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第三十一話:血縁

「ふん、北の銀狐めが」

 

 一通りの挨拶という名の嫌味の応酬を果たした後で、祝勝会の輪の中に戻っていく北の大公を、東の大公であるガンダルフ・ロクールシエンは、忌々しげにそう揶揄して見せた。

「王妃の兄であるからと、その威勢を笠に着おって。その息子一人、半島に救援に出さぬ分際でな」

 その相も変わらず、皮の椅子に悠々と腰掛けたままの父親の吐き捨てた言葉に、後ろにいた息子ランドルフが、これまた嫌味たっぷりに食いつく。

「御自分も出来れば、救援など出したくなかった口ではありませんか。兎角、金の掛かる救援などね」

「ふん……。まあ、少々の出費は政治的な駆け引きの種としての必要経費だ。……それよりも、だ。あの銀狐めが来ておる、ということは子狐も来ておるはずだが、姿が見えんな」

「どうせ、いつものように、女達と遊んでおるのでしょう。ああ、姿が見えぬ、と言えば、彼も来ておりませんな。この王都におるはずでしょう?  南の大公殿下は」

 そう言って、ランドルフは色とりどりの貴族達の姿の中に一人の人物の姿を、きょろきょろと探す。つい先頃まで、自分たちが必死で戦い、落とした城の本来の主、リューデュシエン南大公。南部の政治と、戦いを全て代理のジェルドに任せて、自分はこの王都に居座ったままの、『日和見大公』と呼ばれる人物だ。

 その息子が出した名に、ふん、と父親の鼻が鳴らされた。

「確かに、あれは王都にはおるが、このような場には来んよ。特に、今日はお気に入りの役者の千秋楽だ。おそらく劇場の方に行っておるに違いない」

「げ、劇場? 自分の城が、自分の治めるべき南部が、奪回されたことを祝うこの会に、その当人が出席しておらぬと?」

「あれはそう言う男だよ。あれは、そんな事で動くような男ではないのさ。あの、変人、はな」

 変人、という言葉に、一層の強調を持たせて、東大公はその同格に位置する大貴族を切り捨てて見せた。そして、もう一言、さらに忌々しげに呟く。

「まあ、次の御前会議には出席するだろうが、会わないにこしたことはない。あれは、良くない噂がある、……とびきりの変人だからな」

 

 

 

 

 

 ――ここで、余と会った事は、どうか内密にしておいておくれ。色々と、煩い事もあるのでな。後で宰相をそちらに遣わす故、詳しい話はまた後程に。

 

 その言葉と共に、リュートは国王との短い密会の時を終えていた。結局、あの後、リュートは特に話すことも出来ずに、ただ、国王がひたすら、すまない、すまない、と謝り続けるだけ、という奇妙な出会いだった。

 そのリュートの現在の気持ちとしては、正直なところ、ただ、困惑、その一言である。

 あの、国王の態度、そして言葉。ただ、当たり前に、嬉しいと感じられるものではなかった。

 

 うろうろと、王宮内を彷徨いながら、リュートは一つ呟く。

 ……まあ、あちらには、偽りはない、だろうが、な。

 おそらく、あの謁見の時の表情は、仮面。そして、こちらが、本音。それには違いないのだが……。

 

「これはこれは。英雄殿ではありませんか」

 

 そう考え込みながら、つい王宮の奥まで入り込んでいたリュートに、突然、後ろから、誰かが声をかけてきた。

 振り向くと、そこには、多くの女達を引きつれた、若い男が一人。肩まである銀の髪に、吊り上がった一重の碧の目。何か、人を値踏みするような、厭らしい目だ。

 その男に、リュートは直感で、何かしら厭な感情を抱く。その感想がまずは警戒心となって、口をついて出ていた。

「……どちら様ですか。何の御用で」

「はは、そう構えないで。いや、ちょっとご忠告をと思ってね。貴方、王宮のことなど、まるで知らないご様子だから」

 人を小馬鹿にするような視線。後ろにくっついた女達まで、クスクスと笑っている。ごてごてと飾り立てた、孔雀のような女達ばかりだ。

「貴方、この先が何なのか、知らないのでしょう?後宮ですよ、後宮。男子禁制の聖なる女性の宮ですよ。下手に入ったら、近衛兵に連行されるところでしたね」

 まるで、親切に教えてやったのだから、感謝しろ、とでも言いたげな様子だ。その言葉に、リュートはますます、この男に対して、嫌悪感を抱く。

「それはどうも。で? 結局、貴方はどちら様で?」

「はは。相変わらず、警戒してるんだなあ。僕は貴方の従兄弟だよ、従兄弟。君の母親の兄、つまり君の伯父の息子さ。エイブリー・ガーデリシュエン。よろしくね」

 ……ガーデリシュエン。北の大公の息子か。

 リュートはそう思い当たると、昼間のランドルフの言葉を思い出した。

 ……『北の腹黒狐』。

 確かに、つん、としたところなど狐によく似ている。狐と呼ばれる大公の息子も、また狐か……。歳は、自分とそう変わらないだろう。これが、自分の従兄弟……。

 

 

 初めて間近で見る血の繋がった親戚に、今度はリュートが値踏みするような目線を向ける番だった。一方、視線を向けられている当人は、それをまったく意に介さない様子で、軽い口調でリュートに話しかけてくる。

「ねえねえ、君の噂、色々聞いているよ。東部の田舎で育ったんだってねぇ。可哀想に」

「可哀想?」

「だって、あの、反骨者揃いの東部だろ? まだ治安もよくない野蛮な地だ。あ、そう言えばあの、鷹の息子も市長だったころに、殺されかけたんだってね。いっそ、殺されて、ロクールシエン家断絶でもしたほうがよかったのになぁ」

 ……なんだ、こいつ。

 突然の暴言に、よりその警戒を強めるリュートに構わず、目の前の狐に似た男は、変わらぬ厭らしい目付きで得意げに話を続けていた。

 

「だってそうだろ? 足元すら覚束ないロクールシエン家に東部の統治を任せるより、国王の直轄領になった方が、遥かにいいと思うけどねえ。あの目障りな鷹も、さっさと消えればいいのに。いつまでも、反抗的で気に入らないよ。今度の東部軍の戦勝だって、どうせまぐれだろ?」

 その言葉に、リュートの眉が、ぴくり、と反応した。

「まぐれ?」

「ああ。皆そう言っているよ。だって、まぐれでもなきゃ、あのルークリヴィル城を落とすなんて、できる訳ないじゃないか。君も本当に可哀想にね。どうせ無理矢理戦わされてたんだろ? それで、ちょっとした手柄を立てちゃったのを、英雄だの何だのと祭り上げられいるだけだろ? だって、君みたいな人が帝国軍と対等に戦えるわけないじゃないか」

 その狐の言葉に、リュートは一つ得心がいく。

 ……そういうことに、なっているんだな。

 この宮廷では、自分はそう思われているわけだ。だから、さっき、国王もあんな事を……。

 

 リュートの、その歯噛みするような思いには構わず、銀の狐はさらに、先に言葉を進めていた。

「で、それを今回の復権に絡めて、東大公は君をこの宮廷に売り出そうって訳だ。……自分が後見を務めている君を、ね。そして、少しでもこの宮廷に東部派の貴族を増やそうって魂胆だ。まったく、いくらこの宮廷でなかなか権力が持てないからって、そんな手を使ってくるなんて、東部のロクールシエン家って奴は、本当にさもしいよね」

 その言葉に、リュートは無言で、奥歯をぎり、と噛み締める。一方で、目の前の狐は、彼の沈黙を、自分の言葉への肯定と受け取ったようで、さらに厭らしい、見下したような目線をリュートに向けてきていた。

「ねえ、あんな田舎者の東部の奴らなんか見限ってしまいなよ。うん、今なら認めてやってもいいからさ。うちの、ガーデリシュエン家の身内だってさ。例え、あの恥知らずのラセリア叔母上の息子だろうと、ね」

 

 ――ばきり……。

 

 狐のその言葉に、下ろされたままのリュートの右手が、静かに鳴らされた。

 そして、相も変わらず、厭らしい嗤いを浮かべたままの狐の顎を狙い定めるかのように、碧の瞳がギラリと光る。

 

 ――死ね。

 

 

「おやめなさい」

 

 その拳が、振るわれるより、一瞬前に、場に、すべらかな女の声が響いていた。

 

 咄嗟に、リュートはその拳を収めて、後ろを振り向く。すると、そこにはあの、愛しき母の面影があった。

 白い羽に、碧の瞳。ただ、違うのはその白銀の髪。

 ……王妃、エミリア。

 やんごとなき国王の正妻が、その息子である王子と、多くの侍女達と共にそこに立っていた。そして、まるで今にも泣きそうな表情で、その甥にあたる狐を窘める。

「エイブリー。言葉が過ぎますよ。お姉様の事をそんな風に言わないで頂戴」

「お、叔母上。い、いや王妃陛下。え、ええと、これは……」

 何とか取り繕おうとする狐に対して、尚も王妃の碧の目が、潤んだ。そして、その甥を詰るかのように、その首元にまで詰め寄って言う。

「エイブリー。この方も大事な私の甥。そしてこの王子の従兄にあたる方なのですよ? お願いだから、そんな意地悪しないであげて」

 この王妃の言葉には、堪らぬ、といった様子で、狐はその両手を振って、自分の無実を訴えて見せた。

「い、意地悪だなんて、そんな。ぼ、僕はただ、この田舎者にちょっと教えて上げようとしただけですよ。やだな、叔母上に泣かれるなんて……。そんなつもりじゃなかったんですよ。……はは、じゃあ、……僕はこれで。また後日、ご機嫌伺いに参上しますよ、叔母上」

 さすがに、その権力を負う所の王妃には弱いのか、尻尾を巻くようにして、狐は取り巻きの女達と共にそそくさと退散して行った。

 その後ろ姿に、リュートは内心で、ちっ、と舌打ちしてみせる。

 ……仕留め損ねたか、あの銀狐。ぐうの音も出ないほど、ぼこぼこにしてやろうと思っていたのに。

 

 そんなリュートの内心には構わず、王妃エミリアはその潤んだ目に、今度は親愛の情とでも言うような色を浮かべて、彼に話しかけてきた。

「ごめんなさいね、リュートさん。あの子はちょっと調子に乗るところがあって……。ああ、それにしても、そのお顔、よく見せて。本当に、あのラセリアお姉様にそっくり」

 つっ、と王妃の白い手が、リュートの頬を撫でる。艶やかな、まったく苦労など知らぬ手だ。

「ああ、嬉しいわ。まるでお姉様が帰ってきたかのよう。ずっと、会いたいと思っていたのよ。お姉様が、この王都から突然、姿を消された時からずっと……。でも、勘当されたお姉様を捜すことは、私の父に禁じられていて、私にはどうすることも出来なかった」

 再び、王妃の碧の瞳が潤み、今度はぽろり、と大粒の涙までこぼれ落ちた。まるで、その当時の事を、まざまざと思い出したかのように、王妃はさらに言葉を続ける。

「ごめんなさいね、貴方が生まれていたことも、ずっと知らなかったのよ。陛下に聞かされるまでね。確か、あの七年前の戦いの後だったわ。お姉様が、東部にいらして、子供までもうけていらして、……そして、悲劇の最期を迎えられた事を知ったのは」

 その自分の言葉に、王妃はより一層哀しみを増したかの様にして、声を震わせていた。

「それ以来、陛下もずっとお嘆きでいらしたのよ。自分があのお二人の仲を引き裂いて、お姉様と結婚してしまったからだ、と。あの二人の仲を認めて差し上げていれば、お姉様も、そして親友であったヴァレル様も、お失いにならずに済んだのではないか、と」

 

 ……ああ、それで。

 だから、さっき、国王は僕にすまないと……。

 

「ええ。それで、私も哀しくて、哀しくて。大好きなお姉様でしたもの。せめて、貴方だけでも、こちらで私がお育てしたいと申し上げたのですが、叶わなくて。本当に、ごめんなさいね。お辛かったでしょう、リュートさん」

 積年の思いを、ぶちまけるかのようにして、王妃はその大きな瞳から、はらはらと止めどなく涙を流し続けていた。そして、再び、リュートの頬を愛おしげに撫でて、彼に言う。

「でもね、私とても嬉しいの。貴方が、こんなに立派になって、そしてこんなにお姉様の面影を残したままで、この王都に帰ってきてくれて。陛下も、謁見の場では、あんな態度でしたけれど、本当はとても喜んでいらしたのよ」

「ええ……わかっています。王妃様」

 そのリュートの沈んだ答えに、何かを察したのか、王妃は、その涙を拭い、今度は、努めて明るく振る舞って、その笑みを彼に向けた。

「いいのよ。どうぞ、叔母上と呼んで頂戴。あ、そうそう、紹介しなくちゃあね。貴方の従兄弟にあたる、ヨシュアよ」

 

 その王妃の言葉と共に、後ろから王妃によく似た銀髪の少年が顔を出していた。勿論、昼間に、会った顔だ。

「やあ、……こんにちは」

 少年は、少々顔を恥ずかしげに赤らめながら、そうリュートに挨拶をしてきた。リュートが昼間に彼にかけた挨拶だった。

「まあ、ヨシュア。そんな『こんにちは』だなんて、そんな挨拶ありますか。大体今はもう夜でしょう」

「あ、いいのですよ、王妃……いえ叔母上。王子、昼間はご無礼を」

 リュートのその昼間、という言葉に、また王妃が耳ざとく反応する。

「昼間? もしかして、謁見の前ですか? 近衛隊長のラディルから聞いていますよ。ヨシュア、貴方、また王宮を抜け出そうとしたそうね。その時に、リュートさんに会ったのね? まあ、お恥ずかしい」

 王妃のその言葉に、当の王子は、少しも悪びれることなく、ふん、と鼻を鳴らす。そして、昼間に見つかった近衛隊長をこれでもか、と罵倒してみせる。

「ああ、あの告げ口魔のラディルめ! もう母上に知らせていたのか。近衛隊長の仕事って大したもんだな! ああいやだ、いやだ」

「これ、ヨシュア!!」

 窘める王妃に、一向に王子は構う様子はない。さらに反抗的な目を向けて、その母に怒りを込めるかのようにして、言葉を吐き出した。

「僕はね、こんな王宮、もうまっぴらなんです! こんな籠に入れられっぱなしで、息が詰まる! ええ、僕は王太子になんかなりませんからね。春の立太子の礼だって、絶対にすっぽかしてやる!」

「ヨシュア!! いい加減になさい!!」

「ふん! こんな祝勝会も、もうまっぴらだ! それじゃあ、僕はこれで!!」

 

 べっ、と突き出すように舌を出して、その場から去っていく王子を、慌てて女官達が追う。その後ろ姿を見るなり、リュートの前で、王妃の口から深い、深い、溜息がつかれた。

「はあ……。ごめんなさいね、みっともない所を。ちょっと、反抗期で……」

「いえ、僕の事はお気になさらず。……それよりも、叔母上、どうしてこのような場所に?」

 確か、まだ祝勝会は続いているはずだ。王妃も、他の貴族達と歓談を楽しんでいたはず。それが、何故……。

 そう、突然の王妃の登場に疑問を投げかけるリュートに、王妃はさっきまでの溜息をどこかに追いやって、今度は心底楽しげに答えた。

 

「いえね、ちょっと後宮に帰って、ドレスを変えようかと思って」

 そう言って、うふふ、と少女の様に笑う王妃に、リュートは少々戸惑いを覚える。だが、そんな彼の様子には毛ほども気づかぬ様に、うきうきとした様子でさらに王妃は言う。

「だって、三時間もあるんですもの。ドレス一着じゃつまらないでしょう? 私は王妃ですものね。貴婦人達のお手本にならなくちゃ」

「……え?」

「うふふ、次は何色の予定だったかしらねぇ」

 そう嬉しそうに尋ねる王妃に、周りに残っていた女官達が答えた。

「確か、次は薄い琥珀色のドレスでございますよ。ええ、私が今日、占い師様にきちんと聞いておりますもの。王妃様の今日の幸運色」

 

 ……占い師に、幸運色?

 

 あまりに軽いその言葉に、リュートは絶句する。それに構わず、王妃は、後宮の方へと向かわんと、いそいそとドレスの裾をたくし上げていた。

「ええ、それじゃあ、リュートさん。またね。ああ、そうだ。よろしかったらまた今度、私の主催するパーティーがありますから、是非いらしてね。貴方、笛の名手だと伺っていますし、何より華やかな貴方がいると場が盛り上がりますもの。貴婦人方もきっと喜びますわ。それじゃあね」

 それだけ言うと、王妃は女官達を引き連れて、固く閉じられた後宮の中へと、その美しい姿を消していた。

 

 その後ろ姿を眺めながら、リュートは一つ思う。

 ……母様に、そっくりだ。

 あの、浮世離れしたような性格。まるでいつまでも少女のような……物事を深く考えない、深窓の姫君。ただ、目の前のドレスやら、占いやらに心躍らされ、楽しいことしか知らない女。

 それが、ただの貴族の姫君なら、いいのだ。多少の浪費も、その育ちの良さからくる無知も、目をつぶることが出来る。

 

 ――だが、一国の王妃があれでは……。

 

「馬鹿馬鹿しいだろ」

 

 リュートの心を読んだかの様な台詞が、後ろから投げかけられていた。

 振り向くと、その後ろの剪定された木々の間から、また昼間と同じように、銀髪の少年がひょっこりと顔を出している。

「王子!」

「へへへ、女官達、まいてやったんだ。ふん、誰が捕まるもんか」

 そう言って、またその口からべっ、と舌を出してみせる。そして、辺りに女官の影がないことを確認すると、今度はリュートに親しげに近づいてきた。

「昼間はごめんね。あのラディルに変なこと、言われなかったかい?」

 さっき王妃に見せていたのとは違う、人なつこい視線だ。おそらく、これが本当の王子の姿に違いない。

「いえ、大丈夫でしたが、それよりも、王子……」

「くだらないだろ、王宮なんて。母上はあんなだし、お目付役の近衛隊長は勉強、勉強ってうるさいし。僕は王になんかなりたくないって言うのにさ」

 さらっと言われたその驚愕の発言に、またもリュートは絶句する。よもや、一国の王子が、そんな事を言い出すなんて……。

 リュートのその思いとは裏腹に、再び王子はその目を輝かせて、今度はリュートに懐くようにその腕を取ってきた。

「ねえ、リュートって呼んでいい? リュートはさ、東部や、南部にも行ってきたんだろ? ねえ、その話また聞かせてよ。僕、外の話、聞くの大好きなんだ。また、王宮に遊びに来てよ」

 少年らしい、と言えば少年らしいが、……一国の王子にしては、あまりに幼い発言である。

 そう戸惑い、なかなか返事が出来ないリュートに堪りかねたように、再び王子がねだるように、彼に抱きついてきた。

「ねえ、ねえ。リュートったら。いいだろ? 僕はあのエイブリーも嫌いだし、新しい従兄弟が出来て嬉しいんだ! また、絶対に遊びにきてよね!」

「え、ええ……。そうですね、そのうちに……」

「やった! 約束だからな!」

 そう言うと、王子はまた、追いかけてきた女官達から逃げて、子供のようにはね回りながら、木々の間へと姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

「ああ……あの馬鹿猫。どこ行った」

 ふう、という溜息が、祝勝会の喧噪から逃れた王宮のバルコニーに漏らされた。

 勿論、一向に帰ってこない臣下を心配する、いつもの主君の溜息である。その毎度のことながらの溜息に、見かねたようにオルフェとレギアスが酒を差し出す。

「随分、沈んでおられる様子ですね、ランドルフ様」

「そうだぜ、お前、昨日からちょっと溜息多いぞ。俺みたいにぱーっと、女の子と遊んでこいよ。気が晴れるぜぇ〜」

 差し出された酒も、そこそこに、ランドルフはまたも、バルコニーから暗い中庭を見つめて、溜息をつく。

「いい。そんな気分じゃない」

 

「なんですか、なんですか。まだお父上に軽くあしらわれたこと、根に持っておいでですか」

 オルフェのその問いに、ランドルフは忌々しげに彼を睨み付けながらも、首を横に振る。

「それも、あるが……。そのことよりも……」

「なんだよ、歯切れが悪いな! 弟のクルシェのことか? それとも見合いを勧める奥様のことか?」

 そのレギアスの問いにも、違う、とランドルフは外を見つめたままで、手を振ってみせる。

「そうじゃない。そうじゃなくて……」

 

「リュートの父ちゃんのことか」

 

 レギアスのそのズバリとした問いに、ランドルフは答えるまでもなく、激しく動揺して見せた。その幼なじみのいつもとは違う様子に、レギアスがその酔いを覚まして、掴みかかる。

「何だよ。何があった。俺たちにも言えない事か」

 レギアスの珍しい真剣な眼差しに、観念したようにランドルフが言う。

「……そうか。レギアスもオルフェも、あの時いなかったのだな。あの……、『ルークリヴィルの奇跡』の時には」

 

「ああ、俺は王都にいたし、オルフェはそん時はまだお前に仕えてなかっただろ。確か、お前の初陣、だったよな」

「……そう、私の初めての戦。まだ、少年、といっても過言でなかった私が、父上に連れられていった戦だ」

 それだけ静かに呟くランドルフの目に、かつてない暗い色が宿った。忌まわしい記憶を、出来れば思い出したくない。そんな目だ。

 そんなランドルフを、また見かねたようにして、レギアスがぶっきらぼうに言い捨てる。

 

「話せよ。……何を聞かされたって、俺らはお前から離れんぞ」

 

 その言葉に、ランドルフは少しだけ、照れたような笑みを漏らす。そして、その首を大きく頷くように振って、彼らに答えた。

「そうだな。お前達には、話そう。あの日、何があったか。私が……なぜあの糞親父を許せないのかを。そして、私が、あれの父親にした事を」

 

 暗い、暗い色が、ランドルフの瞳の光を奪う。

 ……七年前の、忌まわしい過去。

 あの英雄と呼ばれた男との、出会いと、そして、別れ。

 七年前からずっと自分の中にしまい続けてきた、真実。

 

 ランドルフは、意を決したかのように、その信頼すべき臣下二人に向けて、ようやくその重い口を開いた。

 

 

「私が、あれの父親を、殺したんだ」

 


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