Catalina Rercaro
一話の前編中編後編をすべてまとめてます。
Margaret Cavendish
Butler(本名謎)
Edward Anderson
Nicholas
Geoff
James
Helena
Zara
Owen
昔、街からかなり離れた森の深くに大きなお屋敷があった。そこは夜な夜な不思議な噂が立つ為誰もが怖がり近寄ることはなかった。Cavendish家の主人がその場所を気に入り、夫人を連れてその場所を新居とした。2人は世界を転々としながら様々な面倒なことを処理したりと忙しく回っていた。
ある日、一人の男がその屋敷を訪れ雇って欲しいと言ってきた。その男の身なりは酷く、あちこち服が破れ泥だらけだった。夫人はその様子をかわいそうに思い、この家で暮らせば少しはましな暮らしができるだろうと主人に意向を尋ねた。主人もその奇妙な男を大層気に入り、その男はその屋敷で住み込みで働くようになった。それから特に主人のお気に入りとなり、2人がいない時の屋敷の管理をその男に任せてしまった。周りからは小さな反感があったがそれを無視した。数日後、Butlerと名づけられたその男は、ある人が仕掛けた罠にとらえられた狼の子供を見つけた。あたりを見渡しても仕掛けた人は見あたらずそっと罠を外してやった。
少年:「ありがとうございます」
どこからか少年の声がし、あたりを見渡したが誰もいなかった。ふと見ると助けたはずの狼が人間の男の子に変わっていた。
Butler:「Geoff」
Butlerは優しくその子を抱きしめると屋敷に連れていくことにした。どこへ行くのかと不思議そうな顔を見せたGeoffは手をつなぐ男に尋ねた。
「あなたは?」
その顔を見ると奇妙で恐ろしい男はその時はなぜか優しい微笑みを見せた。誰かがそこを通ったならば誘拐か人身売買と思うだろう。ぐいぐいと少年の手を引き、何も言わず前を向いたまま歩きだした。
Butlerが戻ると中が騒がしいことに気づいた。他の女の召使たちがいそいそと屋敷の中をうろうろとし、お湯が入った盥やらタオルやら様々なものを子っていた。
「どうしたんだ?」
近くにいた男の召使に尋ねた。彼は一瞬びくっと震えたが、やがて笑顔で一人の娘が生まれたことを告げた。なぜこの男がここまで人から恐れられているのか気になるだろう。それはどうしても長い間残ってしまい隠し切れぬ痣や火傷の痕が顔じゅうにあったからだった。口は大きく笑うと耳まで裂けるほどではないかとまで伸び、目は他人を睨みつける癖があったのか吊り上がり、瞳は小さかった。その目を見れば多くの人間が化け物と思ってしまうほどの恐ろしさがあった。
さて、この屋敷の大騒ぎは長い間引くことはなかった。名前を早々とMargaretと名付けた夫人は赤ちゃんを抱きしめていた。Margaretは可愛らしい娘でButlerは彼女を見た途端に何かを思いついたのか、ぜひ自分が世話役になると名乗り出た。夫妻は驚いたが、Butlerの真面目そうな目を見て頷いた。周りの人はButlerを恐れていたが、この夫妻は違っていた。哀れな男を見るような目で彼に接し、なんでもさせるようにした。彼の昔の話を聞くことはなかったが何かを悲しいことが過去にあったのだろうと察していたのだった。
数年後がたった。Butlerは娘を可愛がった。反対にほっとかれたGeoffは嫉妬し、娘を噛み殺そうと考えた。
(僕がもし狼ならこのぐらい簡単さ)
自分自身が狼だとは思ってもいなかった。ましてや周りと違う人間だとも考えていなかった。自分はただの人間。だが、父に当たるButlerがそういうのならばそうなのかもしれない。ならばあの大きな犬が肉を咬みちぎるくらいたやすいことだろう。子供の嫉妬は怖いものなのかもしれない。親を取られた憎しみは悲しくひっそりと泣くものがあるか、仕返しをしてやろうという気持ちになるか、少なくともGeoffは後者だった。
その日の夜に、Margaretが寝ているのを確認し自分の手から長い爪が伸びたのを確認し、自分が何者であるかを確信した。父の言う通り、自分はそうなんだ。まじまじと見たことがなく気が付けば獣になっていたGeoffは自分の本当の姿を見て興奮した。
「何をしている」
慌てて後ろを振り返るとButlerが眉をひそめて立っていた。ギャッと驚きGeoffは飛び上がった。その拍子に眠っていたはずの少女が「きゃ…」と騒いだ。見れば首と肩の間から血が出ていた。驚いた拍子に手が彼女の首元に当たった為だった。爪から滴り落ちる血を眺め、震える手を見て怖がるGeoffにButlerはそっと抱きしめた。
「もう二度とこのようなことはするな。この娘を殺して何になる。お前のせいで死んだとなればあちこちから人間が襲ってくるのだ」
「だけど人間は弱いものだって」
「そうだ、それは一つの単体ならばの話だ。まとまって来られてみろ。恐ろしいものに変わるのだからな」
その言葉を聞いて不満げな顔を見せたが、
「人間に復習したい気持ちはわかる」
「父さんもそうだったの?」
Butlerは黙ってうなずき、彼を話すと首元を手で押さえたMargaretを治療し始めた。か弱い少女を傷つけてしまった。なぜこのようなことをしたのか、今となっては思い付きの行動が恐ろしい。GeoffはそっとMargaretの髪を撫でた。
虚ろな目をしていたMargaretはパチリと目を開けた。その大きく可愛らしい目はGeoffの冷たい心を溶かした。両手を差し出すとギュッと抱きしめ、自分がしたことの償いをしようと考えた。
段々とMargaretの優しさに気づき、Geoffは彼女のことが好きになった。それはButlerも屋敷の主人も2人をまるで兄妹のように育てていたからだったGeoffもMargaretを本当の妹のように大切にするようになった。Margaretが何か怖いものを見たり、意地の悪いメイドに虐められたりして泣いているとすかさずGeoffがやって来るのだった。
「お坊ちゃんは容量がよくていいんですけど、お嬢様が何もできず何かすれば泣き虫で…嫌になってしまいますわ」
ある日、召使の一人の女が周りの人たちに愚痴を言っていた。
「世間知らずな女の子でしょう。住まいもここで森の中ですし、誰とも話し相手もいないんですし」
ともう一人の人は柔らかく言ったことに、Zaraというその女は
「そうですわ、世間知らずもいいところです。Geoff様がこの家の息子様でしたら少しは張り合いがありますのに」
近くを歩いていたGeoffはその言葉を耳にしていた。いくら自分が褒められていてもMargaretのことを悪く言われるのは我慢ならなかった。物音に気付きZara達はGeoffが近くにいることを察して、口を閉じた。Geoffの冷ややかな目は怒りに満ち溢れ、その場の人たちを震えあがらせた。
「お兄様」
その夜は満月の綺麗だった。そっと窓から外に出ようとしたGeoffにMargaretは声をかけた。
「お兄様、どこへ行かれるの?」
後ろを振り返るとMargaretがまだドレスの姿でお茶の乗ったお盆をもって立っていた。驚いた表情を見せたGeoffは平静を装いながら優しい口調で
「どうした?」と聞いた。Margaretはおどおどしながらも大好きな兄に喜んで貰おうとしたことを表したくて
「お兄様が勉強されてると思ってお茶を持ってきたの」と持っていたものを小さく前に出して見せた。Geoffは可愛らしい妹の気遣いに喜びながら手前にあったテーブルの書類たちをどかしスペースを開けた。
「どこへ行こうとしていたの?私もお兄様と一緒にどこか行きたいわ。家の中が静かでつまらないんですもの」
Geoffは目をキラキラさせる彼女を連れていきたくて仕方なかったが、危ないのは目に見えていた。ゆっくりとお茶をすする妹を眺めながら
「Meg、君はついてきてはいけないよ」
と優しくGeoffはそう言った。だがカタンとカップを置いたMargaretは
「お兄様と一緒がいいの。ねぇわたくしも連れて行って」と言い、甘えた声でお願いする妹には頭が上がらず「絶対俺の傍から離れるな」と渋々答えた。
「内緒だぞ」そう言うと妹の手を引き夜の森の中へと入っていた。
街の方へ軽やかに飛ぶ二人の影があった。一人が少女を抱え飛んでいた。
「お兄様凄いわ」
「下を見るな」
楽しそうにキャッキャと笑う妹を見て、兄は微笑んだ。そのうち下で誰かが通る音が聞こえ、トンと綺麗に着地した。木の中が空洞で人が一人入れるほどの場所にGeoffは連れて行きMargaretにささやいた。
「Meg、君はここにいろ。何があっても出てきちゃだめだよ」
その言葉にこくんと頷き、妹を置いて歩き出した。
だがいくら待っても兄は帰ってこなかった。上を見れば満天の星で光り輝いていた。月はいつもより大きくまるで手を伸ばせば掴めてしまいそうだった。
(どこ行ったのかしら)
そっと洞窟から外を見たが木々が生い茂り真っ暗で怖く感じた。でも兄に会えないほうが怖いと考え、勇気を出して穴から外に出てみた。
暗い森の中を兄の名前を呼んで歩く。
グルルル…
脇の草がカサカサと音が鳴り、獣のような声が聞こえてきた。
(お兄様?)
暗闇の中一人ぼっちでさらに怖くなり、泣きそうになった。それでも周りから鳴る草の音は消えることなくだんだんと近づいてきた。
「ひゃ…」
何かが目の前に飛び出してきた。足元を見れば獣が牙を剥き出してこちらを向いていた。他にも仲間がいるらしく周りを囲むようにゆっくりと近づいてきた。思わず後ずさりをするがその歩幅と同じように獣たちもゆっくりと近づいてきた。トンと背中に何か当たるような感触がし、自分が木に背中を当てたと気づくと逃げ場がもうないことに絶望した。一匹の獣がバッと飛び掛かりMargaretは思わずしゃがみ込んだ。
目の前に何かが立ちはだかった気配がし、恐る恐る目を開けると誰かが立っていた。
「お兄様?」
見れば後姿は確かにGeoffそのものだった。だが頭の先には先ほどのような獣の耳が付き、尻尾も生えていた。
「Meg、目を閉じてろ」
声もGeoffだとわかるとこくんと頷いて両手で顔を覆った。だけれど人間はするなと言われるとしたくなるような質で、Margaretもそういう子だった。指の隙間からそっと覗き、時にはぎゅっと指を閉じたりしていた。残虐な物音がしなくなり手を外すとGeoffが跪いて顔を覗き込んでいた。言いつけを守らなかった悪い子のMargaretを優しくポスっと叩いた。
「ったく、あそこにいろって言ったろ」
「でもお兄様が」
「帰ってくるから」
怖かったと泣き出した妹を優しく抱きしめた。
それからもMargaretは満月の夜になるとそっとGeoffと外へ出かけた。彼自身は彼女を連れて行くのは気が引けたが、Margaretの頼みには逆らえず、またある人物から守るためでもあった。彼女は全く気付いていないようだったが、その人物の目は奇妙なものだった。
そんなある日、1人の家族がCavendish家の屋敷を訪れた。
「ようこそいらっしゃいました」
そう迎えたのはCavendishの主人だった。
「お久しぶりです。こちらが息子のEdwardです」
そう紹介を始めた人物はこの屋敷の主人と昔からの友人だった。彼らはEdwardとMargaretを結婚させようと考えていたのだった。父親に呼ばれそっと横に立ち、Margaretは丁寧にお辞儀をした。暫くしてお互いの緊張もほぐれ、父親たちが話している間、屋敷の中庭のテラスで会話を楽しんでいた。
「Meg」
遠くから兄の声が聞こえ、振り返るとヒラヒラと手を振った。その笑顔は誰から見ても可愛らしかった。Margaretは「どうしたの?」とキョトンとした顔を見せ、Geoffのいるところまで走っていった。
読者の皆さんはお気づきかもしれないが、彼は可愛い妹のMargaretに婚約者がいるなど考えたくはなかった。いくらこのお屋敷のお嬢様だとしても自分が血のつながっていない人なら好きでいても、ましてや結婚しても構わないと思っていた。それくらい彼は彼女のことが好きだったし、MargaretがEdwardと楽しそうに話しているだけでも気にくわなかった。だけどMargaretを傷つけるようなことやEdwardを取って食おうとは考えていなかった。心の中にそっと自分の気持ちを押し込んだまま、Edwardが帰ればMargaretに優しく触れるだけだった。それに彼らの幸せを取ろうとも思っていなかった。お互いが幸せならばいいじゃないかとGeoffは自分に言い聞かせていた。
だがもう一人、二人の幸せをよく思わない人物がいた。
ある日、Margaretが屋敷の中のガーデンを歩き、花を摘んでいた。母親が病気だと知り、見舞いにと摘んでいたのだった。
「お嬢様」
声がし、ふと顔を上げるとButlerが立っていた。
「あら、どうしたの?」
籠いっぱいに入れた花束を整えながら立ち上がりMargaretは尋ねた。
「Meg」
もう一人の声がし、そのほうを向けばGeoffがこちらに向かってきていた。
「お嬢様がお見えにならなかったので探していただけですよ」
そう言うと胸に手を当てお辞儀をして出て行った。訳の分からないという顔でMegは首を傾げた。
「けがはなかったか?」
跪き妹の両手をつかみ、Geoffはそう言った。
「ないわ」
クスっと笑うMargaretを見るとほっとしたような顔つきになった。
計画が邪魔されたと感じたButlerは何かいい方法がないかと考えた。自分の息子を大切に育ててきたつもりで、自分の思い通りに動くかと思いきや自分の計画の邪魔をするばかりだった。それに息子の思い切りの行動が見られず、MargaretとEdwardとの縁談が進むたびに怒りを露わにしていた。その様子をGeoffが見るたびに怖がり、Margaretに何かをするのではないかと考えていた。
その頃、この屋敷の主人が消息不明になったとあちこちで噂が立つようになった。
「お嬢様」
考え事をしながら庭を歩いているとMargaretが花を摘んでいた。思わず声をかけてしまい、どうしたのかと尋ねられたが何と答えたらいいのかわからなかった。タイミングよく表れたGeoffにほっとしながらも二人の幸せそうな顔を見て笑いながらその場を後にした。そのばをあとに
その数日後にButlerは一人娘のMargaretに久しぶりに友人などを招いてホームパーティーをしたらどうかと尋ねた。
「でも、お母様の様態があまりよくないの」
そう俯き加減でいうMargaretに
「きっとお嬢様が楽しそうにしていらっしゃれば、奥様もよくなりますよ」
その言葉に明るくうなずいた娘にButlerはニヤリと笑った。
ホームパーティーはその数日後に開かれた。招待された客も、近くで狩りをしていた狩人のNicolasやその友人のJames、娘の友人でJamesの恋人でもあるHelenaなど多数訪れた。招かれた客は美味しい料理を食べたり、初対面の人と話したりと各自が大いに楽しんでいた。召使の人たちも久しぶりに大きなイベントがあると張り切り、主人がいなく暗かった屋敷はMargaretの笑顔とともに明るくなった。
「Edward様」
会場の隅にいた婚約者の男を見つけ、小さく手を振った。彼もすかさずMargaretの傍へ駆け寄り、Margaretは来てくれた人たちに紹介しようとした。誰もが幸せそうな二人をみて微笑んだ。
「久しぶりね、Margaret」
手にグラスを持ちながら、こちらへ向かってくる少女がいた。以前Margaretがまだ小さいときに母親の知り合いの家へ行ったことがあった。
「Helena」
2人は何年ふりの再会を喜んだ。Helenaは隣に立つ男性達を二人に紹介した。
「こちら私の恋人のJamesよ。そしてその隣がNicolas」
それからJamesはNicolasと、HelenaはMargaretと会話を楽しんでいた。
「Geoff」
ふとEdwardが会場内をチラッと見るとこちらをじっと睨みつける男がいた。目が合うと気まずそうに眼をそらしたのが見え、Margaretにちょっと行ってくると言ってGeoffが立つほうへ向かっていった。
Edwardがこちらへ向かってくることに驚いたが、彼は逃げるようなことはしなかった。だが目を合わせることはしなかった。
「Geoffという名だったな」
「…」
何も答えようとしないGeoffにEdwardは得意げになりなりながら
「先日はどうも」
と挨拶をはじめ、話し始めた。
「Margaretは知っているのか?もし知らないんだったら家族を騙してるってことにもなるが。…何れ襲うつもりなっだろうがな」
「なっ…」
その言葉にGeoffの瞼が動いた。
「ほお、どうする気だ?知られたらまずいんだろう」
「…」
挑発する口調でEdwardはさらに続けた。
「だが、Margaretに手出しでもしたらこちらもお前をどうするかわからないからな」
「…」
一か月前の満月の夜、Geoffがいつものように森の中いたらEdwardに見られたことがあったのだ。暗闇でよく見えなかったが彼に間違いがなかった。その時は自分自身も肉に食らいついていたのだった。お互いの長い沈黙が流れ、気まずそうにGeoffは顔を背けたまま、Edwardはずっと睨みつけていた。やがて「お前の正体を俺は知っている。ここでばらしてやったっていいんだぞ。覚悟しとけよ」
小さく彼の耳元でEdwardは言うとフッと笑ってその場から離れた。
Geoffは唇を噛みしめ、去っていく背中を睨みつけていた。
(誰がMargaretに手なんか出すものか。俺はお前が攫っていくと考えただけで胸が痛いのに)
噛みしめた唇は血に汚れてきた。
「お兄様?」
何事かとMargaretは聞いていたらしかった。服の裾をちょいちょいと摘ままれ、見るとキョトンとした顔がそこにあった。
「Edward様と喧嘩したの?」
「いいや、大丈夫だ」
微笑みながら答えると「血が出ているわ」とハンカチを差し出してきた。気の利く一番のお気に入りのこの娘を手放してしまうのは悲しい、いつかそうなるとは覚悟していたがあまりにも早すぎると考えた。
(ご主人様がいないからだろうか)
この屋敷には屋敷の主人が先日から行方不明になり、夫人は病を患っていた。跡継ぎは一人娘のMargaretしかいなく、自分は屋敷を任されるには値しないだろう。そうするとEdwardとMargaretが結婚したのならば、自分はどうなるのだろうか。屋敷を追い出されるのならまだしも、Edwardには正体を知られてしまっている。あの挑発的な態度では身の危険を感じた。もしそうなったら黙って受け入れるしかないのだろうか。
そんなことを考えていた夜、Geoffは父に呼ばれ、命令を告げられた。それを聞き驚いたGeoffは思わず
「この場でですか?」と聞いた。
断ろうとしたGeoffにButlerは黙ってうなずいた。父の部屋をでたGeoffは何やら思いつめた表情だった。
「Cavendish夫人を殺せ、お前ならできるはずだ」
父の言葉が大きく頭の中で何度も再生され、苦しい。自分の部屋に戻ると吐き気を催した。ドアを背に崩れ落ちるように腰を下ろしたGeoffは頭を壁に当て上を見上げた。fanが回り続けている。音を立てることなく、誰かが止めなければ止まることがない。急に露われGeoffを部屋に呼んだButlerのようだ。何を考えているのかわからず、実の息子でさえも恐ろしいと感じることが多々ある。
「殺るしかないか…」
いつも自分を気にかけ、本当の母親のようにいてくれたCavendish夫人をこの手で殺すなど父は何を企んでいるのか。だったら父がやればいいじゃないかと小さな自分が頭の中で騒いだ。その通りだ。なぜ自分に罪をなするつけるのか。父は「処理は俺がやる」といった。だが殺したことには変わりないじゃないか。神はどこかで必ず見ている。自分が過ちを犯したもの、罪のないものを殺せば、母に値する人を殺したら神は許してくれないだろう。一生この先もそれを背負って生きていくのはごめんだ。そう心の中で呟いているとドアの向こうからトントンとノックする音が聞こえた。
「Margaretか?」
思い込んだ表情を出さないようにドアを開けるとそこにはButlerが立っていた。
「父さん…」
「何をぐずぐずしている」
「…」
「…」
「嫌です」その言葉はButlerには聞こえず「早く行け」という大きな声にかき消された。それに押されるようにGeoffは走り出した。
夜中、誰もが寝静まった時、黒い大きな影が屋敷の中をうろうろした。やはりGeoffにはできないことだった。
「何をしている」
夫人の部屋の前で躊躇っている息子をButlerは睨みつけた。
「俺にはできません」
カタカタと震える声でそういう息子に舌打ちをしながら部屋に戻ってろと命令した。
その日の朝、屋敷の主人とその妻が死んでいるのが発見された。一人娘のMargaretは二人の遺体を眺め涙を流した。昨日のパーティーで残って部屋に泊まっていた人たちは哀れなMargaretをみて心を痛めた。
「Meg、とても残念なことだわ」
Helenaは跪いて泣くMargaretを抱きしめた。Edwardはある人物を睨みつけていた。その目を見て顔を背けそうになったが、それは自分が行ったと濡れ衣を着せられそうになると考え、片方の眉毛を上げ片目でEdwardを睨み返した。
「お嬢様、お伝えしたいことがあるのです」
ずっと黙って成り行きを見守っていたButlerはMargaretに告げた。
「この屋敷に殺人犯がいると思いますよ」
「へ?」
驚いた顔を見せたMargaretにEdwardはそっと彼女の肩に手を置き、Geoffを睨みつけたまま
「だったらそこにいるGeoffだと俺は考えるな」Butlerに同情するように彼はGeoffはの名前を挙げた。信頼の厚いEdwardの発言に周りもGeoffを見る目は不審なものへと変わった。
「…は?」
「お前はこの屋敷の子ではないだろ。この二人を殺せば…」
「やめろ!」
Edwardが話せば話すだけ周りの人の疑惑の目がGeoffに向いた。
「違うわ!」
その場に響き渡る声でMargaretは言った。
「お兄様はそんなことをする人じゃないもの」
「だが、Meg。その優しさには裏があるって考えたことはないのですか?」
「それならもっと早くにもっとうまくやるでしょう?」
「…俺たちに擦り付けるために今日を選んだと考えないのですか?」
「いいえ、考えないわ。逆に誰かがお兄様を陥れようと考えているのだと思うわ」
その場にいた人たちが互いに顔を見合わせた。
「なら他に誰がいるって言うんですか?」
「それは…」
Margaretは口を噤んだ。Margaretの横にいたHelenaは考える仕種をしながら
「私、犯人ってもう外へ逃げてしまったと思うわ。わざわざここにいるなんて思わないわよ」
「…そうよ」
Helenaの助け舟にMargaretはコクコクと頷きながらそう言った。その様子を誰からも見えないようにクスクスと笑っているものがいた。その日の犯人捜しは幕を閉じた。外を見ればさっきまで快晴だったはずが、その屋敷から誰も出さないという様に、天気が荒れ吹雪いていた。
「Jamesを狙え」
昨晩何も食べていなく、酷い吐き気と頭痛に悩まされていたGeoffにButlerは彼の部屋に入りそう言った。
「え?」
しつこく脅され、渋々部屋を出て行った。自分が疑われている中、このようなことをするのは気が引けた。そっとJamesの部屋を覗くとベッドの上で大きないびきをかきながら寝ていた。
(これなら何とかバレずに行けるかな…。明日の話間どうなるか不安だが…)
そう思いながらそっと首元に歯を当てると今まで感じたことのない血の味がし、慌てて体を上げるとその人の周りに紫色の煙が立ち、人狼へと変わった。
「え?」
焦っていると、Jamesが目を開けた。Jamesは口を開けてパクパクと言葉が出ないでいるGeoffを不思議な目で眺めた。自分の顔に何かついているのか、どうしてこの者がここにいるのかと聞きたいことは山ほどあったが、起き上がって目の前の鏡に映った自分の姿に驚いた。戸惑いの隠せない両者を隅の方で見ていた執事は高笑いした。次の日になり、誰も犠牲者が出なかったことに誰もが喜んだ。嵐はまだ続き、Margaretは止むまでここにいたらどうかしら?と提案し、全員がそれに賛成した。その中で、Jamesは集まった人たちを見て悲しそうな顔をした。小さく手を上げ
「実は僕が狼なんだ。昨日の夜、自分の姿を見て驚いた…」
その言葉を聞いて彼の恋人は驚きつつも、支えになろうと彼に近づいた。来るなという風に手を前に差し出した。だが何も躊躇いもなく彼に近づき抱きしめた。
「関係ないわよ、それに一昨日の夜は一緒にいたじゃない」
「そうだけど…。こんな姿じゃ…Helenaが…」
その二人の様子を楽しくないと思っている人物がいた。執事だった。他人の幸せはロクでもないと考えていたからだった。冷たい表情のまますかさずポケットから拳銃を取り出し、彼の額に命中させた。誰もが言葉を失い動けず、その中で彼の恋人は彼を抱きしめ、Margaretは可哀そうな彼女のそばに寄り添い共に泣いた。その日はそれで話し合いも終わり解散となった。Edwardが彼女を呼び止め「まだ人狼がいるらしいな。大丈夫か?一人で」とGeoffを睨みながら心配そうな顔をした。
「いいえ、いないわよ」
「君は何も知らないんだ。奴がどういう者なのか」
「知っているわ、でもお兄様は誰かを襲ったりはしないの。私の大好きなお兄様なんだから」
その言葉を聞き、納得のいかないという顔をしながらも優しくキスをして
「戸締りはしっかりしとけよ」と言った。その様子をGeoffは眺めていた。
そんな夜、Margaretがそろそろ寝ようと読んでいた本を閉じかけたとき小さくトントンと扉をノックするものがいた。
「誰?」娘が小さな声で尋ねると
「お嬢様、ちょっとお話が」と執事の声がした。切羽詰まったものの言い方で何事かとMargaretは扉を開けた。
そんな中、館には黒い影が別の扉の前でうろうろしていた。
「何か物音がする」
自分の部屋の前でウロウロする不審な音に耳を澄ませながら何か武器になるものはないか探していた。閉めていたはずの扉が一人手に開き、中にいた人を驚かせた。だがすぐに顔を変え、ニヤリと笑った。
「やっぱりお前だったか」
「…」
「わかってんだ、Geoff。フードを外したらどうだ」
その言葉に耳を貸さず、
「すまないが、俺はお前が嫌いだ。手出しはしたくなかったがな」
とフードの影から赤い目を睨ませた。
「Jamesはなぜおまえの仲間になったんだ?」
「さあな」
ゆっくりと近づいてくるGeoffから後ずさりしながらEdwardは尋ねた。
「俺を殺して何になる。Margaretが泣くんだぞ」
「黙れ!」
Edwardは押し倒され細いGeoffの力に恐怖を覚えながらもそれを顔で出すまいと努力した。もう主人も夫人も死んだ。明日になれば追い出されるか殺されるのだろう。ならばここで殺しておくしかない。自分の身のためにも。
「Megに手を出したお前を許さない」
「どの口が言うか、先ほども言ったがMargaretを泣かせることになるんだ」
「黙れと言ってんだ!」
ものすごい剣幕にEdwardは口を噤んだ。Geoffは腕を振り上げ、Edwardは顔を背け目を閉じた。
銃声音が聞こえ体の上にあった重みが消え倒れる音が聞こえた。目を開けるとGeoffが血を流して倒れていた。
「…」
「大丈夫か?」目の前には銃を持っていた男が立っていた。
「あぁ…」
ゆっくりと立ち上がり、服をはたきながらそう答えた。
「後をつけてたんだ。やっぱりこいつだったか」
Edwardは歩き出そうとしたが、何かがズボンのすそに触れた。Geoffが這いつくばったまま片手で傷口を抑え、最後の力で強く握りしめていた。Nicolasは再び銃を構えた。それをサッとEdwardは阻止し
「Geoff…君がしたことは許されない」
「…くっ…」
血を吐きながら歯を食いしばる彼は小さな声で「Megを…」と言い出した時Nicolasは構えた銃で弾を放った。それはGeoffに命中し、彼は息絶えた。
銃を持った男はGeoffのフードを外した。
それを一部始終見ていた男は唇を噛みしめながら
(使い物にならなかったか、だが少しはいいものを見せてくれたな)
と考えニヤリと笑った。
次の日の朝、ロビーで昨日死んだ男と重なるように幸せそうに眠りについたHelenaが発見された。この数日間で5人の人物が死んだ。これ以上は見たくない。そうEdwardが思った時ふと誰かがいないのに気付いた。
「Margaret」小さくそう言うと弾丸に弾き飛ばされたかのように駆けだした。「Edward、どこへ行く」後ろから自分の名前を聞きながら暗くなった廊下へ駆けだした。
★中編★
あちこち屋敷の中を探し回り広い建物をあちこち歩き回った。今日までこの屋敷の中を歩き回ったのは初めてだった。召使に聞いてもMargaretの居場所がわからないといった。
「私も探しているんです」
と困った顔をしていた。Geoffに気を取られ、やはり昨日は1人で部屋にいるのではなく、一緒にいるべきだった。
「ん~」
微かにだが奥の方から声が聞こえた。
(Margaret…?)と声がするほうへ走りながらも周りに注意しながら向かった。
長い階段を降り、ピチャ…と音が聞こえ、思わず立ち止まると足ものと濡れていた。慌てて濡れた靴を見ると水で、天井を見上げても雨漏りがしているわけでもなさそうだった。その奥はやけに寒く、近くの壁もなぜか濡れていた。まだ階段は続き、地上の光は届かない。その時になってNicolasを連れてくればよかったと後悔した。
「んん…」
再び声がし、女の声だと分かった。近くにいることもわかり、Edwardは大声でMargaretの名前を呼んだ。その声に反応するかのように女の声もし、手掛かりが少しつかめほっとした。
部屋は鍵が開いていた。両手首を上にあげ、足は閉じた恰好で鎖で拘束されMargaretはEdwardの顔を見ると半泣きの顔でタオルで何も話せない口で何かを訴えていた。
「今助けてやる」
近くを見渡してもカギになるものはなかった。
「Margaret、どこに鍵があるのかわかるか?」
そうEdwardはタオルを外しながら聞いたがMargaretは首を横に振った。怖がるMargaretをそっと抱きしめ落ち着かせた時、Edwardの後方を見て目を見開き、口をパクパクさせた。
「ん?」
何を言っているのかと耳を傾けたとき、後頭部に衝撃が走った。
「お目覚めですか?」
Edwardが目を開けるとButlerが口が裂けるのではと思うほど横に伸ばして奇妙な笑いをしながら言い出した。
「貴方の勇敢ぶりには痛感させられました」
「…」
口を塞がれ見動きの取れないEdwardは声を発することなくButlerを睨みつけた。
「これじゃ何も話せないみたいですね。最期に何か言いたいことはありますか?」
(最期…?)
その言葉に自分の身が危ないことを気づかされジタバタと拘束が解けないかと暴れた。この不思議な男を早めのうちにどうにかするべきだった。先日からの話し合いで全く何も話さずいるのかいないのかわからないやつを放っておいた自分が情けなかった。Butlerという男の目をまじまじと見ると、誰かを殺すなど簡単だという目をしていた。狂気じみており、口は笑っているが目の奥では何を考えているのかわからないそういう顔をしていた。自然と涙があふれ、目だけでMargaretを探したが見当たらなかった。(もしかしたら)そんな最悪なことを考えてしまい、頭の中でそれを消した。
Butlerはククと笑いながら、口枷を外した。
「っ…Margaretは?」
噛みつくような目で自分が今恐怖で仕方ないという顔を出さないようにEdwardは彼女の存在を聞いた。
「貴方の今の状況がわかっていますか?」
「俺は殺させるんだろう。…それは構わない。彼女が無事ならば」
「ほう」
「Margaretがまだここにいるなら今すぐ逃がしてくれ」
更にButlerの口が横に伸び
「面白いお方だ、そんな約束を俺がすると思うか?」
声は部屋に響き渡る。冷たく感情のこもっていない声だった。
「お前の目的はなんだ」
「さぁ」
「答えろ!」
「負け犬が何を偉そうに」
そう鼻で笑うと拳銃の口をEdwardの額に押し当てた。
「貴方に言って何になる」
喉の奥でククと笑い、引き金に指を置いた。
「やめて!」
Butlerの後ろから誰かの声が聞こえた。それと同時に銃静音が響き渡った。
恐る恐る目を開けるとEdwardは自分が生きていたことに驚いた。Margaretが先ほどの状態のまま叫んでいた。
「Butler、貴方の目的は私よね?彼を開放しなさい」
「お嬢様」
「私はあなたの言うことに従うわ、あなたに何をされても構わない。その代わりEdwardを放してあげてちょうだい」
言葉を失うButlerの横でEdwardは声を上げた。
「やめろ!こいつは…」それを遮るようにMargaretは微笑んで
「いいのよ、Edward」と言い、Butlerの方を向き直って
「ねえ、お願いしますわ」と媚びるような目で言った。ゆっくりとButlerに近づきそっと口づけをした。驚いた様子を見せたButlerはMargaretの頭を押さえさらに激しく今までの気持ちを開放するようにそれに答えた。その隙にButlerのポケットの中を探り、手に引っかかったものをそっと投げた。Margaretから渡された鍵がEdwardの手元に転がり、Edwardは困惑した目でMargaretを眺めた。
(早く行きなさい)
死者を出さない唯一の方法だとMargaretは考えていた。目でEdwardにそれを伝え、彼は鎖を外すと外へ駆けだした。
ロビーでEdwardの帰りを待っていたNicolasは彼の疲れ切った顔を見て
「どうしたのですか?」と訪ねた。
「ここでは話せない、どこか遠い所へ…」
「Margaret様は?」
「…」
黙って何も答えないEdwardを眺め、何か事情があると察したNicolasは口を噤んだ。
森を抜け、町へたどり着いたNicolasは自分の知り合いの店の酒屋にEdwardを招いた。
「ここの二階に俺は住んでいるんです。部屋は大量にあるから、使ってください。狭くて悪いが…」
Nicolasはこんなところは身分の違う人が住むようなところではないと考えたが、Edwardが住むところはここよりも遥かに西のほうだった。
「いや、ありがとう」
そうNicolasの提案に答えたEdwardを見て微笑んだ彼は「早速本題に入りたいんだが」と酒場のカウンターの席に腰を掛けた。カウンターの反対側に立っていたNicolasの友人でこの店のオーナーのMichelは黙って話を聞いていた。
Michelはその話を聞いて憤慨した。彼はMargaretを知っていたのだった。
「その話、本当ですか?」
Michelは身を乗り出してEdward達の話に加わった。
「あぁ」
「Cavendishのお嬢様はとてもいい方でした。その隣に執事の方がいましたがそれはたいそう偏屈で、この住民たちを怒鳴り散らしたんです」
「なんて?」
「Margaret様が頼まれていた靴の色が違ったらしいんです。Margaret様は間違えた色の方も好まれ、それでその時は丸く収まりましたが…それ以来Butlerさんの顔はとても恐ろしいものでした」
「俺もあの目の奥から狂気じみたあの表情が…」
とEdwardが頷いている横でNicolasがMichelに
「なぁ、Margaret様に兄っていたのか?」
「いいえ、噂によりますとGeoffという青年がその屋敷におり、そのものは突然そこにやってきたのだと聞きました」
「Geoffか…」
「恐らくあそこの主人が哀れに思って招き入れたのでしょう。今その方は?」
そう尋ねるMichelに二人は顔を見合わせ、先日起きたことを話して聞かせた。黙って聞いていたMichelは頷いた。
「あの方はとても優しい方でした。この村に満月の夜来ては誰かを襲うのではなく、処刑されるはずの罪人ばかりでした。罪のない人を殺したくはないと稀にここにきてはいつも言っておりました。妹に当たるMargaret様についてもいろいろ心配していらっしゃったようで…」
Edwardは胸が苦しくなるような感じがし、黙って聞いていた。
「あの2人は血がつながっていませんけど、まるで兄妹のようで…Geoff様もわかっていたんです。いつか「俺がもし死んだときは誰がMargaretを守ってくれるのだろうか…。俺はいつか誰かに狙われるだろう。…もしそうなったらMichel、頼めないか?」と話されたことがあったんです」
「おい、Michel。俺はそんな話聞いてないぞ。それに奴にもそこまであったこともない。いつもここで寝泊まりしているのに」
「…あぁ、そうだったな。Geoff様は夜いらっしゃっていたんだ。たまにはMargaret様もいらしていたよ」
「…あの場所にMargaretを残してきてしまった…」
「Butlerと名乗る男はGeoff様は恐れていました。何があるのか?と聞いても確信が持てないからというばかりでした」
あんなにMargaretを大事にしていたGeoffを殺してしまった。人狼だったという理由で。本当はCavendishの屋敷で死んだ者は全てGeoffの仕業ではなかったのではないか。もしかしたらButlerが建てた策略に乗せられたのではないか。そうEdwardは考え、Butlerの目の奥で笑うあの顔を思い出し身震いした。
「お兄様はそんなことをする人じゃないもの」
「お兄様は誰かを襲ったりはしないの」
そう言ったMargaretはしっかりと兄という人物を知っていっていたのだ。彼女は何も知らない少女だと勝手に思い込んでいた。だが、あの夜Geoffは間違いなく自分の部屋にやってきた。Geoffの顔は殺意に満ちていた。なぜそのようなことを考え出したのか。「Megに手を出したお前を許さない」とGeoffは言っていた。お互いの両親が決めたことだ。手を出したわけでもないだろう。
以前Margaretと馬車で出かけたことがあった。迎えに玄関で待っているとGeoffが出てきた。
「Margaretさんは?」
と聞いた時のGeoffの顔が曇り、何しに来たといったような顔をしていた。その後ろをMargaretがいそいそと現れ、その時は丸く収まった。あの時彼女が出てこなければ何か小言を言われたのではないか、思い出しただけでもそういった気持になる。
それから何か月後に3人はMargaretを連れ戻すためそっとCavendishの屋敷へと向かった。
その頃ButlerはMargaretに
「行ってくる、いい子で待っているんだ」
と優しい口調で言い、額にキスをすると屋敷を出ようとしていた。Margaretの前ではこの偏屈な恐ろしい性格の人でもその少女を見ると口元が緩んでいた。彼はいつかMargaretと結婚してこの屋敷の主人になることを望んでいた。いつまでも下っ端で扱われているのは我慢ならなかった。
Butlerの過去がそろそろ聞きたくなるころだろう。あの憎たらしい人間の森で起こった暴動で山火事が広範囲で起きた。
「母さん、父さん」
遠くから逃げそびれたGeoffが泣いていた。Butlerと彼の妻は探した。幼いGeoffは火に囲まれどこに逃げたらいいのかわからず佇み泣いていたのだった。
「Geoff!」
Butler達は彼を助けようと火の中を飛び込みGeoffの元へ走った。救出し逃げようとしたときGeoffの上から焼けた木が倒れてきたのだった。妻は彼を弾き飛ばし、彼女はそれの下敷きとなった。事の発端はCavendishの屋敷に以前住んでいた主人が木を燃やしButlerらのような生き物を皆殺しにしようと考えた為だった。街の住人には安全を提供するとモットーにその主人は考えたのだった。Butlerは、幼いGeoffを抱え森の隅で暮らした。だが、2人の悲劇はそれだけでは終わらずGeoffが4歳のころButlerは彼に社会経験にとお使いを頼んだのだった。
「大丈夫だよ、父さん。僕行ってくる」
そう言ってGeoffは覚えたての人間の姿になり洞穴を後にした。
それから夜になってもGeoffは帰ってくることがなかった。心配したButlerは森の中を探し回ったが見つかることはなかった。Butlerは夜も眠れず、食料を探す気にもなれず、何日も森の中を彷徨い、通りゆく人々にGeoffの居場所を尋ねては知らないと言われ、その顔は狂気染みていると多くの人を怖がらせた。幼いわが子がいなくなれば誰だって血眼になって探すのは人間も狼も関係がないはずだった。そんなある日、遠くから馬車の音が聞こえてきた。Cavendish家の住人が引っ越してきたためだった。そっと前の住人が帰ってきたのかとそうすれば復讐してやると粋がって草むらからそっと覗いた。もうこの時にはGeoffがいない悲しみと人間に対する復讐の念で心はいっぱいだったButlerは何か人間にしてやろうとその屋敷へと向かった。Cavendish家の主人は哀れなButlerの姿を見て招き入れ、熱いもてなしとともに、重要な仕事を言い渡した。その後ButlerがGeoffを発見した時は大層喜んだ。成長し大きくなっていたがGeoffには変わりなかった。そのうちMargaretが産まれ、屋敷の中は明るくなった。ButlerもMargaretの幼い顔を眺め、可愛らしい少女に心が引かれた。成長したMargaretとGeoffが日ごろよく遊んでいる姿を見て彼を屋敷の主人にさせ、その横でサポートをしようと考えていた。それが最大の復讐ではないかと考えた。MargaretがGeoffのことを知っていても何もせず、更に愛していることがButlerにはわかっていた。この屋敷の家族は優しかった。さらにButlerはMargaretのことを気に入り彼女を危ない思いをさせるのを避けようとした。
「父さん」
ある日、Geoffが父の部屋を尋ねてきた。
「なんだ?」
書類を置き、どうした?と尋ねたButlerにGeoffはきまり悪そうに首元に手をやりながら
「Margaretのことなんですが」
と話し始めた。聞けば自分がMargaretのことを好きになってしまったこと、でも彼女には婚約者がいること、おそらく自分の気持ちは気づかれていないだろうということだった。
「誰にも言えず、でも一人で考えれば考えるほど心が痛くなって…吐き出すだけ今言って満足しました。…わかっているんです。自分は釣り合わないんだって。いつかはこんな日が…」
そう言い終わらないうちにButlerは椅子から立ち上がった。びくっとそれに反応し、怯えた息子に
「何をつまらないことを考えている。あの娘がだれかと結婚すれば俺たちはここから追い出されるのかもしれないんだぞ。それか今のような生活はできないんだ」
「…そうですが、俺にどうしろと?MegのそれはMegが決めることですし…」
俯き陰で拳を握るGeoffをみてどうにかしてEdwardという男を排除できないかと考えた。この家の主人たちにも悪いが、死んでもらうに限る。だが、殺人犯になるのはごめんだった。誰かのせいにし、ひっそりと行う方法…自分自身の夢、息子の希望を消してはならないとButlerは考えた。だがいつの日かGeoffをは父を避けるようになった。年頃の男ならそうするのだろうが、Geoffの避け方はなぜそのようなことをし始めたのか誰にも分らなかった。時にはMargaretがButlerと話していると彼らを引き離すことさえし、経営学や政治学の勉強はそっちのけでずっとMargaretの傍から離れまいとしていた。その様子をButler自身も気に入らなかった。いつの日か気が付けば様々なもので脅し、命令に背けば命はないとまで言いつけた。Margaretの安全を第一に考えていたGeoffは彼女に影響がないことなら嫌々でもその指示に従った。そのうち父からの命令は時とともに恐怖へと変わっていった。
「Butler?」
Margaretの声が聞こえ我に返った。彼女は何かを心配する顔をしていた。
「あぁ、大丈夫だ」
そう笑顔を作り、唯一の息子の写真を鞄に入れた。
Butlerが屋敷を出て行ったのが見えた。これは幸いとEdwardとNicolasとMichelはそっと屋敷に入っていった。屋敷のドアを叩くと使用人が出てきた。
「Margaretは?」
と尋ねた3人を召使は彼女の部屋へと通した。3人の姿を見て驚いたMargaretは心から喜んだ。彼女を救出することに成功した。4人は外に誰もいないことを確認すると森を抜け、Michelの酒場へと戻っていった。
夜になってButlerが戻るとMargaretがいないことに気づき、Edwardの仕業だと決め憤慨した。自分の唯一の夢がズタズタに切り裂かれ、自分のデスクの書類の山を一気に床へたたきつけた。
その様子を開いたドアから見ていたものがいた。先日雇われたZaraという女だった。なにかそとから物音がし、Butlerが顔を上げるとZaraという女が立っていた。
「旦那様、どうされました」
「あぁ…」
何でもないというButlerにZaraはそっと彼を抱きしめた。
「この日が来るのを待っていたのです。お嬢様が…Margaretがいなくなりました。ここはもう私たちの場所なのです」
「私たち?」
「えぇ私はあなたと同じ種族なのですよ。もうあの悪夢はもうおしまいなのです。人間は私達の下でひれ伏せばいい。そう思いませんか」
それはいい考えだと納得したButlerは今までの目となり、強い口調で
「Margaretを探し出せ、俺はほかにやるべきことがある」
と命令した。Zaraは笑顔でそれを引き受け、部屋を出て行った。
★後編★
数年後、Michelの酒場は可愛らしい娘がいると有名になった。その酒場は以前の場所とは離れた数年後Edwardの家の管轄地内に建てられた。MargaretとEdwardは結婚前提で付き合い始め、Edwardの家の主人にも挨拶は済ませた。その主人はCavendish家の夫妻がなくなったことを悲しんだ。Margaretにここに暮らすよう提案したが、結婚をしていない状態では入れないとお断りした。社会勉強を兼ねてMargaretはMichelの酒場で働くこととなった。そのこともありこの酒場には平民だけでなく裕福な人たちも来るようになった。
そんなある日、隣の領地から一人の男が走っていた。
「Anderson様!」
その男は息を切らしながら酒屋にいるEdwardの元へやってきた。
「どうした?」
「先ほど、隣町まで行ってきたのですが、耳に入れておいたほうがいいと思いまして、それに街の方では…その…」
急に口ごもり俯き加減で、頭を掻いた。
「話してくれ…」
そう彼と同じように緊張した顔をした。あたりを見渡したその男は「Margaret様は?」と尋ねた。Edwardは彼女は今日体調が悪くて部屋で寝ていることを話すとその男の表情は明るくなった。
「ここの居場所を知られてはならないと思います。それに…店も…」
首をかしげるEdwardに
「街の方へ行きましたら、誰かを探す張り紙があちこちに貼ってあったんです。Margaret様でした。探し出したものには賞金をやると…」
「それは本当か?」
「はい。それに、あちらの方ではButlerという男が統治している様なんです」
「Butlerが?」
Edwardの他にMichelやNicolasも驚き、互いに顔を見合わせた。Margaretを失ったことをそこまでになって探すものなのか、彼女の両親はGeoffではなく奴が殺したのならば、もうあの屋敷は奴のものなのではないか。
「Margaret様を探している理由…」
Nicolasが手を顎に当て考え始めた。やがて何かを思う付いたらしく耳打ちを始めた。
「Edward、悪いが早めのうちに手を打っておいたほうがいいだろう」
「手を?」
「あぁ、Margaret様やつをCavendish家の人間ではなく君の姓を名乗らせるんだ」
(そうすれば完全にCavendishの人間ではなくなるってことか)
「あちらも探さなくて済むはずだ、他に理由がわからない。当の息子をいいように利用していた奴だ。何が何でもあの屋敷を手に入れたいと考えたのだろう。屋敷のほかに身分も」
そうNicolasは話し終えると、息を切らして走ってきた男にもう一度偵察はお願い出来ないかと頼んだ。
「わかりました、うまくいくかはわかりませんが」
そう言うと腰に護身用の拳銃を挿し、店を出て行った。
「なにかあったの?」
階下が騒がしかったのでMargaretはそっと話し終わるのを確認すると下に降りて行った。
「Margaret、君はあまり降りてきてはいけないよ?」
「え?」
驚いた表情を見せたMargaretに三人の男たちは口々に状況を説明しだした。それでも困った顔をしている所に一人の女が訪ねてきた。
その女は店の中に入ると「酒は?」と言った。短めに切られたその髪は一瞬男かと思われた。この地域にはふさわしくないようなそう言った服装をしていた。何かイライラしている様で、椅子にドカンと座るとタバコをすかし始めた。
他の人たちはこの異様な女に眉を寄せながらNicolasはMargaretにそっと「上に上がってろ」といった。その小さな言葉が聞こえたようで、その女の耳がぴくっと動いた。
「なぁ、そこの娘。ちょっと顔を貸してくれないか?」
「え?」
階段を上りかけたMargaretは振り向いて思わず返事をした。
「あたしは客だよ、ここには他に女一人いないじゃないか。相談してほしいことがあるんだ」
と言い出した。MargaretはEdwardと顔を見合わせNicolasを見て、Michelをみた。Michelは小さな声で「ここから話すのはどうだ?」とカウンターの自分が立っている側を提案した。だが、その女にはそれも聞こえたらしく「早くここに来い」と言い出した。渋々その女のいるテーブルの迎いに座ると
「私はZaraだ。君は?」
と尋ねてきた。
「Janeよ」
警戒して本名を答えなかった彼女の発言に三人が心の中で拳を握った。それから三人はMargaretの楽しそうな様子を見て、あまりZaraには何も警戒することないと思い、Michelは店の仕事を続け、Edwardは一回自宅に戻ると言い、Nicolasは買い出しに行った。
Nicolasが店に戻った時、店の雰囲気が変わってると気づいたのはそう遅くはなかった。中に入れば椅子だのテーブルだのが散乱し、Michelの姿もMargaretの姿も見えなかった。あれほどいた客も全くいなく、何が起きたのかと目を見開いて立っていた。
「あぁ、Nicolas…」
ふと後ろから誰かの声が聞こえた。Michelだった。彼は片腕を布で抑えそこからも血がにじんでいた。
「Margaretは?何があった」
慌てた口調でそういうNicolasにMichelは震えながら事の顛末を話して聞かせた。
「あのZaraという女はMargaret様を探していたらしいんだ。彼女と話しているうちに気づいたのだろう。今思えばZaraは召使だったそうだ。こんな形とは違う風でいつもパッとしないような恰好をしていたそうだ」
「…」
「ZaraはJaneと名乗った少女がMargaret様だということは初めのうちから知っていたらしいんです。俺たちがいなくなるのを待っていたようで…」
「そうか…それで?Margaret様は?」
「彼女は二階にいるよ。最初、彼女の手を掴み外へ出ようとしたもんだから私が止めたらこの有様だ」
Michelはため息をついて言った。Nicolasは周りを見渡した。
「ほかにけが人は?」
「自分だけで済んだよ」
「…そうか…すまんな」
申し訳なさそうに言うNicolasにMichelは笑って
「いいや、お前のせいじゃないよ。ただMargaret様は怖がっていてもう外には出たくないと」
その言葉にNicolasは頷いた。まだZaraもButlerもこの近くを彷徨っているだろう。それにこの場所をもう知られてしまった。
「そのほうがいいな。そのZaraという女ももしかしたらButlerの仲間なのかもしれないな。それでここも知られたんだろうし。時間の問題な気がするが…」
「明日になったらEdward様に状況を説明しよう。俺たちだけでは何も解決できないからな」
そう二人は言うと扉に鍵をかけ、営業を早めに切り上げた。Nicolasはドアの前に大きな本棚を何個も置きもし誰かが入ってきたとしても入れないような工夫を始めた。
「Michelさん?」
そっと階段の上からMargaretの影が見えた。Nicolasは笑顔で
「降りてきても大丈夫だ」
と言った。そろりと下へ降りてきた彼女にNicolasは
「店の営業を当分やめるか?」と聞いた。Michelはその答えに
「どうせだったらどこかへ逃げたほうがいいと思うが」と言うとNicolasは手を顎に当て考え始めた。
「あの…」
状況から小さな声で言うMargaretに初めは誰も気づかなかった。
「私…」
その声ではっと顔を上げたNicolasはMargaretの肩に手を置いた。
「つまらないことは考えないで」
「でも…」
とMichelの腕を見ながら俯きがちに
「皆には迷惑をかけたくなくて…私の家の問題を…Butlerは優しい方よ。それに…」
「それに?」
「えっと…親切で…誰かを不幸にさせるなんてことは考えないわよ。さっきはあまりにも気が動転しちゃって外に出たくないって口走ったけれど、本当はそう思っていないわ。…あの家に私は呼ばれているのかもしれないじゃない…」
「…」
Nicolasが何を説得しようか悩んでいると外の様子が騒がしいのが聞こえた。玄関から覗くより窓からとMichelは二人を二階へと上げた。一回の電気は全て消し、二階の窓も明かりをつけないようにと言い聞かせ、三人はそっと覗いた。外には何十人もの男がいた。どれも見覚えがなくここの街の住人ではないように感じた。彼らは手に武器のようなものや農具を持ち、近くを歩くこの街の住人を脅かし歩いていた。通りすがる住人は異様な雰囲気の集団を恐れできるだけ近づかないまいとし、Margaret達と同じように遠くから見ていたり、走って逃げたりと散らばっていた。
「聞いたか、ここに殺人鬼がいるらしい」
「やっつけちまえ」
といった声が不気味な集団の中から聞こえた。
「何かあったのかしら?」
そう聞くMargaretに他の2人も首を傾げた。暗い街の中心部にこの異様な雰囲気の男たちはいつまでも声を荒げていた。
MargaretはGeoffの話が再び出てくるとは思わなかったと涙を流した。あの不気味な男たちによって大好きなお兄様がこの街では悪く言われていた。あんなに優しくていつも味方になってくれた人だったのに、自分の両親を殺したなど思えなかった。だから群衆たちが亡くなったはずのGeoffを探し出し、死体となったGeoffの墓を探し出し、丁度お参りをしていたMargaret達の元に人々はやってきた。Margaret達をどかし、墓を穿り出しその骨を晒そうという魂胆だった。残酷なことが行われることに我慢のならなかったMargaretは気の狂ったような目をしている人々に大声で
「違うわ!Geoff…お兄様はそんなことをする人ではないもの」
と言い出した。周りの2人が止めようとしたが、大好きな兄のことならMargaretは黙っていられず、怒りは収まらなかった。人々の前に立ち、兄の潔白を証明しようと言い出した。
「何をしている」
とどこからか声がした。長老のように白く長いひげを生やし、腰を曲げたお爺さんがやってきた。そのお爺さんが歩くところに道ができ、敬う様な姿勢を見せた。
「お嬢さんや、わしの土地でなに大声で喚いていたのだ」
どこの誰だかわからないが、土地という発言から偉い身分の人だと判明し、丁寧にお辞儀をした。
「ごめんなさい、お爺様。私、こんな残酷なことをする人たちが我慢できませんでしたの。貴方の場所だとは知りませんでしたわ」
その言葉からそのお爺さんは「残念だが、そのことを命令したのはわしだよ」
「え?」
「昔はここは平和だった。だがその男のせいで平和は崩れてしまった。じゃから二度とこのようなことはするなと言う見せしめだ。いくらその人がお前さんの兄でも、骨になったものはモノとしては変わりない。教養の材料にしたほうが今後の身のためだと思うがね」
その言葉に思わずMargaretは何叫ぶ声で
「いいえ、そうは思いませんわ。それに私のお兄様はそのようなことをしていないわ」
といった。NicolasもMichelも止めに入ろうと加わった時、長老はニヤリと笑い
「ならば、誰だと言いたいのかね?」と聞いた。
「それは…」
Margaretは口ごもった。だがやがてはっと思い出し
「Geoff兄さまが言っていたわ、俺はBu…」
Margaretが言い終わらないうちに強い力でそのお爺さんに口を塞がれた。
「この治安を悪くするようなもの共を連れていけ」
その人は力がヨボヨボではなく力強く、それに誰かの声に似ていた。
(どうして早く気づかなかったのかしら)
三人は馬車に乗せられ、しばらく走った後NicolasとMichelは降ろされた。Margaretだけそこに残され、森の奥深くまでその馬車は走り続けた。
Margaretが降ろされたところは古い塔だった。罪人が来ると言われている場所で思わず彼女は身震いした。昼間の雲ない日なのにそこだけは暗く、カラスが飛んでいるようだった。早く歩けと言われ縄を撃たれた。中は冷たくひんやりとしていた。あまりの恐ろしさに泣くことも騒ぐことも、抵抗することもできずただ中へ入っていくMargaretは顔を青ざめ眉をひそめた。
その頃Butlerは誰からにも支持されるほど強い力を持っていた。市民たちからも厚く、誰もが彼以外の有望な男はいないと喜んでいた。それは言葉巧みな話し方のせいだったのかもしれない。彼は人に共感を持たせる話し方を身に着けたのだった。たとえそれが間違っていたとしても、Butlerの話や演説を聞いてしまうと頷かずにはいられないようなマインドコントロールにかかってしまうのだった。それに彼は気に入らないものは徹底的に殺し、力ずくで政治を行ていた。人々は恐怖で楯突くこともできずButlerの思うがままにすべてことは進んでいった。誰も逆らえず逆らったものには死を与える。そうした精神的の圧力によりこの街は黒く邪悪なものへと染まっていった。
そしていつの間にかMargaretに対する愛は憎いものへと変わっていた。可愛さ余って憎さ百倍というのだろうか、彼は自らの手で殺し、自分のものにしたいと考えるようになった。顔も体も傷つけることなくそれが彼にとっての彼女への愛だった。今までの罪人はその実験に使われたと考えてもいいだろう。恐ろしい男はいつまでも何をしていても恐ろしかった。
牢屋の中に入れられ、1人になったMargaretは微かに光る小さな窓を見上げ涙を流した。誰も助けに来てくれる人がいないのではないか。NicolasもMichelもあの後どうなったのか分からなかった。愛するEdwardは自分を探しに来てくれるのだろうか。
「きっとそうよ」
彼にかけてみたい。彼はいつも優しかった。愛する兄と同じように自分になにはあるとすぐに駆けつけてくれた。牢屋内での生活は最低限の食事を与えられるだけで今までの生活とは全く違った。ここに来たものは死刑だという言い伝えがあり、いつ殺されるのかわからない恐怖でMargaretは夜も眠ることができなかった。
何日間そうしていたのだろう。小さな窓だけが昼なのか夜なのかを知らせてくれるだけだった。起き上がる気力もなく僅かなスープのみを与えられ、精神的にも疲れてきたころ
「Meg」
とどこからか声がした。力のないMargaretは声がするほうに顔を向けた。
そこには死んだはずのGeoffが立っていた。
「お兄様?」
自然と涙が出た。いつも自分に何かあるとすぐに駆けつけてくれた兄だった。泣きじゃくるMargaretにGeoffは彼女を抱き上げ腿の上に座らせた。幼いときにいつもそうして慰めてくれた兄は優しくささやいた。冷たく暗い牢屋はそこだけ明るく暖かい光に包まれた。
「Meg、希望を捨ててはならない。きっと君に迎えがやってくるから。俺はあいつに…託したんだからな」
ますます声を殺して泣くMargaretをGeoffは抱きしめた。彼に体温はないはずなのに温かかった。
「いいことを教えてやる」
「何?」
「Edwardが来ているといったら?」
その言葉を聞いてさらに涙を流した。
「それほんとう?」
「あぁ、俺は全て見ているよ。だがMeg、君が…」
「なに?」
「いや、なんでもないさ。…ほらずっと泣いていると変な顔になるぞ」
おどけた調子で言い出したGeoffにMargaretは思わず笑ってしまった。
「やっと笑った、いつでも呼んでも構わない。Megの為なら必ず守ってやる」
ポンポンと頭を撫でられGeoffは姿を消した。撫でられた部分にはほのかな温かさが残っていた。
その頃Andersonの軍が隣町に攻めていた。先日見られた夜の人たちはやはり隣町のButlerが統括する場所の住人だった。それから、彼らの凄まじい非行ぶりはやまず、Andersonが統括する街にも影響を及ぼし、治安が悪化して行った。
「Margaret…」
あの日、Edwardはサプライズで様々なことを考えていた。煌びやかなドレスやそれとおそろいのガラスの珠が散りばめられた靴を彼女にプレゼントしようとしていた。それらは彼の屋敷で眠っている。その光はいつになっても消えることなく、光り続けていた。
馬に乗り、憎い敵の領地へEdwardとNicolas達の軍は向かっていった。
「お供いたします」
Nicolasはそう言ってついてきてくれた。力強い人に助けられ、Edwardは頷いた。彼らの軍は勇ましくButlerの屋敷へと向かった。
ある夜の日だった。Margaretは等々呼ばれた。手首に巻いた縄を掴まれ、両腕には大きな男が付いた。一つの部屋に連れてこられると白い布で目隠しをされた。
「あ…」Andersonの屋敷の中であのガラスの靴が音を立てて落ちた。使用人が誤って落としてしまったのだった。その靴は周りについた赤いガラス玉を彼方此方に散らばせ四方八方に飛び散った。あんなにも綺麗だった靴が今となっては光を失ってもう直すことも後戻りのできないように見えた。使用人は涙を流し崩れ落ちた。
Nicolasは目の前で自分を庇いながら撃たれたEdwardを抱え涙を流した。
「Edward様、どうして俺なんかを…」
「許してくれ、どうしてもMargaretの傍へ行きたいんだ」
「貴方様が生きていなければ…」
「いいや…あれを見ろ。Geoffが顔を背け泣いているんだ…」
そうEdwardは森の中を指さした。Geoffが悲しそうな顔をしてEdwardに何かを訴えていたのだった。
(殺した俺には見えないのか…)
その方角を指さしてもNicolasには何も見えなかった。血を吐き息を失ったEdwardを抱え、Nicolasは馬に乗り他の生き残った僅かな兵隊とともにその場を後にした。
戦いは大敗に終わった。この街はButlerの政治下にあった。型破りな生活は許されない。罪のない兵隊たちが何人も死んだ。どうすることもできない悔しさと後悔でNicolasは酒場に引きこもった。
「ちょっと考えさせてくれ…」
二人の死は自分の中でもとても大きかった。この街はいつかまた飲まれるだろう。唯一の救いが二つの街にある深い森だった。未だに平和なゆったりとした生活はかろうじてできていた。
ある日、Michelが買い出しに行ったとき、何やら大勢の人たちが揉めているのが見えた。
「どうしたんですか?」と聞くと隣の領地の人となにやら喧嘩をしているようだった。
「お願いします、ここで生活したいんです」
そう切羽詰まった声があちこちで聞こえMichelは1人の男と話してみることにした。
ふと見ると見覚えのある男が刀や銃を持った人たちとこちらに向かってきた。
「Owen?」
彼は以前Edwardが使いに出したものだった。
「今までどこに行っていたんだ?それにその者たちは?」
「Michel、あまり驚いた顔をするなよ。すべて偵察してきたよ」
「…遅いな。もうEdward様もMargaret様もいないんだ」
「知ってる、俺はそうなる運命だったことも知っているよ。Edward様もButlerに狙われていたよ。過ぎ去ったことは仕方がないじゃないか。だがな、復習をするなら今だってことだ」
「何を言ってる」眉をひそめたMichelにOwenは鼻で笑っていった。
「わからないのかい?この状況が」
そう言って周りを指さすと、隣街の人たちがこの街に入れてくれとしきりに騒いで訴えていた。
「これであちらの味方はほぼゼロに近い」
Michelにでさえも隣の住人が言ってきた。
「…」
「Nicolasは?彼なら話が通じるだろう」
とOwenは言った。
(自分では話が通じないってか)その言葉に機嫌を悪くしながらもMichelは彼らを自分の酒場に連れて行った。
NicolasとOwenは久しぶりの再会を喜んだ。先ほどの会話をNicolasに話して聞かせると、頷いては見せたが俺は何もしないと言い出した。
「本当だったら反撃したいほどだ。だがな…」
頭を抱えながら言うNicolasに
「いいのかこのままで、もうあちらのことは見えているんだ」
といった。長い説得の末、Nicolasは返事をした。
「これからは君がここの人たちを引っ張っていくんだ」
「それは俺には向いていないよ」
噴水前で演説する前にOwenとNicolasは笑ってそう会話をしていた。
「聞け!この街はかつて平和だった。隣のButlerという領主が納めてからこの街は不幸に見舞われている。今こそ自由を求めて戦うんだ」
ど大声で言うNicolasの周りにはこの街の住人と隣から逃げてきた住人が聞き入っていた。言い終わると聴衆はわっと声と両手を上げNicolasに同調した。
その話はButlerの元へといっていた。
「どうするんだ?」
傍らに座るZaraがButlerを睨みつけた。屋敷の外には自分たちの行いは間違っていたことを伝えようとする輩が大勢いた。
「ここも終わりだな」
Butlerはポケットからそっと1人の青年の写真を出した。
「Geoff…。俺はどこで間違えた。いつもお前のためにと思っていたが…。だが、自分の身を守るばかりに…」
「いいんですよ、父さん」
目の前に現れたGeoffはニコッと笑った。