第9話聖女と名高い美少女が彼女になりました
「ま、茉莉は俺に告白したって事であってるか?」
「そうです! そ、その。こ、答えを教えてくれませんか?」
「こ、これからよろしくお願いします!」
好きになった人から告白された。
嬉しい感情を抱きながらも、好きになられた理由とか、俺なんかが茉莉と釣り合うのかとか、色々と腑に落ちない点は多々ある。
でも、そんなことは知ったことじゃない。
好きなものは好きだし、告白して貰えたのなら受け入れない理由にはならない。
それ程までに俺は茉莉に強く惹かれているのだから。
「私と付き合ってくれるんですか? 小さい時にちょっと達樹くんに弄られたのが理由で好きになった私とですよ? お、重い女の子かも知れないのに?」
「好きになった理由なんて些細なもので良いだろ。現に俺だって茉莉を好きになった一番の理由は誰にでも優しくて、でも根はどこにでもいる普通の女の子ってとこだし」
茉莉は俺を好きになった理由が大したことがないと不安そうにする。
だが、俺の方こそ好きになった理由も大したものじゃない。
わざわざ好きになった理由と好きになったまでの期間。
そんなものに縛られる必要なんてない。
好きになったから、恋人になってみる。
これはきっと間違いじゃないはずだ。
自問自答を繰り広げる中、俺はひとまずの決着をつけるべく声を張る。
「細かい理由なんてどうだって良いだろ。茉莉は俺が好きで、俺は茉莉が好き。改めて俺から言わせてくれ、俺と付き合ってくれ。いいや、付き合ってください!」
チャンスは逃さない。
欲望のまま、俺は茉莉に告白しなおした。
「はい。喜んで!」
満面な笑みでOKを貰えた。
それが堪らなく嬉しくなり、互いに何とも言えない幸せな気分に浸りながら、確かめてしまう。
「茉莉って、俺の恋人だよな?」
「もちろんです! 達樹くんこそ、私の、こ、恋人ですよね?」
とまあ、互いに恋人になったことが予想外過ぎて何度も何度も確認を取り合ってしまうのであった。
幸せな気分に浸り始めた俺達。
しかし、そうはいってもいられない。
ある問題を抱えており、こればかりはすぐに対策を練らねばならなかった。
「で、だ。これって親父とかに伝えた方が良い……のか?」
幾ら義理とはいえ俺と茉莉は兄妹になる。
兄妹になってから互いに惹かれて行くというのも、あり得ると言えばあり得る。
しかし、親父と郁恵さんは俺達が仲の良い兄妹になって行くのを望んでいる。
だからこそ、ある程度経った後に『茉莉と俺は恋人です』だなんて伝えたら、ショックを与えてしまう可能性が非常に高い。
「下手したら卒倒ものですよね……。多分、もう少し後に言っても平気だとは思うんですけど、やっぱりなるべく早く言った方が……良いと私は思います」
「つ、つまりだ。今から郁恵さんと親父に茉莉と恋人である事を伝える必要があるって事か?」
「はい。そういう事ですね。だって、私達が兄妹として仲良くなっていると思っていたのに、いつの間にか恋してました~って打ち明けるのは怖くありません?」
「だ、だよなあ……。早いうちに言っておいた方が安全か……」
一気に走る緊張。
この問題を放置することはできず、放置すれば後々大きな問題に発展する可能性が非常に高い。
絶対に無視できない問題だ。
ここで男を見せなければ、ダメだ。
そう思った俺は茉莉を連れて親父と郁恵さんが居るリビングに茉莉と向かう。
リビングに辿り着くと、楽しそうに話しながら荷解きをする二人。
その二人にかしこまって俺は話しかけた。
「親父。郁恵さん。少し、話をしても良いですか?」
「ははっ。何をかしこまってるんだい。達樹」
「そうよ。達樹君。私達は家族なのよ? そんなに緊張しないで?」
「その……実は俺と茉莉なんですけど、こ、恋人なんです」
恋人になりましたよりも、恋人であったと偽る。
なぜなら、もし恋人になりましたと言ってみようものなら『恋人になる事は許さない』と言われてしまうかもしれないからだ。
「達樹くんは私とお付き合いしてるんです」
俺と茉莉のカミングアウトのせいで、目を真ん丸にした二人。
静けさが気まずさを募らせていく中、カミングアウトによってもたらされた空気を打ち破ったのは親父だった。
「すまない。私達のせいで取り返しのつかない傷を二人に負わせるかもしれないことを先に謝らせて欲しい……」
言葉と同時に頭を下げる親父。
横でしんみりと何かを考えていた郁恵さんも口を開き謝罪をしてくる。
「そうね。二人には私からも謝らせて頂戴。本当にごめんなさい。私と辰巳さんの再婚で、あなたたちは義理の兄妹になった。もし、破局したら……後腐れなく終われなくなるんだもの……」
一度出来てしまった縁は切る事が難しい。
俺と茉莉は義理とはいえ兄妹になる。
それはどこまで行っても、付き纏うに違いない事実だ。
俺と茉莉が恋人として終わってしまっても、縁はもう切れない。
もし、俺と茉莉が別れてしまったのなら後腐れなく綺麗に終わる事は出来ない。
親父と郁恵さんは、自分たちの再婚で俺と茉莉に修復不可能な傷を残すかもしれない可能性を生んだことを……謝っているわけだ。
「……」
「……」
俺も茉莉もなんと言えば良いか分からない。
言わない方が良かったのじゃないかと後悔で胸が苦しくなる中、茉莉は声を絞り出して親父と郁恵さんに言った。
「達樹くんと私は絶対に別れませんから安心してください!」
兄妹と言う関係になってしまい切っても切れないような関係になった。
そのせいで困るのは『俺と茉莉が別れてしまった場合』だけだ。
別に別れなければ、傷は残らないはず。
消極的に考えてもしょうがない。
起きてしまったのなら、精いっぱいプラスに考えた方が良いに決まってる。
俺もそんな気持ちを伝えるべく、親父と郁恵さんの方をしっかりと見つめる。
すると、親父はふふっと気さくな笑みを浮かべてくれた。
「それもそうだ。ああ、堅苦しく考えるよりも気楽に考えよう。ほら、達樹と茉莉ちゃん。両方とも見知らぬ誰かと結婚して気苦労をする必要がないって考えれば万々歳じゃないか」
「ええ、そうね。娘がどこの馬の骨か分からない男に取られるくらいだったら、達樹くんに貰って貰った方が一番じゃない」
戸惑いながらも空気が一気に良くなっていく。
受け入れムードが漂い始めた中、ふと俺は二人に聞いてしまう。
「義理とはいえ兄妹になった俺達が恋人である事に反対しないんですか?」
「付き合っていたのなら別に問題はない。それこそ、一緒に暮らし始めて好きになってしまったと二人から相談を受けたのなら、もうちょっと悩んだろうけどね。でも、年齢が年齢だしね。郁恵さんとも年頃の二人が仲良くなって恋人になってしまうかも……という話をした記憶もある」
「そうそう。二人ともこの年で兄妹になると言っても、無理があるもの。私も家族として付き合い始めた後に、二人が恋人になりたいと言われたら、ちょっと考えちゃうわね。でも、家族になる前から付き合っていたのなら全然問題ではないと思うのよ。まあ、家族になってから恋人になりたいですって言われても二人が本気であればOKを出したと思うけれどもね?」
「そ、そうですね。ははっ……」
苦笑いしか出なかった。
もし、カミングアウトを先延ばししたら、まず間違いなく揉め事に発展していそうだった空気を感じる。
それは茉莉も同じで明らかにほっと胸をなでおろしていた。
「……さてと、荷解きもちょっと休憩にしよう。コンビニでおやつと飲み物を買いに行ってくる」
「辰巳さん。私も行くわ」
「ああ、そうかい? 茉莉ちゃんと達樹はどうする?」
「俺は待ってる。買ってくるものはお任せで」
「それじゃあ、私もそのような形でお願いします」
「じゃ、行ってくるよ。さ、行こうか郁恵さん」
親父と郁恵さんは近くのコンビニへ昼ご飯を買いに行く。
二人家に残された俺と茉莉は二人が居なくなると同時に笑ってしまった。
「き、緊張した……。恋人になったことを今伝えるのは普通に正解だったな」
「はい。やっぱり、後から恋人になりました~って言ったら、二人とも動揺しちゃうって言ってましたからね。あと、達樹くんを逃がさないためにも、外堀を完全に埋めちゃった方が好都合ですし」
「お、おう。今、さらっと俺を逃がさないためにって……」
「さあ?」
「お、おう」
ウェルカムムードである一方、これで俺と茉莉はカミングアウトしてしまった手前、おいそれと簡単に別れることが出来なくなった。
だが、後悔はしていない。
好きな人と別れるのを前提に付き合いたくなんてない。
恋する時の障害を恐れ何事にも臆病になる。障害があるから諦める?
そんなのは絶対に嫌だ。
義理とはいえ兄妹になり、諦めかけていた茉莉との恋。
それが別れた時、ちょっと後腐れしてしまうだけのリスクだけで手に入るのなら、誰だって手を伸ばすに決まってる。
「ふふっ。これで達樹くんは私から簡単に逃げられませんよ?」
俺を惚れさせようと馴れ馴れしくしたり、わざと俺の匂いを嗅いできたりする。
今だって親父たちにカミングアウトするのは、外堀が埋まり逃げることが出来なくなって好都合だと堂々と言って来た。
そんな彼女に俺は聞いてみる。
「もし別れようって言ったら?」
「ぜ~~ったいに嫌です! あと、彼女に冗談でも別れるって言うのは許しませんからね! まったくもう!」
冗談交じりだがどこか本気で怒っている感じを漂わせる茉莉。
ちょっと重苦しいぐらいに一途で俺を好きでいてくれる。
聖女様だなんて呼ばれてるけど、好きな人から別れようと言われたら、聖女様らしからぬ態度で別れたくないとわがままになるのだ。
本当に可愛いんだが?