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第五十話:獅子

「近衛兵! この者を捕らえよ!!」

 

 暴動の一報を受けて、どよめく議場に、近衛隊長ラディルの、命令が高らかに響き渡った。だが、その暴動の主犯、とされる男、リュートはその眉一つ動かすことはしない。殴りかかろうとしていた伯父の手を振り払うと、優雅にその金の髪を撫でつけて、そのすらりとした体躯を見せつけるように、ラディルに向き直る。その様子が、また悔しいほどに絵になっており、自らの美意識の高いラディルの心を、さらに苛々と逆撫でした。

 

 ……だが、この男も、ここでもう終わりだ。

 

 そう内心で呟いて、最後とばかりにラディルが、近衛副隊長、兼、近衛十二塔守備隊隊長であるリュートに吐き捨てる。

「まったく、隊長が隊長なら、隊士も隊士ですね。根も葉もない噂を流布させて、人心を惑わすなど、言語道断。ええ、もともと、あの守備隊など、穀潰し共の集団に過ぎませんでしたから、この際、奴等全員を捕らえて詮議することにしましょう」

 その嘲笑の言葉に、ぴくり、とリュートの眉が反応する。そして、かわいがっていた子猫を、その腕から、近くに座っていたリューデュシエン南大公に渡すと、さっきとはうって変わった鋭い眼差しで、自分の上司であるラディルに対峙した。

「うちの可愛い隊士達を、穀潰し、とは、随分な事を言ってくれますね、隊長」

「はっ……。何を仰いますか。その通りでしょう。あの見目も行動も麗しくない下級貴族の奴等なんぞ、いてもいなくても同じではないですか。この、私が育てた華やかなる王宮近衛隊と比べてご覧なさい。この、雅やかで、なおかつ、上品で、規則正しい、私の近衛隊とね」

 言うと、ラディルは、控えさせていた近衛兵二人を、リュートに見せつけるように、近くに呼びつけた。確かに、彼の言うとおり、その二人の近衛兵は、煌びやかな近衛隊服を見事に着こなし、実に、優雅な男ぶりの隊士達である。

「さあ、私の近衛兵。この暴動の煽動者を捕らえなさい!!」

 ラディルの命と共に、即座に近衛兵二人が動く。彼らが、リュートの背後に回り込むのを確認すると、ラディルの口が、また、嫌らしく歪んだ。

 

 ――さあ、みっともなく、這い蹲って、私の前にひれ伏しなさい。この冒涜者め!

 

 だが、ラディルのその内心とは裏腹に、後ろに回り込んだ近衛兵は一向に、リュートを捕らえようとしない。それどころか、逆に、彼を守るかのように、その両脇に控え始めた。

「な、何をしている! 早く、その男を……」

 

 くくっ、という嗤い声が、未だ動揺を見せる議場に漏れる。

「くくくくっ……。私の近衛兵だって。笑わせるよね。自分の兵士の見分けもつかないなんてさ」

 不敵な声音で、貴公子がその撫でつけた金の髪を、さらに煌めかせた。そして、控えている近衛兵に、その手で、くい、と何やら合図をして、声をかける。

「お前達、この陰険睫毛に育てられた覚えあるかい? ねえ、アーリ、リザ」

 

「いいえ、まっさかぁ」

「こいつに育てられるくらいなら、野良犬に育てられた方がましだっての!」

 その言葉と共に、近衛兵二人の帽子が、勢いよく脱がれる。そこから現れた顔。それは、ラディルが馬鹿にしてやまなかった、あの、近衛十二塔守備隊の隊士の顔だった。だが、それは、いつもの品のない顔ではない。二人とも、この格式高い議場にいて、何ら恥ずかしくないような、見事な男ぶりを備えた顔だった。

「ほら、言っただろ、アーリ。その頭と髭、何とかした方がいいと。お前、素顔はなかなか美男子じゃないか。それに、リザ。お前もその身のこなし、様になっているぞ。言葉使いも、よく出来ていたな」

 笑い混じりのリュートのその言葉を受けて、二人の男は恥ずかしげに、その頭を掻く。

「いやあ、こんなさっぱりした髪型、久しぶりで、すーすーしますわ」

「俺も頑張って覚えたんだぜー、隊長。『確かに拝命致しました。ちょーえつしぎょくに存じます』、だっけか?」

「『恐悦至極に存じます』だ、この駄犬」

 リュートがさらに笑ってそう言うと、リザは、その懐から、一冊の本を取り出して、ええ、そうだっけか?、とその言葉を確認する。かつて、リュートが彼に贈ってやった『これであなたも貴公子! 正しいクラース語入門講座』という本だ。そのボロボロにすり切れた様子から、リザが、この本をよく読み込んでいるのが、嫌でもわかる。

 そんな二人に、周囲に聞こえぬ程度の声でリュートが話しかけた。

「トーヤと他の隊士達は、上手くやってくれたようだな。実にいいタイミングだ」

「ああ、あいつはなんつっても腹黒っすからね。可愛い顔して、民衆を煽動するなんて、ちょろいっしょ」

「でも、トーヤ、こっちに来たいって残念がってたんすよ。高位貴族共のあっけに取られた顔が見たいってよ」

「……仕方ないだろう。背が低いのは、どう頑張ってもごまかせないからな。それにしても、見てみろよ、あの近衛隊長殿の顔」

 

 その言葉通り、近衛隊長ラディルは、あまりの出来事に、ぐうの音も出せず、ただ、その顔を真っ赤に染めて、ぷるぷると小刻みに体を震わせる事しかできない。そんな呆然とした彼を、押しのけて、さっきその拳を収めさせられたリュートの伯父、北の大公オリヴィエが、再びその甥に掴みかからんと、唾を飛ばした。

「き、貴様! な、何故その様なデマを流して、我が邸宅を! 我が甥と言っても、ただではおかんぞ!!」


 ……あの、権勢を誇る北の大公に楯突くなんて、あの貴公子も、もう終わりだ。

 そんな場内に居合わせた貴族共の思いとは裏腹に、また、清々しいまでの貴公子の声が議場に響く。

 

「あっれえ? デマだってさ。本当の事じゃ、ないんですか? ……貴方でしょ? 穀物の値段、釣り上げていたの」

 

 その言葉に、静かな場内が一斉にざわめいた。

 そんな貴族達の喧噪の中、リュートがその懐から一冊の帳面を取りだす。その帳面に、ランドルフ達三人の目が一斉に釘付けになった。なぜなら、その帳面は酷く見覚えのある……あの、半島で使っていた東部軍の軍資金管理の帳面、そう、かつてリュートに突きつけた、あの赤字で真っ赤っかの帳面だったからだ。

「これ、先だってまで、東部軍で使っていた帳面です。見て下さい、穀物の値段、倍に跳ね上がっていますね。でも、この王都でも、その他でも、今、特に穀物の値段が跳ね上がっている、と言うことはない。では、何故、この東部軍の兵糧用の穀物だけ、値段が跳ね上がっているか、です」

 その碧の瞳をぎらり、と光らせて、リュートが伯父である北の大公に詰め寄る。

「貴方が、高値でふっかけていたんでしょう? この東部軍の兵糧用の穀物。農作物の物流管理職にある、宮中伯マルセロ殿と共謀してね!」

 

「――お、お、お父様?!」

 この言葉に、即座に反応したのは、傍聴席にいた歌姫、ベッティーナだった。その見事な濃緑の髪を振り乱して、隣に座る自分と同じ濃緑の髪を持つ父の姿を、信じられないといった眼差しで見つめる。だが、その歌姫の眼差しとは裏腹に、その父であるマルセロ宮中伯は、額にびっしりと嫌な汗をかいて、ただ、無言で周囲の視線に耐えているだけである。

 

「伯父上。貴方、穀物の流れを管理している宮中伯の協力を得て、わざと東部軍の兵糧を買い占めた。必然、少なくなった兵糧に、どうしようもなくなった東部軍は、高値でも穀物を買わざるを得ない。要するに、戦争で疲弊している我々の足下を見たわけです。この値段だ、と言われれば、腹を空かせた兵士達が待っているのだから、その言い値で買わざるを得ない。でも、本当は、その半額が妥当な値段な訳です。では、その残りの余分なお金はどこへ行ったか。答えは簡単。貴方と、宮中伯の懐でしょ? 貴方の権勢ぶりからすると、もしかしたら南部軍にもふっかけていらっしゃったのでは?」

 

 その指摘に、場内にいた者全ての目が、北の大公とマルセロ宮中伯に注がれる。その痛いまでの視線を受けて、震える声で、歌姫ベッティーナが父に問う。

「お、お父様。だ、だから、私を北の大公家のエイブリー様と懇意にさせたの……? そ、そんな、嘘だって言って頂戴、お父様。も、もしかして、あ、あの占い師に言われたから? 私が、あの占い師に、『お父様は北の大公様とお仕事すると、幸運がもたらされる』と言われたの、と言ったから、それで、北の大公様と? そ、それで、唆されたのね? そうなのね、お父様?!」

 その問いに、再びマルセロ宮中伯は答えない。代わりに答えたのは意外な人物、――王妃エミリアだった。

 

「まあ、歌姫さん。それは本当の事なの? あの、私の占い師が? まあ、あの女、何て事を!! やっぱり、私もおかしいと思っていたのよねぇ」

 勿論、占い師にそう言わせたのは王妃なのだが、ここは見事にその少女の笑みで、自分は知らなかった事だ、とすっとぼけてみせる。その行動に、兄である北の大公は、ぎりぎりとその妹を睨め付けるが、当の本人は一切構うことがない。さらに、素知らぬ素振りで、言葉を紡ぐのみである。

「ああ、でも、どうしましょう。ここにその占い師を証人として呼ぼうにも、彼女、昨日突然姿を消してしまったのよ。ああ、きっとこの会議でそれが発覚するのを恐れて、前もって、逃亡してしまったのね。何て、占い師なんでしょう。私、もう、占いなんて信じませんわ」

 素晴らしいまでの言い逃れっぷりである。勿論、あの占い師を逃がしたのは、他でもないこの王妃なのであるが、ここでそれを糾弾する者は誰もいない。その兄である北の大公も、ここで、王妃が失脚すれば、さらに自分の立場が危うくなることをよく理解しているので、知っていても、その妹を責めることが出来ないのだ。その鬱積を晴らすかのように、北の大公は、自分を追いつめた根元である甥、リュートへと再び詰め寄る。

「そ、そんな事、何の証拠があって……! な、何も証拠など……!!」

 

「あっれぇ? じゃあ、これ、何なんだろうなぁ?」

 

 再び、清々しい声が、議場に響き渡る。それと共に、再びリュートの懐から現れた物。それは、一冊の帳面だった。――北の大公家の、秘された帳面である。

「これね、先日誰だか分からないものから、僕の元に届けられたんですよねぇ。この中身、見たらびっくりしちゃった。伯父上、こうやって、汚職ってやるんですねぇ。僕、勉強になりました」

 

 がくがくと、北の大公の顎が震える。勿論、大公には、この帳面を甥に渡したのが誰なのか、薄々見当が付いていた。その人物を、恨めしげに睨んでみるが、当の本人は相も変わらず少女の微笑みを浮かべているのみで、まったく悪びれた様子などない。それを受けて、さらに甥が、伯父の所業を暴露する。

「貴方、これで穀物を買い占めて、東部軍からその軍資金を掠めたはいいが、この冬になって、東部軍が帰ってきてしまったため、買い占めた穀物を手に余らせていたんじゃないですか? それを、貴方は有効利用したんですね。あの闘技場で無料でパンを配布して、人心を買う、という方法でね」

 その言葉にいち早く反応したのは、誰あろう、あの闘技場でその光景を見た王子、ヨシュアだった。

「――そうか! 余った小麦でパンを! だから、あんな事が……!!」

 

「でもね、伯父上。ここに来て、それが裏目に出ましたね。民衆も薄々分かっていたんですよ。パンをただで貰えるなんて、そんなうまい話があるわけない、何か裏があるはずだ、とね。だから、ちょっと、真実を告げて、つついてやれば、……この暴動だ」

 そうあざ笑うリュートの声を受けて、議長が口を開いた。

「それが真の事であれば、我が輩は司法長官として、その汚職を見逃せませぬ! 北の大公殿下! この会議が終われば、我が輩が直々に詮議致しましょう! 覚悟はよろしいか!!」

 堅物過ぎるとして評判の議長の言葉に、大公はその身をぶるり、と震わせ、その足をがっくりと床に折った。その様子に、成り行きを黙って見つめていた、鼠に似た宰相が、その内心で感嘆の溜息を漏らす。

 

 ……見事だ。

 この件に関しては、自分も色々と探って、この会議で北の大公を告発する準備は出来ていたが、正直、ここまで鮮やかに、この若者に先を越されるとは思わなかった。何より、あの王妃だ。自分や、そして国王陛下すら動かせなかったあの女狐を、この若者は屈服させたのだ。そして、自分のいい様に利用している。……何という、才覚か。これでは、陛下が執着するのも無理はない。本当に、この若者は一体……。

 

 そう値踏みするような宰相の視線を物ともせず、再び、豪奢な金の髪が掻き上げられる。そして、議場にいる者、皆に届く、不敵なる声音。

 

「困るのですよねぇ。内憂外患、と言いましょうか、外に竜騎士を相手にして、さらに、身内である伯父上にその様に足を引っ張られては。これからまた南部に遠征に行こうというのに、それでは本当に困ります」

 

「……な、南部に遠征ですって?!」

 そのリュートが発した意外な言葉に、再び上司であるラディルが食いついた。

「な、何を言いますか! あ、貴方に軍を指揮する権限など……」

 

「あっれぇ? じゃあ、これ、なーんだ」

 

 掴みかからんとするラディルを制して、リュートはその首に巻いていたスカーフをしゅるり、と解いて見せた。朝巻いてきた、独特の紋章が描かれた長方形の布である。首から外され、そして広げられたその紋章の図柄に、場内の一同が絶句する。

 

 ――矢羽根に、十字の剣。

 

「ま、まさか、その紋章は……」

 言い淀むラディルの声を遮って、円卓から、死者を思わせる陰気な声が響いた。

 

「はい。南部大公旗です。我が、南部軍の全権を任される、南部大公だけが持ちうる旗ですよ」

 

 振り向くと、そこには優雅に子猫を撫でる死神の姿。その、重要なる大公旗を、この若造に渡したという、驚愕の行為にラディルは、死神、リューデュシエン南大公に、その真意を問わんと詰め寄った。

「な、なにゆえ、こ、このような冒涜者に南部軍を与えられたのです! こ、このような、規則すら守れぬ愚か者に!」

「何を言うンですか。貴方、私の二つ名、ご存じないンですか? 私は『日和見大公』。強い者に流され、強い者に付く。それ故の二つ名です。だからね、わかるンですよ。本当に、強い方、というのがね。愚かなンは貴方方ですよ。本当に人を見る目がないンですね。この方が、ただの猫の子だとお思いですか?」

 その膝に乗った子猫を撫でながら、しれっ、と答えられた死神の言葉に、ラディルは納得がいかぬ、と再び、彼をこの公衆の面前で堂々と詰りだした。

「な、何を! ああ、どうせ、このおぞましい同性愛者の大公殿下に、その身を売ったんでしょう。この見目だけはよい冒涜者は! そうでなければ……」

 そう言いつのるラディルの前に、すっく、と陰気な死神が、その痩せた体躯を揺らめかせて、立ち上がった。そして、夜の闇よりも暗い、濁った目で、彼を睨め付けると、冥府の主を思わせるような低く、恐ろしい声音で、言葉を紡ぎ出す。

「あの我が麗しき白羽の君が、体を売るなンて、畜生にも劣る真似をなさると言うのですか。あの方へのそンな侮辱は許しませンよ。ええ、呪い殺して差し上げましょうか、この陰険睫毛君は?」

 この男が言うと、本当に呪われそうだから、余計に恐ろしい。そう震え上がるラディルを尻目に、さらに死神は国王に向けて、その真意を告げた。

「陛下。本来ならば、この竜騎士侵攻という未曾有の危機に、南部大公である私が出ねばならンのでしょうが、いかんせん、私はこンな廃人です。そこで、私はその全権を、我が城を奪回して下さった、この白の英雄殿にお渡しすることに決めました。それ故の、旗の譲渡です」

 勿論、この旗、というのは、あの劇場でリュートが南部大公の願いを聞いてやった見返りに貰った、あの包みの中身である。だが、それを渡した当の本人は、あくまで、英雄という功績を讃えてのものだ、と言い切って見せた。こう言われれば、その譲渡に、なかなか否や、と言うのも唱えようがないからだ。

 その死神の見事な弁を受けて、尚、承伏出来ぬといった面持ちで、再びラディルが口を開く。

「な、何を……。い、いくら英雄だからといって、今は、私の部下である近衛副隊長なのですよ。そんな勝手な真似など……」

 

「じゃあ、辞めまーす」

 

 再び、場内に爽やかな声が響いた。

「じゃあ、今日をもって、僕、近衛隊辞めますね。あ、丁度、さっきの暴動の責任を取る、という形で。ね? それならいいでしょ、ラディル隊長」

 言うと、再びリュートの懐から、一通の書類が差し出される。そこにでかでかと書かれていたのは『辞表』の文字。そして、リュートはそれを持って、つかつかと、国王の元まで詰め寄ると、彼の前で膝を曲げて、それを差し出した。

「陛下。すみません、せっかく下さったお仕事ですが、返上致します。でも、僕、このまま無職と言うわけにはいきませんので――」

 そして、またも場内に響く、不敵な声。

 


「僕に、第三軍長の地位を下さいな」

 

 

 言われた、あまりにも畏れ多い台詞に、場内に居合わせた者全ての口が、あんぐり、と開く。それはこの国王や、やり手の宰相とて例外ではない。しばしの沈黙のあと、ようやく何を言われたか理解したラディルが、真っ先に口を開いた。

「な、何を言いますか! だ、第三軍長はこの私ですぞ! お、お前なんぞに、誰が……」

 いつもの優雅さからかけ離れた狼狽えた様子で、ラディルがリュートの首へ掴みかかった。だが、それを締め上げる事は叶わない。誰か、他の者の腕が、リュートを守るように、がっしりとラディルの腕を掴んでいたからだ。その腕から、ちらり、と見える入れ墨に、ラディルが再び忌々しげにその腕の持ち主を睨め付ける。

「おっと、うちの隊長に、手出すんじゃねーぜ。俺はこの隊長のボディガード、『黒犬』だかんな、近衛隊長さんよ」

「邪魔をするな、下賤なる者め! いいですか! この私がいる限り、第三軍は私の物です! 絶対に渡しません!!」

 その断固たる拒否の言葉に、再びリュートの明朗、かつ、堂々たる声が被さった。

 

「じゃあ、いいですよ。第三軍の地位はいりません。そんな下らない物、貴方に熨斗付けてあげましょう。その代わり、……兵士だけ下さいね」

 

 にこっと笑って、そう言うと、何かに合図でもするように、ばさり、とリュートの持つ扇が鳴らされた。それを受けて、傍聴席から一人の男が立ち上がる。

 よく目だつ紫の羽に、顔に付けられた痛々しい十字傷。……それは他でもない、第三軍副団長、ニルフェルド・ゲッチェルの姿だった。あの、かつて闘技場でリュートにこてんぱんにやられ、さらには第三軍の立て直しを、けんもほろろに断られていた男である。

 彼は、傍聴席から、申し訳なさげに、しずしずと降りてくると、円卓に並ぶ高位貴族らを前に、その頭を地に擦りつけんばかりにひれ伏した。その姿を見て、リュートが彼に声をかける。

「ニルフ、よく来たね。確か、君、今日この近衛隊長殿に何か渡したい物があったんじゃなかったっけ? 選定候である僕が許す。出しなさい」

「で、では! お、畏れながら!」

 言うと、ニルフは抱えていた鞄から、何やら大量の書類を取りだして見せた。百や二百は軽く越えたおびただしい量の書類である。そして、その山と積まれた書類を前に、またも床にひれ伏して、ニルフが告げる。

 

「――全て、第三軍、正規兵の辞表願いにございます」

 

 その言葉に、場内がまたも一斉にどよめいた。

「じ、辞表だと……? に、ニルフ! 貴様、裏切る気か!!」

 あまりの出来事に、ラディルはその雅やかな装いが崩れるのも構わぬほどに、激しく激高した。だが、その叱責を受けるニルフの方は、その額にいささか汗をかきながらも、断固たる声音でかつての主君に対峙する。

「いいえ。違います。小生達が裏切ったのではありません。貴方が、小生らを……第三軍正規兵らを裏切ったのです、ラディル様」

「な、何だと……」

「貴方、もうかれこれ何年、小生らの事を顧みておられませんか? ずっとお慕い続けておりました我らを捨て置いて、華やかなる王宮近衛隊のみに心血を注がれていたのは貴方です。その結果、我らは、給金もろくにないありさまで、軍としての秩序も保てません。他でもない、貴方がそうしたのです。小生は、……そして、心ある兵士らは、もう貴方にはついて行けません」

 その揺るぎない部下として、認識していたニルフの口から告げられた決別宣言に、ラディルは何か砂でも口に詰め込まれた様に言葉が出てこない。そんな彼をあざ笑うかのようにして、この男を呼んだリュートが口を開いた。

「……ああ、臣下に見捨てられる主君、というのは何てみっともないんでしょう。隊長殿のお言葉を借りるなら、美しくない、とでも言いましょうか。ああ、それからね……」

 再び、くい、とリュートの指が動いた。

「俺らも、辞めさせて貰うわ、近衛隊」

「お前の下でなんか、これ以上働けるか、香水くせえ陰険睫毛!」

 ぺしり、とアーリ、そして、リザからも辞表が叩き付けられる。勿論、その二枚のみではない。他の隊士達の分を含め、である。

「僕が、ただ貴方を驚かすために、こいつらを連れてきたと思っていたんですか? それにしても、困りましたねえ。第三軍も、近衛十二塔守備隊も無職になってしまうと、さぞかし治安が悪くなるでしょうねぇ。いやぁ、職のない兵隊ほどタチの悪い物ってないと思うんですよぉ」

 一体、誰のせいなのか、まったく意に介さぬ口調で、扇を一振りしてリュートが笑う。そして、また無邪気な声で、議場にいる貴族達に言い放った。

 

「ほら、皆さんもそんな無職の荒くれ兵士が、この王都にいたら困るでしょ? そこで僕にいい考えが。――この選定候である僕が、この兵士達みんな雇って、南部へ遠征に出てあげます。そしたら、あなた方も安心出来るでしょ?」

 

 再び、場内は呆気にとられて、誰一人声も出せない。ただひたすらに、この金髪の若者の破天荒ぶりに、その顎を下ろして、口を開け放つのみである。

「や、や、雇うだって? そ、そんな金がどこにあると言うんだ! こ、この貧乏な選定候の若造め!!」

 静まりかえる場内の沈黙を破って、そう叫んだのは、常々リュートの事を田舎者だと馬鹿にしていた北の大公家の息子、エイブリーだった。先の父の汚職の一件もあって、さらにリュートに嫌悪感を剥き出しにして、彼はその従兄弟に言いつのる。

「お、お前みたいな貧乏人に、軍を養える金が……」

 

「ああ。そのことでしたら」

 

 エイブリーの言葉を遮って、場に、少女の雰囲気を持った女性の声が響いた。エイブリーがその声の持ち主に目をやると、そこには他でもない自分の叔母、王妃エミリアの姿があった。

「お金のことでしたらね、心配しなくていいのですよ。私が出して差し上げます。ええ、私、この甥であるリュートさんの考えに、いたく賛成いたしましたの。それでね、今まで宴やら、ドレスの新調に使っていた莫大なお金、全て彼に使って頂こうと思いますのよ」

 

 その言葉に、リュートの口元が、にやり、と歪んだ。

 何故なら、この叔母の提案こそが、あの取引でリュートが言った『腕』に他ならなかったからだ。

 

 ――『叔母上。僕はね、お金が欲しいんです。僕の自由になる軍資金が、です。軍の方は僕が自力で手に入れますが、お金の方だけは何ともしがたい。だからね、叔母上。貴方の今お使いになっているお金、僕にぜーんぶ下さいな。それで貴方は自分の欲しい物を手に入れられるんです。どうです? 悪い取引では、ないでしょう?』

 

 その、舞踏会の夜の取引の言葉を脳裏に浮かべながら、王妃がさらに笑顔で続ける。

「ああ、そうだ。さっきの私のお兄様が汚職で手に入れた私財も、この際、リュートさんに使って頂いたらいかがかしら? それに、貴族の方々も、如何でしょう? 今までパーティーやらに使っていたお金、遠征軍に寄付する、というのは? だって、この未曾有の国の危機でしょう? そんな宴やら何やらに使うより、勇気ある若者を応援することに使うのが、正しい貴婦人の在り方、というものではなくって? ねえ、皆さん」

 この国の最高の貴婦人である王妃にそう言われてしまえば、それに追従する貴族らに否や、と言えるはずがない。ただその口をぱくぱくとさせて、首を縦に振るのみである。

 

 そんな驚愕に包まれた議場の様子に、もう堪忍袋の緒が切れたとでも言いたげなラディルの罵声が、響き渡った。

「認めない!! 私は認めないぞ! こんな冒涜者が! こんな、英雄と祭り上げられているだけの若造が!! 本当に軍を率いて敵と戦えるものか!!」

「……戦えるか、だと?」

 ラディルの罵倒に、ぴくり、とリュートの眉が反応した。そして、その眉根を忌々しげに寄せると、つかつかとかつての上司であるラディルの前まで詰め寄った。

「僕が、竜騎士と戦えないって、思ってらっしゃるんですか?」

「あ、当たり前だろう! お、お前みたいな優男が、竜騎士と対等になど戦えるか! どうせ、お前の戦功もでっち上げだろうが! この偽英雄め!!」

 その言葉を受けて、リュートの瞳が、ぎらりと光る。

 

「失礼」

 

 そう一言言うなり、リュートは自分の襟元に手をやると、それを一気に、ぐい、と引き下げて、胸元をはだけさせた。

 ……そこに現れた物。それは、この端麗な貴公子には、到底相応しくない、醜い傷跡だった。ほどよく締まった胸板に、残る引きつった痛々しい、ひっかき傷。

 そのあまりの生々しさに、傍聴席からも、ひっ、と小さな悲鳴が漏れる。

「――これ、皇帝の竜に引き裂かれた時の傷です。僕が殺した、皇帝の竜の爪痕です」

 それは、紛うことなき、一級の戦士の証だった。ぬくぬくと後ろで戦局を見守り、そして、戦場に出る勇気のない者には、決して与えられぬ戦いの証拠。見せつけられるその堂々たる傷に、ラディルはもう言葉もない。そんな彼を、さらになじるかのように、リュートが詰め寄った。

「貴方、こんな傷、付けられる覚悟がおありですか。その髪の乱れが気になって気になって仕方がない貴方が、こんな醜い傷、付けられる覚悟がおありですか、第三軍長殿」

 そして、とどめとばかりに、その碧の目を獣のように光らせて、ラディルに吼える。

 

「この王宮で兵隊さんごっこしかできねーお前に、竜騎士の首が獲れるかって聞いてんだよ! この陰険睫毛野郎が! ぐだぐだ文句言ってねーで、黙って兵士寄越して、おままごとでもしてろや、坊ちゃんが!!」

 

 吐き捨てられた、とてもこの大会議場には相応しくない暴言に、ラディルはその目にうっすらと涙すら浮かべて震え上がった。勿論、震え上がっているのは彼だけではない。この貴公子を子猫と侮って止まなかった貴族らも動揺に、その体をふるふると小刻みに揺らすのみである。

 そんな中、持っていた本、――『これであなたも貴公子! 正しいクラース語入門講座』を片手にリザが、リュートに話しかける。

「……とてもお綺麗なお言葉で、隊長」

「ふん。汚い言葉というのはこう使うんだ、リザ。覚えておけ」

 

 言うと、リュートは完全に縮み上がったラディルを尻目に、ばさり、とその白羽を翻して、またも国王の元へと向かう。そして、その道すがら、南大公から預けていた子猫をひったくると、今度はその足を折ることもせず、この国の長である男に対峙した。

「陛下。と、いう訳で、僕は自分の軍と南部軍を率いて、遠征に向かうことに致しましたので、貴方のお側にいることが出来ません。その代わりと言っては何ですが」

 ひょい、と国王の目の前に白い子猫が差し出される。

「この子、ジークルーネと言います。どうぞ、僕の代わりにかわいがってあげて下さい。貴方は、僕の両親に償えなかった分を僕に償いたいと仰ってくれましたね? 僕は残念ながら、そんなどうでもいい贖罪の為の愛玩動物になりたくないので、どうぞ、償いはこの子に。僕は貴方の自己満足の為の愛情なんぞいりません」

 王者に対してのあまりの冒涜の台詞である。それを、眉一つ動かさず、しれっと言ってのける目の前の男に、国王はただただ唖然とし、差し出された子猫と、そして自分の息子であるかも知れないリュートを見比べる事しかできない。そんな目の前の若者から、またも驚愕の言葉が紡ぎ出される。

「僕は王位も、地位も何もいりません、陛下」

そう言う眼差しは、もう、あの子猫の笑みからほど遠い、一人の堂々たる男の眼差しだった。


「我が望みはただ一つ!! ――皇帝、将軍を含めたこの国にいるリンダール人全ての首!!」

 

 吐き出された、この煌びやかな貴公子に、あまりにも似つかわしくない生々しい言葉に、居合わせた者全てが絶句する。

「どうしたのですか、陛下。僕のお願い叶えてくれる、と仰ったではないですか。王者が約束を違えると言うのですか。さあ、どうぞ、この子を幸せに。そして、僕を笑顔で遠征に送り出して下さい。ついでに、国庫からも軍資金、出してくれるとありがたいのですが」

 

 ――ほ、ほほほほほ。

 

 リュートのあまりの言葉に凍り付く場内に、女の高らかに笑う声が、響いた。見ると、そこには、黄色の羽を揺らして、堪えきれない、と言ったように円卓を叩いて笑う西の大公の奥方の姿。彼女は静まりかえった場内でただ一人、ひとしきり笑うと、その口から意外な言葉を紡ぎ出した。

「あー、おもろうて堪らんわ。陛下を始めとして、雁首揃えた男共のみっともない顔! 傑作や! ええか、フリード、ああいう男におなりやぁ」

「はい。お母様」

 隣にいた息子のその可愛らしい返事を受けて、西の大公の奥方、マティルダは、その顎をくい、と上げて、リュートに告げる。

「気に入った! リュートはん、うっとこの西部軍も持って行きやぁ。お金も付けたる。それで、竜騎士共、いなしておいでぇな」

 

 その思い切りのいい女傑の言葉を受けて、リュートの顔に、さらなる笑みが浮かぶ。そんな中、再び議場に、威厳ある男の声が響き渡った。

 

「ま、待て!! ゆ、許さんぞ、そんな遠征など!」

 それは、つい先ほどまで、北の大公に押されていた鷹、ロクールシエン東大公の言葉だった。ライバルである銀狐が、その汚職によって牙をもがれたことによって、命を長らえた鷹が、国王の前にいたリュートにまで詰め寄って、その肩をがっしりと掴んでいた。

「ゆ、許さんぞ。お、お前は王子なのだぞ? こ、この東部が有する、悲願の王子なのだ。そ、それを……」

 掴まれる手を、ちらり、と見ながら、リュートが鷹に、静かに告げる。

「無理は、なさらぬほうがよいですよ、殿下」

 その言葉に、東大公の目が、ぴくり、と動揺するが、それも一瞬の事だった。すぐに、その手に力を入れて、リュートを諭すように言葉を紡ぐ。

「お、お前がいれば、我が東部はもう、不遇の境遇から抜け出せるのだ。そ、それを邪魔はさせん……」

 

「どうしても、僕を王子にしたいんだね」

 

 何か決意したような、リュートの視線が、東大公に突き刺さる。手加減などない、そんな目だ。

「……じゃあ、言ってやるよ」

 すう、と大きく息が吸い込まれる。そして、獣の咆哮を思わせるような怒声が、辺り一面に吼え渡った。

 

「貴様、この王子に対して、僭越であるぞ、東大公!! 誰に向かって口をきいておるのだ、東部の鷹めが! 何よりこの王子を、自分たちの為に利用したいだと?! 誰がお前なんぞの傀儡になどなるか! 何が、東部の為だ! この侵攻という未曾有の危機に際して、自分の領地の事しか考えられぬ痴れ者が! その様な狭量な男が大公などとは笑わせるわ! その程度の器しかないのであれば、そこの銀狐と共に、さっさと大公位など返上してしまえ!! この愚物!!」

 

 突然吐き出された、王者を思わせる台詞に、流石の東大公も、ぐうの音も出せない。

「どうした。お前の言う、王子の命であるぞ。なんぞ、文句でもあるか」

 それだけ吐き捨てると、リュートは呆気にとられる東大公を尻目に、くるりと、その踵を返して、ある男の元へその歩みを進めた。その一歩一歩に、王妃エミリアの頬が緩む。

 

 ――『叔母上。貴女が実家を僕に売り、そしてお金を都合してくれるなら、貴方の一番望む物を貴女に差し上げましょう。それが、僕の言う、取引です』

 

 その言葉が脳裏に蘇ると共に、王妃は、自らの横にやってきたリュートの姿を確認していた。そう、自らの横に座る、王子ヨシュアの前に、である。

「リュート……」

 そう戸惑いを見せるヨシュアの前で、恭しくリュートの足が床に折られた。そして、おもむろにヨシュアの手を取ると、彼の青い瞳を、その碧の親愛に満ちた眼差しで見つめながら、静かに彼に言う。

「王子。かつての貴方だったら、しませんでした。今の、……今、王者として、その一歩を踏みださんと努力されている貴方だから、するのですよ」

 

 その言葉と共に、リュートの唇が、近づく。そして、場内が全て見守る中、静かな口づけが、ヨシュアの手に落とされた。

 ――永久の、臣従を意味する口づけである。

 

 そして、その唇を手から離すと、その手を繋いだまま、リュートが傍聴席の方へと向き直る。

「聞け、皆の者! 私、選定候、リュート・シュトレーゼンヴォルフは、陛下の庶子であることを完全に放棄し、一臣下として、このヨシュア様に永遠の臣従を誓う事をここに宣言する! 今後、この王子の立太子において、如何なる否やを唱える者があらば、この私が全力を持って排除する!! 良いな!!」

 

 それは、完全なる王の血への決別宣言だった。

 

 その堂々たる宣言に、横にいた王妃の口元が、満足げに歪んだ。だが、それは決して、余裕の笑みではない。その手にびっしりと汗を握りしめ、ようやくたどり着いた延命の道に、安堵した笑みだった。そして、ただただ無言で呆気にとられる場内を尻目に、リュートがその羽を翻して、先の言葉を続ける。

「――さて、僕はこれから遠征で忙しいので、これで失礼致しますね。ああ、窮屈だった」

 言うと、リュートは、その艶やかに撫でつけられて結わえられた金髪を、ばさり、とほどいて見せた。議場に差し込む午後の光を受けて、きらきらと金の糸が、豪奢に舞い踊る。そして、紡ぎ出される、堂々たる戦士の言葉。

「もう、こんな腐った王都にも、貴公子の装いにも用はない。爺や! 剣と鎧を持て!」

「はい! リュート様!!」

 この場内の者全てを喰った主人の堂々とした有り様に、その老いた目をいつになく輝かせながら、控えていた老執事が嬉しそうに答える。その声音は、場にいる者全てに、我が主人の素晴らしさはどうだ、とばかりに誇らしげな色を帯びていた。


「それでは皆様、ごきげんよう」

 

 その言葉を受けて、場の惨状を見渡しながら、鼠の宰相がぼそり、と国王に向けて、呟いた。

「……見事に、見事に、食い散らかされましたな」

 そこには、がっくりと膝を折る北の大公、涙目で震える近衛隊長、そして言葉を返せぬ東の鷹の姿。そのあまりの光景に、ふふ、と宰相の言葉に同意するように、国王の口から笑みが漏れる。

「数々の足に食らいつく獣共を蹴散らして、見事に、御自分の欲しい物だけ奪い取って行かれた。あれには狐も鷹も敵いませぬ。まさに王者の一吼えと言うに相応しい。やはり、陛下の御血筋ゆえ、でしょうか」

 宰相のその問いに、国王はリュートから託された子猫の背を一撫でして、何かに思い馳せる様にして、目を伏せた。

「いや、あれは、余の子ではないよ」

「……では、ヴァレル様の?」

「いいや、あれは……」

 王の脳裏にこの王宮の中庭に立つ、不世出の英雄の姿が浮かぶ。かつてこの大陸を統一した、金の鬣を持つ、誇り高き王。

 

 ――その体、獅子の如く頑健で、その心、獅子の如く誇り高い。

 

「あれは、獅子王の子だよ。獅子王が、この未曾有の危機に、我が最愛の女を通じてもたらした、若き獅子だ」

 

 ……そう、あれは、何者にも(へつら)わず、何者にも屈しない、金色(こんじき)の髪を堂々と靡かせたる獅子。あれの歩みを止められる者など、……誰も居はしないのだ。

 

 それだけ、一人ごちると、国王は去りゆく英雄の後ろ姿を目に焼き付けんと、その青き双眸を開いた。

 と、その目に、驚愕の光景が飛び込んでくる。

 

「ぐ、ぐう……」

 そこには、苦しげな声を絞り出して、円卓に突っ伏す、一人の人物。その背の黒い羽に、国王の目も、貴族らの目も、そして去らんとしていたリュートの目も、一斉に釘付けになる。そして、その光景に悲しげに目を伏せて、一言、リュートが静かに言い放つ。

 

「――だから、無理はなさらぬ方がよろしいと、言ったのに」

 

 議場に、今まで黙って成り行きを見守っていた男、ランドルフの声が、響き渡った。

 

「ち、父上ーーーーーっっっ!!」



次回、王都編、最終回です。

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