第4話無自覚に男心をくすぐる元聖女様
荷造りを始めたのも束の間。
気が付けば、外は赤く染まり始めていた。
さすがにそろそろお暇しようという事で、俺と親父は段ボールを車に積み込み始めた。
そう、引っ越しにかかる費用も馬鹿にならない。
せっかく詰めた段ボールもあるし、事前に幾つか親父の車で運んでしまおうってわけだ。
特に食器とかに関しては業者のトラックなんかよりも安全に運ぶことが出来るだろう。
茉莉と郁恵さんが住んでいる部屋は3階。
何往復かして、持っていけそうな段ボールを親父の車に詰め込んだ。
さて、帰ろうかと親父が車のエンジンを掛ける。
助手席に俺が乗り、後ろの席には……段ボール。それと、
「よろしくお願いしますね?」
茉莉が居る。
なんでかは結構簡単な理由で引っ越す前に部屋を事前に確認したいそうだ。
引っ越しに伴い、幾つかの棚を処分することに決めたため、収納スペースの大きさなど、色々と調べに来るわけだ。
別に今日でなくとも良いのだろうが、新しい家に茉莉を慣れさせたいっていう郁恵さんの心遣いだろう。
「ははっ。気にしないでくれよ? お願いしますなんて、他人行儀にする必要はないからね」
かしこまった茉莉の緊張をほぐそうと和らげに笑う親父。
そんな親父の運転する車で俺達は家へ帰った。
時間にして20分も掛からず家に帰って来た俺達。
車に詰め込んだ段ボールを空き部屋に運んでいく。
食器の入っている段ボールはリビングの片隅へ。後は、茉莉の部屋になる空き部屋に運んだ。
ひと段落した後、茉莉は俺の裾をくいっと掴んで呼び止める。
「その……。大きい家ですね。ちょっと、緊張しちゃいました」
「お、おう」
聖女様はいつも堂々としていて、物怖じしない性格。
幾ら茉莉が普通の女の子と言えど、そういう聖女様に基づいた印象は残っている。
だからこそ、茉莉がこれから住む家に対してビビる姿に驚いてしまう。
「なんだか、引っ越して来たら眠れなくなっちゃいそうです。あ、すみません。お家について色々と知りたいので案内して貰えませんか?」
茉莉がここに来た理由はこれから住む場所の下調べ。
何が足りないのか、何は持って行かなくて良いのかをきちんと把握するためだ。
「親父。茉莉に色々と案内して来る」
「それじゃ、お父さんはリビングに居るから、何かあったら呼んでいいからね?」
親父はリビングで疲れてグダグダとくつろぎ始める。
一方、俺と茉莉は少しだけ広い5LDKの家を歩き回る。
そうだな……最初はやっぱり女の子として欠かせない場所から案内するか……。
「よし、ここがお風呂場と洗面所だ。つい最近、リフォームをしたから……」
「どうしました?」
「なんで壊れてもないのにお風呂を綺麗にした理由がやっとわかった。ったく、親父め……。ほんと、再婚することをもっと早く言えっての」
「もしかして……私たちが引っ越してくるのを見越してリフォームを?」
「だろうな。という訳で、リフォームしたのに加え、かなり綺麗に使っている方だから、お風呂に関して文句はないと思う」
脱衣所からお風呂場に繋がるドアを開ける。
中を覗き込む茉莉はちょっぴり嬉しそうだった。
「大きいお風呂……。ふふっ、心地よさそうです」
「お風呂が好きなのか?」
「ゆっくりと湯船に浸かるのがマイブームです。ちなみに脱いだ服とかはどこに置いてるんでしょうか?」
「あ~、親父と俺だけしかいないから直接洗濯機にぶち込んでる。でも、これからは4人分になる事を考えたら……脱いだ服を置いておくかごでも買っとくか」
「4人分だと系統ごとに分けて洗濯すれば服が傷みませんし、そうしましょう」
下調べをしに来た意味を早速も感じながら、俺はお風呂場の次にトイレへ案内した。
で、まあ、
「ここもなんだよなあ……」
「ここもとは?」
「少し前に、これまたお風呂場と同じで便座を変えた」
「私たちのためにそんなことまで気にしなくて良いと思うんですけどね」
「ここら辺に不満は?」
「ありません」
「じゃ、次はキッチンだな」
歩いてキッチンに向かう。
広い家という事もあり、広いキッチンスペース。
買った当時には珍しいアイランド式のキッチンを見て茉莉は大喜びする。
「これはお料理がしやすいキッチンですね。私、こういう広いキッチンで料理できるなんて、楽しくていっぱい作っちゃうかもしれません」
茉莉は料理が出来るのを風のうわさで知っている。
そんな彼女が作る料理を食べられると思うと少し楽しみだ。
「俺的にはハンバーグとかを作ってくれると嬉しいんだが?」
「リクエストされたのならしょうがないですね。ただ、あれです。達樹くんも一緒に作ってくださいよ?」
「ん? 俺なんてミジンコより役に立たないだろ」
「だって、こんな広いキッチンを独り占めだなんて勿体ないじゃないですか。こんなに広いなら、誰かと一緒に料理をした方が楽しいに決まってます」
楽し気に誘ってくる茉莉。
ああ、聖女様だなんて勝手に思っていただけで、明るくて普通の女の子。
誰かと一緒に料理を楽しみたいんだな。だったら、答えは決まっている。
「ったく。妹の頼みならしょうがない」
「妹って言っても、達樹くんとは同い年なんですよ? まったくもう、人を子供みたいに……。あ、でも」
「でも?」
「甘やかして貰えるのならアリですね」
「もしかして、茉莉って結構甘えん坊?」
普段の印象では甘えん坊じゃ無くて、甘やかす側。
けど、話していく内に甘えられるから甘やかしているだけで、本当は……
「しっかりしなきゃって振る舞ってたら、いつの間にか甘える相手が居なくなっちゃいました。だから、これからは達樹くんに甘えて見たいな~なんて。やっぱり、だめですよね?」
冗談とも言えるし、冗談とも言えない雰囲気で言われた一言。
甘えても良いですか? と聖女だと思っていた茉莉から言われるなんて思っていなかった。
どう答えれば良いのか迷ってしまうも、俺も俺で冗談を装えば良い事に気が付く。
「好きなだけ甘えろ。聖女だなんて呼ばれてようが、茉莉はもう俺の妹だ」
冗談めいた風に言うが、別にあながち冗談でもない言い回し。
それを言った後、茉莉は……くねくねと手を動かしもどかしそうに微笑む。
「頼りがいのあるお兄ちゃんで本当に良かったです」
「だろ? さてと、お次は茉莉の部屋になる場所だ」
階段を上がって俺の隣の部屋にある茉莉の部屋になる場所へ連れて行く。
といっても、さっき茉莉の私物の入った段ボールをここに運んできたから一度足を踏み入れてはいるんだけどな。
「ここが新しい私のお部屋……。私の新しい部屋……。ふふっ。なんだか、ワクワクします」
「ちなみに隣は俺の部屋だ」
「達樹くんの部屋も見て見たいんですけど、見せてくれませんか?」
「あ、いや、片付けが……」
「ん~、残念です」
無理に見せて貰おうとしない茉莉。
いいや、別に見せるのが恥ずかしい部屋じゃないし見せちまえ! どうせ、一緒に住んでうちに見られるかもしれないんだからな。
「やっぱり見て良いぞ?」
徒歩15秒。
茉莉の部屋から俺の部屋へ二人で移動する。
「私、生まれて初めて男の子の部屋にお邪魔しちゃいました。なんだか新鮮な気分です」
興味津々で俺の部屋をまじまじと観察する茉莉。
そんな茉莉が取った行動は男心を盛大にくすぐるものだった。
「すんすん。これが、男の子の部屋特有の匂い? なんだか、ちょっぴりドキドキしちゃいますね」
妹と俺は言うが、まだまだ普通に友達みたいな関係の方が近いと言えば近い。
だからこそ、学校一の美少女で聖女だなんて呼ばれてる茉莉が、俺の部屋の匂いを嗅いで、ドキドキしちゃいます、だなんて言われたらな……。
俺の方がドキドキしちゃうだろ。
そんなことを思っていたら、ベッドの下をちらっと覗かれる。
それからいくつもの、俺の男心を揺さぶるようなお茶目な一面を見せつけて来る茉莉であった。