第81話 帰りたくありませんでした
充実した2日間を過ごした俺達は3連休最終日の早朝、釧路駅を訪れていた。
「白花? いい加減、その顔辞めないか?」
「……」
札幌行きの電車が停まっている駅のホーム、俺の目の前にいるのは下を俯き、口をへの字に結んだ白花。
今日は彼女が恵花市へ帰る日、お互いに明日は学校があるのだからこれ以上長居は出来ない。しかし、彼女は寂しさからずっとこの調子だ。
「忘れ物は無いか? じいちゃんや杏へのお土産は持ったか?」
「……帰りたくない」
「そうは言っても明日は学校だろ? 帰らないわけにはいかないだろ」
「……」
今にも溢れ出しそうな程の涙を溜めた白花は俺の上着の袖口を掴んだまま離さない。
「俺もあと少しでこっちの生活は終わるし、そうしたらまた恵花市で一緒に暮らそう」
「……」
「何とか言ってくれよ?」
「……豊と離れたくない」
まるで駄々をこねる子供のようだ。そうなってしまう程にこの2日間は彼女にとって良い休日だったのだろうが、時間は有限だ。
「今生の別れでもあるまいし、あと1ヶ月の我慢だろ? それにあっちには杏もいるじゃないか」
「そうだけど……もっと豊と一緒にいたいよ」
白花は未だ俺の服の袖口をギュッと掴んだまま。それでもいつもの様に泣き出さないのは、この場でどんなに喚いても俺とは一緒に帰る事は出来ないと理解しているからだろう。
それに寂しいのは彼女だけじゃない。
「白花、寂しいのはわかる。俺も同じ気持ちだ」
「……豊も?」
「あぁ。この2日間、白花と一緒に過ごせて本当に楽しかった。おかげで後1ヶ月頑張れそうだ」
「私のおかげで豊が頑張れる?」
「そうだとも。会いに来てくれてありがとう、白花」
「……ッ!? うぅ……」
堪えきれなくなったのか白花の目に溜まっていた涙が溢れ出す。俺はハンカチを取り出して彼女が流した涙が作った一筋の線を優しく拭うと、彼女は優しく微笑みながらハンカチを持った俺の手に頬擦りをする。
「……豊頑張ってね、杏と源さんと一緒に恵花市で待ってるからね」
「おう。白花こそ気をつけて帰れよ」
『まもなく2番線より、札幌行きの特急が発車します。ご乗車の方はお急ぎください』
ホームに白花が乗る電車の乗車案内がアナウンスされる。つまり白花との別れの合図だ。
「じゃあ……そろそろ行かなきゃ……」
名残惜しそうに白花がずっと掴んでいた俺の袖口を離す。すると、俺はあらかじめ用意していたある物をポケットから取り出した。
「あっ白花、ちょっと待て」
「え?」
「手だしてくれ」
「う、うん」
疑問を感じながらも白花が俺に左手を差し出すと、俺は彼女の手首に金属製の紐状の物をくくりつけた。
「……? これは?」
「白花に似合うと思って買ったんだ。安物だけどな」
俺が彼女の手首につけたのは花の彫刻が施されたブレスレットだった。
「ど、どうしていきなり!? いつの間に用意したの?」
「昨日、白花がお手洗いに行っている間に見つけたんだ」
驚きを隠せない白花は左手を頭上の高さまで上げながら、食い入るようにブレスレットを見つめる。
何故俺がいきなり彼女にプレゼントを用意したのか、理由は文化祭まで遡る。
杏と共に文化祭を楽しんでいた際に俺は射的で手に入れた熊のぬいぐるみを杏にプレゼントした。そして白花には「今度白花にも何かプレゼントする」と約束を交わしていたものの、その後すぐに釧路へ行く事が決まってしまい、急な準備に追われていた為、結局その約束は果たせず終い。だから今こうして、別れ際に彼女が感じる寂しさが少しでも和らぐ事も願ってブレスレットをプレゼントしたのだ。
「……」
ブレスレットを眺めたまま、白花はすぐには口を開かない。すると、その美しい碧眼から先程とは比べ物にならない大粒の涙がぽろぽろと彼女の頬をつたい始めた。
「し、白花!? 泣く事ないだろ? もしかして気に入らなかったか?」
「ううん、嬉しい……凄く嬉しいの……ありがと豊」
「喜んでもらえて良かった。ほら、そろそろ乗らないと……」
「豊?」
「ん?」
感極まった白花は涙を拭う素振りも見せずに俺に抱き着く。
周囲の人の目線が集まり、すぐさま彼女を引き剥がそうとするが中々離れない。
「お、おい! こんなところで!」
「豊……大好き。本当に……大好き」
彼女の言葉に心臓が跳ね上がる。この言葉が持つ意味はどちらなのだろうか? 恋か、それともそれ以外か……丁度彼女は目の前にいる。しかし、「お前の言う好きはどっちの好きなんだ?」と言う言葉は喉から上へは上がらない。
すると、電車の発車を合図を知らせるベルがホームに響き渡った。
「本当にそろそろ行かなきゃ……じゃあ行くね」
「……気をつけてな」
「……うん」
白花は俺から離れ、電車の扉へ向かって歩き始める。
しかし、突如彼女は振り返って再び俺の元へ駆け寄ってくると、そのまま顔と顔の距離をゼロにした。
突然の事に俺の思考は止まる。
気が付けば白花にキスをされていた。2日前にされたキスとは違って、彼女の唇の感触を味わう余裕もない程の一瞬のキス。
そして彼女は唇を離すと頬を紅潮させながらニコリと笑う。
「お、お前っ!」
「えへへ……豊、世界で1番大好きだよ」
そう言葉を残して彼女は駆け乗った電車と共に恵花市へと帰っていった。




