「君を愛することはできない」と真実の愛を貫いたら全てを失いました……愛ってなんだろう?
「シー君、お帰りなさい♡」
仕事を終えて家に帰ると奥からエプロン姿の少女もどきがトタトタと可愛らしく小走りに出てきた。
私の可愛い妻、グウトン国の元王女もどきカミアだ。
「ただいま」
「お仕事お疲れ様」
仕事に疲れて帰ってきた家に可憐な花が出迎えてくれる程、心に潤いと活力をもたらすものはないだろう。
その花が例え雄しべであったとしても。
諸君は何の冗談だと思われるかもしれない。
だが、ふんわりとした桜色の髪と優しげな水色の瞳、雪のように真っ白な肌、背は低く肩も腰も折れそうな程に華奢な身体、どこからどう見ても美少女にしか見えないカミアはれっきとしたまごう事なき男である。
だが、誰よりも愛らしい。
世界で一番カワイイのだ。
そんなカミアが小首を傾げて指を頬に当てながら悪戯っぽく笑った。
くっ、カワイすぎる!
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」
さて、諸君ならどれを選択するだろう?
仕事で消費したエネルギーを補給する食事か。
仕事でべとべとになった体の汗を流す風呂か。
それとも目の前で佇むエプロン姿の男の娘か。
ふっ、考えるまでもない。
「カミア、君に決めた!!!」
「あん、シー君たら……あっ!」
私の選択は常に一つ!
細い腰に右腕を回してカミアを引き寄せ、左手で後頭部を押さえ込み、夢中で潤いのある小さな花弁を幾度となく貪る。
「カミア……好きだ!」
「やん、はげしっ、やっ、んっんっ……ダメェ!」
がっちりと腰と頭を掴み乱暴に口づけをするとカミアが身をよじって抵抗した。
だが、カミアの枯れ枝のごとき細腕で男の私に抗えようはずも……って、くっ、意外と力強いな!?
あっ、カミアも男だった!!
「ん〜!……ダ…メ……ぁぅ、ぃぃ……」
それでも私は負けじと押さえ込んでいると、しだいにカミアの力が抜けていく。
「ぷはぁ……もう、シー君ったらぁ〜」
「カミアが可愛い過ぎるのが悪いんだ!」
そんな可愛い顔で男の理性を試すからだ。
その後、私はカミアを風呂へ連れ込み一緒に汗を流し、食卓については膝にカミアを乗せて「あ〜ん」を交互にしあい、カミアを堪能した。もうひたすらにイチャイチャした。
「シー君……今ね私とっても幸せなの」
「私もだ……」
私の胸に頭を預けながらカミアが呟き、私はそれに同意した。
王位、国、臣下、友人……そして婚約者。
私は色んなものを失った。
もう地位も名誉も財産もない。
私は選択を誤った愚かな男である。
しかし、間違った選択の中でも愛を貫いた先には失ったものより大きな真実がきっとあるのだと私は信じたい……
私の名前はシナーフ・キシュホーテ。
キシュホーテ王国の元王子だ。
私にはモリカ・イルノアという婚約者がいた。
モリカは侯爵令嬢だけに教養も作法も所作も完璧で、常に節度ある振る舞いを心がける彼女は本当に貴族令嬢の鑑だと感心させられたものだ。
よくもここまで完璧でいられる、と。
だから、モリカとの婚約は政略だったが、彼女自身に不満はなかった。
不満はなかったが、満足していたかと問われれば答えは否である。
何かが違う……その何かの正体が分からず、私は悶々とする日々を送っていた。
そんな私の心の隙間を埋めてくれた者がいた――隣国からの留学生カミア・グウトン。
「シナーフ殿下、同じ王族同士仲良くしてくださると嬉しいです」
ふんわりとした可愛いらしい少女が挨拶に現れた時、私は雷に直撃されたようなショックを受けた。
美しさならモリカの方が圧倒的に上だろう。
だが、カミアの笑顔は春の日差しのように温かで、私の心にも陽気をもたらしてくれた。制服から覗く華奢な身体は折れてしまいそうで、彼女の存在をより儚く見せた。
――妖精がいる。
その日から私はカミアに夢中になった。
もう、彼女の事しか考えられない。
この時、愚かな私はその行為がどんな結果を招くか想像もできなかった。
周りが見えなくなった私は浮気現場に現れたモリカとの婚約を解消したのだが、そこでカミアの驚くべき真実を知らされた。
「カミア様は男の娘ですから」
「なんだとぉぉぉ!!!」
まさかの王女じゃなくて王子!!!
しかも、私は大衆の面前でカミアとやらかしてしまったので、もはや言い逃れはできない。
保守的な我が国では同性愛はタブー。
私は継承権を失いカミアと共にLGBTに理解のある彼女の母国グウトンへと送られた。
しかし、グウトン王国といえども王族の同性婚は法律でアウト。
カミアは王族から除籍され平民となり私達は全てを失ったのである。
失って初めて今まで王子だった自分が恵まれていたのだと気付かされた。
地位や財産、婚約者など当たり前のように与えられていたものに不満を抱くなど許されざることなのだ。
それらが手の平の水の如く指の隙間をすり抜けて、私の元には何も残らなかった。
私は愚かな道化師である。
ああ、こんなことならモリカをもっと大切にするんだった。
後悔しても全がもう遅い。
モリカは『キシュホーテの青薔薇』と呼ばれる美姫である。
あの薔薇の如く華やかで人目を惹く美少女を振るなど、私はどれほど身の程を知らずにいたのか。
考えてみればモリカとは接吻どころか満足に手さえ握ったことはない。
もったいないことをした。
ああ、モリカ……目を閉じれば今でも彼女の美しく微笑む姿が浮かんでくる……
ふんわりとした桜色の髪と優しげな水色の瞳、雪のように真っ白な肌、背は低く肩も腰も折れそうな程に華奢……って!
待て待て待て待てぇ!
モリカは青薔薇との呼び名のように青い髪と青い瞳だったはずだ!
今、私が思い浮かべた姿は……
ダメだ!
何度モリカの顔を思い出そうと目を閉じても浮かんでくるのはカミアの笑顔!?
あれ?
モリカの顔がボヤける。
だが、カミアの顔ははっきりと思い描ける。
そして、その笑顔を思い浮かべるだけで私の心臓がうるさく早鐘を打ち、ただカミアの事だけしか考えられなくなる。
どうしてだ?
どういうことだ?
いったい私はどうしてしまったのだ!?
これではまるで私がカミアを……す、き?
いや、いや、いや、いや、いや、いや、カミアは男の娘だぞ。
ありえん。
断じてそれはない!!!
私はいたってノーマルだ。
普通に女子が好きなんだ!
男を好きになるはずがない!!
それに私が今のように落ちぶれたのは全部カミアのせいだぞ。
カミアが…カミアがちゃんと男だって教えてくれていたらこんなことにはならなかったのに!!
……だが、それなのに……それなのに……カミアを想う度に胸が高鳴るのは何故だ?
自分で自分の事が分からなくなる。
私はおかしくなってしまったのか?
グウトン王国へ来てから私は答えの出ない思考をぐるぐると巡らせ、鬱々とした日々を送っていた。
そんな私を浮かない顔でカミアが見つめていたのに気付かないほど私は周りが見えていなかった。
本当に何も見えちゃいなかったのだ。
「ごめんなさいシナーフ様」
謝罪の言葉が耳に届き私が顔を上げて初めてカミアの表情がとてもつらそうであるのを知った。
「私のせいでシナーフ様は継承権も国も失ってしまいました……」
「カミア……」
今にも泣き出しそうにくしゃりと歪んだ表情のカミアを見たら、私の胸がぎゅっと締め付けられるように感じた。
カミアを無性に抱き締めて慰めたくなった。
「学園の生徒の大半は私の性別を知っていたからか、てっきり私の性別を知った上でシナーフ様は私を好きになってくれたのかと……」
その言葉に私は頭を金槌で叩かれたような衝撃を受けた。
そうだ、みんなカミアの性別を知っていた。
私は舞い上がってカミアをまるで見ていなかっただけじゃないか。
「私ももう王族ではないからシナーフ様の為に何もしてあげられません」
ついにカミアの涙腺が決壊した。
ぼろぼろと涙を流しながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝るカミアの姿に、彼女へ責任転嫁していた自分自身の愚かさをこの時になってやっと理解できた。
いつも笑顔のカミアを泣かせる私こそ諸悪の根源ではないか。
「違う。謝るのは私の方だ」
「シナーフ様?」
私は何を被害者ぶっていたのだ。
「カミア、君は何も悪くない。悪いのは全部この私だ」
全ては私の勘違いから始まったのだ。
私が暴走して真実を何も見ずにカミアとの愛を貫こうとした事が原因。
その結果で犠牲を強いられたのは誰だ?
それは私ではないだろ……傷ついたのは婚約破棄されたモリカであり、私の愛を信じて王族の地位を捨てたカミアではないか!
私はなんと愚かだったのだ。
私こそが加害者でありモリカが被害者だったのだ。
そして、私はまたカミアまでも傷付けてしまった。
一度は間違えた。
だが、次は間違えてはいけない。
「いいえ、いいえ、私が……私が悪いのです」
首を激しく振るカミアを強引に抱き寄せ、私はその頭を胸に掻き抱いた。
胸の中でヒックヒックと嗚咽を漏らすカミア。
私はカミアをこんなにも傷つけていたなんて。
「私のせいでシナーフ様は廃嫡されてしまいました」
「いや、それは私自身の過失だ」
そう、やっと分かった。
「私の軽率さが招いた事態だ。そして私の愚かさがモリカの名誉に傷をつけ、カミアを平民へと落としてしまった」
「シナーフ様……」
「許してくれとは言わない。だが、もう一度この愚かな私にチャンスをくれないだろうか?」
「チャンス?」
私の胸から顔を起こしたカミアが不思議そうに見上げる。
その仕草がなんとも可愛いらしい。
ああ、やはり私はまだカミアを……
「君の涙を見て思った……私はカミアのこんな泣き顔を見たくはないと、カミアには笑顔で……花の咲くような愛らしく明るい笑顔であって欲しいと」
カミアの小さな肩をガシッと掴み、しっかりと目を合わせる。
私はカミアの笑顔が好きだ……大好きだ!
この気持ちにもう迷いはない!!
「私は君が好きだ……カミアが好きだ。大好きだ。誰よりも愛している」
「えっ、でも、私は男……」
「関係ない……私はやっと分かったんだ。男か女かは関係なく、私はただカミアを愛しているんだ」
「ああ、シナーフ様……私も、私もシナーフ様をお慕いしております」
縋りつくカミアを両腕で包み込み、その頭に一つキスを落とす。
「私はもう王子ではない。ただのシナーフだ」
「はい、私も王女ではありません」
「地位も名誉も財産も……国さえ失くした」
ああ、本当に何も無い……ここにはシナーフという飾るものを持たぬ裸の男がいるだけだ。
「なんとも甲斐性なしの情け無い男だな」
「いいえ、いいえ、シナーフ様はとても素敵です」
「君に何も贈れない、何もしてあげられない」
「何もいりません……シナーフ様さえ傍にいてくれたら」
「こんな男でも結婚してくれるか?」
「はい……はい……私をシナーフ様のお嫁さんにしてください」
私とカミアの視線が絡み合い、それは強い引力を生み出して想いと共に互いの唇を結びつける。
カミアの温かく柔らかい感触に甘美な喜びが湧き上がり、それこそ私が彼を愛している証明となった。
「ありがとう……カミア」
「私……私……とても嬉しいです」
泣き笑うカミアを強く抱き締め、カミアだけは決して失わないと誓った。
その後、結婚式を挙げるべく教会を探したのだが、今の私の収入では贅沢はできない。
王都から少し離れた湖畔にひっそり佇む小さな教会で二人だけの式を挙げることにした。
「すまない……今はこれが精一杯」
「ううん、いいの。とっても嬉しいわ」
普段着で明るく笑うカミアに己の不甲斐なさを呪いたくなる。
ああ、せめてカミアに純白のドレスを着せてあげたかった。
きっと……いや、絶対に似合ったに違いないのに。
「それに、湖畔の教会は趣があって素敵よ」
妻となる者に慰められてばかりとは私は本当に情け無い男だな。
「大事なのは私達の愛でしょ?」
「カミア……絶対に幸せにしてみせる!」
私達は手に手を取り合って教会へと足を進――
「ちょぉっと待ったぁ!!!」
――もうとして待ったをかける聞き覚えのある声。
「「モ、モリカ(様)!!!」」
振り向けばヤツがいた!?
その人物は私の元婚約者モリカ・イルノア。
キシュホーテにいるはずの彼女が、青薔薇の名に恥じぬ美貌でにっこり笑って立っていたのだ。
「どうして君がここに!?」
「シナーフ様がご結婚されると耳にしまして――」
え、どこから情報を得てるんだ?
「――みなさんと一緒にやって来ましたの」
しかも、背後にたくさん令嬢がいるんですけどぉ!?
「私達『キシュホーテ貴腐人の会』一同で『真実の愛…その後観光ツアー』を組んで」
「なんだその怪しげな会と聞き捨てならないツアーは!!」
「実はお二人の愛の目撃者として私達すっかり意気投合しまして」
よく見れば後ろの令嬢達はみな婚約破棄の時に中庭で見た顔触れではないか!
「真実の愛をあまねく世に知らしめる『キシュホーテ貴腐人の会』を創設いたしましたの」
「ま、まさか、知らしめる真実の愛と言うのは!?」
「もちろんシナーフ様とカミア様の崇高な愛!…ですわ」
晒し者じゃねぇか!?
「なんせ私達キシュホーテの貴腐人の間でお二人は常に話題を独占しておりますから」
モリカに追随するように令嬢達も祈るようなポーズでウンウンと頷いているが……
「平民となった私達の話題など面白くもないだろ」
「何を仰います、王位を捨て王族を抜けてまで貫いたお二人の真実の愛こそ語り継がれるべき伝説!!」
やめてぇ!
語り継がないでぇ!!
「キシュホーテの貴腐人でお二人の愛を知らぬ者はモグリですわ」
「どこまで話が広まってるんだ!?」
「私達が伝道師となって広めておりますから」
お願い広めないでぇ!!
「このお二人の美しい愛を描いたアイノ・リカルモ先生の薄い本を使って」
令嬢全員がばっと手にした薄い本……贈呈ですと渡されたそれの表紙は咲き誇る薔薇の中で抱き合う私とカミアに似た男女(?)のイラスト。
「もちろんヒーローのモデルはシナーフ様でヒロインはカミア様ですわ」
それヒーローじゃなくてピエロだろ!
「モリカ会長、どちらもヒーローでは?」
「カミア様を攻めにしても面白いと思いますわ」
「何を言うの。シナ×カミは絶対正義ですわ」
「あら、カミ×シナも斬新でよくありません?」
「絶対シナーフ様が左側です!」
後ろの令嬢達が何かよく分からん用語で盛り上がっているが……とにかく彼女らが腐ってるのは理解できる。
「と、このように毎日お二人の愛がホットな話題なのです」
「くっ、怪しげな本をばら撒きおって」
「我ら『キシュホーテ貴腐人の会』の聖典を怪しげとは失敬な」
ぱらっとめくっただけで目に入る良い子には見せられない私とカミアの完全18禁のイラスト満載の本が怪しくないと?
「次のアイノ先生の新作には是非カミ×シナを所望いたしますわ!」
「あっ、ズルい、アイノ先生、次はもっと過激な絡み合いを!」
「いいえ、アイノ先生、初心に返って純愛ものですわ」
「あっ、コラ! 私の裏の名前をバラさない!!」
お前が張本人じゃねぇか!!!
「コホン、とにかく私達は真実の愛の行末が気になっ……心配になって『真実の愛…その後観光ツアー』を敢行いたしましたの」
お前ら間違いなく興味本位だよな!!
「ですが、やって来て正解でした。お二人の愛の証明が人目の当たらない場所で、しかもカミア様は私服だなんて……女にとって結婚式は人生で最大の憧れイベントですのよ!」
「いやカミアは男……」
「シナーフ様! カミア様は身体は男でも心は乙女でございます。真実の愛を貫いたあなたがそんな無理解なことでいかがいたしますか!」
いや、それは確かにそうなんだが……モリカに言われるのは何か納得いかん。
「もっと盛大に結婚式をやりますわよ!」
「だが、私には先立つものが……」
「問題ありません」
くるりと令嬢達へ振り返ったモリカは両手を突き出した。
「さあさあさあさあ、みなさんカンパでしてよ。立派な結婚式を挙げられるほど私の創作意欲が湧きますわ」
お前の為じゃねぇか!!!
「それでは婚約者から頂いたネックレスを進呈します」
「このヒヒイロカネの刀を……家宝を持ってきておいて正解でしたわ」
「では私は母の形見のこの指輪を」
それ全部売っちゃダメなやつだから!
「ダメだ。私達の結婚式の為にそんな大切な品々を……」
「大丈夫。真実の愛の前には婚約者も親もご先祖様もみ〜んな目を瞑ってくださいます」
そんなわけあるか!!
「会場は王都のど真ん中、カミア様には極上のドレスを……ああ、創作意欲が湧いてきますわ!」
「完全に自分の為だよな?」
こうして、あれよあれよと言う間に盛大な結婚式が準備されていった――熱狂した貴腐人達の手で……本人達の意思を無視して……
カラーン、カラーン――
カラーン、カラーン――
王都に祝福のカンパネラが響き渡る。
純白のウェディングドレス姿のカミアは本当に綺麗だ。
何より本心から嬉しそうに微笑むカミアは花が咲いたようにとても可憐だった。
モリカに引っ掻き回されたが、これで良かったのだと今は思う。
ただ、ヴァージンロードを歩く私は血走った目の令嬢達に見守られていたので、私の心境は死刑台に送られる罪人のそれであったが……
誓いのキスの時には令嬢達が総出で前のめりになって、血走った目を大きく見開いてガン見する光景は軽くホラーだった。
まあ、フラワーシャワーでは温かな祝福に包まれて、カミアが幸せそうだったから良しとしよう。
だが、ぐっと親指を立てサムズアップするいい笑顔のモリカ……鼻血は拭いてくれ。恐い。
「いやぁ、またまた良いものを見せていただきました」
「まったく薄い本の創作の為だけによくやる」
「心外ですわ。私はこれでもシナーフ様の幸せを真に願っているのですよ」
本当にシナーフ様を愛しておりましたから、と寂しく笑うモリカにハッとさせられた。
「すまないモリカ……私の軽率な行為が君を傷つけてしまった」
「いいえ、シナーフ様がお幸せならそれで良いのです」
「モリカは……その……今は……」
「私は大丈夫ですよ。婚約者も決まりましたし」
「そうか……」
「そんな顔をしないでくださいませ。私はそれなりに幸せですから」
そう言って微笑むモリカの美しさを私は今頃になって知った。
彼女を妻とし国を治める未来があったのかもしれない。
才色兼備な彼女なら、きっと良い国母となっただろう。
だが、その道は私の手で断たれ、絶対に訪れない未来となった。
「それでは末永くお幸せに〜」
「「「ご機嫌よ〜」」」
突然やって来て私達を引っ掻き回し、嵐のように去って行くモリカ達を影が見えなくなるまで見送っているとカミアが突然笑い出した。
「ぷっ、くっくっく……あははは……」
「どうしたんだ急に?」
「ふふふ……だってモリカ様って無茶苦茶なんですもの。キシュホーテにいた時はとても落ち着かれた完璧な令嬢だと思っていたのに」
「ああ、そうだな……」
笑いすぎて出た涙を拭うカミアをグイッと抱き寄せその頭にキスをする。
「本当に私は何も見えていなかったんだな……」
今回の件で私はモリカの事をまったく見ていなかったのだと思い知らされた。それは同時にカミアの真の姿も見ていなかったのと同じ。
だから、私は全てを失った。
だけど……
「私は今度こそ道を誤らない。共に幸せになろう」
「はい……シナーフ様と一緒ならきっと……」
カミアの幸せそうな笑顔に私の心が満たされる。
全てがなくなり一輪の花が残されたことで、私は真実をそこに見つけた。
私は本当に大切な宝を手にしたのだと……