第5話どんどん遠慮が無くなる元聖女様
昨日は荷造りを手伝ったせいか、体の節々が痛む。
何だかんだで、テレビや棚を動かしたり、段ボールを業者が運びやすいように運んだり、ベッドを解体したり、色々と重労働をしたからだ。
だがしかし、荷造りを手伝った事で得られるものは多かったので良しとしよう。
『おはようございます! 昨日はありがとうございました』
親父が車で送ると言ったが、駅までの道を覚えたいと言われたので、駅まで送ってあげた茉莉からメッセージが届く。
時間が経つにつれ、どんどん意外な一面が出て来る彼女と荷造りや家の下調べを通して、距離を縮めることが出来た。
そう思うだけで体の痛みなんてなんて事はない。
メッセージはお礼だけかと思いきや、もう一つ届いていた。
『調理器具を段ボールに詰めてしまったので、朝ご飯は久々にコンビニの菓子パンでした。達樹くんは朝ご飯を食べましたか?』
他愛のない話。
まさしく、距離が縮まって来ている証拠だろう。
「今、起きたばっかり……と」
メッセージを送り階段を下りる。
親父は珍しく日曜日だが仕事でいなかった。
菓子パンを朝ご飯にした茉莉。
一方俺は朝ご飯に何を食べようか冷蔵庫や食材をストックして置く棚を眺める。
「俺も菓子パンだな」
買ってあった菓子パンを手に取る。
期限は今日までだ。まあ、多少切れても問題はないんだろうけどな。
もぐもぐと菓子パンを齧りながら、電気ポットでお湯を沸かし始めた。
コーヒーを淹れるためのお湯が沸くのを待っていると、茉莉からメッセージの返信が来た。
『おはようございます。達樹くん、今日はお暇ですか?』
暇だから大丈夫だと送る。
そしたら、茉莉からはこう返って来た。
『あの、再婚祝いで二人にプレゼントをあげようと思うんですけど、二人で買いに行きませんか?』
「なるほどなあ……」
お湯が沸いたのでコーヒーを入れる。
そして、片手でコーヒーを啜りながら返事をした。
『二人に何かプレゼントをするってのは良いかもな。ちなみに俺は暇だから幾らでもこき使って良いぞ』
そしたら、今度はメッセージでのやり取りが面倒になったのだろう。
茉莉から電話が掛かって来た。
「メッセージよりも会話の方が早いと思いまして、掛けちゃいました。改めて、おはようございます。達樹くん」
「おはようさん。んで、二人へのプレゼントって何を考えてるんだ?」
「それがですねえ……。あんまり思い浮かばなくて困ってるんです。だから、達樹くんと一緒に相談して決めようと思いまして……」
「なるほどな。じゃあ、駅前の百貨店にでも行くか」
「はい。そうしましょう。お時間は何時くらいが良いですか?」
「あ~、今が9時ちょっとだから、11時に駅前で集合ってのはどうだ?」
「分かりました。それじゃあ、またあとで」
「おう。後でな」
電話を切ると同時に手に持っていたコーヒーを啜る。
ほっと一息を吐いた俺は ん? と謎のとっかかりを感じる。
「待った。聖女様と、お、お出掛けだと?」
学校一の美少女であり心優しい聖女様。
そんなお方と一緒にお出掛けって、
「クラスメイトに見られたら殺されるな……」
そんなことを考えながら、俺はお出掛けの準備を始めた。
電車に揺られる事10分。
茉莉が待っている駅に辿り着いた俺は電話を掛ける前に茉莉の姿を探す。
駅のホームを出て待ち合わせにうってつけな場所を見渡すと、そこには悪ノリでナンパをしてる野郎どもが居た。
ナンパか……と思いながら素通りしようとしたのだが、
「すみません。これから予定がありますので……」
嫌な顔せずに断り続けているのは、昨日の動きやすい私服と違い、おしゃれな私服を着た茉莉だった。
「ねえねえ。そんなこと言わずにさ~」
嫌な顔をしていないこともあり、ナンパはワンチャンあると思い込んでいるのか、非常にしつこい。
その後ろでは、ナンパしている野郎の友達が、ゲラゲラと下品にマジでナンパしてやがると笑って茶化す。
「人の彼女に何声かけてんだよ」
堂々と茉莉の前に出て、はっきりとナンパ野郎に言ってやる。
そしたら、別に不良でも何でもないただのチンピラはおどおどとし始めた。
まさか彼氏が登場するだなんて、思っても居なかったんだろうな。
で、まあ、彼氏がいると分かってもなお、ナンパする勇気はない。
普通に俺と茉莉が居るこの場から逃げるように去っていくのであった。
「すみません。達樹くん」
「気にするな」
「ふふっ。ありがとうございます。ちなみに、彼氏と言わなくとも、妹に何声をかけてるんだ。じゃ、だめだったんでしょうか?」
「あいつだったら別にそれでも良かっただろうけど、変に度胸がある奴に妹だって言ったら、『マジっすか? お兄さん。妹さん貸してくださいよ』とか言われる」
「なるほど。確かに言われちゃいそうですね。さてと、行きましょうか」
「ああ、行くか」
親父と郁恵さんの再婚祝いのプレゼントを買うべく百貨店へ向かうことにした。
少しの道のりを話しながら歩き始める俺達。
「達樹くんがナンパから助けてくれた時、彼女って言ってくれましたよね」
「悪い。一番効果がありそうだったから」
「なんと言うか、ちょっと彼女と言われてドキッとしちゃいました」
「お、おう」
ドキッとしたと言われたら、俺の方がドキッとする。
なにせ俺の横を歩くのは学校一の美少女で優しくて、聖女様だなんて呼ばれる女の子。
しかも今日は制服姿ではなく、純白で清楚で非常に可愛い私服姿なんだぞ?
「ちなみに達樹くんはどんな子がタイプなんでしょうか?」
「グイグイ来るな……」
思いのほか聞いてくる茉莉に率直そう伝える。
そしたら、茉莉は嬉しそうに話す。
「達樹くんの事がもっと知りたいので。ダメですか?」
「いいや、悪くないぞ。学校でのイメージだと、積極的に相手に何かを聞くって感じがしない。だから、ちょっと驚いただけだ」
「本当はもっと男の子ともおしゃべりしたいんですよ? ただ、なんと言うか、聞ける雰囲気じゃないんです。私と話しているとみんなどこか上の空で……。そんな人に色々と話しかけたら迷惑でしょうし」
話している相手が上の空。
聖女様というイメージが強く、話しているだけで緊張してしまうのは良く分かる。そんな相手にずかずかと質問をしても良い事はないか……。
「ま、つい最近までの俺もそんな感じだったから言うが、茉莉は物凄く可愛い。そんな子に話しかけられたら、固まっちまうんだよ」
「私はもっと気軽に男の子とも仲良くなりたいのに……」
「……」
黙ってしまった。
勝手に壁を感じ緊張して茉莉と話す。
それは茉莉を困らせていた事を知り、反省しか出来ない。
可愛いくて優しいだけで聖女様と崇められ、距離を置かれる。それは……本人にとって辛い事だったんだと。
気が付けば俺は……茉莉の頭をポンポンと叩いてた。
「こういう訳だ。もう俺は茉莉に緊張などしていない。うざいとも言えるくらいに軽い感じで頭をいきなり触れるんだからな?」
「ふふっ。ありがとうございます。それじゃあ、他の男の子に聞けなかった事を色々と聞いちゃいましょう」
「お、お手柔らかにお願いします」
「それじゃあ、最初に戻って好きな子のタイプを教えてください」
「優しくて可愛い子」
「ふむふむ。気が強い子とかはどうです?」
「正直に言うと気が強い子は苦手だ」
根掘り葉掘り聞かれる好み。
男の子に聞けなかった数々な質問。それに答えて貰えるのが嬉しいのか楽しそうにする茉莉。
恥ずかしい事も色々と聞かれたが、ついつい話してしまった。
つくづく甘い男だな……俺よ。女の子が楽しそうにしているからって、色々話しすぎだ。
なんて事を思っていたら、質問攻めを終えた茉莉は神妙な面持ちで呟く。
「達樹くんの好みの女の子ってまるで私みたいですね。もしかして……私の事を」
「ちがっ、俺はそんなんじゃ……」
「あ、ちょっぴりドキッとしました?」
「え、おま」
一瞬にして分かった。
ああ、くそ、この悪い妹め。
「ごめんなさい。つい、からかっちゃいました」
「ったく。心臓に悪い冗談はやめてくれよ……」
「なんだか、私、人をからかうのが癖になっちゃいそうです」
遠慮が無くなって来た茉莉。
普段はしない人をからかうという行為が、楽しくてしょうがないのだろう。
なら、俺も茉莉が普段されないような事をたくさんしてやるべきだな。
「兄をからかう妹にはこうだ」
コツンと頭を優しく叩く。
そしたら、茉莉は鳩が豆鉄砲を食ったように驚くも、すぐに元通りの笑顔。
いいや、さっきよりも良い笑顔で俺に言った。
「これからは達樹くんをからかいませんので許してくださいね?」
口ではそう言っている。
だが、絶対に俺をからかおう、そんな顔が隠しきれていない茉莉であった。