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第十六話:約束

 世界は灰色から白へと、その色を変えていた。


 まだ暦の上では秋とは思えぬ程の強い寒波は、湿った海風を雪へと変え、半島中部の山々を真っ白に染め上げていた。その世界の中で、雪の白よりも白い羽が、ばさりと音を立ててはばたいている。

 

「レミル! レミル! どこだ!」

 大切な兄の名を一心に叫んでみるものの、ただ、山肌にこだました自分の声のみが返って来るのみ。あとは鳥の声、獣の声一つ聞こえぬ静寂の世界。

「駄目だ。見えない……」

 まだ降り続ける雪に阻まれ、その視界は著しく狭い。さらに降り積もった雪が辺りを覆いつくし、今自分がどこの辺りを飛んでいるかもわからぬ状態だ。

 リュートは一旦空中で、その羽を休め、眼下に広がる山々をじっくりと観察してみる。

 

 思い出せ、思い出せ……!

 数日前、頭にたたき込んだ地図と天候記録。この山の形は地図のどのあたりだ……? この風は、どこの山の風だ?

 

 ふと、碧の瞳が白い平原にポツポツと広がっている黒い点を捕らえた。そこは三方を山に囲まれた山間の小さな平野であり、その上に大小さまざまな形の黒い斑点が数多く点在していた。

 リュートは雪の降る中、その高度を落とし、地上に近づいて、その斑点がなんなのか確認してみる。リュートの羽ばたきによって、風が一瞬、乱れ、地表に雪を舞い上げる。と同時に、その風に、黒い斑点の表面が一斉に波打った。

 

 ――波?

 水だ。水が張っている。この黒いのは全て水溜まりか? ……いや、違う。それよりもっと深い。

 ここで、はっと、リュートの頭に詳細な地図が浮かび上がった。

「ニダル湿地か……!」

 ニダル湿地は元々浅い湖だった土地が、長年の植物の堆積によって湿地へと変化したもので、場所によっては湖の名残で深く水が溜まったままの部分がある。その小さな沼状になった場所だけ、雪が積もらず、上から見ると黒い斑点に見えていたのだ。

「ここがニダル湿地だとすると、バッハ城はこの西、山を二つほど越えたあたりか……」

 ようやく、その感覚を取り戻すと、リュートは再びその翼を風に乗せ、急上昇する。湿地を囲む三方の山の地形からその方角を確認すると、彼はその神経を全て西に巡らせ、空を翔けた。

 

「……あそこか!」

 山を一つ越えたあたり、ちょうど湿地とバッハ城の中間にある小さな丘の一角に、それはあった。

 ――死屍累々。

 そうとしか表現できぬ地獄が、眼下に広がっていた。

 戦斧で叩き割られた頭、槍で串刺しにされた体、ちぎれた四肢、散らばる羽、そして折られた軍旗……。何百という有翼兵の死体が、雪に埋もれるようにして、折り重なっていた。

 初めて目にするあまりの光景に、腹の底から酸っぱいものがこみあげてくる。

「う、うえっ……」

 胃の中のものが雪の上に吐きだされた。吐いても、吐いてもその吐き気はおさまらない。だが、ここで躊躇などしていられない。リュートは意を決して、その地獄へと舞い降りる。


「なんて酷い……」

 目も当てられぬ無惨な光景だった。

 雪原に広がる紅い染み。足元には、竜に食い千切られた腕と足。それはあまりにもが多すぎて、もはやどれが誰のものか判別できぬほどだ。

 

 ――何故……。

 彼は吹きすさぶ吹雪の中、小さくそう洩らした。

 何故……、一体どうしてこんな目に遭わされなくてはならないのか。我ら有翼の民が一体何をしたというんだ、竜騎士共め……!

 白い雪に飛び散った血の紅さに、先に対峙した紅の髪と瞳が思い出される。常に何かに飢えているような、あの凶暴な目……。あのけだものよりも獰猛な目……。

 

 リュートは、嫌な記憶を振り払うかのように、一つ叫んでみる。

「おおい! 誰か! 誰かいないか!」

 すると、向かって左の方角に何かが動いた。一つではない。複数の人影だ。もしや……と思い、すぐにリュートは駆け出す。

 

「君たちは……!?」

 そこには男が五人ほどいた。いずれの背中にも大きな翼。同じ有翼の民達だ。ただ、おかしいのはどの男も武装しておらず、皆無傷のままだという事。さらにいずれの手にも沢山の武器が入った籠が抱えられている事だ。

 その男達の一人、おそらく一番年長と思われる男が、リュートの存在に驚いた様子で、話し掛けてきた。顔のパーツが一つ一つ大きい、一度見たら忘れられないような顔の男だ。

「毎度。あー、もしかしてカルツェ城の方の兵士さんでございますか」

「……そうだが、君たちは一体……。見たところ兵士じゃないみたいだけど」

 リュートのその問いに、男は、にかっと、人懐こそうに笑う。大きな出っ歯があらわになり、男の顔をよりユーモラスなものに感じさせた。

「へへへ、あっしらはケチな流れの鍛冶屋でございます。ちょいとここいらで、一仕事しようと思ってたところですよぅ」

「一仕事?」

「へぇ。見ての通り、ちょいと武器の回収をね」

 そう言いながら出っ歯の男は、自分が持っていた籠をリュートに見せてくる。そこには剣のみならず、リンダール特有のサーベルや戦斧、槍まで混じっていた。

「へへ、すげえでしょ? これがあっしらのおまんまのもとでして。これを改良して軍に売るんでさ。なんと言ってもリンダールの武器を材料にしたものは高く売れやすからね」

 そう言って、男は籠から一本の戦斧を取り出す。

「見てくだせえや、この戦斧。でかい上にこの固さ。これなら竜の鱗まで砕けまさぁ。あっしらの国じゃあ斧なんて木を切るくらいしか使わねえってのに、これであいつらは人間を切っていくんですから」

 確かに、そうだった、とリュートは思い出す。皇帝はサーベルを愛用していたが、その他のに騎士達は、斧か槍で戦っているものが多くいた。確か一撃で頭蓋骨を割っていたほどの破壊力……。

「でもね、旦那。これがいくら凄かったって、旦那達には使えませんや。ほら、持ってみておくんなせぇ」

 リュートが言われるままにそれを受け取ると、今までに持った事のない、ずしり、とした重みが手にのしかかった。とてもではないが、片手では持ち上げられない。両手で持つのが、やっと、まして振り回すなんて無理に近い。

「ね? 重いでしょう? これじゃ、使えねえんで、あっしらの出番でさ。これをちょいちょいと作り直して、もっと軽い剣や、槍にするんでさ。ま、そんなことが出来るのも、あっしらみてえな南部者だけですがね。まず、これを炉でどろどろに溶かさなきゃいけねえんですがね、またこの温度ってのがえれえ高温にしなきゃいけねえんですが、そこがあっしらの腕の見せ所っていいますかね……秘伝っていうやつですよ……」

「……わかった、わかった。そんなのはいい。武器を探すついででいいから、生存者を見つけるのを手伝ってもらえないか?」

 こんな所で長々と鍛冶屋の講釈を聞いている場合ではない。リュートは、持っていた戦斧を突き返すと、兄レミルの特徴を鍛冶屋に伝える。

「へえ、ようがすよ。おい、おめえら、旦那を手伝ってやんな。……その代わり、旦那。あっしらがここで武器くすねてるってことは秘密にしといてくだせえよぉ」

 こそこそと鍛冶屋の親方と思われる男はリュートに耳打ちする。確かに死者を冒涜するようなこいつらの行為は褒められた物ではないが、今のリュートにとって、背に腹は代えられぬ。

「……ハイエナのような行為は気に入らないが……まあ、いいだろう。頼む、一緒に探してくれ」

 

 

 

「親方ーっ。見てくだせえよう。一人生きてます。この竜の下敷きになってるけど、鎧からして身分の高い方に違えねえですぅ」

 徒弟と思われる男の声が、雪原に響いた。その言葉に、リュートがすぐに動く。

 そこには体中を矢に刺され、絶命している飛竜の巨体があった。おそらく、有翼兵が必死で戦い、ようやく落とした一騎だろう。初めて触れる竜の体は、ひどく冷たく、鋼の鎧のように固い。

「ここです! この後ろ足の下!」

 そう徒弟が指さす右の後ろ足の下に、ちらりと人の手が見えた。もしや、という期待と共に、リュートは竜の後ろ足を必死で持ち上げてみる。だが、それはびくともしない。前足に比べて、巨体を支える後ろ足は著しく筋肉が発達しており、とても一人では持ち上げられぬほどに重い。

「おい、みんな旦那を手伝ってやんな」

 親方の一言で、徒弟達が集まり、三人がかりで、ようやく竜の体が持ち上がった。もう一人の徒弟が、その下に潜り、一人の有翼兵の体を、ずるずると引きずり出す。

 

 ……レミル。レミルなのか……?

 期待に胸を膨らませ、リュートがその男の元へ駆けつける。

 

 それはよく知った羽の色だった。

 口ひげの色に合わせたかのような、上品なグレー。

「……旦那様……」

 それは紛れもなく、リュートの義父、ロベルトだった。

 リュートの呼びかけに、うっすらとその目が開く。

「……う、う。お、お前か……」

「旦那様! いったいどうされたのです! いったい何が……」

「……裏切りだ……。誰かが……情報を……」

 ひどく苦しげにロベルトは声を漏らす。見ると、左腕が、あらぬ方向に曲がっている。おそらく骨折しているのだろう。いや、左腕だけではない。義父の体はそのすべてがボロボロで、ここでの戦闘のすさまじさを無言で語っていた。それでも、なおロベルトは必死で、義理の息子に言葉を伝える。

「わ、私は……大丈夫だ……。それより、レミルが……」

「レミルが……レミルがどうしたんですか?!」

「襲われた際に、修練生達と共に後方にに逃がした……。だがその後を竜騎士が追っていって……」

 確か、さっき会った修練生が言っていた。レミルは自分たちを庇って行方不明になったと。おそらく、彼はその竜騎士を相手にして、彼らを逃がしたに違いない。

「……私も、この竜を落とすのが精一杯で……あちらに……助けに行けず……それきりはぐれたままだ……」

「そんな……そんな……」

 そう狼狽し、震えるリュートの手を、突然、血まみれの手が掴んだ。ロベルトが、折れていない右腕を、リュートへと伸ばしていた。初めてつながれる義父の手に、リュートはひどく驚く。

「だ、旦那様?」

「頼む……レミルを……レミルを……息子を捜してくれ……」

 それは、リュートが初めて見る義父の顔だった。いつも彼に見せる澄ましたタヌキ親父の顔ではない。そこにはただ息子の安否を心配する、ごく当たり前の父親の顔だけがあった。

 その表情に、リュートはきつくその唇を噛みしめる。

「旦那様、しっかりしてください! 僕が必ずレミルを見つけてみせます。彼はきっと生きています!! 僕と約束したんです!!」

 リュートのその言葉に、ロベルトは小さく、頷いた。生きている、息子は必ず生きている……。そう、その目は語っていた。

 その目を見るや、リュートはあふれ出しそうな涙をぬぐい、義父の側を離れる。

 

 ――諦めてなるものか!

 この人も、諦めていないんだ。ましてやクレスタで待っている母さんだって、城にいるトゥナだって、みんな、みんな、レミルの帰りを待ってるんだ!!

 負けるものか!

 鍛冶の男達に、ロベルトをカルツェ城まで運ぶように頼むと、彼は再び、血まみれの雪原へと駆けていった。

 

 

 

「……これも……違う。これも……」

 寒い雪原で、ひたすら死体を転がし、その顔を確認する。その作業が小一時間ほど続いただろうか。リュートの体も精神ももう限界だった。

 素手で雪をかき分けたその手は、もはや感覚がない。このままだと、おそらく凍傷になるだろう。体のほうも芯まで冷え切って、もうずっと震えが止まらない。竜に切り裂かれた胸の傷も、ひどく痛む。

 だが、それ以上に辛いのがその心だった。

 死体の顔を確認するたびに、もしかして彼ではないかと懸念する恐怖、そして違っていた、よかった、と安堵してしまう罪悪感。この初めて見る兵士達も、同じように大切に思う人がいるだろうに、それでも自分は彼でない、別の人間でよかったと思ってしまう。

 そんなやるせなさを抱えつつも、彼はその手を休めることはない。

 ――レミル、レミル、レミル!!!!

 頭の中で、兄の名前だけがぐるぐると回っている。

 生きていて欲しい。ただ生きていて欲しい! 生きて……またあの太陽のような笑顔を見せて欲しい!!

 その思いだけが、リュートを動かしていた。

 

 ざくり……。

 足下の雪をかき分けると、また一つ、冷たい死体が出てきた。その纏った鎧から、身分の高さが伺える。リュートはそのかじかんだ手で、顔にかかった雪をそっと撫でてよける。

 知った顔だった。

 カルツェ城で、軍議が行われた時に見た顔。……国王軍駐留部隊隊長レッツェル。彼に間違いなかった。

 ――こんな高官まで……。

 初めて見つけた隊長クラスの死体は、リュートの心に、より一層絶望の楔を打ち込む。

 もしかして、もしかして、レミルはもう……。

 

「しっかりしろ!!」

 雪原に突っ伏しそうになっていたリュートの体を、大きな手が支えた。見覚えのある手。誓いをした手だ。

「……ランドルフ様……」

 白い雪原に、黒い羽が浮かび上がっていた。その後ろにはレギアス、オルフェ、そしてナムワの部隊の数名の姿も見える。

「馬鹿たれが。一人で飛び出しおって……。ここからすぐのバッハ城には竜騎士がいるんだぞ。襲われたらどうする気だ」

「だって、だって……」

 主君の姿を認めるや否や、リュートはボロボロと泣き出した。ぷつり、と張りつめた糸が切れたようにその涙は止まらない。

「レミルがいないんだ……。どこにも、どこにも……」

 また子供のように泣く臣下を、主君はしっかりと受け止め、その冷えた肩に毛布を掛けてやる。

「ああ、もう……しっかりしろ。さっき、ここに来るまでに私たちもいろいろと探してきたんだ。この山向こうに、鍛練所の修練生数十名、そしてこの戦場の一角で、南大公代理ジェルド殿とエルダー辺境伯エルメ殿の生存を確認した。修練生達はいずれも軽傷、残りの二人も重傷だが生きている。……だから諦めるな。お前の兄だってきっと生きている! 私たちが探してやるから、お前は一旦帰って休め」

 主君の言葉に、再びリュートの目が潤む。

 この人も、一緒に信じてくれている。この人も、レミルの生存を信じてくれているんだ。

 ……レミル!! みんな、みんな、待ってるんだよ!! お願いだ!お願いだ!帰ってきてくれ!!

 

「あのう……」

 ランドルフの後ろに控えていたナムワの配下の男が、おずおずと口を開いた。

「なんだ、言ってみろ」

「ええと……こんなに探してもいないってことは、もしかして捕虜になってるんじゃないですかね……?」

 その言葉に、一気にリュートの心が弾けた。主君の手を振り払い、男の元へ駆け寄る。

「捕虜? 捕虜だって?!」

 首元に食ってかかるリュートの手に、むせかえりながらも、男は尚、続けて言う。

「いや、おやっさんから聞いたことがありましてね。なんでも連中は身分の高い者や、能力のある者、もしくは女達をより分けて、殺さずに捕虜にして、本国に連れ帰っているみたいなんですよ。確かその連中はしゅ……しゅ……『シュヴァリエ』とか呼ばれるそうで」

『シュヴァリエ』!!

 リュートはその言葉に聞き覚えがあった。確か、皇帝が自分にそう投げかけた言葉だ。

 確か、『ニクート・ヴェリーサ、『シュヴァリエ』』と……。

「そ、それで、レミルもその『シュヴァリエ』だっていうのか?!」

「……い、いや、それはわかりませんがね。あんまり探してもいないんじゃそうなんじゃないかな、と思いまして……」

 

 捕虜……。捕虜か……。

 一気にリュートの体中の力が抜ける。

 へなへなと、力無く再び、雪原に座り込んだ。

「捕虜でもなんでもいい……。レミルが生きてくれているなら、それでいい……」

 彼は今だ雲に閉ざされた空を見上げて、そう呟いた。

 絶望に染まった心に、一筋の光が差していた。

 

「さあ、リュート。お前もう限界だろう。兄が捕虜になったというのなら、取り返せばいいだけのことではないか。また私と共に戦えばいい。そのためには一旦、城へ帰ろう」

「……はい」

 ようやく見いだした希望に、リュートはその涙をぬぐって立ち上がる。

 大丈夫だ。レミルは生きている。……きっときっと生きている……。

 だって、約束したじゃないか。

 僕と、約束したじゃないか。


 ――ヒョウ……。

 

 突然、地面を這うような風が、背後から吹いた。

 

 ぞくり……。

 厭な風だ。

 

 もう一度、吹く。

 ぞくり、ぞくり、ぞくり、ぞくり……。

 

 背筋が凍る。

 

「リュート? どうした?」

 

 不思議そうな顔で、皆が自分を見つめている。

 どうして、そんな顔をしている……?

 ……わからないのか、この風が。

 

「早く行こうぜ、リュート」

 

 わからないのか! この気持ち悪い風が!!

 

 ――ヒョウウ……。

 

 わからないのか! この……このとてつもなく不気味な風が!!!

 

 脳裏に、大理石の肌が蘇った。

 風に揺れる、長い金髪。

 何も映さぬ碧の球体。

 紅く染まった白羽。

 

 ――母様……?

 

 おそる、おそる、リュートは後ろを振り向く。

 雪の向こうに、大木が一本浮かび上がった。

 

 それは、月明かりに照らされた、あの夜の大木に、ひどく似ていた。

 

 あの木から吹いている……。

 きゅうっ、と胸の傷が一層痛んだ。

 

「リュート! おい、待て、リュート!」

 かけ声を無視して、彼は駆け出した。

 

 ざわざわ。ざわざわ。

 頭の中で、あの夜の木々のざわめきが蘇る。

 

 ざわざわ。ざわざわ。

 あの夜は、ひどく、暗かった。

 

 ちょうど、この目の前の大木のように、あの日の夜も、木は不気味にざわめいていた。

 

 あの日、あの日、何があった?

 そうだ。あの日、僕はいつものように笛を吹いていて、家に帰ってから、みんなで食事をして、そうしたら、夜盗が町を襲って、母様のペンダントが盗まれて、母様はそれを取り戻そうと飛び出して、僕はそれを追って、夜盗は全部捕まって、広場に吊されて、それで母様は僕の知らないものになっていて、父様が小さな箱に入れられて帰ってきて、僕は真っ暗闇に閉ざされて、何も食べたくなくて、生きていたくなくて、それで。

 それで、どうしたっけ……?

 

 ああ、そうだ。

 光が差した。

 真っ暗な闇に、空の色の光が差した。……その光は僕にこう言ったんだ。

 

『リュート、俺が今日からお前の家族だ。ずっと、ずっと、一緒にいよう』って。

 

 確かに、そう言ったんだ。

 そう、約束したんだ。

 その言葉が、僕を救い、僕を生かし、僕を支え続けてきたんだ。

 その言葉だけを頼りに、僕は生きてきたんだ。

 

 なのに、どうして。

 なのに、どうして、どうして。

 



 ―――どうしてだ!レミル!!!!




 胸が疼く。

「う、う……うあ……」

 あまりの疼きに、我慢が出来ない。


 がしがし、がしがし。

 巻かれた包帯越しに、掻きむしる。

 傷が開き、血が、滲んだ。


「あ……あ……」

 口が、口が、口が、乾く。

 息が、出来ない。



「……レミルーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!」 

 

 大木を背にして、空の羽が、紅く染まっていた。

 

 

 

 

 


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