俺はムカついたのです
「なっ!…嘘だろ?!」
俺は驚いた。何にかというと、赤いドリルの巻き髪にフリフリドレスを着た奇天烈な格好をしている少女に…ではなく、
そいつが俺の愛犬ルークと戯れている事にだ。
ルークは他の犬以上に警戒心が強いし、家族以外にはすぐ威嚇しようとする。
他人に懐くはずなど無いのだ、絶対に。
赤ドリルも俺を見て驚いていたが、すぐに蔑むような目に切り替えて俺を見下してきた。
「何でしょうか?そもそも貴方はどなたで、誰の許可を得てここに居るんですの?」
外国人かと思ったが流暢に日本語を話すな…。
そもそも俺は歳上のお兄さんで、ここは市民の憩いの場である公園だぞ、何を偉そうに言うんですの?
と思っていたら、赤ドリルはルークの首輪に繋がれているリードを俺が持っているのに気づいて怒り出した。
「あ…!貴方がミリアンを連れ去ったのですわね?!」
俺はその言葉を聞いてひとつの可能性が頭に浮かんだ。
…いや、ひとつの事実なのであろう。
相手は幼い子供の為、極力自分を抑えてそれを確かめることにした。
「キーキーほざいてうるっせぇなぁ。なぁ、お前がこの犬の飼い主だったのか?」
あれ?抑え方が難しい。予想以上にお腹の底から低い声が出てしまった。赤ドリルは驚き一歩後ろに足を引く。
「そっ…そうですわ!ミリアンは私のワンちゃんでしたのよ。1年前に姿を消してしまって、再会できると思いませんでしたわ。どうぞ返して下さいまし!」
はん、やっぱりそうか。
俺は久し振りに心の底から怒りが込み上げた。
「返せ…だと?お嬢ちゃんよぉ、このワンちゃんてのはお前の玩具じゃねぇんだぞ?無くなってろくに探すわけでもなく、偶然見つけたから返せだと?バカ言ってんじゃねぇ!コイツはモノじゃないんだ!この世界に生きているたったひとつの命だろ!!居なくなった時点で死に物狂いで探して探して探しまくれよ!!責任持たない奴に動物を飼う資格なんかねぇ!返せ!」
そう言って、ルークを奪い返す。
俺は最早、貸した金返せよと脅したてるヤ◯ザの様だった。こんな子供に向かって非常に大人気ないが、それでもまだ怒りは収まらない。
そのまま家に帰りたかったが、一応この子が納得するまで説明してやらなきゃいけないだろう。
「コイツはな、繁華街の狭くて汚いビルの間に住み着く野良犬だったんだよ。コイツも汚くてボロボロの形をして、ついにはそこで子供を産んだんだ」
赤ドリルは何も言わずに呆然と聞いている。
「コイツはずっと他人を威嚇して、誰も近づける状態じゃなかったんだ。餌もろくに食べてなかったのか痩せこけてて、このままじゃ近いうちに親子共々死ぬって想像できた。仕方がないから俺は保健所に連絡をして保護してもらったんだよ」
赤ドリルの目は次第に潤んできた様に見える。
泣かせるつもりじゃ無いが、最後までルークの事を話さなければなるまい。
「俺は急いで知り合いに犬が飼える奴がいないか探したよ。幸いにも子供はすぐに引き取ってくれる奴が何人かいて助かった。だがコイツは無理だ。もしかしたら飼い主がいるかもしれないって思い、SNSを駆使して友達やいろんな奴に情報を拡散してもらって探し回った。保健所からは3日経っても飼い主があらわれないと殺処分するって聞いて、俺は頼み込んで1週間待ってもらった。だが飼い主は見つからなかった。コイツは殺されるってのに」
ついに涙が頬を伝うのが見えた。
「だから俺が引き取ったんだ。俺は一人暮らしだったんだが、とてもじゃないが警戒して威嚇してくる犬を仕事の傍1人で飼うなんてできなかった。実家の両親に頭下げて頼み込んで、家族全員の了承を得て協力し合いながら何とか飼いだしたんだよ。皆んなコイツを可愛がってくれてる。だから嬢ちゃんに返して欲しいと言われても返せないんだ。コイツは今はもう、ルークって名前の俺の大切な家族だからさ」
「う…うわ〜〜ん!!ミリアンごべんなざいい!!」
赤ドリルは膝から崩れ落ち、犬でもないのにワンワン泣きだした。
これでこのガキにも命の大切さが分かってもらえればいいが。もうルークの様な目にあう動物が増えなければいい。この様子じゃ、こいつもきっと同じ轍を踏む真似はしないだろう。
俺はルークを抱きしめた手を解き、彼女の元へと放つ。
ルークは「泣かないで」と言っているかのように、赤ドリルが泣き止むまで隣で擦り寄るように慰めていた。