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第1話聖女様が妹になりました

 俺が通う学校には聖女と呼ばれるにふさわしい優しくて可愛い美少女が居る。

 具体的には、体調が悪い人を見つけては保健室へ連れて行き、どんな人だろうが分け隔てなく優しく振る舞う。

 俺だって、お弁当を忘れた時、施しで菓子パンを譲って貰ったことがあるくらいだ。

 聖女と言うあだ名が相応しい者の名は『高宮たかみや茉莉まり


 そんな彼女が人に厳しくしてるところを見てみたい。

 傍から見て出来過ぎている彼女の不完全なとこを何でも良いから知りたい。

 聖女という印象と似ても似つかない事をしている姿を目撃したい。


 高宮茉莉が持つ聖女というイメージから、かけ離れた姿を見たいのはきっと俺だけじゃないはずだ。


「どうしました? 阿久井くん」

 物思いに耽っていたのを心配し、何かあったのかと話しかけて来たクラスメイトである聖女様。

 迸る優しさの裏を見て見たいからこそ、俺は聖女をイラつかせる。

 何度も何度も、そう思って来たのだが学校一の聖女様を怒らせたら後が怖い。

 足がすくんで出来ずにいたのだが、俺の好奇心はとうとう抑えきれなくなった。


「……」

 無視だ。

 心配してくれる聖女を無視した。

 普段人から無視されることがないだろうし、こんな態度をとる俺にイラつけ。

 ちらっと顔色を窺うと聖女様は俺の顔をにこっと見つめて笑う。


「もし、何かあったなら相談に乗りますからね?」

 聖女様というあだ名は伊達じゃない。

 無視された程度で、動揺などしないのだ。

 それがまた、俺の好奇心をどんどん煽って行く。


「……」

 優しく俺に微笑みかけて来る彼女の困った顔を見たい。

 だからこそ返事は返さなかった。

 けど、聖女様は……、一点の曇りを見せず俺の手を握った後、にこっと笑って俺の元を去っていく。


 手を握られた。

 きめ細かくてやわらかい肌が離れて行ったあと、俺の手には


「飴玉か」

 一粒の飴玉が残っていた。

 何か思い耽っていた俺を心配し、もし落ち込んでいるのなら元気づけようという思いでくれたであろう飴玉。

 味はソーダ。

 確認していると、食べて下さいと言わんばかりに俺の方を見ていた聖女様。

 

 もし、これを食べずにこのままゴミ箱へでも捨てたらどうなる?

 無視されても優しい顔を崩さなかった聖女様の顔を歪めることができるのか?

 さすがにそれをしてしまえば、人間として最悪だ。

 無視を決め込んだ時点で最悪と言えば、最悪だが、クズからドクズに落ちるだけの覚悟はなかった。

 ソーダ味の飴の封を破り、口に放り込む。

 甘ったるい味が口いっぱいに広がる中、俺は思い耽る。


 どうしたら、聖女様が優しい以外の一面を見せてくれるんだろう。

 最近はもうそれで頭がいっぱいだった。




 ああ、そうか。

 好きな子に意地悪したい悪ガキの気分ってこういう事なのか?




 高宮たかみや茉莉まりがイラつく顔が見たい。

 それはきっと、紛れもなく俺が彼女の事を


「いや、違うな。これは恋じゃないだろ」

 ただ単に優しい人が怖い顔をするのを見たいだけ。

 他の人が見た事のない意外な一面を自分だけが知りたいという、純粋な好奇心でしかない。



 ……と思う。







 

 聖女様から飴玉を貰った日の夜。

 俺は若くして母さんを亡くした親父とレストランに来ていた。

 普段こういうところに二人で来ることはなく、何となくだが『何か大事な事』を伝えたいんだろうと分かっている。

 俺と二人で腹を割って話すのなら、こんな敷居の高いレストランである必要はない。

 要するに、第三者が話しにかかわって来る可能性が大だ。


 だって、案内された席は誰がどう見ても二人で使うには広すぎるのだから。


「あのな、達樹たつき。父さん、実は再婚しようと思うんだ」


「だろうな。最近、よく電話で女の人と話してたみたいだし、飲みに行くと言った日にやたらと上機嫌だったしな」


「ははっ。お見通しか……。で、後10分もしないうちに再婚相手の郁恵いくえさんがここに娘さんと一緒に来る。直前になってのカミングアウトで悪い。やっぱり、達樹は父さんの再婚に反対か?」


「反対しないから安心しろ。てか、ここに連れて来てる時点で俺が反対しようが、もう再婚しようって意志は固い癖に」


「こうも息子に父親の感情を理解され過ぎているのも複雑なもんだ。取り敢えず、再婚を認めてくれてありがとう」


「ま、親父も良かったな。老後を一緒に過ごす相手が見つかってよ。んで、さらっと言ったけど、再婚相手のえ~っといくえ?さんに娘が居るって言ってたけど、そこら辺について話してくれ」


「ああ、そうだな。郁恵いくえさんの娘さんは16歳の高校2年生。お前と同い年だそうだ」


「へ~」

 と詳しい事を聞き始める前に、ウェイトレスが俺達の席に別の誰かを連れて来た。

 たぶん、やって来たのは再婚相手の郁恵さんとその娘さんに違いない。

 顔を確認する間もなく、親父が席を立ったので、俺も席を立ちやって来た二人に挨拶をする。


「郁恵さん。こちらが私の息子の達樹です」


「どうも、初めまして息子の達樹です」

 挨拶をした。

 そして、挨拶のため下げた頭を上げて親父の再婚相手を見たのだが、新しい母さんよりもその横に居る俺の兄妹? に目を奪われる。

 

「こちらこそよろしくね。辰巳たつみさん。いえ、達樹君のお父さんと再婚させて頂くことになりました郁恵です」

 新しい母さんの挨拶なんてどうでもいい。

 いや、どうでもよくないけど、聞こえてるのに聞こえていない放心状態が続いていた。

 そんな中、俺が新しい母さんよりも目を奪って来た相手がぺこりと頭を下げる。


高宮たかみや茉莉まりです。あ、阿久井くんだよね?」

 挨拶して来たのは紛れもなく、

 学校で聖女と呼ばれる聖女様その人だった。


「え、あ、え」

 驚くほど、吃音しか出なかった。

 二人して慌てる様子を浮かべている事に気が付いた親父と郁恵さんは俺達に言う。


「もしかして、知り合いだったか?」


「茉莉と達樹君って知り合いなの?」


「……まあ、はい」


「はい。そうです」

 

「そう、世間って中々に狭いのね。取り敢えず、驚いちゃっただろうけど、席に座りましょ?」

 椅子があるのに座らないのはおかしい事だ。

 父さんと郁恵さんが席に着く。

 驚きのあまり、がちがちに固まっていた俺は言われた通りに席に着く。

 同様に綺麗な目が真ん丸になるくらい驚いていた聖女様もだ。


「料理の提供を初めてもよろしいでしょうか?」

 それとなく遠い位置で見ていたウェイトレスさんがやって来て、料理の提供を初めて良いか聞かれた。

 親父はお願いしますと言った後、俺達の方を見てやや気恥ずかしそうに話を始める。


「さてと、改めて自己紹介をしようか。阿久井 辰巳です。え~っと、茉莉ちゃんのお母さまである郁恵さんとこの度、再婚することになりました」

 普段なら真面目な親父の姿に軽い笑いを浮かべるとこだったが、聖女様のせいでそんな余裕はない。

 だがさすが聖女様、冷静さを取り戻しており、くすりと笑顔で『はい。お母さんの事をよろしくお願いしますね?』だ。

 次に郁恵さんの挨拶が始まる。


「辰巳さんと再婚することになりました。郁恵です。達樹君。娘の茉莉ともどもこれからよろしくね?」

 優しい笑みを浮かべる良い人。

 郁恵さんをパッと見た印象はとても好感が持てた。

 さすが学校で聖女様と呼ばれる高宮さんの母親だなって感じだ。


「あ、はい。えっと、達樹です。娘さんとはクラスメイトで……その……え~っと」

 

「ふふっ。だから、二人とも顔を見た時、動揺しちゃったのね。ほら、次は茉莉よ?」


「はい。お母さん。高宮 茉莉です。いえ、これからは阿久井 茉莉でした。阿久井くん、じゃなくて達樹くんとはクラスで仲良くして貰ってます」

 仲良くしてたと早速親父の信用を勝ち取りに行こうとするあたりが、さすが聖女だ。

 私たちは元からある程度知り合いだったから、私達は気にせず再婚して良い。

 まさしく、聖女と言う名に恥じない心遣いっぷりだ。


「そうかい? まあ、高校生になっていきなり兄妹が出来るのも中々受け入れられないだろうし、そこら辺は強要するつもりはない。ただ、その……息子の達樹と仲良くして貰えると嬉しいのは間違いがないがね」


「素敵なお父様ですね達樹くん?」


「ん? あ、ああ。別に兄妹みたいに出来るかは分からないけど、喧嘩するとかそういう事はしないと思う」


「そうかそうか。いや~、嬉しいよ。なんだかんだで、再婚で一番気にしてたのは達樹と茉莉ちゃんの事だったからね」

 何事もなく他愛のない話で盛り上がる。

 郁恵さんと親父の馴れ初めを聞いたり、俺と聖女様はクラスでどうなのかだったり、色々と話した。

 名残惜しくも夜は更け、レストランを出ることになった俺達であった。




 レストランから出るとタクシーを呼び、それぞれの家へ。

 食事中にも話したのだが、早ければ今週にでも俺と親父が住む一軒家に郁恵さんと聖女様の二人は引っ越してくるそうだ。

 で、タクシーに乗り、家についた俺はシャワーを浴び自分の部屋のベッドに寝転ぶ。


「聖女様と兄妹になるのか……」

 誕生日は俺の方が早いし、聖女様は俺の妹になる。

 今まで空き部屋だった隣の部屋が聖女様の部屋になる。

 そんなことを考えていた時だった。

 同じクラスがゆえに連絡先こそ交換しているものの、普段は絶対にやり取りをしないような相手から電話が掛かって来た。

 

『もしもし? 茉莉です。今、大丈夫ですか?』


「ああ、大丈夫だ」


『良かった。今日はその……色々とびっくりしましたね。まさか、同じクラスの阿久井くん。いえ、達樹くんと兄妹になるなんて思ってなかったです』


「だよな……。実際問題、俺と兄妹になるってどういう気分なんだ?」


『う~ん。難しい質問ですね。実感が沸かない。ただそれだけって感じかな?』


「まあ、色々あると思うけどこれからよろしく。親父と郁恵さんは仲良くやりたいだろうし、俺らが不仲で心配を掛けさせるってのだけはしたくないからな」


『同感です。私も、お母さんとお父様には迷惑は掛けたくないので』


「さてと、ひとまずはこんなもんか。どうせ、これからは嫌と言うほど、一緒で話す機会は巡り巡って来るんだろうし」


『ふふっ。ええ、そうかもしれませんね。それじゃあ、おやすみなさい。達樹くん』


「ああ、おやすみ」

 そう言った時だった。

 高宮 茉莉 = 聖女様

 それが根底から崩されるような一言が俺に突き刺さる。


『お兄ちゃん。おやすみなさいです。ふふっ。ごめんなさい。ちょっと、お兄ちゃんって呼んでみたくて呼んじゃいました。それじゃあ、また学校で』

 恥ずかしさを誤魔化すかのようにプツリと切れた電話。

 そして、俺は……年甲斐にもなく枕に顔を押し付け悶え苦しんだ。


「ああくそ。なんだよ。ずる過ぎかよ」


 無視してまで見たかった聖女様と呼ばれる心優しい一人の女の子が見せる普段とは少し違う態度。

 それが見たかったからこそ、今日は無視するという酷いことをした。

 けど、それなのに結局、彼女の普段と違う一面は見ることが出来なかった。

 聖女様の名は伊達じゃない。

 彼女の普段と違った態度は見ることが難しいのかもしれない。

 そう思っていたのに、


「っくそ。聖女様が俺の事をお兄ちゃんって反則すぎだろ……」


 思いのほか簡単に聖女様が普段見せないお茶目な所を見せてくれた。

 それはそれはもう。

 悶えて苦しむしかなかった。



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