平民は、お上の命令に逆らえません。
巻き込まれるのは嫌なので、グロウスさんを頭上に掲げて……ってこんなデカイ顔、よく支えられるな、俺!
『そりゃお主、ご加護のおかげじゃ』
「ごかご?」
『聞いた話じゃが、この世界に転生したものにはもれなく神からのご加護が付くようじゃぞ』
ほほぉ……それはいいことを聞いた。
「ちなみに俺のいただいたご加護は何だかわかります?」
俺はそうグロウスさんに聞きながら、目の前でやり合っている人たちから逃れるようにすぐ近くの建物に入っていく…え? グロウスさんがデカすぎて扉から入れない!
いや、そもそも鍵がかかってるわ。
しょうがないんでグロウスさんを抱えたまま建物の裏手に回る。
『ふむ……ほぉ……お主、面白い加護を貰っておるのぉ』
なんですか……前置きはいいので早く教えてくださいよ。
『言語補正、筋力増強はもちろんだが、鑑定もあるのぉ。お? この世界ではとうに廃れてしもうた魔術の加護もあるぞ』
「なんです、それは」
『錬金術じゃ。素材と素材を組み合わせて違う物質を作り出す魔術じゃ』
おぉ。最初に確認した時にも見た記憶がある。
うーん…これは面白そうなヤツですね。
あ、そうか。さっき、カバンの人が言ってたのってその魔術ってことですかね。
てっきり元の俺が元々持ってる魔術だと思ってたわ。
『ほぉ、カバンの人、のぉ』
おっと。
じゃあ、なんでも作り出せる無敵の魔法ってことですね?
『それはちょっと違うんじゃよ。何もないところから物を生み出すのは神のみが行使できる「創造魔法」というものじゃ』
それとは違うんですか?
『違う。錬金術は素材が必要じゃ。無からは生み出せん』
なぁんだ……つまらん。
……んじゃ素材集めが大事ってことだね。
おっと、なにやら向こうの方から雄叫びが聞こえてきたけど……
『儂はここに置いておけ。勝手に森に帰るのでの』
森に帰る?
大丈夫ですか?
また「勇者」が来たりしません?
気がつくと我々二人は中庭のようなところにいた。
『大丈夫じゃろ。勇者召喚は終わったし儂はもう用済みじゃ』
グロウスさん、そういうや否やフワッと浮き上がった。
『ではさらばじゃ。儂は100年ほど眠るでのぉ』
ヒュンッ!
という風切り音だけ残し、グロウスさんが遥かに彼方の上空に一瞬で舞い上がった。
うわぁ……どこだ?……上だとは思うけど……あっいた! 真上の月の中に黒い点が!
なんて思っていたらものすごいスピードで消えてしまった。
あーあ……行っちゃった。
そう思った途端、向こうからドカドカと走りこんでくる足音や怒鳴り声が大きくなり、なにかの一団が近くの建物に向かって近づいて来ているようだ。
その後ろからもゴッツイ鎧姿の一団がガシャガシャと小走りにそいつらを追いかけて来ている。
マズイな、こりゃ。
(おかしい……)
自分が受け取った命令は
『空き家になっている元貴族の屋敷が、盗賊たちのアジトになっているとタレコミがあった。待ち伏せして、戻って来た盗賊たちを捕縛するように』
だったはずだ。
衛兵部隊長からも口頭で
「エルンスト、この作戦の隊長として君の頑張りに期待する!」
と今朝、激励されたばかりだ。
昨夜の話し合いでも
「この作戦を成功させれば君も衛兵団の幹部入り間違いなしだ。頑張りたまえ」
と南街衛兵団長からも激励されたはずなのに。
これはどういうことなんだ。
まさか、この事態は想定範囲内のことなのか?
だから平民出身の自分が作戦隊長に抜擢されたというのか。
それにしてもおかしすぎる。
なんせ、捕縛作戦を実行するにあたり、急遽、イエーリング公爵から助力の申し出があったのだ。
イエーリング公爵といえば、王都近衛兵団の最高司令官であらせられる。
しかも現王の弟でもある。
そんな御仁が協力を申し出てきたら、それが捕縛作戦の当日であっても、我々南街衛兵団に断る術はない。
なにか嫌な感じはしたが、こちらが勘繰ったところでどうなる訳でもなく、易々諾々とお偉いさん達の命令に従うほかない。
で、いざ作戦を、ということになったのだが、近衛兵団様たちは廃屋近くの公園にテントを立て、臨時の司令部を設置する有様だ。
こんな目立つところに陣取って、一体何を考えているのやら……
ますます「何かある」感が増してくる状況にも関わらず、事態は進んでいく。
夜を待ち、盗賊たちが廃屋に終結したところを見計らって急襲する作戦だったのだが、夕刻に事態が急変する。
近衛兵団の斥候が中の者に発見されるというミスが起こったのだ。
いや待て! 廃屋は無人だったはずだ! それは数時間前の探索時にも確認済みだったはずだ!
にも関わらず人がいた!?
おかしい…
さらにイエーリング様はここぞとばかりに近衛兵団を廃屋へと突入させる。
あらかじめ話し合った作戦はどこへ行ってしまったのだろうか。
しかも、一緒に廃屋へと進んでいけば何故か敵は盗賊とはいえない装備に身を固めた傭兵や貴族の私兵たちのようだった。
その上、聞いていた人数とはだいぶ違っていた。
せいぜい20名ほどの盗賊団だと聞いていたのだが、実際は100名近くの傭兵や私兵が待ち構えていたのだ。
いや待てって! こんな人数どうやって我々の目を盗んでここに集合させたんだ?
魔法か?
いや、それは……
こんな大人数を一度に転移できる魔導師など、この王都でも数える程しかいないはずだ!
しかし現実は、目の前に大人数の兵士たちがいるのだ。
「ど、どうしましょう、隊長…」
隊員たちが戸惑っている。
ここで隊長である自分が狼狽えていては話にならない。
「と、とにかく密集隊形でゆっくりと近衛兵の後に続け!」
……自分もおかしくなっているようだ。
これは完全に撤退事案だ。が、公爵の命令に逆らえない自分がいる。
とにかく死なない程度に踏ん張ってなんとか逃げ道を探るほかなさそうだ。




