9.消失⑤後半~ロシア~
酒場にて。
ナンバー1『おごってもらう理由は無いが。』と女性の目の前に立ち、優しく言った。
女性『なんでだろうね。あんたを見てると懐かしく思えるんだよね。昔会ったことがあるのかもね。私は覚えてないけど。ハハハ。』笑ってる。かなり飲んでいるのだろう。
店主『ほら、この村の地酒だ。かなりきついがそのガタイなら大丈夫だろう。』
ナンバー1は、女性と同じテーブルの椅子に座り、グラスの液体を一気に飲んだ。懐かしい味だ。周りの人々から感嘆の声が漏れた。この地酒はウォッカよりもきついのに一気飲み、しかも平然としているのだ。店主からお代わりをもらい、3杯飲んだところで『ありがとう。温まったよ。』と言い、席を立った。
女性『どこにいくの?泊るところがないなら家においでよ。』
ナンバー1は、なにかをつぶやいて出て行った。
女性『振られたよ。ハハハ』と笑いながら再び飲みだした。女性には聞こえなかったようだ。入り口近くの男性は飲むのをやめていた。『ミンリ姉さん。』と言ったのが聞こえたからだ。男は40代後半か50代前半だろう。ミンリは23歳だ。なのに姉さんだと。誰だ。あいつは?それになぜ名前を知っている?と思ったが、地酒を3杯も飲んで平然としているやつに歯向かう気力は無かった。忘れようと思いグラスを口にした。
ナンバー1は歩きながら先ほどの女性のことを考えていた。ミンリは初恋の人で初めて付き合った女性だった。軍に入ってからもしばらく付き合っていた。昇進と同時に結婚するつもりだったが叶わなかった。村が襲撃されて死んだのだ。なぞの襲撃として未解決で調査は終了していた。その後、忘れるために厳しい特殊部隊へ志願した。強さを求めたのだ。未来?過去?の女性が消えるまで50分。胸がわずかに痛んだが、どうしようもない。事件が起こる前にダイブして助ければいいのかもしれないがそれは意味のないことだと分かっている。次の目的地に向かっていると、その目的地近くに人影が見えた。大柄な男がナンバー4を背負っているのが分かった。ナンバー1はいつでも戦えるように集中してゆっくりと近づいた。
大男『誰だ。』
ナンバー1は大男の顔を見て『ロシア軍のものですが、そちらの男は重要人物で探していたのです。どこで見つけたのですか。』ナンバー4の様子から雪の中に倒れていたと思われるが、警戒しつつ聞いた。
大男は、ナンバー1のことを警戒していた。この村に軍が来たことはなかったのだ。重要な拠点もない。
大男『身分証は?』ナンバー4を背中から降ろしながら言った。
ナンバー1は、身分証を持っていない。以外に鋭い質問だった。殺るしかないのか。その時、大男の左側の扉が開いて女性が出てきた。
女性『なにやってんだい。あんたたち。うるさいね。喧嘩なら外でなく家でやりな。お酒で勝負すりゃいいだよ。』豪快に笑った。
三人の男は、女性の家に入った。大男の家だ。
ナンバー1は時間を確認した。あと35分で合流の時間になる。伸ばしてもあと40分だな。ナンバー4は意識が無い。見たところ軽度の凍傷のようだ。ほっとけば起きるだろう。だが起きると口裏を合わせられなくなる。その前に出ていきたい。
女性『ほら、お酒だよ。』大男とナンバー1に渡し、『二人を見ていると、なんとなく兄弟みたいだねえ。』ナンバー1の顔を見て言った。
ナンバー1がお酒を噴く。大男が『俺の兄貴はもう死んでいないぜ。他に兄弟はいないはずだ。親父に隠し子がいなければな。』一気に酒を飲みにやりと笑った。ナンバー1も負けじと一気に飲む。飲み比べになった。14杯を飲んだところで大男がダウンし寝てしまった。ナンバー1は、平然としている。
女性『へえー。うちの人より強い人は初めてだよ。』
ナンバー1は、無言で家の中を見回している。『子供はいないのか。』ふいに口から出た。しまったと思った。
女性『ははは。子宝に恵まれなかったんだよ。でも時々夢の中では子育てをしてる自分がいるんだよね。』お酒を飲みながら話し始めた。『その子は、旦那にそっくりで、やんちゃで、でもかわいいんだよ。名前を呼ぶと走って抱きついてくる。でも夢から覚めるとその子の顔も名前も思い出せない。』悲しい顔だった。涙を流している。
ナンバー1は黙って聞いていた。残っているお酒を飲み終え。
ナンバー1『そろそろ出ていく。仲間と待ち合わせの時間が近づいているんだ。』
女性『そうかい。気をつけてな。』涙を拭いて言った。
ナンバー1は女性を抱きしめて、耳元でささやき、ナンバー4を背負って出て行った。
女性は、泣いていた。『ゾーン』と言っていた。そうだ、夢の中の子供の名前は『ゾーン』だ。なぜ彼は知っていたのか。だが女性にはどうでもよかった。あの子の名前が分かったのだから。
ナンバー2とナンバー3は、雪が降る中、待っていた。雪明りで真っ暗ではないが遠くは全く見えない。
ナンバー2『寒い。』鼻水を垂らしながら言った。ホッカイロはあるが、つま先と顔が寒いのだ。
ナンバー3『美人が台無しだな。』と鼻水を垂らしながら言った。『ナンバー1との約束まであと3分だが、気配が無いな。』ナンバー4の気配もない。BHBは設定が終わり時間の数字が減っていっている。
ナンバー3『行こう。足場も悪く、視界も悪い。村に行くぞ。』
ナンバー2『了解。』鼻水をすすりながら言った。ティッシュを持ってこればよかったと思った。
二人は村のほうへ歩き出した。
ナンバー4を担いだナンバー1が村の外に向かっていた。正確には、今は立ち止まっている。目の前にミンリが立っている。ナンバー1は困惑していた。なぜここにいる?この寒い中にたった一人で。どうみても俺を待っていたようだが、正体を知られてはいないはずだ。分からない。周りに人の気配はない。否、近づく気配を感じる。二つ。ナンバー3達だと分かる。
ミンリ『あなたは何者。私の知っているおじさんは、この村の人たちだけ。村の外に行ったことはないから。私の夢に出てくる少年と同じ目をしているわ。あの少年はあなたなの?』
ナンバー1『何の話をしているのか分からないな。』俺たちは相思相愛だった。だが、この世界では愛し合う前に俺は消えているはずだ。
彼女を初めて抱いたのは、2058年なのだ。タイムラインのズレが生じているのか。俺たちのダイブによる変化のせいかもしれない。だから、ここが選ばれたのか。
ナンバー1『この村に来たのは初めてで、君のような小娘にあったのもあの酒場が初めてだ。』ミンリのそばを通り過ぎながら言った。
ミンリは泣いていた。分からない喪失感、悲哀感が押し寄せてきた。振り返ると黒服が4人になっていた。彼のそばに私と同じぐらいの年齢の女が立っていた。私より美人だと思った。なぜか、より悲しくなり、走り出した。
ナンバー3『いつも通り、俺が投げてもいいが。』BHBをナンバー1に見せながら言った。
ナンバー1『村のどこに投げればいい?』とナンバー4を下ろし、受け取って聞いた。
ナンバー2『教授からは、村の中央にある酒場に投げ込むようにと言われているわ。』
ナンバー1『すまない。』BHBに視線を落としてからナンバー3に返した。
ナンバー3は、BHBを受け取ってすぐに酒場に向かって走り出した。酒場はすぐに分かった。投げるタイミングは、あと44秒後(爆発まで74秒)だ。ナンバー4を助けた大男と女性が酒場に入っていくのが見えた。あの夫婦は運が無いなと思った。
時間になった。ナンバー3はBHBを酒場に向かって投げて、離れた。戻る最中に若い女性とすれ違った。我々を見ていた女性だと分かったが、すでにBHBから50m圏内に入ってしまっている。彼女も消失だなと思った。
ナンバー1は、酒場からは、あの夫婦の家は150m程離れており、ミンリはあのあと家に帰っていたら消失を免れるだろうと考え、『おやじ、酒を一緒に飲めて良かったよ。おふくろ、俺が息子だ。ミンリ姉さん、会えて嬉しかったよ。』とつぶやいた。
そして遠くにDBHを確認したナンバー1とナンバー2は、ナンバー3が戻ってきてからナンバー4を抱えて消えた。
ムルマンスク酒場半径50m消失。行方不明者9人。
STステーションのモニター室。
教授『みんな寒い中ご苦労だった。報告はあとで聞くから休みなさい。』
ナンバー1『…』無言で部屋を出て行った。
教授はそれを見ていたが何も言わなかった。
ナンバー2『はい。』部屋を出てお風呂で温まろうと思った。
ナンバー3『明日にでもベルトの使用温度範囲を調べておきます。』
教授は頷いた。最近は、なにも言わなくてもナンバー3がやってくれる。私の後継者候補だと思っている。
ナンバー4はもういない。凍傷の治療のために医務室で休んでいた。
教授『頼んだよ。』モニターを見ながら険しい表情で言った。
みんながモニター室から出て行ったあと
教授『ばかな!どうして!』憔悴した顔をして言った。
登場人物紹介(9話まで)
・ネモ教授 :65歳 インド出身 リーダー ラマラガン元大学教授。
・ナンバー1:40代後半 190cm ロシア出身 屈強怪力 本名ゾーン アーミーナイフ所持。
・ナンバー2:22歳 160cm フランス出身 長髪で美人 剣を背負っている。
・ナンバー3: 165cm位 アジア系 精悍な顔つき BHBを所持。
・ナンバー4:20代後半 170cm55kg イギリス出身? 茶髪で茶色の目 ナイフ所持。
・ナンバー5:1歳前後? カナダ出身 グリズリー。
・ナンバー6:1歳前後? カナダ出身 グリズリー。
用語
・BHB:球体型の爆弾?半径50mの全てを消失させることができる。
・DBH:?
・STステーション:5人と2匹の基地?




