第3話親の再婚で聖女と名高い美少女が妹になりました
「お、お邪魔します」
体を強張らせながら、聖女様こと妹になる茉莉と新しく俺の母になる郁恵さんが住んでいる家へやって来た。
理由は簡単で、これから俺と親父が住んでいる一軒家に二人とも引っ越してくるための準備をするためだ。
「今日はありがとうね。辰巳さんと達樹君も」
暖かく出迎えてくれる郁恵さんから指示を貰い、早速荷造りの手伝いを始めた。
俺はキッチン周りを任され、作業に取り掛かるも、黙々と作業するっていう訳にはいかないらしい。
「達樹君。悪いわね~。うちの荷造りを手伝って貰って」
「いえ、気にしないでください」
「それはそうと、やっぱりクラスメイトと兄妹になるって驚いちゃったかしら?」
「あ~、かなり驚きました」
「ええ、ええ。茉莉もレストランから帰ってきた後、クラスメイトと家族になるだなんて想像もつかなかったって、何度も何度も言ってたのよ?」
「それはそうですって」
親父の目論見通りだろう。
作業効率なんて気にしない喋りながらの荷造りは仲を深めてくれるはずだ。
親父が惚れるのも分かるくらいにおおらかで、いつも自然体。
そんな感じの郁恵さんと色々と話をしながら作業を進めていたら、
「ただいまです。はい、お母さん。これで大丈夫でしょうか?」
部屋に居なかった聖女様がビニール袋をぶら下げて現れる。
「ご苦労様。はい、辰巳さんと達樹君。ちょっと渡すのが遅くなったけど怪我したら危ないから手袋」
郁恵さんは聖女様から受け取ったビニール袋から、滑り止め付き手袋を取り出して俺と親父に手渡す。
袋にはまだまだ荷造りで役立ちそうなものがたくさん入っている。
なるほど、聖女様は荷造りに必要なものを買いに行っていたわけか。
「お母さん。私はどこから手をつければ良いでしょうか?」
「そうねえ……。達樹くんと一緒にキッチンの物を段ボールに詰めて頂戴。二人とも積もる話もあるだろうし、そうね。二人きりの方が話しやすい事もあるでしょうし、それじゃあ私と辰巳さんは寝室の方で作業をしようかしら?」
積もる話もあるか……。
そりゃまあ、色々とあるけど、だからと言って二人にしないで欲しいんだが?
一緒に暮らす時、俺と聖女様が気まずくならないように仲を深めて欲しいんだろうけど、それにしてもハードルが高い。
だって、学校一の美少女と二人で荷造りって、俺には難易度高過ぎでは?
待ったと郁恵さんと親父を引き留める間もなく、気が付けば二人きり。
そんな中、気さくに話しかけて来るのはもちろん聖女様だ。
「さてと、達樹くん。今日はお休みなのに、お手伝いありがとうございます」
「気にしないで良い。だって、これからは……あんまり実感がないけど、一つ屋根の下で暮らす家族なんだからよ」
恥ずかしい。
ナニコレ、めっちゃ気恥ずかしいんですけど?
一つ屋根の下で暮らす家族? ドラマとかで普通に聞いた時は別に何とも思わなかったけど、自分でこういうセリフを吐くとかめっちゃ恥ずかしい。
「はい。それじゃあ、家族として色々と頼っちゃいます。ところで、達樹くん。私の事は茉莉って気軽に呼んでも良いんですからね?」
「ま、茉莉……。これで満足したか?」
「ふふっ。男の子から呼び捨てされるのって、いつぶりでしょう。おそらく、小学校の低学年以来かもしれません。なんと言うか、ちょっとウキウキです。達樹くんは私と兄妹になると分かってから、何かウキウキしたり、ワクワクしたりしてないんですか?」
「あ~。まあ、その……親父の再婚で、男しかいない家が少しでも華やかになるとか考えると、ワクワクする。親父が若くして買った一軒家が、やっと本来の姿に近づくんじゃないかって」
親父は俺が3歳の時、そこそこ大きな一軒家を買った。
その時は母さんも生きていて、一家団欒を繰り広げていくものだと思っていた。
でも、それは叶わなかった。一軒家を買った後、母さんはすぐに交通事故で死んでしまった。
ちょっと奮発して買った5LDKで庭付きの広い家には俺と親父だけ。
そこには母親という存在はなく、どこか物足りなかったのは今でもずっと頭の片隅に残り続けている。
「私もです。初めて、お母さんが居て、お父さんが居て、そして兄が居る。普通の家族を体験できるんだなあ……って思うとなんだかドキドキしちゃいます」
俺と茉莉の意外な共通点。
互いに片親で育ってきたからこそ抱く、両親が居る家族へのあこがれ。
聖女様、いや茉莉の知らない一面を知ったせいだろう。
気が付けば、自然と笑みを浮かべて茉莉に気を許し始めていた。
「はっきり言って良いか?」
「なにをですか?」
「俺さ、茉莉はもっと完璧な子だと思ってた」
学校一の美少女で、誰にでも優しい聖女様。
きっと心は俺らと違って何倍も強いんだろう。
いつしか、勝手にそう思い込み聖女様と呼ばれる茉莉は眩しい存在で、俺達なんかより完璧な生き物だと思っていた。
優しくしている以外の姿が見たくて、無視なんて意地悪を働くほどにな。
それは勝手な思い違いで、俺と同じで父親と母親が居る普通の家庭に憧れを持つ普通の女の子だったことに気が付いた訳だ。
「みんなは私の事を凄い、凄い、優しい人だって言って……聖女様だなんて大層なあだ名で私の事を呼んでます。でも、私だって達樹くんみたいに普通の人間ですからね? やっと分かってくれました?」
「ああ、話してよ~く分かった。だからこそ、まあ、なんだ。俺の前でなら、いくらだって気を抜いてくれて構わんからな」
「達樹くんこそ、私の事を雲の上の存在だなんて思わないで、普通に接してくださいよ? 」
「そうだな。《《高宮》》さんの言う通りにさせて貰うか……」
聖女様はからかわれる事はめったにない。。
恐れ多くて、彼女をからかおうだなんて思う人は……親友である神田さんくらいだ。
俺もそんな一人だったが、普通に接してくださいと言われてしまったのならしょうがない。
「もう! 茉莉と呼んでくださいって何度言わせるんですか? そろそろ、本当に怒っちゃいますよ?」
「怒れ怒れ。聖女様だって怒るとこを見せてみろ」
学校でこんな口を叩けば、周りから袋叩きにされること間違いなしだ。
でも、茉莉は聖女様扱いじゃ無くて普通に接して欲しいんだからしょうがない。
それに応じるがごとく、茉莉もどんどん普通に接するのが当たり前な普通の女の子になっていく。
「良いですよ。分かりました。達樹くんが私を高宮さんって呼ぶのなら、私は達樹君の事をお兄ちゃんって呼んじゃいます。もちろん学校でも」
「それは辞めてくれ。めっちゃ恥ずかしくて死ぬし、茉莉を聖女と崇める奴らから、妬み恨まれ何をされるかわかったもんじゃない」
「じゃあ、私の事をちゃんと茉莉と呼んでくださいね?」
強気な態度で俺に茉莉と呼べと強要してきた。
そんな彼女は……聖女と呼ばれている時と違った顔を見せてくれる。
無邪気で楽し気で元気な顔だ。
「茉莉」
「はい。達樹くん。なんですか?」
呼べと言われたから呼んだまでで、別に用はなかった。
何も用件がない事を分かっているのに、何の用件だ? と言わんばかりに振る舞い俺を困らせようとする茉莉。
だが、ちょうど茉莉に言いたいことが見つかったので別に困りはしない。
「これからよろしく」
「ふふっ。こちらこそよろしくお願いします。お、に、い、ち、ゃ、ん!」
仕返しのつもりなんだろう。わざとらしくお兄ちゃんって呼ばれてしまった。
だったら俺も、わざとらしく言ってやるべきだな。
「ああ、《《妹》》よ。聖女っていう大層なあだ名なんて気にせず、お兄ちゃんを好きなだけ頼ってくれよ?」
こうして、俺に学校で聖女と名高い美少女の妹が出来た訳だ。