普通に〝生きてる〟使用人が欲しい。
執事の長い長いお話しを聞いているうちに夜が明けてしまったので、勧められるまま母屋の食堂で朝食をいただいている。
相変わらず硬ーいパンと何が入っているのか聞けない感じのスープ。
……
「あっ」
そこで俺は重要なことに気づいてしまった!
「何事でしょう?」
俺のちょっと大きめの呟きを聞きつけた執事がそう尋ねてくる。
「これから俺、ここで生活をしていくわけだけど、食事の用意は君たちがしてくれるんだよね?」
ナプキンで口元を拭いながらそう尋ねる。
聞かれた執事は答える。
「ええ、料理が出来るものがおりますので」
あぁ、そういえば霊体となったのは執事とメイド長とメイド3名だけだって言ってたっけ。
…ってことは、メイドの誰かが作ってるってこと? だよね。
「食材ってまだたくさんあるの?」
尋ねられた執事は、ちょっとだけ思いを巡らせてから
「……いえ、普通に食べられるものはもうあと僅かです」
と答えた。
「補充は?」
「……」
答えが返ってこないので振り返って後ろの執事を見た。
彼は顎に手をやり頭を傾けたまま固まっていた。
「やっぱり…」
そう、俺は気づいてしまったのだ。
彼ら霊体は、外に行くことができないのだ。
よしんば行けたとしても、誰が幽霊にものを売ってくれるっていうんだ?
「これは、普通のメイドとかの雑用係を雇わないとならないな」
俺はそう呟き
「で? そういう人を雇うのってどうやるの?」
と聞いてみた。
「それでしたら〝メイド・使用人協会〟で斡旋してもらうのが普通です」
「そうですね。私たちもそこからこの屋敷に派遣されておりますので」
おっと、いつの間にかメイド長さんも後ろにいた。
「じゃあこれからそこに行ってくるか」
俺はそう言ってゆっくりと立ち上がり、玄関の方へと歩き出した。
「…男爵様、少しお待ちを」
あとちょっとで扉のノブに手がかかるくらいのタイミングでメイド長さんが俺を呼び止めた。
「何?」
「流石にこの屋敷に勤務したいという使用人はいないかと…」
音もなく俺の背後に移動していたメイド長さんがそう言って表情を歪める。
「確かに…」
気づけ!気付け!俺! 20年も放置されていた上に幽霊屋敷というレッテルが貼られた館に誰が来るっていうんだ!?
大金積まれたって嫌だわ。
もし、偶然、たまたま来たとしてもこいつら…いや、幽霊さんたちと共同で働くんだよね?
怖いっしょ!
…あ、でも
「働くのはあっちの使用人館でってことならイケそうかな?」
今閃いたことを言ってみた。
メイド長はハッとした顔をあげ
「それなら多少は!」
と前向きな感じに同調してくれた。
「あとは、奴隷を雇うという手もございます」
いきなり俺の横に現れた執事が新たな提案をしてくれる。
「奴隷?」
「はい。奴隷ならば多少の無理もききます。ただ、だいぶ高くつきますが」
うーん……
奴隷かぁ…
そういえば知識としてはこの世界に奴隷制度があることを知ってはいる。
なので執事の提案はそれほど驚くことではない。
が、もともとが日本人の俺からすれば、奴隷なんて…ねぇ…実感ないですよ。
「改めて聞くけど、貴族のお屋敷に必要な使用人はどんなのがいるの?」
「そうですね、まずは執事。そして身の回りの世話をするメイド。食事の用意をする料理人。庭の手入れをする庭師。あとは警備や護衛を担う騎士ですね」
……
「意外と多いね」
俺が聞いたんだけどさ…なんかもう嫌になってきたわ。
「はい。これが最低限のものです。貴族とは面子を重んじるものです。多くの使用人を雇い入れていることがステータスだと考えるのが普通です」
「はぁ…そんなステータスなんか俺には関係ないんだけどなぁ…」
「ちなみに執事やメイドは〝使用人・メイド協会〟で。料理人は〝調理師ギルド〟で。庭師は〝植物鑑定組合〟で。騎士は〝騎士・傭兵相互組合〟です」
「面倒臭ーい」
俺は思いっきり嫌~な顔をし、天井を仰ぎ見た。
執事は
「申し訳ございません。本来であればこういった雑事は私の仕事なのですがご覧の通りの有様でございます。お手数をおかけいたしますがお願い致します」
と言って深々と頭を下げてきた。
と、俺はこの瞬間にいいことを思いついた!
が実現できるかどうかはやってみないとわからない。
なのでとりあえずは使用人館用に何人かは雇わないとな。
「いいっていいって。どうせ俺はついこないだまでは平民、ていうか囚人だった身だ。これくらいどうってことはないよ」
「恐れ入ります」
執事もメイド長も俺に向かって深々と頭を下げる。
「んじゃ行ってくるわ」
俺はそう言って玄関から外へ出た。
なんて偉そうに出かけてみたものの、こういうことが一番苦手なんだよねぇ、俺。
しかも〝異世界〟じゃん。
勝手がわからん。
…ま、なるようになるだろ、多分。
空は晴れて気持ちのいい午前中だ。
この時間の貴族街はあまり人通りがなく、荷馬車や商人ぽい人の乗った馬車がガラガラと行き交っているだけだ。
歩いている人なんか俺ぐらいだわ。
そんな俺の格好も貴族って感じじゃないしね。
あの地下から出てきた時に見つけた自分のであろうローブ一式に、空間を司るうんぬんのバッグ。
それにせしめたお宝の中にあったいい感じの片手剣を2本、腰にぶら下げている。
こういうお話の流れ的に、貴族が庶民街に行った途端に絡まれて…って展開もあるでしょうしね。
自分の身は、自分で守らないと。
特になんのお咎めもなく貴族街と庶民街を隔てる門を通過。
どうやらこっちから出るのはほぼノーチェックみたいだ。
逆にこの間みたいに庶民街から貴族街への場合は厳しいチェックがあるって感じかね。
ま、当然といえば当然か。
『いやぁ〜、長い沈黙だったねぇ〜 僕』
庶民街に出た途端、喋り出すバッグくん。
『お前、今までよく喋らずにいられたなぁ』
『いやいやいや。マジ大変だってぇの。僕が喋らないなんてさ』
『いやいや! 俺と会った時に言ってたじゃん! 20年ぶりとか!』
俺はバシバシとバッグを叩く。
『痛い痛い、ってことはないけどさ、あれ? 僕、そんなこと言った? 聞き間違いじゃない? 僕は喋るのが仕事なんだしね』
『違うだろ、お前の仕事は空間を司ることなんじゃないの?』
『あっはっはぁ! そんな時代もありました! でも今は違うのです! 喋り9割空間1割!』
……
『実際は伯爵とずっとお喋りしてたしさ。全っ然退屈しなかったよ!』
『へ? 伯爵と?』
『そう! 伯爵はお話に飢えてたからさ、それはもう楽しい時間だったってわけ』
そんなバカ話をしているうちに、目的の場所付近に着いてしまったようだ。
そこは賑やかな商店街の奥にあり、オフィスビル街って感じのところだ。
人通りはそれなりに多く、活気がある。
ただ、さっき通ってきた商店街の活気に比べれば静かな方だ。
ま、商店街は店の呼び込みの声や商品の値切り交渉、あとは荷馬車の音や何やら怒鳴り声とかがしてて、かなりガヤガヤしてたしね。
執事の話だと商店街の奥にあるここは、各種の協会事務所や会社なんかがある地域らしい。
整然と並んだ建物にはいろいろな看板がかかっている。
識字率が低いせいか文字と一緒に絵やマークっぽいものが書かれた看板が多い。
紙のうえにペンがある絵の看板や家のマークっぽい看板。
そんな中、ある一ヶ所に人が集まっていた。
そこは大きな道と小さな道の交差点にあるちょっとした広場だ。
静かなオフィス街の中にある公園のような場所だ。
大きな噴水がありその近くに大きな木がその噴水を囲むように5本ほど植っている。
ベンチのような長椅子もあり普段はこの辺で働く人たちの憩いの場っぽい感じなんだろう。
そんな噴水のところに結構な人だかりができている。
「さあさあさあ! もう挑戦する人はおらんのかね?」
覗いてみると、人混みの中心でそう声高に叫んでいる男がいる。
小綺麗な服を身に纏い、左手にピカピカの金属製の杖を持ち客引きをしている。
その男の横には、鎖で繋がれた虎の獣人の男女と、下着に近い感じの服の女性2人と、ボロボロの服に身を包んだ子供が3人いた。
「見てたからわかるだろ? 簡単なことだ。ここにいる獣人のどちらかを殴り、声を出させたものには賞品としてこの中から好きな奴隷一人を進呈しようってゲームだ!」
はぁ…なんともゲスな企画だ。
「しかも! 参加費はたったの銀貨5枚だぁ!」
「あいつ、全然声出さねーぞ!?」
「本当かぁ?」
「獣人だから痛みには強いだろー!」
「その女奴隷は何歳ダァ?」
「イエスロリータノータッチ!!!」
などと男どもは囃し立て、女たちはちらっと見ただけで皆足早に離れていった。
「とーぜんのことだが! この獣人は元戦士だ! なので簡単にはいかないぜぇ! それでも挑戦するってやつはいないかー!」
「よっしゃー!!」
「俺がやってやるぅ!」
しばらく見ていたが結構な人数が挑戦した。
ざっと20人くらいか?
それでも獣人の二人は声を上げずにずっと耐えていた。
ただ、女の方は何度かは声を上げそうになっていたが出なかった。
うーん…どうもなんか胡散臭いな。
あの獣人に付けてある首輪、なんか怪しい…
「もういないのかぁ!」
流石に20人もやって誰も成功していないせいか、挑戦者がパッタリといなくなった。
「ふっふっふ… 俺がやってやろうじゃねぇか」
そう言って前に出てきたのは、見るからに強うそうな大男だ。
身体の大きさはもとより、腕の太さも半端ねぇ!
今の俺の腹より太そうだわ。
男はお金を払うとニヤリと笑い、女の獣人の前に立ち
「覚悟しな」
と言って右手で拳を作りそれを左手に添えてグリグリと動かした。
そして獣人の頭を左手で掴むと右手を振りかぶった。
その時、男の口が何かを呟いた。
次の瞬間、振り下ろされた右拳が女獣人の左頬にめり込む。
「アゥッ!」
たまらず呻き声が獣人の口から漏れた。
「はーはっはぁ!!! 俺の勝ちだー!!」
そう雄叫びをあげ男は掴んだままの獣人を地面に叩きつけた。
「!!」
おかしい…殴られた時より今の地面に叩きつけられた方が痛そうなのに、全然声が出ていない。
「ふぁーはっはっはー!! じゃあこの女は貰っていくぜ!」
そう勝ち誇った男は、二人の女奴隷の前に行き
「ほら、早くしろ!」
と言って奴隷商を急かす。
「はいはい、おめでとうございます」
とか言いながら何やら書類を男に渡し、奴隷の腕にある刺青のようなものに杖をあてブツブツと何やら呟いている。
そして男の指先に傷をつけて書類に血を垂らしていた。
「はい! これでこの奴隷はあなたのものです。改めましておめでとうございまーす」
するとこの後、再び挑戦者が殺到した。
皆、女獣人を指名していた。
が、誰も成功することはなかった。
俺はあらかた挑戦者がいなくなったのを見計らって前に出た。
「ちょっといいか?」
「おっと、あなたも挑戦しますか?」
「あぁ、挑戦しようと思うんだが提案があるんだ」
俺はそう言ってバッグに手を突っ込んだ。
そして中から大金貨を2枚出し
「大金貨2枚出して挑戦するから成功したらここの奴隷、全部くれない?」
「おーっとぉ! これはこれは! 今日一大胆な挑戦者が現れたぁ!!!」
奴隷商は両手を大きく広げて大声でそう言って一回転した。
(バカが! 本当のバカが来たわ! ここまででも相当な儲けが出ている上にこんなボーナスまで!!)
奴隷商の男はニヤニヤと笑い
「よろしいのですか? 失敗すれば大金貨2枚が無駄になってしまいますヨォ」
(ふふふ、いいぞいいぞ、どうやったって獣人が声を出すわけがねーんだよ!)
「さっき成功したやつがいただろ? だから俺もイケそうだって思うよ」
「わっかりましたぁ! ではでは、どちらでいきますかぁ?」
(きゃっはっは! バカめぇ! さっきの男はサクラだ! 正真正銘のカモがキタァ!)
「いいぞー!!」
「やれやれぇ!」
「おーい、お前、魔法使いだろう? やめとけやめとけ!」
「あははは! そんなちっこくて細い体で何考えてんだぁ!」
野次馬たちの罵声が響く。
グイッと右手を捲ってみた。
…マジ細い。
太った腕は醜いが、こんな竹籤みたいな腕もかっこいいとは思えない。
俺が腕を捲った途端、辺りに笑い声が上がる。
「んじゃ、こっちで」
俺は一際デカい男の獣人の前に立ち、捲った腕をわざとブルンブルンと回して見せ野次馬を煽る。
俺の思惑通り、周りの野次馬たちはやんやと囃し立て、広場は嘲笑と落胆の声が渦巻いた。
「ではお客様! 思いっきりイッっちゃってくださーい!」
奴隷商人のやつ、嬉しすぎて本音が出ちゃってるぞ?
俺のこと、挑戦者じゃなくてお客様って呼んじゃってるじゃん。
まあしょうがないか、何せ黙ってても大金貨が2枚、手に入るんだからね。
…さて、イッってみますか。
まずは右手の拳に魔素を注入。
んで錬金術の〝分解〟を意識。
更に拳を〝石化〟し風魔法で肘から上の振りを加速を追加。
おっと、野次馬たちがザワザワしてるぞ。
そうね、俺の拳がみるみるうちに大きくなっていってるし、腕の回るスピードが尋常じゃなくなってるしね。
ウフフ。なんか気分いいわぁ。
でも俺の細腕、千切れちゃいそうでなんか怖い。
あ、奴隷商のおっちゃんもなんかやばそうな顔つきに変わってきたわ。
では! 首輪目掛けていっちゃいましょう!
俺はおおきく振りかぶって
「いっきまーす」と声を上げた。
セーのでまずは拳が首輪に触れた瞬間、〝分解〟を発動!
あっという間に首輪が〝鉄〟〝革〟〝塗料〟などに分愛され粉々になっていく。
そのまま俺の石の拳は虎っぽい獣人の顎にめり込んでいく。
ついでに俺の右腕に激痛が走る!
あー…こりゃ折れたな…
でも構わず腕を振り抜く!!
「グプォッ!?」
虎獣人の口から声が漏れる。
「イッテェェェ!!!」
俺の口からも声がダダ漏れる。
「スゲェ!!!!」
「やりやがった!!」
「なんだアレ!? 魔法か?」
「イエース!!!」
野次馬たちから称賛や驚きの声が上がる。
俺は左手で右腕を掴み、急いで治癒魔法を行使した。
一瞬の行為だったせいか周りの野次馬たちにはほぼ気付かれなかったようだ。
そして俺は何気ない素振りで奴隷商の前に行きニッコリと笑った。
(治療したからって痛みはすぐには消えないんだよねぇ…)




