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第二十七話:王都

「いやあ、それにしても、暑苦しい見送りだったよなあ」

 

「そ、そうだな……」

 レギアスのその問いかけに、ランドルフはそう短く同意する。しかし、その目は何か他のものに気を取られているかのように、せわしなく空中をさまよっていた。それは問いかけをしたレギアスとて同じ事なのだが、彼はその状況を打破せんとて、尚も明るい声で会話を続ける。

「そうそう。ナムワのおっさんを初めとしてよ、大の男達が揃いも揃って、おいおい泣いて追いすがるんだもんよぉ。女の子にそうされるなら、俺としては大歓迎なんだけど、あんなおっさん達ばかりじゃあむさ苦しくってしょうがないっての。おっさんにもてもてなんてお前も大変だな、リュート」

 

「……別に」

 

 禍々しいオーラと共に、その一言だけが返ってきた。改めて、問いかけたレギアスの額に玉の様な汗が浮かぶ。

「あ、ああそうだ。ナムワのおっさんに約束したんだろ? 王都からなんか土産物でも持ってきてやるって。あのおっさん王都なんか行ったことないって言ってたからなぁ。うん、きっと喜ぶぞぉ。何買ってってやるか、もう決めてんのか?」

 

「……別に」

 

 再び、その一言のみ、である。

 レギアスは、場をなんとか盛り上げんとする自分の努力がいかにむなしいものか、ようやく悟って、ついにはその頭を抱え込んで一つ呟く。

 ……なんで、……なんでこんなに殺気だった晩餐をせにゃならんのだよ……。

 半島を発って、王都へ行く道すがらに立ち寄った、雰囲気のいい宿屋。うまくすれば可愛いお姉ちゃんと久しぶりに飲めるかな、と淡い期待を抱いていた夕食だったというのに、ランドルフに『私だけでは場が持たん。お前も来い』と言われて無理矢理同席させられたこの晩餐ときたら……。

 

 レギアスはその顔を机から上げて、自分の左をちら、と見遣る。

 そこには、あのルークリヴィル城の戦いすら、遙かに凌ぐような殺気を纏った白羽の男が、黙々と食事をしていた。

 この白羽の男、つい先頃までは王都への旅路にわくわくとその心を躍らせていた恐ろしくも可愛らしい弟子だったというのに、旅に出るや否や、その怒りのオーラを少しも隠すことなく、ただならぬ殺気を周囲に撒き散らし続ける夜叉と化していた。

 

 この禍々しい殺気の元凶はただ一つである。

 それは、この白羽の男の目の前に座って、淡々と静かに食事を続けている壮年の男の存在に他ならない。

 その腕には骨折の治療のための添え木が今だ生々しく添えられているものの、それをいさかかも気にすることなく、男はその上品な口髭のある口元へと静かに食事を運んでいる。そして優雅に一つ、その口元を拭うと、目の前の夜叉のごとき白羽の男に向かって、言葉を紡いだ。

 

「これ、そんな言い方は好ましくないだろう。その様な言葉使い、養父たる私が恥ずかしくて仕方がないよ」

 

 そう、この殺気の元凶は、この英雄たる白羽の男を窘めることが出来る人物、……彼の養父であるクレスタ伯、ロベルト・ニーズレッチェの存在に他ならなかった。

 

「黙れ、タヌキ親父が」

 その眉間にありったけの皺を寄せて、養子である白羽の男がそれだけ言い捨てる。それに対して、目の前の養父はただ、呆れたように静かにため息をつくのみである。

 

 突然、ガタリ、と大きく音を立てて、白羽が席を立ち上がった。そして、有無を言わせぬほどの禍々しいオーラを背負い、その膝のナプキンを机の上に叩き付ける。

「……ごちそうさま。悪いけど、僕はこれで失礼しますよ。こんな男とこれ以上同じ空気を吸っていたくないのでね。……これから、一切僕はこの男と同席しません。僕と食事したいんなら、この男は外してください。いいですね、我が君」

「ちょ……ちょっと待て。おい、リュート!!」

「では、お休みなさい、我が君、レギアス」

 完全に、養父たるロベルトの存在を否定して、振り向きもせず白羽は食堂を後にしていた。

 

「……はあ……」

 あまりのその態度に、ランドルフの口から諦めの溜息が漏れる。そのいつもの事ながら、痛々しい溜息に、横に座る口髭の男が深々と低頭した。

「申し訳ありません、若様。重ねて我が義理の息子の不遜な態度につきまして、お詫び申し上げます。まことに、私めの躾の不行き届きのせいで……」

「いや、あれは、もともとああいう気性なのだろうよ。そなたも苦労するな、クレスタ伯」

 その溜息の元凶たる男の養父をいささかも責めぬどころか、かえって同情するかのごとく、ランドルフは苦笑の表情を漏らした。

 

「それにしても、そなたが何故此度の凱旋に同行するなど言い出したのだ? ……その体の事もそうだが、なにより……」

 そこでランドルフは言いにくそうに、言葉を句切った。そう、それこそが、あの白羽の男を激怒させている原因に他ならぬことだったからだ。それをロベルトは言わずとも察する。

「……我が息子、レミルの事でございましょう? あれもそれで怒っているのでしょうな。私が、本来ならばクレスタに帰って弔いをすべきところを、こちらに同行したいなどと言い出したから」

 

 それは突然の申し出だった。

 あの雪の戦場で義理の息子に助けられて以来、その骨折による熱と、息子レミルの訃報によるショックのため、ずっと寝込んだままになっていたクレスタ伯ロベルトが、王都へ凱旋せんと旅たとうとしていたランドルフ達一行に、突然共に王都に行かせて欲しいと言い出したのだ。これにはその養子たるリュートが黙っていなかった。養父に対して一通り罵りの限りを尽くし、その同行を断固として拒否していたが、主君たるランドルフがこれを許したため、その身に禍々しい殺気を纏わせながらの渋々の同行を余儀なくされていた。

 その突然の申し出の真意を問わんと、ランドルフが骨折している腕を気遣うように、彼のグラスに酒を注いでやる。

「……若様手ずから、申し訳ありません。ああ、そうでしたな。何故私が王都に行きたいか、でしたな。……ええ、貴方のお父上に頼まれたのですよ」

「な……! お、親父にか……?」

 出された忌々しい人物に、ランドルフまでもその眉間にありったけの皺を寄せる。

「ええ。いずれ、貴方は王都に行かれる時が来る。その時には私が王都の大公様の元までご案内するように、と申し遣っておりましたので」

「何だと!? ……では、この凱旋は、ずっと前から決められていた……。そう言うことか!?」

「ええ。そうですね、凱旋……というのは正直予想外でしたが。此度の半島への出征が一段落し次第、お父上はあなた方をガリレアにお呼びになるおつもりでございましたよ。……それが、此度の戦の状況によって、随分遅れましたが……」

 ロベルトの言葉に、ランドルフは絶句する。

 ……なんだ、あの糞親父め。一体どういうつもりで……。

 

 そのランドルフの内心を悟ったかのように、ロベルトは言葉を紡いでいた。

「残念ながら、現在の私にはこれ以上のことをお話しする権限は与えられておりません。全てはガリレアに着いてから……。全て、大公様のお口からお話になられることと思います」

「あの、糞親父の口から……だと?」

「ええ、いろいろと、お知りになりたいことも……ございましょう?」

 そう言って、ロベルトは上品な笑みを浮かべながら、静かに口を噤んで見せた。その態度に、ランドルフはその心に一つ、強く思う。

 ……あの山猫がこいつを嫌う理由がよく分かる。こいつはやっぱり、侮れんタヌキ親父だ!

 

 

 

 

「ああ、糞不味い食事だった」

 宿屋の自分の部屋に戻るなり、リュートは忌々しげに同室の眼鏡の男にそう吐き捨てていた。

「なあ、オルフェ。あとで食いなおそうよ。あんた、まだ食事してないだろ? 一緒に……」

 リュートのその問いに、何やら書き付けている帳面から顔を少しも上げることなく眼鏡の男が答える。

「これ書きながらさっきここで食べた。遠慮しておく」

 その言葉に、リュートはその頬を不満げにぷう、と膨らませる。そして黙々と何やら書き付けている男の元へ向かって、その帳面を横から覗き込んだ。

「なんだよ、何書いてんのさ。前見せてもらった真っ赤っかの帳面とは違うみたいだけど」

「馬っ鹿!! 勝手に見るな! ……こ、これは私の個人的な帳面だ!!」

 そう言うと、いつにない素早い行動で帳面を隠してしまう。そして、リュートの興味をそれから離そうとして、この男が食いつきそうな言葉をわざと口にした。

「それにしても、何だ。お前、本当にあの養父と仲が悪いんだな。……まあ、そういう私も、自分の父親は大嫌いだがな」

「え? オルフェのお父さん? 確か、大公の秘書長官の……」

 案の定、リュートが父親の話題に乗ってきた。これ幸いに、とオルフェはそそくさと先の帳面をリュートに分からぬように、机の下にしまい込む。

「そうだ。代々大公家に仕える文官で、まあ、一言で言うなら、蝋人形のような男だ」

「意味が分からないんだけど。それで、なんで嫌いなんだ?」

 リュートのその問いかけに、眼鏡の奥の水晶の様な色の薄い瞳が、うっすらと濁りを帯びる。そして、ぎり、と一つ奥歯を鳴らして、忌々しげに言い放った。

 

「……あいつはな、笑ったんだ。私の本気を、やりもしないうちから、そんなこと出来るものかと一笑に付しやがったんだ」

 

 そのオルフェのいつにない表情に、リュートは少々戸惑いを覚える。

「何? オルフェの本気って?」

 その言葉に、オルフェは答えない。ただ一言、『……無言実行だ』と言い放つのみである。

「ちぇ、何だよ。オルフェのけち。……ま、それが何なのか知らないけどさ」

 そこで言葉を句切って、リュートはごそごそと自分の寝床に入りこむ。この男が付き合ってくれないのでもう寝よう、という事らしい。

 

「あんたに出来ることは、やるかやらないか、その二択だけだよ。頑張んな、オルフェ」

 

「くそ……。本当に、可愛くないガキだな……お前」

 その蝋燭に照らされた眼鏡のかかる横顔にほんのり赤く色が差したのを隠すかのように、オルフェは再び俯いて、隠しておいた帳面を取りだす。

 そして、やがて聞こえてきた規則正しい寝息を背後に、ただ黙々とその帳面に何かを書きつづっていった。

 

 

 

 

「……見えた。見えたぜ!!」

 寒い冬空の中、山脈を越えて、ひたすら北に飛び続けること数日。ようやく先頭を行くレギアスの口からその言葉が飛び出していた。

「ガリレアだ!! ガリレアだぜ!!! 麗しの王都、ガリレアだ!!」

 その喜びの声と共に、レギアスの羽が空にくるりと一つ円を描く。

 その眼下には、その円にも似た町並みが壮大に広がっていた。

 

 巨大な城壁に丸く囲まれた城塞都市、ガリレア。

 ミラ・クラース王国を束ねるガリア王家の拠点にして、大陸一の大都市。そのあまりの壮観な光景に思わずリュートが溜息を漏らす。

「……すごい。なんて大きな街……。レンダマルよりずっと高層建築も多いし、なによりあの周囲の城壁と塔! すごいね、何本あるの?」

 丸く都市を囲む城壁の要所要所に建築されたいくつもの塔に碧の目が釘付けになる。その問いに、横にいたランドルフが答える。

「全部で十二だ。近衛十二塔と呼ばれている。東西南北、全ての方向からこの大都市を守るように建設されているものだ。かつての、統一戦争の名残、でもあるらしいが」

「そうそう。それで、この都市の中心にあるのが、王宮」

 王都には何度か来たことがあるというレギアスが、街の中心地、一段高くなっている丘を指さす。そこには豪奢、かつ華麗な建築物がこの街全てを見下ろすがごとく、壮麗に建設されていた。

 無論、言うまでもなくこの国を治める国王の居城である。

「そして王宮の横のもう一つの丘の上にあるのが、国立天空闘技場。いわゆるコロシアム、と呼ばれている場所だ」

 そうレギアスが指し示す先には、楕円形をしたこれまた巨大な建築物。楕円の闘技場を中心にして何重ものアリーナ席がぐるりとその周囲に建設されているのが見える。

「唯一の国営の賭場だぜ。今度、一緒に行こうなぁ、リュート」

 そのレギアスの軽口に、ランドルフの拳が飛ぶ。

「馬鹿、レギアス!! こいつに賭け事なんか教えるな! ……賭場が壊滅するぞ!」

 

「若様、賭場もよろしゅうございますが、まずはお父上にご挨拶を」

 後から追いついてきたロベルトのその台詞に、ランドルフの顔が一瞬にして歪んだ。そしてその口を曲げながらも、忌々しげに一言言い放つ。

「……くそ。やはり、会わねばならんか、あの糞親父に」

 

 

 

 王国東部を治める四大大公の一人、ロクールシエン大公が王都に有する別邸は王宮からほど近い街の中心にあった。丁度、規模としては、レンダマルの翡翠館と同じ程度の館である。

 その館を目にするや否や、リュートの瞳がまたも妖しく光った。そして庭から玄関までの道のりにあちこちを物色してみせる。

「……なあんだ。やっぱり大公家ってお金持ちなんじゃないか。なんだよ、軍資金けちりやがってさぁ。くそ、この庭の彫刻売ったらいくらくらいになるかな……」

「……やめーい!!」

 自らの家の財産を守らんと、ランドルフは白羽の男を羽交い締めにして止める。その耳に、突然、聞き慣れた声が飛び込んできた。

 

「ランディ!!」

 

 その呼びかけに、一瞬にしてランドルフが固まる。羽交い締めにされたままのリュートが、代わりに声のした方向を見遣ると、そこには黒い羽をした女性が一人立っていた。その口元に優雅に羽の扇を当てた身分の高そうな貴婦人。

 その姿を認めるや否や、レギアス、オルフェ両名も一瞬にしてその背筋をピンと伸ばす。その光景にリュートが一つ問う。

「……誰ですか? もしかして、貴方の恋人とか……?」

 

「馬鹿たれ!! よく見ろ! あれは……私の、母親だ」

 

 その言葉に、驚愕し、リュートはその碧の瞳を再び庭にすらりと立っている貴婦人に動かした。

 ……なるほど。よく見れば、そこそこ歳はいっているし、その艶やかな黒髪と黒羽など、この主君にそっくりだ。

 

 そのリュートの視線にまるで気づかぬかの様に、貴婦人はつかつかとその息子の元に駆け寄って、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

「ランディ!! ああ! あなたようやく帰ってきたのね!! まったく貴方は本邸にちっとも顔を出さないかと思えば、半島にまで出征に行ってしまって!! 貴方は次期当主なのですよ? いつまでそのようなことしているつもりですか、ランディ!!」

 唾を飛ばさんばかりのその貴婦人の詰め寄りぶりに、ランドルフは辟易したように言う。

「いつもいつも言っておるでしょう。その……ランディとかいう幼い時の愛称で私を呼ばないで下さいと。もう私はいい年した大人ですよ? それに、だいたい何で母上がここにおるのですか! 貴女はレンダマルの本邸にいたはずでしょう」

「お黙り!! いくつになっても息子は息子です! 愛称で呼んで何が悪いの!! ……それにね、貴方がちっともレンダマルに帰ってこないから、わざわざ私の方からこちらに出向いたのですよ! ええ、お父様が貴方がこちらに帰ってくると言うから、ハルトに付いて来たのよ!」

 そのハルト、という名に、一瞬にしてオルフェの顔色が変わる。

「ハルト……。父上が……私の父上までこちらに来ているのですか、奥方様?」

「ええ。そうよ。ついでに……」

 そう言って、貴婦人は自分の後ろを振り返って、庭の木に向けて誰かの名を呼んで見せた。

 

「クルシェ! クルシェ!! 貴方もいらっしゃい!」

 

 その名に、再びランドルフの体が硬直するのが、リュートにも見て取れた。それだけではない。何か、少し戸惑うような、そんな目をしている。

 がさり、と音を立てて、貴婦人の呼びかけに答えるかの様にして、木の後ろから一人の人物がその姿を現していた。

 そして、その人物は消え入りそうな声で、ランドルフに向けて小さく挨拶をする。

 

「……お、お久しぶりです。あ、兄上」

 

 白が少し混じった黒羽の十四くらいに見える少年。

 リュートはその少年に見覚えがあった。……確か、レンダマルから半島へ出征するときに会った少年。そうだ、あの『兄上の鎧姿を一度拝見したい』と言っていた少年だ。

 ああ、やっぱり、この子が弟だったのだ、とリュートは理解する。

 その兄には似ていない垂れた目、よく言えばあどけなくて可愛らしい、悪く言えば幼くて頼りない、何かに怯えたような目が印象的でよく覚えていた。

 

「く、クルシェ……。お、お、お前まで来ていたのか。ひ、久しぶりだな」

 いつになくランドルフの言葉は歯切れが悪い。久しぶりの兄弟の再会だというのに、どこかよそよそしい雰囲気である。

「は、はい。兄上。え、えと、こ、此度の戦勝、誠に……」

 

 ……なんだ、この兄弟。

 あまりのぎこちない会話に、リュートは疑問を感じざるを得ない。

 義理の兄弟であるうちだってこんなよそよそしくはなかったぞ……。

 

「それはそうとね、ランディ!」

 ぎこちない兄弟の間に割って入るように、貴婦人がその手の扇をランドルフの目の前にひらつかせていた。

「私がわざわざここに来た理由、分かっておいでね?」

「え……? えっと……宮廷への顔出し……ですか?」

 嫌な予感を感じ取るかの様に、ランドルフの額に玉のような汗がじっとりと滲み出ている。

 

「違います!! 決まっているでしょう、見合いよ、見合い!! 貴方の見合い話よ!!」

 

 その予感が的中してしまったことに、ランドルフは絶望のあまりめまいを一つ覚える。それに構わず、母親たる貴婦人はその息子をなじるように、再びその首元に詰め寄った。

「貴方は次期当主だというのに、結婚もせずいつまでもふらふらと! この機会に宮廷でいいお嬢さん見つけて結婚してもらいますからね! もう戦争なんかには行かせませんよ、いいですね?!」

「け、結婚? ちょ、ちょっと、母上、待って下さい! 私はそんなもの……」

「お黙りなさい!これ以上勝手は許しませんよ。ええ、この母が……」

 

「奥様」

 

 後ろの、館の方から女の声が響いていた。その声に、貴婦人の口撃が、ぴたりと止む。

「奥様、旦那様がもう痺れを切らされていますわ。どうぞ、それくらいに」

 それはこの館の侍女とおぼしき女性の声だった。館の前に、一人シンプルな服を纏った女性が立っている。おそらく、彼女が発した言葉だろう。その侍女の言葉に、貴婦人もその手を緩める。

「あ、ええ、タミーナ。ごめんなさい。……ランディ、また後で、ゆっくり話しましょうね?」

 侍女にそう謝りつつも、貴婦人は今だ諦めきれぬといった面持ちで、息子ににっこり、と笑いかけた。

 

 その様子をまるでほほえましいものでも見たかのように、くすくすと笑いながら、侍女がこちらに近づいてきた。そして、ランドルフの前に来るなり、その膝を付いて恭しく一言言う。

 

「旦那様がお待ちです。さあ、どうぞ、こちらへ」


 にこり、と優雅に微笑む侍女の案内で、館の固く閉じられていた扉が開いた。


 ……大公に、ついに会える……。

 全てを知る男の案内でたどり着いた王都の中心。

 そこで、リュートはようやく自分をいざない続けた老獪なる男との、必然とも言える邂逅を果たすことになるのである。

 

 

 


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