第三十八話:隊長
「不問ですって? 一体何故にございますか、陛下!」
煌びやかな意匠が施された柱が自慢の王宮の渡り廊下の一角、近衛隊長ラディルは、納得がいかぬ、といった面持ちで、国王にそう詰め寄った。だが、一方でその抗議を受ける国王は、彼の方を一瞥すらせず、隣にいた宰相から受け取った書類に目を通しながら、答える。
「よいのだ。余が許可した。王子を連れ出してよいと、な」
この答えには、さらにラディルは承伏が出来ない。何故なら、その様な命令は、近衛隊長である自分に一切知らされていなかったからだ。そう、この王宮を守る最高責任者である、この自分に、である。
その矜持の甚だしく高いラディルの内心を慮ったかの様に、国王は続けて彼に告げる。
「お前に言えば、必ず行かせなかったであろう? お前はよくやってくれている。だが、もう少し、肩の力を抜いて、楽に構えたらどうだ」
「と、とんでもありません!! 私はあのような男とは違うのです。あのように、勝手に王子を連れ出して、何食わぬ顔をしているような、あの若造とは!!」
自分で吐き捨てた言葉ながら、あの勝手な男の事を思い出すだけで、もはやラディルの胃は既に吐き気をもよおしそうだった。
―― 一体何のために、規則があるのだ?!……全て、この世界を美しく、律するためであろうが。
ラディルは、その雅かに、香を焚きしめた服の下に隠された内心で、ぎりっ、と歯噛みする。
幼い頃より、中央貴族の中の最高位、選定候になるべくして育てられてきた彼である。生まれてから、この方、美しいものしか見たことがなかったし、それ以外に興味もなかった。
そんな彼にとって、美しさとは、規則正しさに他ならなかった。
例えば、精密なモザイク画が、一つ一つの正しいパーツが配置されることによって、美しく輝くように、この自分の周りも、正しいパーツで、整えられるべきなのだ。ましてや、パーツが意志を持って飛び出していくなど、言語道断。
それは、ラディルの美意識に対する、冒涜なのである。
「私はあの男の振る舞いをけして許しません。あの冒涜者は王子にとっても有害です!! 一刻も早く、この王宮から遠ざけられるべき男です!」
そこまでラディルが言いつのって、国王はようやく、その顔を書類から上げて、こちらの方を向いた。
「お前、本当にそう思うか」
そこにあったのは、海の色を思わせる、澄んだ、青の瞳だった。その曇りのない瞳から語られる言葉に、ラディルは絶句する。
「あれから帰ってきて、王子は何と言ったと思う。『勉強する、いや、させて欲しい』と言ったのだ。あの、お前が言うても、余が言うても、ちっとも聞かなんだ、あの怠け者が」
「な、何ですって……?」
「それだけでない。公務を、手伝わせてくれ、と言いおった。あの、祝勝会一つ満足に出席できなんだ、あの王子が」
ふ、ふ、と、何かを自嘲するような笑いが、国王の口から漏れる。
「たった、一日で、あれは王子を変えおった。父親たる、そして国王たる余が、変えられなんだ、我が息子を、だ」
一体、何をしたのかは、わからぬがな、とさらに、国王はその口の端を緩めて、嬉しげに笑う。それは、この王の側に仕えて長い、ラディルが、一度も見たことがないような微笑みだった。
その笑みを見るなり、ラディルの心をいい知れないざらつきが、撫でる。……彼に言わせるなら、美しく、ない、感情だ。
だが、その感情を押さえ込む術は、今のラディルにはない。ただ、その心の赴くままに、毎日一時間かけて整えるその髪の毛を、グシャリ、と醜くかき乱すのみである。
彼の珍しい仕草に、その感情を敏感に悟ったのか、国王はその微笑みを、すぐにぬぐい去ると、厳しい王者の表情でラディルに向き直った。そして、きっぱりと彼に向けて、命令を下す。
「とにかく、余が不問、と言ったら、不問なのだ。例え近衛隊長であるお前でも、彼に何か処罰を下す権限はない。彼の好きにさせろ」
「……そんな」
「話はそれだけだ。余は忙しい。行くぞ、宰相」
「陛下!!」
ラディルの呼びかけに、国王は振り向きもせず、宰相とその配下の文官と共に、執務室へと消えていった。こうなれば、尚も追いかけて、抗議する、などどいう無粋な真似は、美意識の高いラディルには出来ない。ただ、悔しげにその唇を噛みしめて、忌々しくその扉を睨め付けるのみである。
そんな、彼の背後から、よく知った、軽薄な声が投げかけられた。
「あーあ、あの田舎者、一体どうやって陛下に取り入ったのでしょうね」
その嫌味ったらしい声に、ラディルが振り向くと、そこには一重まぶたの銀髪の男が一人。
「……エイブリー・ガーデリシュエン殿。盗み聞きとは、また無粋な真似を。北の次期大公殿下の名が泣きますよ」
そう、男の名を呼びながら、ラディルはその長い睫毛に彩られた瞳を、不審そうに眇めた。この視線には堪らず、相手の銀髪の男もその肩を竦めて、あきれたような表情を見せる。
「まあまあ、そう、固い事言わずに。丁度、叔母上、いや、王妃陛下の所へご機嫌伺いに行った帰りに通りかかっただけですよ。それにしてもね、王子様の変わりようったら。叔母上にも堂々とご進言なさったようですよ。『国庫の無駄遣いである宴やドレスの新調はおやめなさい、そして、怪しげな占い師の事など、信用するのはやめなさい』と」
「王子が、そんなことまで?」
「ええ。ま、あのいつもふわふわしたおつむの叔母上にとっては、何を言っても無駄でしょうがね。さっきも『まあ、新しいドレスがなかったら、私は一体何を着たらよろしいの、エイブリー』。……これです」
さすがにこの答えには、お堅い近衛隊長の顔も、その表情を崩さざるを得ない。……、まったく、我が王妃陛下ながら、なんという無知ぶりか。いくら深窓育ちとは言え、限度というものがあるだろうに。
「あの占い師のことだって、王子は嫌っておるようですが、私はあの馬鹿な叔母上を御するのには、丁度いいおもちゃだと思っているのですよ。ま、あの女、どこの馬の骨かはわからりませんがね。……おっと、失礼。今の言葉は近衛隊長殿の前で言うべきではありませんでしたね。忘れて下さいな。不敬罪で逮捕されちゃ敵わないのでね」
そう自分の叔母を、馬鹿だと言いながら、目の前の『狐』と揶揄される男の息子は、少しも悪びれる様子がない。そして、その顔に、さらに不敵な笑みを浮かべて、ラディルに詰め寄ってくる。
「いやあ、僕もね、あの田舎者のことはどうも気にいらない、と思っているのですよ。僕が忠告してやったのに、未だ、こちらの家に挨拶に来る様子もないし、まだあの東部の連中とつるんでおるようなんでね。まったく、恥知らずの息子は、母親に輪を掛けて恥知らずですよ」
それだけ吐き捨てるように言うと、狐の目がより一層、にやり、と嫌らしく歪んだ。
「どうです? 今度、あれにもっと恥をかかせてやろうと思っているんですよ。見にいらっしゃいませんか」
それは、一瞬、あの男に嫌な感情を抱いているラディルにとって、酷く魅惑的な言葉に思えた。だが――……。
「美しく、ないですね」
「その一言だよ。『お前は美しくない』」
吐き捨てるように、それだけ言い放つと、昨日まで『黒犬』と呼ばれていた闘技場荒らしの隊士は、思い出すのも忌々しいといった面持ちで、べえ、とその舌を突き出してみせた。
「俺だけじゃねーんだぜ。他の隊士だって、その一言で、あの隊長に切り捨てられたんだ。アーリはまあ不潔だからしょーがねーとして、トーヤは背が低いから、俺は言動が美しくねーってんでよ。んで、極めつけがこの二ルフだよ」
そう言うと、『黒犬』――リザは、自らが属する近衛守備隊隊長であるリュートの目の前に座る男に向けて、その顎をくい、と動かした。
そこには、恐縮するように座る、紫の羽の、顔に十字傷のある男が一人。先日、リュートが闘技場で簡単にあしらった、リザの友人のニルフなる男である。
この男、顔に痛々しい傷があるものの、よくよく見れば実に端正な顔をしており、この、選定侯家である、シュトレーゼンヴォルフ家の館にいても、遜色ないほどの気品も兼ね備えている。ちょっと、この下品なリザと、友人関係にあるというのが信じられないくらいである。
その男が、リザに促されて、この館の主人であるリュートに一つ会釈して、話しだす。
「小生は、ニルフェルド・ゲッチェルと申します。先日は大変失礼を致しました。このリザとは幼なじみの腐れ縁の間柄です。小生は、現在、僭越ながら、国王軍の第三軍副団長を務めさせて頂いております」
「第三軍副団長だって?」
語られた肩書きに、即座にリュートが食い付いた。副団長と言えば、第三軍団長でもあるラディルの次の地位である。そんな人物が何故、闘技場で自分と戦ったのか……。
リュートの内心の問いを感じ取ったかのように、目の前の十字傷の男は、またも自分の身の上を話しだした。
「小生は元々、ラディル様のミルアーウルフ家に代々お仕えしてきた貴族の家柄出身でございました。ええ、ご主君であるラディル様とともに第三軍を、支えていく家柄、であるはず、でした」
そこで、ニルフという男の顔の傷が、ぴくり、と動いた。
「ところがです。約二十年前、貴家が断絶しました折、ミルアーウルフ家に近衛隊隊長兼任のお話があってから、我が主家は変わってしまわれました。特に、ラディル様の代になった七年前、丁度先の終戦後から、華やかな要職である近衛隊にのみ、心血を注ぐようになってしまわれたのです。その結果、第三軍長とは名ばかり。軍は正直、荒れ放題になっています」
「名ばかり?」
「はい、お恥ずかしいかぎりですが、ラディル様が第三軍の演習に来られることはまずありません。僭越ながら、小生が統括しておるような状態です。小生は、……この傷です。とてもではないが、華やかなる近衛隊にはふさわしくない、とラディル様が遠ざけられましたので」
「そうそ。ずっと、仕えてきたこいつすら、その傷が醜いからって、嫌な仕事に回すんだぜ。あの陰険睫毛は、おきれーでいることにしか、きょーみねーのさ。自分も、まわりも、な」
そう言って、さらに忌々しげに、リザは歯噛みして、その先の事を話すようにと、ニルフにまたくい、と顎を動かした。
「現在、第三軍の役目としては、大陸中央部のここガリレア周辺の国王直轄領の治安維持でございますが、これも名ばかりです。今、南部に遠征に出ている二軍や、国王陛下直属の一軍と違って、やりがいのない仕事に、兵士達の士気はないも同然です。ええ、丁度、このリザの近衛十二塔守備隊と同様に、です」
そのニルフの口から語られた実情に、リュートは内心で、ふん、という嗤いを漏らす。
……何が、兼任は大変じゃないだ、あの陰険睫毛。自分の家業一つ出来ない分際で。
「それで、小生はほとほと困り果てておりまして。何せ、選定侯でない一貴族の小生の言うことなど、ちっとも兵士らは聞いてくれませんで。そこで、このリザを一撃で伸した貴方の噂を聞いたのです。白羽に金髪。これはあの、今、宮廷で話題の『白の英雄』殿ではないかと。だが、噂では貴方は東大公に利用されて、英雄に祭り上げられているだけだ、とも言う。ならば、小生が自ら確かめてみんとして、このリザめに頼みまして――」
「それで、僕にぼこぼこにされたってわけだ」
はい、とリュートの言葉に頷きながら、ニルフは痛々しい顔の痣を、さすってみせた。
「いや、期待以上でした。本当に噂などあてにならぬもので、貴方様は本当にお強かった。小生、すっかり貴方様に感服しておる次第にございます。どうか小生の願いを聞いてくれませんでしょうか」
そこで、ニルフは座っていたソファから、おもむろに床に膝を付けて座ると、その頭を地にこすり付けんばかりにして、リュートの前にひれ伏して言った。
「どうか、どうか、我が第三軍を立て直すのに、ご助力頂けませんでしょうか」
「――嫌だね」
その悲痛ともいえるニルフの懇願は、その一言の元に切って落とされた。
恐る恐る、ニルフが顔を上げると、そこには堂々と足を組んで、今にもニルフを踏みつけそうにその足を近づける白羽の大貴族がふんぞり返っていた。そして、その煌めく金髪を撫でながら、つまらなさそうに、吐き捨てる。
「何で、僕があの男の手助けになるようなこと、してあげなきゃなんないのさ。あいつの仕事だろ。大体いくらあいつの興味のない三軍だからって、僕が手出ししたら、あの男が黙っているわけないよ。そんなこともわからないの?」
「し、しかし……!!」
「それにさあ、あんた、僕にお願い出来るような立場だと思ってんの? あんた、こないだ、僕に負けたんだよ? 負けたら僕の言うこと聞けって言ったよね? それって、僕の奴隷になれってことだよ? 何、奴隷が一人前にご主人様に口きいてるの」
言われたあまりに加虐的な言葉に、当のニルフはもう、言葉もない。この友人への態度には堪らぬと、側にいたリザが、リュートに向けて食って掛かった。
「おいおい、隊長さんよ。そりゃねーんじゃねーの? 言うことならちゃんと俺ら、隊士が聞いてるだろーが。あんたの言うとーり、塔も兵舎も掃除したし、隊士だって、今は言われたとーり、きれーな隊服着て、ばっちり、仕事してんの。疑うんなら見て来いや」
――ごきん。
「誰に向かって口を利いている、この駄犬め」
再び、リュートの鉄拳がリザの顎を襲った。そして、床に倒れ伏したリザをまるで犬でも見下すように、一言言い放つ。
「あの近衛隊長は気に食わないが、お前の態度が美しくないからと、切り捨てにかかったのには同感だな」
「あんだと、てめー。あのくそ睫毛の肩もつってのかよ!!」
失神するまでもないが、それでもかなりのダメージを受けたリザが、弱々しいながらも、リュートに向けて、そう抗議する。だが、返ってきたのはさらなる侮蔑の目線だった。
「お前、一体何故、そんな汚い言葉使いをしている」
その投げかけられた意外な質問に、一瞬リザは考え込む。
「何でって、そりゃー、舐められねーためだっての。こーゆーしゃべりのほーが、相手がびびんだろーが」
「それで? 今、僕がびびっていると思うか? 今、僕はお前の言葉を聞いている訳だが」
「えっ……」
あまりに、さらり、と言われた言葉に、リザは返す言葉もない。その様子に、さらにつけ込むように、リュートはリザに向けて詰め寄った。
「いいか、教えてやる。お前のその言葉遣いを聞いて、思うことはただ一つだ。――『こいつ馬鹿だ』。それだけだ。例え、お前がどれだけ強かろうが、立派であろうが、その言葉遣いだと、馬鹿だとしか他人には思われんのだ」
「な、何だとぉ!!」
「その服装だって、入れ墨だってそうだ。お前にしてみれば、格好いいとでも思っているかもしれんが、僕にとっちゃ、『自分は弁える、という事すら知らない馬鹿です』という自己紹介にしか見えんぞ。品のない者はどこに行っても馬鹿にされるだけだ。重用なんぞされん。自業自得、というやつだ」
「そ、そんな事いったってよぅ……。俺はガチで馬鹿だしよ、しかたねーっつうか、なんつーか……」
そう言って、拗ねるように口を尖らせるリザの頭に、ばふっ、と何か分厚い物が叩き付けられた。よくよく見遣ると、その分厚いものは一冊の本で、タイトルは『これであなたも貴公子! 正しいクラース語入門講座』と書かれている。
「読め。そして、マスターしろ。でなきゃ、この家には置かんぞ」
そう笑顔で言われた言葉に、再びリザは絶句する。
「はあ? この家に置くって何だよ? 俺はきょーは、このニルフの付き添いでこの家まで来ただけだっつの!!」
「いいから、今日からお前、この家に住み込め。仕事は僕の鍛練の相手になることと、この家の警護だ。うん、つまりお前を番犬として雇ってやろうと言っているんだ。感謝しろ」
「か、か、感謝ってなんだよ! 俺はぜってーいやだかんな! 大体あんた警護なんていらねーくれーつえーだろーが」
そう唾を飛ばして抗議するリザの頬が、有無を言わさず片手で鷲づかみにされる。そして、にっこり、と凶悪なオーラを纏った秀麗な笑みがその間近まで近づいて、言う。
「『本日より、このような身に余るお役目、拝命致しまして、恐悦至極に存じます。駄犬めにございますが、これより、ご主人様の御為に粉骨砕身戦い抜く事をここにお誓い申し上げます。どうぞ、この駄犬の命をば、有効にお使いくださいまし』。……はい、繰り返して」
「繰り返せるか!!」
「リュート様、お茶のお代わりお持ちしました」
あまりともいえる主人の横暴ぶりに、痺れを切らしたリザが、再び食って掛からんとしたその時、丁度、お茶を抱えたメイド長とその娘であるメイド見習いが部屋に入ってきた。そして、その娘の方が、リザを見るなり、嬉しそうに、駆け寄って、礼をする。
「あ、あんたはんか、隊士はんて。いやあ、あの牛や羊や、おおきにぃ。お乳が出るよって、牛乳買わんですむし、またお料理しがいがあるわぁ」
その言葉に、リザは少々むずがゆいものを覚える。何故なら、この娘が言う牛や羊は、あのアーリが飼っていたもので、正直、守備隊をしきっていたリザにも手に余るものだったからである。
まあ、処分しろ、といわれても仕方がない。動物好きなアーリには悪いけどな、とそうタカをくくっていたのだが、意外や意外、この白羽の男がうちで動物たちを引き取ってやると言い出したのだ。
これには、動物好きのアーリなど飛び上がらんばかりに喜んで、今や、すっかり、この男の寛大さの虜になっている、いや、アーリだけじゃない。自分の腰巾着だった、チビのトーヤ、そして他の隊士ですらも、あの試合以降、もうこの男に夢中で、『隊長』『隊長』と慕って、素直に言うことを聞いているのだ。これには、正直、嫉妬を覚えるが、……しかし。
……到底、この男には敵いはしないだろうな。
リザは、足りない頭を補うように、本能でそう感じている。そして、それは、この十字傷のニルフとて、同じ事だ。
――不思議な、男だな。
目の前の美しい白羽を持つ男に、リザはつくづく、そう思う。
「そう言えば、リュート様。こないなこと、してる場合やあらしまへんえ。どないしはるんどす、今度のパーティー」
お茶を代えながら、眼鏡のメイド長が、おもむろに、主人にそう話しかけた。これには、その主人も、その顔を辟易、といったものに変えて、口を尖らせる。
「ああ、そういえば、そうだった。あの、北の大公家からのご招待だっけ? いかなきゃならん、いかなきゃならん、のだけど、ねえ」
「ほんまに、どないしはるんどすか。……ダンス。まさか、選定候様が踊れません、ていうわけにもいきまへんやろ」
……踊れない。
その事実に、初めて、居合わせた二人の男の頬が緩む。そして、その片割れ、リザが、まるで鬼の首でも獲ったかのように、へらへらとリュートをからかう。
「え、踊れねーの、あんた。うっわ、だせー。ちょーダセエ」
――ゴン!!
「……まあ、そこの駄犬の死体は放っておくとして、ニルフ、あんた踊れるかい?」
その横たわる、友の半殺しにされた体躯を横目に見ながら、ニルフはその首を横にふるふるとだけ振る。
「しょ、小生はそう言ったことは苦手でございまして。ましてや、今風の踊りなど……」
「そうだよねえ。僕だって、伯家で育ちながら、宮廷には縁がないことと、教わらなかったんだから。弱ったなあ。ここにきて、初めてのピンチだよ。ランディは今、見合いで忙しいから教えてもらえないしさぁ。レギアスも絶賛誑かし中だしさぁ……。ああ、あの狐、絶対僕に恥をかかそうって魂胆だよ。ホント、いけ好かない!」
忌々しげにそう吐き捨てて、がちゃり、とそのカップを鳴らすリュートの背後から、何かか細い声が響いた。
「あ、あ、あのう……」
振り向いて、認めたその声の主の姿に、リュートの碧の瞳が、一瞬にして、輝きを取り戻す。
「そうか! 君がいたじゃないか!!」