その7
サルの拳は蛇の身体をかち割り、そして、和服が蛇の呪いを減衰させていく。
とはいえ、呪いの減衰はサルの憑依型呪いにも影響を及ぼす。サルの呪いは黒い痣となって発生しているが、底を尽きるのも時間の問題だろう。
「ぐぅ、おおおおおおおおおおおっ!!」
だが、サルの強引な突破は戦況を有利に傾けた。もはや、蛇は足止めにはならず尼宮まで、邪魔者はいないに等しい。それは尼宮に苦悶の表情を浮かばせた。
「止まれっ! 不届き者がっ」
尼宮を纏っている蛇数十体の頭部が一斉に威嚇する。そして、尼宮が散りゆく桜の花びらに手をかざすことで、花びらは蛇へと変貌していった。どんなに蛇を作ろうとサルを止める策略はない。
サルが決死の形相で、尼宮の前までたどり着くと、右拳を頬に入れた。
「死者に代わってぇっ、テメェを、呪うぅっ!!」
すると、尼宮の顔がバリッと割れた。生命を吸い取り形成した身体はまだ馴染んでいない。だが、割れた表面からは血液が垂れてきた。
「ちっ。女を殴るとはっ……」
尼宮は殴られた傷を抑える。すると、人間ではあり得ない急速の治癒で、再生した。それを人間と呼ぶ者はいないだろう。そして、サルを睨むと不気味に笑った。
――でもね、自分の女を守れるかしら?
「っ!! 直ぉおおおっ」
サルが振り返ったときは既に遅かった。私の周囲には巨大な蛇が集まり、一斉に私にかぶりついた。あまりの大きさに私は丸呑みだった。
「やっぱり、貴方は馬鹿ね。自分の主も守れないとは」
「この野郎ッ」
サルは尼宮を殴ろうとした。しかし、急に気が抜けて自分を纏っていた呪いは、完全に減衰してしまった。もう呪いの力は具現化しない。
「殴らせろっ。殴らせろよっ! なんで、こんな時にっ! 大事な奴を守れないんだよっ」
「良かったわね。二人ともあの世行きよ」
地面に伏しながら、サル――否、古木は叫び続ける。後悔なんてしたくない。ただ、囚われることなく自由でいたい。“自由”こそが古木 真の呪いだというのに。
高見からサルを見下す尼宮は、なんの躊躇もなく蛇に指示を下した。
すると、蛇を何かが受け止めた。
それはモコモコとして、丸っこい耳があって、三頭身のぬいぐるみ。
おめめはボタンで、パッチワークされたカラフルな図体が可愛らしい、とてもキュートなくまさんだ。
「なにっ?」
「私は古木の主ではないし。三途の川を渡るのは私たちじゃない。それに古木、貴方が私を守るんじゃない、私が貴方を守るの」
巨大な蛇の胃袋が張り裂けた。そして、中から出てきたのは、犬のぬいぐるみと、うさぎのぬいぐるみ。そして、瀧本家当主、直だ。
私は強大な力に乱れる青髪を後ろで纏めた。私の周りでは強い風が吹き乱れる。それは黒き靄の掛かった不穏な風であり、私自身を中心に発生した。
「なっ、なに……、この呪いは?」
「尼宮。あなたと同じ、怨念型の呪い」
私の能力は尼宮と同じく、呪いを形あるものに具現化し、使役する。そして、私の具現化するものは玩具だ。くまさん、犬くん、うさぎちゃん、これらが私の代わりに戦ってくれる。
「同じ……っ。これが……、瀧本の呪い」
尼宮は目を点にしていた。なぜなら、既に尼宮を守る蛇はいなくなっていたのだ。たった三匹の可愛いお供が呪いを駆逐した。
「なぜ、ここまでの呪いがっ!!」
「私は静かな父に育てられた娘。幼い頃から母はいないし、遊び道具もない。瀧本家の世継ぎとして、与えられたのは呪いだけだった。だから、私の遊び道具は呪いだけなの」
私は、凍えるような冷たい声音を吐き出した。それが、今の私であり、若き当主となるに値する呪いを持った所以だ。尼宮は自分を守る服替わりの蛇を一匹に纏めると腹を括った。
「私だって、辛い思いをしたのっ!!」
その言葉を最後に尼宮は尻を地面に付けた。
くまのぬいぐるみが尼宮を殴ったのだ。そうして、ぬいぐるみは消えてしまった。
ぬいぐるみに殴られた尼宮はひどく落ち着いている。
「尼宮、ゆっくり話して」
私は尼宮の前で、かがむと尼宮のおでこを撫でた。
「わたち、愛するダーリンに会いたかっただけだもんっ。みんなの恋を叶えたら、自分の恋をおもいだしてしまったでちゅ…………っ……うっ」
すると、尼宮は泣き出してしまった。それに赤ちゃん言葉になってしまっている。
「そっか、苦しかったよね」
私は尼宮を胸に抱いた。暖かく柔らかい抱擁が少しでも、尼宮のさみしさを拭って上げられればいい。尼宮も私のことをぎゅっと、離さなかった。
「直ねぇちゃん、分かってくれるの?」
「うん、寂しかったよね」
甘える尼宮を私はただあやした。
これが私の呪いの真価“甘える”だ。母のいない私の求めたものは、相手に写り、相手の身体はそのままに精神を幼くしてしまう。
「ほんとにこえーな。直は」
ひどい倦怠感に見舞われながら、古木は身体を起こした。私の呪いの特性を唯一知る存在だ。
「なんか、言った?」
「いいや」
私が古木に問いかけると、目を逸らして否定した。彼の無茶ぶりには毎度手を焼くが、これも甘えられていると思えば、私の役得なのかもしれない。
「それじゃ、古木ぼうや。家にかえりまちゅよー」
私は古木をからかうように、口を尖らせた。
「っ、ばっかじゃねぇの」
すると、古木は舌を巻いて、顔を赤くした。そんな着飾らないまるで子供のような古木はいつも私のそばにいて、なんだかかんだ、欠かせぬ存在だ。
「直ねぇちゃん、古木にぃちゃんのこと好きなの?」
すると、やりとりを聞いていた尼宮ちゃんは目を輝かせてそんなことを言う。
だけど、私は照れることなく、
「好きじゃない」
あえて、嫌いとは言わなかった。
こうして、蔵部死町の恋愛スポット“落ちぬ桜”の呪いは消えてしまった。
一度、桜を離れた尼宮は二度と桜の木に戻ることは出来ず、人間の生命を吸収しないと枯れていってしまう。だけど、それも呪いの最後であると、彼女は子供の精神ながらに納得をしてくれた。
これで連続殺人事件は幕を閉じたのだ。
尼宮は、最期に言葉を聞かせてくれた。
「わたし、生まれ変わって、大きくなったら、古木にぃちゃんのお嫁さんになるっ!!」
「「それはだめっ!!」」
私と古木はなぜか、重なって否定した。すると、尼宮ちゃんは冷やかすように私たちを見たのだ。
「おねぇちゃん達、仲、良いねー。私もそんな仲良しな人とお嫁さんになれたらいいな」
今世で呪いになってまで、叶わなかった願い、きっと叶うと良いね。
尼宮は恋煩いを、願いに変えたのだ。それが良いか、悪いかは分からない。だけども、呪いはそう、悪いもんじゃないはずだ。
今回で、一話完結になります。
やはり、WEB小説は難しい。
その特徴を測れたのかなと思っております。
七日、打ち切り計画にて、
本編は一度、休載とさせていただきます。
まだ謎の残る蔵部死町の続きが紡がれるかどうかは、心残り(のろい)の残滓によって決まるのかも、しれません。
ここまでで完結と思って頂き、評価・感想ございましたら、お願いします。
ちゅーぼー。でした。