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極光の遥か  作者: 砂原翠
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代わりの愛

「分からんところが分からん!」

 机に向かいながら堂々と宣言すれば、背後から厳しい声が飛んでくる。

「じゃあ、どこまでなら分かってるか言え」

 俺は椅子の背に腕を掛け、大きく上体を捻ってベッドの上のユリウスを見た。

「評議会っていうのが王より強いことは分かった」

「何だそれは。間違いではないが……」

 溜息を吐き、ユリウスは手招きをする。俺は教本を抱えベッドに腰掛ける。教本を手繰り寄せ、病弱な指先が文字を辿る。

「新しい法を定めるには、国王または議員が評議会に草案を提出し、そこで過半数の承認を得なければならない」

「それを言おうとしたんだよ」

「馬鹿を言え」

 俺がニッと笑えば、つられてユリウスも微笑んだ。そして、彼は静かに切り出す。

「お前、身分制度を廃したいと言ったな」

「ああ。誰もが王より偉い世の中にしたい」

 ユリウスの影を帯びた銀の双眸が、俺の瞳に縫い留められる。

「レオ。私も王に権力が集中しているのは危険だと考えていた。だから、貴族の議会である評議会に権力を持たせた。だが、王権を弱めたから、変革を起こすには評議会を納得させる必要があるぞ」

「構わねえよ。どうせ強引に変えたって禍根を残すだけだろ。で?」

 俺は挑むようにユリウスを見つめ返す。

「何か考えがあるんだろ」

 ふっとユリウスは眼光を緩めた。

「人任せな奴め。まあ良い。私は、──ロイヴァス王国に憲法を策定しようと考えている」

「憲法? 何だそれ」

 教本をそっと閉じ、ユリウスは笑う。

「憲法は、最高位の法律だ。今までロイヴァスには明文化された憲法はなかった。そこに、国民主権と法の下の平等を盛り込む」

「つまり?」

「王政と身分制度の廃止だ」

 思わず俺は腹の底から笑い、ベッドからずり落ちた。こいつは──ユリウスはとんでもない奴だ。王政の頂点に立っているくせに、その土台をひっくり返そうとしている。笑い過ぎて、涙が出る。

 涙を拭いながらベッドに顎を乗せ、俺は問う。

「なあ、あんたは何で俺に協力してくれるんだ?」

「私は、じき死ぬ」

 淡々とした声だった。無表情になった俺に、ユリウスは微笑む。

「お前と出会ってから、私は楽しい。こんなに楽しいのは初めてだ」

「……よくそんな恥ずかしいことが言えるな」

「本当のことだ。恥ずかしいことなんかない。……この世には、私のまだ知らない楽しいことがたくさんあるんだろうな」

 痩せた手のひらで、ユリウスは顔を覆った。落ちた影が、顔色の悪さを際立たせる。

「死にたくないよ。この世の全てを楽しんでからでないと、死にきれない」

「不死になりたいなんて、強欲だな」

「強欲だよ。私は死にたくないし、私の国民の誰一人として死なせたくない。──この世界を、そして国民を愛しているからな」

 顔を覆った手を外すと、ユリウスは迷子の子どものように視線を彷徨わせる。

「叶わぬ願いだ。だが、私の民からはできる限り死を遠ざけたい。様々な苦悩を取り除いてやりたい。幸福な人生を保証したい」

 ロイヴァス王国は、決して豊かな国ではない。

 寒冷な気候で十分な量の農作物は育たず、貧苦に喘ぐ者は劣悪な環境で生活する。病を得ても医者にも掛かれず、路傍で死んでいく者も多い。

「良き政とは、一つ一つの声をできるだけたくさん拾い上げることだと思う。民の一人一人に愛をもって向き合わねば、小さな声は聞こえない」

 顔を覆っていたその手を、ユリウスは俺の方に伸ばす。震える手が見ていられなくて、俺はその手を握り、力を込めた。

 王は言う。

「お前は民の微かな声を、私の耳元で叫んでくれる。民の愛し方を教えてくれる。だから、嬉しい」

 握った手が、強く握り返される。

「レオ。お前はこれから、公の場で私として振舞う。私の代わりに、等しく民を愛してくれ。愛を捧げ、民に尽くしてくれ」

 必死な視線に耐えきれず、俺は目を背ける。

「愛なんて、よく分かんねーよ」

「初めは分からなくてもいい。真摯に民に向き合っていれば、それでいいんだ」

 顔を逸らしても、真っ直ぐな声が縋ってくる。

「──分かったから。努力する」

「ありがとう」

 見なくても分かる。影のない、澄んだ笑顔。手のひらから伝わる、頼りないけれど裏切ることの許されない熱。この熱に、応えることができるだろうか。

 汗ばんでいく自分の手に心を急き立てられながら、俺は祈るように塵一つない床を見つめた。

拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

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