寝た気がしないが、起きなきゃね。
ここから「第2章 貴族編」に入ります。
ドンドン ドンドン
ん? 誰かがドアを叩いてる音が…
「お客さん! 起きて! お迎えが来たよ!」
お迎え? なんのことだ?
俺はさっきまで師匠と終わりのない剣の修行を…
「あっ! ハイっ!」
慌てて飛び起きた!
もう朝か!
確か昨日の夜、リックくんが昼頃迎えに来るからとかなんとか言ってたっけ。
…ってことはもう昼かよ!
確かに宿屋の親父には
「めっちゃ疲れてるんで昼まで寝るんでお迎えが来るまで起こさないでね」
と言った覚えがあるわ。
でもさぁ、まさかまたあの場所に引き戻されるなんて想像すらして…
いやいやいや!!!
記憶を消されてたんだから想像なんてできるわけないって!
なんてことを思いながら俺は急いで服を着た。
うぅ…あそこから脱出したら真っ先に風呂に入ろうって思ってたのに…
宿屋の親父に
「風呂なんてこんな宿屋にあるわきゃねーだろ!」
って言われて崩れ落ちたのもついさっきのような気がするわ。
師匠との修行とか、見習い神様の言い訳とかで全然寝た気がしない。
とはいえ、昨日のように石の床にゴザ敷いて寝るのに比べれば…ね。
藁のベッドでも、シーツがコワゴワでも、全っ然気にならん!
あっ…シーツも枕カバーも俺の垢で真っ黒に汚れちゃってるわ。
申し訳ないっちゃ申し訳ないけどさ、風呂どころか水浴びすらしないでそのまま寝ちゃったんだもん。
汚れないわけないって。
しかもパンツ一丁で寝たしね。
だって、パジャマなんてあるわけないし、ましてや着てきたシャツが寝汗で汚れるの、嫌でしょ?
なのでシーツに汚れていただきました! ごめんなさい!!
そう思いながら着替えを済ませて部屋の内カギを外してドアを開けた。
「もう! 早く起きてくれないと!」
開けた途端、女の子が俺の脇をすり抜けるように部屋に入る。
おっとお嬢さん! おじさんの横、臭いよ!? 大丈夫?
なんて思っていたら
「あーーーー!!!」
という声。
何事? と思い振り返ると
「お客さん! 汚しすぎっ!」と怒鳴られた。
「ごめんごめん」
と言いながら、俺はぶら下げたバッグに手を突っ込む。
『おっとぉ…賄賂ですね? 買収目的の贈り物! いいんですか? いいんですっ!!』
途端に空間を司る精霊様が喋り出す。
そういえば、いたね…こいつ。
はぁ…うっさいっての。
「宿屋の親父さんには内緒でこれあげるからさ」
と言いながらバッグから取り出したバナナを1本渡す。
「あっ! バーナ! こんな高級果物、いいの?」
「内緒だよ?」
「うん!」
商談成立!
にしても、これ、バーナって名前なんだ…しかも高級…
かなりの量、バクバク食っちゃったよ。美味かったしね。
こんなことなら、もっと持ってくればよかったわ。
女の子はフンフンと鼻歌混じりでシーツと枕カバーを抱えて部屋から出ていった。
あ、俺も急いで下にいかないと。
一応、部屋に忘れ物はないかと確認し、部屋を出る。
薄暗い廊下を進み、ギシギシいう階段をゆっくりと降りていると、途中で下で待機しているリックくんと目が合う。
「おはよう」
俺は軽く片手を上げ挨拶する。
「早くねーって」
リックくんはそう言って苦笑い。
そうね、もう昼過ぎだもんな。
「悪い悪い、なんせあんないいベッドで寝るのなんて何年振りだから…」
なんて軽口を言っていると
「うちのベッドをいいベッドなんていう輩がいるとはねぇ」
と宿屋の親父が会話に参加する。
「いやいや、最高級とは言わないけど、今までの寝床に比べればお貴族様の寝具に匹敵するほどのクオリティだったよ?」
「冗談きついわ」
親父はそう言ってガハハハと笑う。
リックくん、そういう微妙な表情で笑うのはやめなさい。
あのね、牢屋の寝床より良い寝床、とはいえないでしょ?
「で? お迎えの方、これからどうすんですか?」
「気持ち悪い呼び方やめろ! これから例の褒美の分配だ」
…あぁ、俺が盗賊団の倉庫からガメてきたお宝の分配ですね。
『あるよ。ちゃんとここにとってあるよ。誰にも手の届かない場所に隠された財宝!そこで繰り広げられるドロドロの人間模様! さぁ、このドラマの結末やいかにっ!!!』
(そんなドラマ、やってないわ)
「ふーん、どこで?」
「これから案内するから着いて来いって」
リックくん、そういうないなやクルッと回れ右をして宿屋の外へと歩き出す。
「あれ? お金は?」
小市民な俺はそういうことが気になる気になる。
「払っといたし今夜の予約も入れといた」
「ありがとうございます」
俺はリックくんの背中に深々とお辞儀をする。
「そういやあんちゃん、今日は晩飯、食うのか?」
晩飯? どうだろう… すぐに帰って来れるんか?
「晩飯の時間までには帰れるのか?」
俺はリックくんの背中に問う。
リックくん、ぴたりと動きを止めうーんと唸りながら斜め上を見る。
「うーーん……どうだろう…あっさり終わりそうな気もするけどよ。揉めてもどうせ受け入れられないしな」
揉める? 誰が? ……あぁ、元の持ち主のことか?
そういえば、あいつらこっち側に寝返ったんだっけ。
おかげで裏道からすんなり脱出できたんだけどね。
そういう〝自分たちのおかげ〟アピールしてくんのかねぇ。
まぁ、そうかもしんないけど、んな泥棒の言うこといちいち聞くわけないっしょ。
…聞かないよね?
『まぁ、欲しいって言っても僕が許可しないと取り出せないけどさっ!』
(おっと、そういうセキュリティ機能も備えてるんだね。ちなみに俺が勝手に手を突っ込んでいろいろ取り出してるけど、それはいいのか?)
『何をおっしゃるご主人様! 僕をこの外界に解放してくれたんだから君は僕の命の恩人! となればこのバッグの所有権はもう君のものさ! 僕が拒否しても取り出そうと思えば可能だよ!』
(おおっ! まさかの俺の私物宣言! ありがとう! 大切に使わせてもらいます)
『末長くご贔屓にっ』
おっと、親父の問いに答えねば。
「じゃあ、食べられそうってことで、いってきます!」
俺は宿屋の親父にそう言って小走りにリックくんの後を追う。
リックくん、身体デカいから歩く歩幅もでかいんだよね。
この年で小走りで追っかける俺、なんかカッコ悪りぃわ。
はぁ、街ってこんな感じなんだとキョロキョロしながら道を進む。
と、しばらく行くと高い壁が近づいてくる。
リックくん、壁のところで立ち止まり
「これが一般市民街と貴族街を仕切る壁だ」
と説明してくれる。
なんて良い人なんでしょう!
見上げてみると、高いこと高いこと!
ざっと見た感じ10メートルくらいはありそう。
大体4階建てのビルくらいか?
一番上の部分は通路になってるっぽいね。
こっち側に2メートルくらいはみ出てて〝忍び返し〟みたいになってる。
壁には窓も何もないし、ここを登ろうなんて思っても取っ掛かりが全くないんで無理!
ま、魔法とかで一気にジャンプ!! ってのはイケそうかな?
そうね、この世界、魔法とかあるから〝絶対無理〟ってことは少ない感じなのかな。
地球でも〝絶対〟なんてことは、まぁなかったけどさ。
俺が思う〝絶対〟は唯一〝人は死ぬ〟ということだけ。
死ななかった人なんて聞いたことないからね。
実際、俺も死んだし。
なんて考えながら壁沿いを歩いて行くとデッカい門に辿り着いた。
壁の半分ほどの高さで、幅は…高さと同じくらいの5メートルほどか?
両脇に完全武装の方が何人か立ってて、入る人、出る人、全員のチェックをしている。
金属の胸当てに金属のヘルメット。
金属の腰当てに金属の脛当て。
手には短めの槍を持つ人やボウガンを小脇に抱えてる人も。
あ、しかも後ろの控え小屋みたいな建物の中にローブ姿の人もチラホラ。
あれは俺とかと一緒の魔導師って奴だろうね。
なんかデカい杖を持ってるけど、俺も持ってたほうがいいのか?
おっと、リックくんが門番の一人を話し始めたぞ。
おずおずと近づいて会話を聞いてみよう。
「ご苦労さん! 二人通過だ。よろしく!」
「何だ? もうお戻りかい? 昼から花街にでも繰り出して行ったんかと思ってたのによ」
「行くかっ! こんな真っ昼間から! 言っただろ? 人のお迎えだってよ!」
「はーん。本当だったんだ。で? 通過証は…ないんだろうな」
「あるある! ほれっ! 王室保証の通過証様だっ!」
なんていいながらリックくん、懐から何やら筒を取り出して蓋を引っ張る。
すると、ポンっと音を立てて蓋が取れる。
リックくん、ニヤリと笑いながら中から丸まった紙を抜き出し掲げるように広げ門番の兵士に見せつける。
…リックくん、そういうつまらない行為は反感を買うよ? メアさんも多分リックくんのこういうとこが嫌いなんだろうね。
「…はいはい…謹んで通行の許可を致します」
広げられた紙をじっと見てから兵士はそう言って深々と頭を下げた。
「うむっ!」
偉そうにそう答えてリックくんが紙をしまう。
そしてニヤリと笑うと俺に向かって顎をしゃくり門へと進む。
「すみませんねぇ、リックくん、まだ子供なんで…」
俺はそう小声で門番さんに言いそそくさと後を追う。
ちょっとだけ顔を上げた門番と目が合うが、彼はニヤリと笑ってウインクしてくれた。
多分、いつもこんな感じなんだろうかね、リックくんは。
…そういえばリックくんってどういう身分の人なんだ?
メアさんは…王子付きの護衛権愛人ぽいし、リックくんもやっぱり王子付きの護衛かな?
やっぱり王子付きってくらいだから普通の兵士よりは偉いんだろうな。
なんて考えながらリックくんの後を追う。
「ここは貴族街だ。見ての通り、立派なお屋敷ばかりだけどよ、最近じゃ潰れた家が多くてな」
ん? 潰れた貴族の家? いろいろと複雑なんだろうね、お偉いさんたちって。
確かに、でっかいお屋敷が立ち並んでるけど、所々、草ボーボーの庭もある。
これが没落して住む人がいなくなったお屋敷ですかね?
なんてことを思いながら中央の太い道をずんずんを進む。
キョロキョロしてたせいで気づかなかったけど、目の前にはまたもやデッカい壁がそそり立っていた。
「ほえぇー…」
これはあれだ。
いわゆる〝城壁〟だね。
さっきの貴族街と市民街の境の塀も高かったけど、こっちはもう桁違いに高い!
なんなんでしょ、この高さは!
タワマン…とまでは言わないけどさ、街のデカいマンションくらいはあるよね。
10何階建てって感じのやつ。
あれを初めて見た時は(うわぁ…城だねこれ)って思ったけどさ、今、目の前にあるのは正真正銘のお城だわ!
…あれ? 俺、このままこのお城の中に入るってことですか?




