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極光の遥か  作者: 砂原翠
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余命

 審議が終了した。採決の結果、全議席のうち三分の二を超える議員が憲法制定について賛成を示し、可決の要件である過半数を満たした。議場に、議長の高らかな声が響き渡る。

「ロイヴァス王国憲法の制定を裁可し、ここにこれを公布する」

 それからのことはあまり記憶にない。歓喜に沸いた議場でもみくちゃにされ、評議会が閉会すると大臣たちと退位の手続きについて打ち合わせ、ユリウスの寝室に辿り着いて一番に俺は呆然と言った。

「夢みたいだ」

 椅子に腰掛けたユリウスがゆったりと微笑む。

「夢じゃない。やったな、レオ」

 穏やかな声が全身に染み入って、胸の奥に優しい熱が灯る。俺はユリウスの元に歩み寄り、その痩躯を抱き締めた。

「やったんだな、俺たち」

 ユリウスは頷き、「間に合ってよかった」と呟いた。

 何が?

 思考を巡らせ、考えたくない可能性に行き着いてしまう。 

 ──寿命。

「何言ってんだよ、新しい薬で調子がよくなってきたんじゃないのか」

 冗談めかして尋ねたつもりだったのに、無様に言葉が震える。

「もう薬ではどうにもできなくなったから、治療を止めて痛み止めに変えてもらったんだ」

 静かに告げられ、俺はユリウスから体を離した。

 どうして。

「どうしてそんなに病状が悪くなっているって教えてくれなかったんだ」

 寂しげに微笑むユリウスに、言うべきでないことを口走ってしまったと思い至る。

 一番苦しんでいるのはユリウスのはずだ。

 けれど、いつも一人で抱え込んでしまうのも彼なのだ。

 責めることで彼にこれ以上負担を掛けたくない。彼の荷物を一緒に背負わせて欲しい。願いは相互に絡み合って、身動きを取りづらくする。

 ユリウスが俺の手を取った。冷たく、乾いた手の平だった。

「ひと月。医者からはひと月保つかどうかだと聞いている」

 唇を噛む。鋭利な衝撃に強張った手を、ユリウスは優しく開いた。

「紙一重で間に合ってよかった。レオのおかげで憂いが晴れた」

 ユリウスの視線が窓の外に投げられる。柔らかな午後の日差しがガラスを白く光らせていた。

「評議会の決定を聞きつけ、城外には民衆が集まっているのだろう。私の代わりに会ってきてはくれないだろうか」

 もうすぐ、ユリウスは王を降りる。王として民に向き合う最後の機会だ。

 ──私の代わりに、等しく民を愛してくれ。

 ユリウスと交わした約束。王として過ごしてきた彼の人生に思いを馳せ、俺はしっかり頷いた。

「分かった。任せてくれ」

 シルヴァと共に城門へ向かうと、そこは押し寄せた民衆でごった返していた。門番が押し留める群衆の中から、聞き覚えのある快活な声がした。

「陛下!」

「ラッセ」

 俺が応えると、門番の制止をかいくぐってラッセが駆けてくる。鋭利な表情に、抑えきれない喜びに溢れていた。しなやかな腕に強く抱き寄せられる。

「今日は僕の人生の中で一番嬉しい日だ」

「俺もだ」

 長い抱擁を解くと、ラッセはぐっと俺の背を押した。

「どうか今日の記念に、皆へ陛下の言葉を」

 一歩前に歩み出ると、辺りはしんと静まり返った。

「ユリウス・ロイヴァス五世だ」

 口にすると、心臓を締め上げられるような心地がした。

 怖い。

 俺の言葉は、王の言葉として響く。ユリウスの言葉になる。重圧に喉が竦む。

 深呼吸をして、恐怖を飼い慣らす。怯えることなどない。どうせ、俺が言いたいことなんて、最初から一つしかないんだ。

「本日、ロイヴァスに憲法が制定された。この日をもっと早く迎えられなかったことを申し訳なく思う。憲法が施行されると、国民は全て自由で平等となり、国の主権を有することとなる。つまり、誰もがこの国の王よりも偉くなるということだ」

 群衆を見回す。数多の目が俺を射抜く。向き合う命の重さに耐えられるだけの言葉を発することができるのか。きつく拳を握る。

「俺は不条理が嫌いだ。不平等が、差別が、貧困が、暴力が嫌いだ。憲法が制定され、国は今まで以上にこれらの不条理を解消するために邁進していく。だが、これからは誰もが主権者だ。よりよい国で、よりよい人生を生きるために、力を貸して欲しい。一緒に戦って欲しい」

 空が高く晴れている。ユリウスは、真摯に民に向き合っていれば、愛するということが分かると言った。

 俺にとっての愛は、分かり合いたいと手を伸ばし続けることだ。届くかは分からない。届いたとしても、分かり合うことなどできないかもしれない。それでも、声を張り上げる。

 届いてくれ、晴天の果てまで。

「誰もが王よりも偉いということに誇りを持って生きて欲しい。不条理にぶつかったとき、自分の人生を諦める前にこの国を変える選択肢を持って欲しい。どんなに厳しくとも、不条理の先の幸福に手を伸ばし続けて欲しい。頼む」

 深く頭を下げた。

 静寂。すると傍らから、拍手の音が聞こえた。

 顔を上げるとラッセが手を叩いている。拍手は伝播し、次第に大きくなる。誰かが歓声を上げた。声の渦が俺を飲み込んでいく。

「陛下!」

 誰かが叫び、俺に走り寄ってくる。門番の制止は最早意味をなさなくなっていた。雪崩のように民がこちらへ駆け出す。

 数多の声と、手と、体が俺という存在に衝突する。生命が打ちつけ合って、火花が散る。

 きっと、何かが届いたのだ。俺と彼等の中で、何かが繋がった。

 安堵に気を緩めた刹那、鋭い痛みが腹部を貫いた。

拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

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