第8話馴れ馴れしくする茉莉の本心
茉莉と再婚祝いのプレゼントを買いに行った翌日。
今日も今日とて普通に学校での生活を過ごすだけだ。
昨日はまあ、なんというか、俺が惚れる訳が無いと高を括る茉莉とお買い物をして過ごした。
茉莉も言っていた通り、最初が肝心だと言っていた。
普段よりも張り切って、茉莉は素をさらけ出しているだけ。
それこそ、日が経つにつれ、誰だって勘違いしちゃう振る舞いは潜めて行くに違いない。
俺がドキドキしているのを知らず、無自覚に俺の心を落としに掛かろうとする茉莉にたじたじだ。
一体、いつまでこんなのが続くんだろうか?
そう思いながら、通学路を歩き続けていた時だった。
友達である神田さんと学校へ向けて、歩いている茉莉を見つけた。
少し気になったので目で追い、何を話しているのか耳を澄ませる。
「今日はやけに上機嫌じゃん。なんか、良い事あったん?」
「神田さんの言う通り、昨日はちょっと楽しい事がありました」
「へ~。具体的には?」
「ふふっ。相手にご迷惑をおかけするので内緒です」
「え~、酷くない? 教えてよ~」
朝からなんと言うか、俺を全力で勘違いさせに来る茉莉。
いや、俺はもう茉莉の事を好きなんだし、勘違いと言うよりも我慢を出来なくさせると言った方が正しいか?
昨日が楽しかっただなんて、嬉しそうに話している所を見たら俺の事がすきなの? と勘違いしちゃうのが男と言う生き物だ。
多分茉莉は俺の事なんて、せいぜい新しく家族になる男の子。
だから仲良くなるべきだと思っているだけに違いないというのにな。
時間は過ぎ去り放課後。
明日は学校の創立記念日で休み。
郁恵さんと茉莉が俺と親父が住んでいる一軒家に引っ越してくる日だ。
10時ちょっとに引っ越し業者が荷物をトラックに詰め込み、12時から家の中に搬入される予定である。
そんな段取りなんて気が付けば忘れてしまう。
俺をドキドキとさせ、勘違いさせてくる茉莉と一緒に住む。
ただそれだけを考えていたら、時間だけが過ぎていくのであった。
そして、茉莉と郁恵さんが引っ越してくる日が訪れた。
引っ越し業者が手際よく、部屋に荷物を運んでいく。
この段ボールはあの部屋、あの段ボールはこっちと茉莉と郁恵さんが指示をしている姿をぼ~っと眺める事1時間。
あっという間に、我が家に荷物が全て搬入されるのであった。
「あっという間だったな。親父」
「ああ、あっという間だったよ。でも、これからが大変なんじゃないか」
「荷ほどきか……」
「そうとも」
段ボールに入った荷物を取り出す作業が始まる。
親父と郁恵さんが居るキッチン周りの荷物を取り出す手伝いをし始めたのだが、
「これから新生活が始まるのか……。楽しくなるように頑張らないとな郁恵さん」
「ええ、辰巳さん。楽しくなるように頑張って行きましょうね?」
郁恵さんと親父が楽しそうに二人で段ボールから物を取り出している姿。
邪魔してはいけない気がするし、何よりも居づらくてしょうがなかった
「やっぱり茉莉の手伝いに行ってくる。話し相手が居た方が良いだろうし」
「ああ、そうかい?」
「それじゃあ、お願いね?」
「じゃ、行ってくる」
居づらい場所から抜け出し、俺は茉莉の部屋を目指すのであった。
俺の部屋の隣。
そこで、汗をかきながら荷物を出している茉莉へ声を掛ける。
「手伝うぞ」
「達樹くんはキッチン周りとリビングを手伝うって言ってませんでした?」
「親父と郁恵さんがイチャイチャしてて居づらかった」
「確かにそれは居づらいです。それで私を手伝いに来てくれたんですか?」
「ま、そういう事だ」
「それじゃあ、お願いしますね?」
「おう、任せとけ」
と言った感じで手伝いを始めた時だった。
何気なく手に取った段ボールのガムテープを外す。
そしたら、中から出て来たものは……衣類であった。
「茉莉。衣類は俺に触られたくないだろうし、放置しとくぞ」
「あ、はい。それじゃあ、邪魔にならない所に置いておきますね」
封を開けた段ボールを手に持ち、邪魔にならない場所へ運ぼうとした時だった。
茉莉が躓いて転んでしまった。
「きゃっ」
部屋に響く可愛らしい声。
そして、段ボールの中身が宙を舞った。
「大丈夫か?」
「う~。痛いです。何もないのに転ぶとは情けないです……」
心配しながら、散らかしてしまった衣類を手に取ったのは良い。
しかし、なんと言うか、手に取るべきでは無かった。
俺が手にしたのは段ボールの奥底に入っていたであろう下着類。
薄いピンクのパンツだ。
シンプルな作りをしたパンツは紛れもなく、茉莉のモノ。
手に取ってしまったパンツをどうすれば良いのか、思考停止する。
で、思考停止している俺と転んでしまった茉莉の目が合う。
「た、た、達樹くん。その、ちょっと恥ずかしいのでそれは置いて貰えると嬉しいです!」
「わ、悪気があって手に取ったわけじゃないからな?」
「うぅ~、でも、恥ずかしいものは恥ずかしいんです……」
茉莉は行き場のない恥ずかしい感情を押さえつける。
別に俺に悪気がない事を知っているので、怒れないのもこれまた彼女の羞恥を煽っているに違いない。
恥ずかしがる茉莉のパンツを急いで手放した俺は、下着類の片づけが終わるまで、廊下に出ていようと立ち上がった。
数歩、足を動かした時だ。
地面に落ちている衣類を踏んでしまい盛大に体勢を崩す。
「危ないです!」
転びかけている俺を支えてくれようとする茉莉。
それも空しく転ぶ必要のなかった茉莉まで俺と一緒に転んでしまう。
「いててて……。おい、茉莉。平気か?」
「はい。平気です」
痛みを感じる時、目を閉じることが多い。
今回もそんなわけで、閉じてしまった目を開けると、
倒れこんでしまった俺の体に茉莉が乗っかっていた。
柔らかい茉莉の体が触れ、ちょっとだけ息苦しさを感じる茉莉の重さを感じる。
それが堪らなく、俺の気持ちを高ぶらせていく。
「降りてくれると助かるんだが?」
「あ、すみません。すぐに降りますね」
ちょうど俺の胸元あたりに乗っかっている茉莉は降りる前にいたずらして来た。
顔をわざと胸元に押し当て鼻を鳴らした後、無邪気に笑う。
「くんくん。これが、達樹くんの匂い……」
「ちょ、おま」
「すみません。せっかくなので匂いを嗅いじゃいました。よいしょっと」
今度こそいたずらなどしないで降りてくれた茉莉。
学校一の美少女がたまたま俺に倒れこみ、匂いを嗅いできた。
もう駄目だった。
どうしようもなく、ドキドキが止まらない俺は目を腕で覆い隠し息を荒立てる。
「なあ、茉莉」
「はい、達樹くん。なんでしょうか?」
「お前さ。俺をドキドキさせて何がしたいんだよ」
「……ドキドキしちゃうんですか?」
「はっきり言わせて貰うけど、一昨日、俺が勘違いしたらどうするんだよって言ったよな」
「聞きましたけど……」
「お前は俺が勘違いしないって思ってるみたいだけどよ。正直に言うが、結構ヤバい」
言ってしまえば、気まずくなるのは分かってた。
でも、茉莉のスキンシップは軽くなってくれるのならそれで良い。
切実な胸の内を打ち明けた時だった。
「達樹くん……。その、え~っと、恥ずかしい事を言っても良いでしょうか?」
「なんだよ?」
目を腕で覆い隠したまま、投げやりに言う。
そしたら、茉莉は細々とした声で俺に説明を始めた。
「私の事、完全に忘れてますよね。高宮茉莉の前は……矢代茉莉でした。これでも、その……気が付きませんか?」
「あ……」
間抜けな声をあげる。
矢代茉莉と言う名を聞いた途端に鮮明に蘇る俺の記憶。
ああ、そうか。
点と点が繋がって行く、茉莉は俺と接する時によく『小学校低学年以来』ですと口々にしていた。
『下の名前で呼び捨てられるのは小学校低学年以来です』
『男の子から虐められるのは小学校低学年以来でしょうか?』
詳しくは覚えていないが、茉莉はこんなことを言っていたはずだ。
それは俺に対して嫌味だったのだろう。
「達樹くん。思い出してくれました?」
「なんで忘れてたんだろうな。俺が小学校低学年の時、虐めていた女の子の事を」
そう、俺と茉莉はずっと前に出会っている。
小学校低学年の時、俺は茉莉を虐めていたのだ。
「そうです。私は達樹くんに虐められてました。でも、達樹くんは勘違いしてるので言いますけど、虐められてる私は意外と楽しかったんですよ?」
「あれがか?」
いきなり人の頭をぐりぐり撫でる。
名前を呼び捨てる。
何かあればちょっかいを出す。
そんな風にして茉莉を虐めていたのだ。
けど、いつの間にか転校して居なくなってしまった。
転校したのは俺のせいか?
と物凄くドキドキしたのは今でも忘れることはない。
「あの時の私は……お父さんが死んじゃって暗い気分でした。でも、達樹くんは気遣うように私を弄ってきました。それが本当に心の支えだったんです」
「いんや。あれは気遣いじゃ無くて、ただ単に虐めてただけだぞ」
「ふふっ。でも、それでも私にとっては楽しかったんですよ。一人だった私。それに構ってくれる人なんていじめっ子の達樹くんだけでした」
俺は虐めているつもりだった。
でも、茉莉は虐められていることを喜んでいたらしい。
そんな構図を初めて知った俺は、何とも言えない気分でため息を吐いた。
「はあ……。で、それが俺に対する振る舞いとどう関係するんだよ」
「いくら、私が新しい家族である達樹くんと仲良くなりたいからって、こんなにも馴れ馴れしくすると思いましたか?」
「悪い。普通に思ってた」
「まったくもう! 本当に酷いです」
「じゃ、なんで俺に馴れ馴れしくするんだよ」
「そ、それは……。ただ、その……。えーっとですね。達樹くんと高校で再会した時から気になってて……。いえ、実際は小学校低学年の時から忘れられて無かったので、相当前から気になっていたと言えば、気になっていたんですけど……」
腕で目を覆い隠している事もあり、全く見えないがそれでも茉莉が慌てているのがよく分かった。
だって、言葉をうまく整理できずに支離滅裂になりかけているのだから。
「前置きは良いから、さっさと俺に馴れ馴れしくするのはどういう意図があったか教えてくれ」
「私って意外とずるい子なので、その……達樹くんから告白して貰えないかな~なんて考えたわけです」
「お、おう」
思いもしなかった言葉を聞いて、胸が期待感で膨らんでいく。
兄妹になるんだからと言う隠れ蓑を利用して、勘違いさせるような行動をしてきた茉莉。
その本心が今明らかになった。
「達樹くんがずっと前から好きでした。でも、好きな理由は小さい時のちっぽけな思い出だけ。告白するには恥ずかしい理由ですし、なによりも達樹くんも『え、それだけで好きになるとか引くんだが……』と思われてしまいます」
俺がゴクリと息をのんだ瞬間、目を覆い隠している腕を引っぺがされた。
そして、俺の目をはっきりと見ながら茉莉は言う。
「だからその、達樹くんを私に惚れさせちゃえば問題ないんじゃないかな~って。で、ど、どうですか? 私にドキドキしちゃうんですか? お、教えて下さい!」