聖女様と名高い美少女が妹になりました
二人で学校に向けて歩く。
聖女様と名高い茉莉。かたやどこにでもいる男である俺。
電車に乗り、高校がある駅前に辿り着いた後も一緒に歩いていると、他の生徒たちの視線がこちらを向いているのに気がつく。
「達樹くん。凄い見て来ますね」
「だよなあ……」
「変に噂されちゃわないように離れて歩きますか?」
ちょっと寂し気に聞かれた。
周りから、周りから、何もかも周りを意識して我慢をする。
茉莉は普通に接して貰うのを心の底でどこか諦めている節がある。
そんな風に見えて仕方がない。普通でありたいのに普通では居られない。
それは――十分に分かった。
「知るかよ。勝手に噂させとけば良いだろ」
「良いんですか?」
「別に悪い事をしてるわけじゃない。で、二人はどういう関係だって聞かれたら、家族で恋人同士って堂々と言ってやれ」
「それって……」
「恋人だって事、やっぱり隠さなくて良いだろ。面倒事は起きるかも知れない。だからと言ってそれを避けるために我慢するのは退屈だ」
通学路で茉莉に学校で恋人がするような事をしたかったと言われた。
だったら、普通に恋人で普通に色々すれば良い。
茉莉が学校一の美少女で聖女と名高いからって理由だけで、それを手放すのはおかしなことだ。
「困りません?」
「困るだろうな。でも、困ったって良いだろ」
「でも、それで私の事を嫌いになりませんか?」
「ならないから安心しとけ」
それから、俺は周りの目など気にせず茉莉と通学路を歩いた。
学校に辿り着き、教室に入る。
いつもであれば、注目などされることは無いのだが、茉莉と一緒に教室に入ったことで、こそこそと周りから噂された。
気にしないとは言ったが、やはり気にはなる。
「おい、お前。なんで、聖女様と一緒だったんだよ」
席に着くや話を聞いてくる友達の山下。
こいつは変に周りに言いふらしたり、敵意を向けたりしてこない。
知っているからこそ、声を震わせながらもはっきりと伝えた。
「彼女だからだ」
その一言を山下が理解するのは10秒もかかった。
で、そのあと鼻で笑われる。
「誰がそんな嘘を信じるかよ」
「そう言われると思ってた。まあ、別にお前が信じなくても良いがな」
実際問題そうである。
信じられようが、信じられまいがそんなの些細なことだ。
周囲の目。
それはあくまで周囲の目でしかない。
実害が起こり得なければな。
「で、本当はなんで一緒に歩いてたんだ?」
「もう答えは言った。しつこくすると、お前の彼女に色々と吹き込むぞ」
「ちょ、それだけはやめい。まじで、辞めてくれ。俺、殺されちゃうから」
幼馴染の彼女が居る山下。
尻に敷かれており、彼女に頭が上がらないのだ。
「んじゃ、この話はこれで終わりだ」
「あいよ」
山下との会話を終える。
そして、俺と一緒に登校して来た茉莉の方を見やる。
俺と歩いていたことについて神田さんが聞きこんで居た。
なお、茉莉は自分で恋人同士である事を隠すのは勿体ないと言っておきながら、俺に迷惑が掛かるのが嫌なのか必死に隠していた。
聖女様というイメージからもたらされる風評被害に、振り回されてきた苦労がそうさせるのであろう。
俺に迷惑を掛けたくない。
だから、本心は恋人である事を隠したくないのに隠してしまうのだ。
「なあ、山下」
「なんだ?」
「聖女様ってイメージを薄れさせる方法ってあると思うか?」
「いきなりなんだよ。あ~、かき消せはしないだろうな」
「となると……」
「おい、何が言いてえんだよ」
「いいや。聖女様を人間に引きずり落とそうと思ってな」
「お、おう」
突拍子もない事を言う俺に引く山下であった。
聖女様を少しでも人間に近づかせる方法。
「なあ、山下よ。俺と聖女様が恋人になったとは信じないよな」
「ああ、信じねえよ」
「だったら、俺の妹になったってのはどうだ?」
「はははは。馬鹿言うなや。まあ、名字が変わったら信じてやらんでもねえけどな!」
笑って馬鹿にされる。
しかし、これで分かった。
聖女様というイメージに振り回され、俺の前以外では本当の聖女様かのように振る舞う茉莉。
その彼女を俺達レベルの人間にまで引きずり落とす方法がな。
聖女様でない茉莉を知り、彼女が彼女らしくなれるように人間に引きずり落とそうと考え始めて、数日が経った。
俺と茉莉は先生に家庭の事情で兄妹になると伝えに行く。
最初こそ驚かれはしたが淡々と手続きを済ませていくだけであった。
さらに2日が経った。
俺と茉莉は学校で気にせず一緒に話すことが増えた。でも、茉莉は周りの目を気にして遠慮している。
噂する者はいるが、半信半疑で信じないものばかり。
所詮、俺と茉莉は釣り合っていない存在。
これじゃあ、聖女様が生徒Aとたまたま仲良くなったってだけで、生徒Aである俺に突っかかって来る輩が出て来るのは時間の問題だ。
茉莉はそれが気になってしょうがない様子。
だからこそ、俺は茉莉が学校で俺に対して恋人らしく振る舞えるようにある作戦を企てている。
「茉莉。学校で俺と遠慮しないで話せる関係。それを手に入れる代わりに恋人であることを隠す。まだ信じられても無いし、絶対に信じて貰えない。それは最近の生活で良く分かったからな」
「そ、そうですけど。でも、隠したらさらに身動きが取れなくなっちゃいませんか?」
「俺は茉莉と学校で遠慮なくイチャつきたい。だから、敢えて隠す、まあ、茉莉には申し訳ないけど俺の彼女じゃ無くて学校では――になってくれないか?」
「なるほど。確かにそうすれば、自然と恋人みたいなことが学校でも出来ますね」
「まあ、完全に火の粉が掛からない訳じゃないだろうけどな。でも、恋人であることで変に噂されるよりも、――であって噂された方がまだマシだ。それに今の茉莉って周りから聖女様ってだけで、何でも押し付けられてるだろ? 俺の考えがうまくいけば、困ってる茉莉をこういう風にしてやれる」
茉莉の頭に手をポンと置く。
そして、俺はハッキリと言った。
「後はお兄ちゃんに任せとけ」
そして、次の日。
俺は担任の先生に朝のホームルームの時間を少しだけ貰う。
「まあ、最近、俺と茉莉が仲良くしてるのが噂になってると思う。巷では俺が脅してるだの色んな噂が飛び交っているが、はっきり言わせて貰う」
緊張しながらも、俺は拳に力を込めて言った。
「茉莉は俺の妹だ」
「え?」
「は?」
「おいおい」
一瞬にしてざわめく周囲。
それらに声をかき消されないように俺は声を大きくはっきりと告げる。
「俺と茉莉は小さい頃から付き合いがあった。なんでかは簡単だ。俺の父さんと茉莉の母さんは内縁の夫婦だったからだ」
「内縁ってなんだよ」
「法律上の届け出をしていない夫婦の事だ。だから、俺と茉莉は名字が違う。で、だ。この度、俺の父さんと茉莉の母さんは法律上でも夫婦になった。よって、高宮茉莉は阿久井茉莉となる」
ざわざわとうるさくなる。
そんな中で茉莉が俺の横にやって来てにこっと愛想笑いで周りに言った。
「阿久井茉莉です。実は、もともと阿久井君とは小さい頃から兄妹みたいに仲良くしてました。でも、学校だと名字が違うので変に噂されちゃうので避けてたんです」
最後の仕上げだ。
俺はごくりと息を深く飲み込み、周りに言った。
「名字が違うのが解消されたから俺と茉莉は最近よく話していたわけだ。多分これからは、普通に茉莉と俺は学校でも仲良くしてると思うが、勝手に勘違いしないで貰えると助かる」
そう、俺と茉莉。
恋人同士だと周りが絶対に変に噂する。
だからこそ、俺と茉莉は――
もう一つの関係の変化を表に出すことにしたのだ。
そして、カミングアウトから数日が経った。
瞬く間に噂は広がった。もともと俺と茉莉が兄妹に近しい関係であったが、名字が違う事もあり、噂されるので学校では接点を持っていなかった。名字が同じになったことで変に噂されることはない、そう思い学校でも仲の良い姿を見せるようになったって感じだ。
「達樹くん! 達樹くん! テストで100点ですよ! 褒めてください!」
テストが良い点で喜ぶ茉莉。
堂々と俺の元にやって来て、褒めろと言ってくる。
その姿は俺からしてみれば、点数を褒めてもらいたい彼女。
しかし、周りからしてみれば、
「聖女様ってブラコンだったんだな」
「ああ、ちょっとお兄ちゃんが好きな普通の妹にしか見えん」
「てか、阿久井の方も相当なシスコンだよな。だが、あんな風にされれば、シスコンになるのは当然か……」
兄妹で仲良くしてる姿にしか見えないし、兄妹であるから仲良しで何の問題もない。
周りはもともと親が結婚してなかっただけで、小さい頃から兄妹であった。
そのイメージが俺と茉莉の関係をあらぬ噂から守ってくれる。
それから、1か月後。
茉莉のイメージはどんどん変わって行った。
俺に遠慮なく妹っぽく甘える姿を周りに見せ続けたせいだろう。
「妹にするならだれが一番だ?」
「そりゃあ、茉莉ちゃんだろ」
「おう、あの甘えっぷりを見せられたらな……。達樹のやつが羨ましいぜ」
「んじゃ、1位は茉莉ちゃんだ」
「ああ、茉莉ちゃんこそ妹の中の妹だ」
そんな噂をする馬鹿どもの声を聴いた茉莉はちょっと不満げに俺に愚痴を漏らした。
「む~。達樹くんと学校でも仲良く出来るのは嬉しいですけど、なんかちょっと嫌です」
「そう怒るなって茉莉。そもそも、こうしなきゃ学校でイチャつけば俺が変に噂されるのが心配で出来なかっただろ?」
「そうですけど……。あ、もしかして達樹くんは私が妹の方が嬉しいんですか?」
「それもありだな」
正直、露骨に妹っぽく俺に近づく茉莉が可愛すぎてしょうがない。
ちょっと意地悪で茉莉にそう言ったら、茉莉は頬を膨らませて言った。
「お兄ちゃんって呼ぶのか、兄さんって呼ぶのどっちが良いですか?」
「冗談だからな」
「ふふっ。分かってます。だって、私と達樹くんは『恋人』ですもんね?」
至らぬ点が多いと思いますが、これにて完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。




