早速貴族のお勤めの時間です。
翌朝、食堂でテーブルに突っ伏して寝ていたところをメイドの一人に起こされた。
寝ぼけ眼で「あぁ、おはよう」と言うと
何やらお城から使者が来ているとのことだ。
変な格好で寝ていたせいか背中が痛い。
そんな感じなんで不貞腐れた顔で玄関に歩いていく。
とそこには執事が立って俺を待っていた。
開け放たれた玄関扉の向こうには身綺麗な男…いや、これは少年かな? が所在なしに立っていた。
「ご苦労様」
と言って少年の前に進み出ると少年は持っていた巻物を開き
「クルト・ドライフェルト男爵。王命である。すぐに登城せよ」と大きめの声で書いてある文を読み上げた。
何事かと使者に聞いたところ
〝内容は聞いていない〟
とのことだった。
仕方がないので急いで着替え、用意された馬車に乗り込む。
使者さん(少年)と相対して座っているが、呼び出された理由など何も知らないとのことなので話が弾まない。
せいぜい聞けたのは、少年の年が13歳だと言うことくらいで行儀見習いでお城に奉公している商会の三男坊らしい。
そうこうしているうちに、約15分くらい?で城の門に着いた。
使者さんが入城の手続きをしそのまま一緒に目的地へと急いだ。
お城は広い。
使者さん、小走りで進むもんだから途中からどんどん息が荒くなってきて、目的の部屋の前に着いた時には肩でゼーゼーと息をする状態にまでなっていた。
で、扉の前にいる警備の兵隊さんに何か告げようとするんだけど全然声が出ない。
しょうがないんで
「すみません。ドライフェルト男爵です。お召しにより参上いたしました」
と俺が伝えた。
警備兵さん、うんと大きくうなづいて扉を開けてくれた。
「ありがとうございます」
と言って俺は扉の中へと進んだ。
中は豪華な装飾が施された広めの会議室ぽかった。
50坪ほどの広さの部屋の真ん中にでっかい円卓があり、一番奥に王様が座っていた。
王様は俺に気づくと
「ヨォ」
と言って右手を上げかけた途端、眉間に深い皺が寄る。
そしてそのままチョイチョイと俺を手招きする。
俺は中腰になってサササと王様の下へと小走りで向かい王の横で片膝を付いた。
着くなり王は
「これも魔法か?」
と言って俺の腕を掴みフニフニと揉み出した。
「はい。〝回復〟の魔法を行使いたしました」
「はぁー…」
王は呆けた声を上げながら俺の腕を揉んでいる。
「顔色も格段に良くなったよね」
と後ろから声をかけてきたのは多分第三王子だろう。
彼もまた俺の肩やら背中やらを触っている。
「大したもんだわ」
と言って王様は言い
「後で話がある」と告げられた。
俺は深々と頭を下げそのまま立ち上がり後ろにいるであろう第三王子を意識しながら下がった。
振り向くとやはり第三王子だった。
彼は最初に会った時と同じように、やっぱり俺を見てニッコリと笑っている。
俺が愛想笑いを浮かべると第三王子は笑うのをやめてそっと顔を近づけてきた。
「昨日の今日で申し訳ないんだけど緊急事態でね。とりあえずこっち側の一番端っこに座ってて」
王子はそうボソボソで俺の耳元で囁き本当に済まなそうに苦笑いを浮かべる。
「わかりました」
俺は彼の言葉に素直に従い一番端っこの席に着く。
すると一人二人と人が入ってくる。
ただ、入ってくる全ての人が俺を見た。
皆一様に怪訝な表情を浮かべ席に着く。
その後はチラチラと俺を見る者。
俺を見ながら隣同士で囁き合う者。
全く気にせずどっしりと座っている者など様々だ。
ただ、俺の隣に座った大柄で髭面のおっさんは
「貴様、誰だ」
と直接聞いてきた。
…おっと、やっと直に聞いてくる人がいたよ。
俺は隣のおっさんに身体を向けた。
チラリと周りの様子を窺うと、皆耳をそば立てて俺の答えを待っているようだ。
「私、一昨日付で王国貴族の仲間入りをいたしましたクルツ・ドライフェルト男爵と申します。以後お見知り置きを」
「ほう、貴様があの…」
おっさんはそう言って俺をジロジロと見ている。
うーん…おっさんに凝視されても嬉しくないんだけど…
あんた誰?って言いそうになったんで
「申し訳ございませんが、貴方様のお名前を」
「おぅ!悪いな。ワシはゲオルク・フォン・シュナイダー辺境伯だ。よろしくの」
とシュナイダー伯が言ったところで最後の席が埋まる。
王のすぐ横の席だ。
多分こいつが第一王子だろう。
…
見るからに神経質そうな顔つきだわ。
身体はしっかりと筋肉が付きなかなかのモンだと思う。
ただ、みんながみんな、俺のことを気にしているのに彼は俺の方を見ることはない。
逆に気にしてこっちを見ないようにしているようだな。
なんだろ…あっち側の人たちの視線からは嫌な感じしか伝わってこないのだが…
そうか!
あっち側の人たちがいわゆる〝第一王子派〟と言われる人たちってことだな。
嫌な感じだわ…
…
でもね。
彼らの視線よりもっと嫌ーな感じがする視線があるんだわ。
それが俺の右隣の席から感じる視線。
鈍い俺でも感じるほどの〝見てますよオーラ〟!
マンガなんかで視線が矢印になってグサッと刺さる感じ?それがこれかと思うほどの気配。
……
耐えきれずチラリと横に視線をずらして盗み見てみると、そこにはしわくちゃなお婆さんが一人座って俺を凝視しているだけだった。
当然視線が合う。
それでも婆さんはそのまま俺を凝視し続けている。
…怖いわ…
「あのぉ……何か…?」
意を決して聞いてみた。
「……」
反応がない。
…怖いって…
もう一回何か喋ろうとした瞬間
「お主、かなりの魔素量じゃの」
と言われニヤリとされた。
…笑顔でも怖い…
「そうですね。鍛えましたから」
と答えた。
「どうじゃ、王室魔法研究局に入らぬか?」
と言われたので
「いえ、そういう勧誘は全てお断りしております」
と即答した。
婆さん、俺の答えを聞いて目を丸くしている。
驚いたようだ。ちょっと可愛い。いや嘘だ。
瞬時にあからさまに嫌悪感満載の表情に変わったわ。
だってねぇ、その研究局がどういうものかすら知らないのに〝はい〟だなんて言えませんって。
「ババ様、会議を始めたいんでもう良いかな」
テーブルの向こう側から王がそう言って婆さんの了解を取ろうとしている。
…てことは、この婆さんは結構な権力を持っているってことだな。
…気をつけよう…いやもう遅いかな?
短めの会議が終わり、俺は王様に呼びつけられて一緒に別室へと移動中だ。
会議の内容は簡単だが深刻な問題だった。
隣国のクラウバー・ジップル王国が我が国との国境の一部地域に、密かに兵を集めているという内容だった。
我がエーレシュタート王国は必ずしも他国との仲がいい訳ではないが、侵攻されるほど魅力に溢れた土地という訳でもない。
海もなく山もない。
主な産業といえば『農業』だが、それも特にいい品質のものが獲れているわけでもない。
したがって、北のリーフェンシュタール帝国のように『領土拡大』を声高に叫ぶ国家以外はここの土地にはあまり魅力を感じることはないはずだ。
…というのがここの国の上層部の一致した考え方のようだ。
したがってクラウバー・ジップル王国が国境辺りで何かを起こそうとしている理由がわからないのだ。
国境警備兵や斥候の話でもバラバラと少人数ずつが多方面から集まっているようだが国境を越えて攻め入るほどの軍の規模ではないという。
なので『威力偵察』という形で第三王子が1個中隊ほどを率いて様子を見に行くということになった。
…ただ、第一王子が「俺が行く!」と言って多少揉めはしたが…
「おう、入れ」
王の私室に着いたようだ。
「お邪魔します」
俺は一礼して扉を潜る。
王は自分の椅子にドカリと座る。
と、間髪入れずに王の席の後ろの扉が開き執事らしき男がお盆に乗せたティーカップを配膳する。
「そこに」
王はカップがテーブルに置かれるくらいのタイミングで右手を差し出し、目の前の椅子を指さす。
「失礼します」
俺はなんとなく居辛さを感じつつも椅子に腰掛ける。
とすぐに俺に前にもティーカップが置かれる。
おぉっ、カップが皿に乗ってるし高級そうなお花とかの絵が綺麗だわ。
王はカップを皿ごと持ち上げ、カップを口に運び一口含むと小さくため息を吐く。
そのままカップをテーブルの上の戻し俺の顔を見つめた。
さっきの婆さんといい、この国の偉い人って顔をじっと見るのが普通なんだろうか…
「お前、シワもシミもねーな。魔法のおかげとはわかっちゃいるが…誰でもいけるのか?」
といきなり聞いてくる。
「うーん…どうなんでしょう? 地下牢の時はもうシワシワのガリガリでしたけど、回復魔法を発動させたのでこれが私の本来の姿なんでしょうね」
俺の言葉を聞くと、王はニヤリと顔を歪める。
「にしたって変わり過ぎだ」
「と言われましても…」
王は戯けた顔をし
「10年だっけ? 地下牢生活は」
と聞いてきた。
…実際は数分だったんだけど、この間の話では「10年」ということにしていたはずだ。
「はい」
俺は極力真剣そうな表情をしながらうなづいた。
「いやな。あのガッリガリのお前を見てたから、しばらくは休んでって思ってたんだが…」
あれ? 身体、復活させちゃったの、失敗?
「完全に普通じゃん、お前」
あ、これは…何か頼まれる流れだな。
なんだ? お偉いさんの治癒か? それとも
「で、ワルターについてってフォローしてくれ」
そっち?
「え? 従軍ですか?」
「ま、端的に言やぁそういうこった」
「俺、軍事行動なんてしたことないですけど?」
王は俺の言葉を聞き、のけぞって笑った。
「あっはははは! 俺もお前に戦うことなんか期待してねぇって!」
「じゃあ…負傷者の治癒とか?」
そう言われた王の眉間に深くシワが刻まれる。
「うーーん… その可能性は… 否定できんかぁ…」
そして腕を組んで俯いてしまった。
「…お前の存在がバレる…な」
これは、王の答えを待つしかないか。
しばらく考え込んだ王は徐に顔を上げた。
「可能性としては、かなり低いんだわ。交戦は」
「ではなんでお隣さんは兵隊を国境沿いに集めたりしてんでしょうか?」
「いやいや、それがはっきりしねぇからの〝威力偵察〟ってことだ」
「一個中隊で対応可能だと判断した理由は?」
王が俺の目をジッと見つめてきた
「…足りねぇってか?」
「いやいや、相手の規模も分からないし、ここは多めにしといた方がいいかな?って」
「いや逆に大勢で行ってみ。あっちの方がこっちを疑うじゃねぇか。攻めてくんじゃねーのって」
まぁ、そう言われればそうだな。
「でもやっぱり…一個中隊では心許ないっていうか…あ、でも不測の事態に対してなら少人数の方が逃げやすいってことですかね?」
王様、なんか冷めた眼差しで俺を見てくる。
「改めて、オメェ、何もんだ?」
「あー… 結構使える白魔導師です、よ? 魔素量も多いですし…それに師匠のおかげで自分の身は自分で守れるくらいの武力は備えていますね」
王がドスンと椅子の背もたれに身を預けた。
「…戦えるのか…」
「当然です! 師匠曰く『白魔導師は格好の敵の的だ! だったら狙われても跳ね返すほどの武力を身に付けんと戦場では生き残れない!』です」
俺は胸を張って言い切る。
「…なんか…昔…どこかで聞いたことがあるような…」
王様、俺の師匠の言葉を聞いて何故か考え込んでしまった。
「ま、それはいいか!」
王はそう言うとガバッと身を乗り出し
「結局はワルターの〝拍付〟に貴族の一人でも随行させたいっていう親心なんだわ」
と言って憮然とした表情を作っている。
…まぁ真意はまた違うんだろうけど、ここは乗っておこう。
「私、最下位の男爵ですけど?」
「それでも貴族だろ?」
王はニヤリと笑う。
俺は大袈裟にため息を吐き
「まぁ…確かに貴族、ではありますね」
「だろう」
王が満足そうに背もたれに踏ん反り帰る。
「でしたらもっと暇そうな伯爵とかの方がいいんじゃないですかぁ」
「お前が一番暇そうなんだよ」
「あはははは」
乾いた笑いが出た。
「まぁそれはそれとしてだ。不測の事態が起きた場合の保険だな、お前は」
「保険、ですか…」
「そう。もし、戦闘になってワルターが負傷した場合の保険」
「はいはい、治療ですね」
「もし、相手が国境を越えてきた場合、お前が殿になってワルターを逃すための保険」
「…はい? 殿ですか?」
「…自分を守れるくらいの武力はあるんだろ? それに貴族は国のために命を投げ出すのも仕事だし、ワルターを守る武力となってくれ」
「ワルターさんに対してちょっと過保護すぎません?」
王は口を歪めて呟く。
「自分の子は等しく可愛いもんだ」
「あれ? てっきり第一王子贔屓かと」
「第一も第三もねぇよ。息子は息子だ。みんな俺の子だ。死んでもいいなんて思えるか」
王は深く椅子に沈む混むようの目を閉じた。
「ルドルフが死んだ時、思ったんだわ。なんで兄弟なのに仲良くできねぇんだって…」
「やっぱりみんな〝王様〟になりたいんじゃないですかね」
王がカッと目を見開き
「んないいもんじゃねぇよ! 王なんて!」
と言って身体を起こし俺を凝視した。
「まぁ、人の上に立つにはそれなりの苦労が伴うとは思いますが、王様となると…想像できませんね」
王はニヤニヤと笑いながら
「お前もすぐにわかってくるぜ。貴族ともなればそれなりに家のために人が必要になるからな」
と言ってきた。
俺は嫌な顔をしながら
「昨日、もう経験しましたよ、それ」
と返した。
「あーっはっはぁ! 面倒だろ? いろいろ」
王様、ツボに入ったのかゲラゲラ笑ってる。
「なので屋敷にいた霊たちにお願いして引き続き働いてもらってます」
王のゲラゲラがピタリと止まる。
「……れ、い? 屋敷の? え?」
ふふっ 驚いてる驚いてる。
と誰かがこのタイミングで扉を叩いた。
「失礼します。王様、まもなくワルター様ご一行の出発時間となります。お見送りの式のご準備、よろしくお願いいたします」
扉を開け、あの宰相が入ってくるなりそう言って深々と頭を下げる。
「王様、時間のようですので私も準備をいたします」
俺はそう言って頭を下げるとササっと王の前から退いた。
チラッと見たけど王様、なんか固まったままだった。
…さて、第三王子に着いて行かないといけないんだけど急すぎる。
屋敷の執事たちに何日か家を空ける旨、知らせてあげないと…
そう考えがら廊下を歩いていると横から声をかけられた。
「あ、変態魔導師」
いやいやいや! 変態なのでしょうがないけどお城の中で言わなくても!!
…あれ? なんでメアさんが勝手にウロウロできるの?
しかも例の黒装束で? 怪しさモリモリなんですけど!
…もしかして彼女もお貴族様?
おっと、顔見知りに会えたのは逆に嬉しい!
外部との連絡方法とか聞いちゃおう。
「どうも。メアさん二日ぶりです」
メアさん、ちょっとだけ見える眉間にシワが寄る。
「…つまらない反応…」
え? 何? わざと変態呼ばわりして俺の反応を楽しんでんの?
…怖っ!
まぁいい。
「ちょっとお尋ねしたいのですが、私もワルター様の威力偵察に同行することになったのですが屋敷の者たちにその旨どう伝えようかと悩んでおります」
「キモい。普通に話せばいい」
「今からもう出発でしょ? 俺の屋敷に言伝を頼みたいんだけど誰か動いてくれる人、紹介してくれない?」
メアさん、ニコリと笑い
「ウチの仲間はそういうことが専門。移動中でも私に言ってくれれば格安で引き受ける」
「お金、取るんだ」
「当たり前! この世は金次第!」
「…世知辛い」




