人生は、儘ならぬ。
すみません。
正月休みが長引いてしまった上、年明けから本業がめちゃくちゃ忙しくなり、さらに自身の労働形態の見直しを迫られてしまい、〝物書き〟どころじゃなくなってしまいました。
まぁ、こんなおっさんの書く物語を待っている人など皆無でしょうが、再開いたしますのでよろしくお願い致します。
【エファンゲーリウム聖教会 枢機卿 ペーター・シラー】
「なんでこうなった…」
エファンゲーリウム聖教会エーレシュタート王国支局長のペーター・シラー枢機卿は頭を抱えていた。
いつもは座り心地最高だ、と思っていたこの椅子も、今は地獄の針の椅子に感じられるほど悩んでいた。
「あれほどの金と魔素を注入して召喚した勇者が…ただの人…だったなんて…」
そう。
20年前に魔王を討伐し役目を終えた勇者に大金を払い、禁忌と言われた〝竜殺し〟を決行し、持ち帰った首から抽出した膨大な魔素と、苦労して盗み出した〝召喚術〟を使い、遥か異世界から自分の手駒になるよう勇者を召喚したにも関わらず、鑑定魔法で見た召喚者たちのスペックは〝ちょっと強い人〟程度だったのだ。
鍛えればそれなりに強くはなると思われるが、それではコスパが悪すぎるのだ!
魔王を倒すほどの力を自分のために使う、それだけのためにこれだけの金と労力をかけたのだ。
しかもそれほど時間に余裕がないのだ。
召喚した勇者を使い、この大陸最大の反教会勢力であるリーフェンシュタール帝国を攻め滅ぼし、その功績を盾に来年の教皇選挙にうってですのだ。
というシナリオを10年かけて考案し、今、完成させることが出来ると実感したのに、その目論見が先ほどの鑑定でガラガラと音を立てて崩れていったのだ。
コンコン
「失礼致します」
誰かが扉をノックしている。
切り替えなければ!
召喚は大成功だったのだ。
なのに枢機卿の自分がこんな顔をしていてはマズイ。
「入りなさい」
大丈夫だったか?
声はいつも通りだったか?
そんなシラーの心配をよそに、司祭の男が恭しく頭を下げながら部屋に入ってきた。
「何かあったのですか?」
「はい。実はシラー様のお言い付け通り、儀式が終わった後、司教以上の幹部を招集するよう大会議室へ皆様をご案内しているのですが、オラクル大司教が見つからないのです」
ちっ、あのオラクルか!
あいつは何かというと私に逆らう。
かといって現教皇派というわけではないので放置していたのだが…
「部屋は確認したのですか?」
「あ、いえ。中から鍵が掛けられているようで開きません」
中から鍵?
ということは、中にはいるはず。
「私が許可します。合鍵を使って扉を開けて部屋の中を確認しなさい」
「わかりました!」
司祭はそう言うと小走りで部屋を出ていった。
トラブルというものは、連続して降りかかってくるものなんだろうか?
なんて思っていたすぐ後に、再び扉がノックされる。
コンコンコンコン!
しかも力強く早い。
「入りなさい!」
気持ち声が大きくなってしまったがしょうがない。
あんなノックをされたのでは!
なんて考えていると
「シラー様! 大変です!」
と言って慌てて扉を開けて衛兵長のドルニエが駆け込んできた。
「何事です!」
勤めて冷静に対応したつもりだったが自分が驚くほど大きな声が出てしまった。
「はっ! 実はシェーリング司祭がウチの部下二人を伴い、地下の儀式会場の後片付けに行ったのですがご存じでいらっしゃいますか?」
「えぇ、私がシェーシング司祭にお願いしました」
「そうですか。では、その後司祭から連絡はございましたか?」
「…そういえば、まだその後の連絡はもらっていませんね」
確かお願いしてからもう2、3時間は経っている。
……嫌な予感がする。
「やはり。ウチの部下もまだ戻っておりません。お手数ですが、地下の確認をしたいのでどなたかご同行していただけませんでしょうか」
そう、地下の儀式会場へは司教以上の者しか立ち入れないよう、魔法で管理されている。
衛兵長であるドルニエは単独では地下の会場へは行けない。
「わかりました。お願いした手前、私が同行いたしましょう」
「え? 枢機卿自ら? よろしいので?」
ドルニエは慌ててシラーに確認をする。
シラー枢機卿はこういった瑣末なことにはほぼ同行しない。
大抵のことは部下にやらせている。
実際、枢機卿のやることは下々のものが考える以上にたくさんあるのだ。
「大丈夫です。今、ちょうど時間がありますので」
シラーはそう言って洋服掛けに掛けてあった上着を取り、それをサッと羽織ると
「行きましょう」
と言って部屋を後にした。
シラーが衛兵長を従えて向かった先は第一小会議室だった。
彼はノックもせずに扉を開けると
「お待たせしました」
と言って会議室に入った。
部屋では座っていた3人が立ち上がり枢機卿を迎え入れた。
3人はシラーに対し深々と頭を下げる。
そしてその中の一人が口を開く。
「オラクル殿がまだです」
「彼のことは呼びに行かせています。それよりもまず片づけなければならない問題が生じました」
シラーはそう言って部屋の中央へと歩を進めた。
「儀式場の後始末をお願いしたシェーリングがまだ戻っていません」
聞いた3人が3人とも怪訝な顔をする。
「あれから大分経っていますが?」
「そうですねぇ。おかしいですねぇ」
「他の用事で外しているとか?」
「一緒に行ったという衛兵も戻っておりません」
シラーのこの言葉に、3人の視線が衛兵長へと注がれる。
衛兵長は視線を受け、大きく頷いた。
「そういうわけですので、皆さんで地下の儀式場へと参りますので準備を」
シラーがそう言うと、3人は立ち上がり部屋の本棚の前へと移動した。
そして本棚をスライドさせるとそこには隠し部屋があり、5人はその中へと入っていった。
「では」
シラーはそう言ってからブツブツと呪文を唱えた。
すると、一瞬の間のあと、5人は地下の儀式場へと転送された。
「うっ!」
「なっ!」
「……」
「こ、これはっ!!」
「ぬぅ!」
5人全員がその場の光景を目の当たりにし、驚愕した。
そこには見るも無惨に押し潰された遺体と下半身だけが2体、倒れていた。
「何が……」
シラーは、反射的に振り返り古龍の頭を祀っていた祭壇を見た。
「なっ!?」
そこには祭壇しか残されておらず、しかも結界の役目で並べておいた大量の魔晶石まで全て消えていたのだ。
「ど、どうやって…あの結界を…」
呆然としているシラーの耳へ衛兵長が近づき囁いた。
「枢機卿、どうも古龍が結界を何らかの方法で外し、たまたま後片付けに来た3人と遭遇。魔法で殺し逃げおうせた、と言うところではないでしょうか」
シラーは衛兵長の声で我に帰り
「そのようですね」
とだけ言うと
「シェーリング司祭と衛兵二人の魂が安寧の地で安らかに眠れるよう祈りましょう」
と言い瞼を閉じ、3人の遺体に祈りを捧げた。
状況から想像するにシェーリングは土魔法の岩系で圧殺されたようだ。
衛兵二人は…石礫での…いやおかしい!
あの土の古龍の保有魔素のほとんどを使って勇者召喚を行なったはず。
3人を殺し、自らもこの結界に守られた空間から転移することなど…可能なはずがない!
…では何故?
何らかの方法でなくなった魔素を補い、強力な魔法を行使したと考えるのが…
そうか! 結界として並べていた魔晶石からか!
そんな方法があったとはっ!!
おのれぇ… それが出来るのを知っていたからこそ、平然と我らの勇者召喚を眺めていたのか!
……
ただ長く生きただけのトカゲがっ!!
いい気になりおって!!!
祈りを捧げるといい、他のことを考えていたシラーのこめかみがピクピクと痙攣していた。
しかしそれにはその場にいた誰もが気づくことはなかった。
皆で浄化魔法などをかけ、その場をキレイにし元の小会議室へと戻ったが、オラクルの部屋を合鍵で開けに行ったはずの男が怯えた表情でシラーの帰りを待っていた。
「枢機卿様!」
男は戻ってきたシラーに近づくと、手にしていたものをおずおずと差し出した。
いろいろなことが起こったため、先ほど命令したことを忘れていたシラーは怪訝に思いながらそれを受け取る。
見ればそれは大司教用の衣で、キレイに畳まれた服に上に指輪が一つ、のっていた。
「…これは?」
「はい。オラクル大司教の部屋に合鍵を使い入りましたところ、大司教様は見当たらず、床に靴や服が放置されておりました」
シラーは、司祭の言葉を聞きながら服の上にのっている指輪を凝視していた。
(どこかで見た記憶が…あるが…どこだったか…)
しかもこの指輪からは何か禍々しいオーラが僅かだが立ち昇っていたのだ。
「!!!」
シラーは気付いた! この指輪がなんであるか。
気付いてしまった。
「この服ですが…どんな形で床に?」
シラーにそう尋ねられた司祭は、斜め左上を見つめる感じでさっきの部屋のことを思い出そうと顔を歪めた。
「えー……確か…」
彼はそう言って、一呼吸間を開け、
「服はこう、袖を前の方に広げた形で……」
と言って両の手をバンザイするような感じで上げ
「靴はパンツの裾のところに揃えた感じで落ちておりました」
「その靴は?」
「靴は部屋にそのまま残してあります」
司祭はそう言ってからハッとした顔で
「あっ! すみません! 靴も持って参ります!」
と言って振り返ろうとしたが
「いや、大丈夫です。私がオラクルの部屋に行って確認しますので」
「わ、わかりました」
司祭は2秒ほど枢機卿の言葉を待ったが、何も言われなかったので
「では、失礼致します」
と言って退室していった。
シラーは振り返り
「皆さん。ちょっと他にやらなければならないことが発生してしまいました。すみませんが20分ほどお待ちを」
彼はそう言って軽く頭を下げると、そのまま服を持ったまま無言で小会議室を出ていった。
くそっくそっくそっ!!!!
なぜこれがここにある!!!
なぜオラクルの部屋に!!!
あの部屋にオラクルが入れるはずがない!!
いやっ現実を見ろっ!!
現にあの部屋にあるはずの指輪がここにあるのだ!!!
ということは!
オラクルが何らかの方法であの部屋に入ったということだ!!!
いやっ! 待てっ!!
もう一人いた!
支局の物品管理部長の男!
あいつにはたっぷりと口止め料を払って…いやっ! あいつは金で転ぶ!
あいつに聞いたに違いない!!
後で確認をしなければ!!!
シラーは小走りに教会内を移動しながら怒りのボルテージを爆上げしていた。
そして、オラクルの部屋の前に着くと、勢いそのままで扉を押し開けた。
当然のことだが、部屋には誰もおらずシンと静まりかえっていた。
そのおかげか、興奮状態だったシラーも、落ち着きを取り戻していった。
彼は持っていた服をベッドの上に放り投げると、振り返ってから扉の内鍵を掛けた。
そして、改めて狭い部屋の中を一望する。
……
特に変わった感じはしない。
ただ、逆にそれが違和感につながる。
机の上には本の一冊もなく、筆記用具やランプ、お茶のカップなどの食器もない。
そう、生活感がないのだ。
備えつけのタンスを開けてみるが、そこには外出用の服が一揃え掛かっているだけで鞄の一つもなかった。
……
これは…
教会から……いや、この支局から引き上げる気? だったのか?
……
このタイミングで??
あいつ、この〝勇者召喚〟には一番乗り気だったはずだ。
次にベッドの下を覗いてみた。
そこには、大きめの旅行鞄がふたつ、隠すように置いてあった。
シラーは二つを引っ張り出し、鞄の鍵を壊して開けた。
「!!!」
シラーは中身を見て息を呑んだ!
中には金の燭台や装飾を施された綺麗な箱、金糸がふんだんにあしらわれたローブや服、そしてあの地下の研究室にあるはずの腕輪や指輪が数点入っていたのである。
さらにもう一つの鞄には、大量の金貨と銀貨、貴重な教会発行の手形や証文が入っていた。
何だこいつは!?
まるで夜逃げの準備のようだ。
ハッとし、シラーは机の引き出しを確認した。
そこには『辞表』と書かれた封筒が一つ、入っていた。
何で今?
勇者を召喚してこれからって時に…
…
まさかっ!
あいつはこの召喚が成功しないことを知っていたのか?
だとしたら、あいつは俺のことを裏で嘲笑っていたというのか!?
……おのれぇ! 平民出の分際でぇ!!!
……
ふんっ。とはいえ、オラクルはもうこの世にいない。
あの指輪は〝吸魂の指輪〟だ。
何の知識もなく身につけたおかげで、あいつ自身の魂が吸われてしまったんだろうな。
クソ野郎の最後に相応しいわ。
……
この辞表はしっかりと使わせてもらおう。
シラーはオラクルの旅行鞄を二つともポーチに吸い込ませ、封筒を内ポケットにしまってから部屋をあとにした。




