッドに王妃様は横たわっていた。
もう目を閉じてしまっていて、再び瞼が開かれるような気配は今の所感じられない。
「よく来たな、メアリー」
「国王陛下……ただいま参りました……」
「見ての通り、我が妻はもうじき……旅立つだろう」
「王妃様……」
寝間着姿の国王陛下が悲しそうな目で、王妃様を見つめていた。
「父上……!」
レアード様も部屋へと入って来る。その後も王家の者達や王妃様のご実家の関係者達が続々と入室してきた。
大勢の人数が部屋の中にいるのに、部屋が広いからか狭さはあまり感じられない。
「……」
王妃様は眠ったまま。医者が彼女の首元に手を当てて脈を測ったりなどした後、首を大きく縦に振る。そして部屋の中にある古びた大きな時計を見た。
「1時34分をもちまして、王妃様の死を宣告いたします……」
医者による、静かで重苦しい死亡宣告が部屋中に響き渡った。
次の日の朝。王妃様の死が大々的に報道され、遺体はメイドや薬師の女性達が専用の処置をした後、私達が結婚式を挙げたあの教会へと移送された。彼女の遺体が入った棺はガラスで出来たもので、ドレス姿の王妃様の周囲には彼女が生前好んでいたと言うバラなどの複数の種類の花束が隙間を尽くすように入れられている。
「メアリー、眠くは無いか?」
「いえ、大丈夫です。レアード様は大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。心配するな」
葬式は1週間後。それまでは王家の男子達が兵装して、交代で王妃様の棺の前で見張りをしたり最後のお別れをしたりする儀式がある。
レアード様はこれからその儀式に向かう直前である。結婚式の時と同じ軍服に身を包みレイピアを腰に装備している状態だ。
「いってらっしゃいませ」
「ああ、いってくるよ」
玄関先で彼を見送った後は、女官としての業務に戻る。
「葬式の準備を進めていかなくちゃ……」
各国の王家や貴族などへ案内状を用意したり、彼らの宿泊先を用意したりする必要がある。詳しい仕事内容はこれから女官長による説明を受ける所だが、考えただけでも忙しくて寝たり食事ができる暇はあるのか? と考えてしまう。でも王妃様が亡くなった直後に、自分の睡眠時間や食事を気にするのは不敬じゃないか? と考える自分もいるにはいる。だって私、仕事とはいえ王太子妃だから。
「頑張れ、自分……!」
女官長からの説明を受けた私は、案内状を他の女官と共に作成する。
一応文章自体は木版に彫ってそれにインクをつけて印字するだけで、いちいち女官が書く必要はない。こういう時のテンプレート的な木版もあるので最初から文章を考える必要も無いのだが、宛先だけはこちらが書く必要がある為やっぱり大変なのには変わりはない。
「よっこらせっと」
まずは木版を書斎の近くにある倉庫と化した部屋の中から取り出した。部屋は埃だらけで息を吸うだけでも大変だ。くしゃみが出てしまいそうになる。
インクや紙などは別の女官が用意してくれている。あとは印字して宛先を書くだけ。
「こちら、宛先リストです……!」
とある女官と侍従が宛先リストを腕の中に抱えてぱたぱたと持ってきてくれた。そこの宛先には諸国の王家や貴族など要人の名前など個人情報が明記されている。
侍従が一緒に付いてきたのはこのリストがいかに大事なものであるという事を示していると言えるだろう。
「ありがとうございます……!」
「このリストが悪用されないか、見張らせていただきます」
侍従が硬い目つきと眉のまま、そう私達に告げる。ですよねーー。と心の中でつぶやきながら、私は印字された案内状に宛先をペンでさらさらと書いていった。
しかしながら、段々と腕が痛くなってくる……。
「メアリー様。王太子殿下がお戻りになられました。後は私達がやっておきますので、どうぞ王太子妃としてのお仕事を……」
「えっ……もうそんな時間でしたか?!」
「そうでございます。気が付かなかったのも無理はないでしょう。女官の皆さん! 適宜休憩に入って身体を休めてください!」
女官長のはからいにより、私は王宮へと戻ったレアード様をお迎えすべく、玄関へと飛んでいくように小走りで移動した。
「きた」
レアード様が来た。王太子妃らしくうやうやしい態度で彼を出迎える。少しだけ緊張感の残った顔つきをしていた彼だったが、私を見るとすぐにほっとしたのか、緊張感が解かれていった。
「ただいま、メアリー」
「おかえりなさいませ、レアード様。お務めご苦労様でした」
「ああ、ありがとう……」
彼を出迎えた後はそのまま食堂でランチを取った。レアード様を見ると、やっぱり疲れがあるように見える。
「レアード様、ご体調はいかがですか?」
「メアリー……」
「少々疲れがあるようにお見受けしますが。確かにこの状況下では疲れているとは言いにくいのも重々承知しております」
「ははっやっぱりメアリーには嘘はつけないか。すまないが疲れもさる事ながら、まだ母上が亡くなった実感があまり湧いて来なくてな」
「そうですか……」
「思い出を思い出すと、色々と感情が湧いて出て来るな……」
レアード様はそうつぶやきながら、天井を寂しそうに見上げたのだった。
彼のこのような寂しそうな表情を見るのは、初めてかもしれない。
「レアード様。私が付いております」
「メアリー……?」
私は席を立つと、彼を後ろからぎゅっと優しく抱きしめた。




