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青髪少女の恋煩(のろ)い  作者: chuboy
恋煩(のろ)い
7/8

その6

 窓が真っ白に映った。水面にいかにも眠そうで、瞼の重い少女が映っている。

 青く澄んだ髪をしているが、表情が硬く無愛想に見られてしまう女の子だ。


「もう、朝か……」


 私は少女映る、水鏡を掬い上げると、自らに打ちつけた。

 結局、私は一睡も出来ないまま、今はリフレッシュのために浴槽に浸かっている。いつも元気を有り余らせるサルが、昨晩は浅い呼吸で寝静まっていたのだ。

 私はつきっきりで、看病した。やっと様態が落ち着いたので、一度、清潔にしようと浴槽に来た。


「にしても、酷い有様」


 脱いでみて分かったが、衣類は捨てることにした。あまりにも出血がひどすぎて、真っ赤な布しかのこっていない。ついでに、彼の破れたTシャツとダメージパンツも捨てておいた。いつも同じ格好だし、それにデザインとして破れている訳ではない。ただ酷使をして消耗させただけだ。使い捨てられるのも、案外哀れなのものだ。この衣服に意志があったのなら、呪いになっていたかもしれない。


 私は着物に着替えると、なるべく早くサルの元へと向かった。なんだかんだ、ほっとけないみたい。


 瀧本家の敷地はそれなりに広い。父と二人で住むには、不便なくらいの広さだ。私はすり足ながらも、角を曲がった。すると、


「ここ、どこだっ?」


 聞き覚えのある荒い口調だ。なんだか、ほっとした。自然と頬が緩んだが、自室の戸を開ける前に深呼吸で平然を装った。


「サル、入…………」


 私が襖に手を掛けた時、力を加えるまでもなく、それは開いた。

 すると、鬱陶しかったのか、ぐるぐる巻きにしておいた包帯を外しながら、サルと鉢合わせた。

 包帯を取り外し、立ちあがっているサル。まだ寝ていると思っていたから、お召し物を用意していなかった。着ていた服は捨ててしまったので。


「……死ねっ」


 反射的に私はサルに右ストレートを放っていた。

 ――パシッ。

 いつもは毅然としてパンチを受けるサルが初めて私の拳を受け止めた。


「今、殴られるとマジで死んじまう」


 サルは思いのほか、冷静だった。少なくとも私よりは状況が読めている。包帯を外すと痛々しい傷が深く残っているし、まだ安静が必要なのだが――全裸なのは辞めてほしい。

 いつになく真面目なサルに上手い切り口が見つからず、私は赤面してしまった。


「早く、隠して……」


「おっ、おう。すまん」


 私が目をギュッと閉じると、サルも照れるように謝る。サルが元気じゃないと私まで、調子が狂う。

 サルが私の部屋に押し込んで、私は父の和服を一枚借りると、部屋に投げた。


「なぁ、これどうやって着ればいいんだ?」


 和服を着たことがないサルが、そんな事を聞いてくる。だが、父は洋服を一切着ないので、それを着てもらわないと、彼は裸のままだ。

 とは言っても、口では説明のしようがない。頭をどんなに回しても、良い方法は思い浮かばなかった。


「絶対にっ! こっちむかないように」


 私は恐る恐る襖を開けた。ただたくましい背中があるだけなのに、心なしか緊張をした。


「おい、何処触ってんだ?」


 私が手探りに服を着せようとすると、そんな発言をしてくる。そういう、思わせぶりな言動はやめてほしい。


「ほら、これでいい」


「こんなに下はすーすーするもんか?」


「そう」


 私はようやく、面と向かって話を出来る。汗を流したというのにまた汗ばんでしまった。だいたい、何が原因でこうなったのか。私は文句を言うようにサルを問い詰める。


「で、どんな無茶をしたの?」


「――昨日の蛇と、桜の女がおんなじ匂いだった」


 それだけで、サルの言いたいことは分かった。だけど、にわかに信じがたいことだ。


「恋愛成就のあの桜が、人を殺すなんてありえるの……」


 私にはそんな素振りが、一切見えなかった。昨日だって、呪いの発生場所は彼女が教えてくれ……。


「桜の木が女性だって、どうやって知ったの?」


 サルが桜の木が、女性の呪いだと知る術はなかったはずだ。それにこれがサルの戯言だとしても、身体の傷が真実を刻んでいる。


「木? あれはどう見たって、女だ」


「確かめる必要がある……」


 私は勢いよく立ちあがった。もし仮に私の推測が当たっているのなら、急がなければいけない。


「俺もいくぞ」


 言っても無駄だと分かっているからこそ、私はあえて止めたりはしなかった。




 ◇

 

 私は蔵部死公園に来て、言葉を失ってしまった。

 “落ちぬ桜”、年中散ることのない桜の花びらが全て落ちてしまっていたのだ。そして、昼間、花見に見た人間は気を失ったように幾人が倒れている。

 周りの桜の木には、激しい傷痕が残っていて、強い呪いの残滓がひしひしと伝わってきた。


「サル、昨日ここで何があったの?」


(なお)っ、飛べっ!」


 唐突なサルの怒鳴り声に私は反射した。すると、私の足跡は地下から現れた大きな蛇に食われてしまった。強靱な顎と鋭い牙。噛みつかれてしまっては一溜まりもないだろう。


「あらあら、鼻の利くガキはまだ生きていたのね」


 こんな状況にも関わらず、女性はお淑やかに現れた。そして、彼女の周りには大なり小なり蛇が巻き付いている。


「素敵なドレスね。尼宮さん」


「これはお着物のつもりだったのだけど、まぁいいわ。お褒めありがとう、瀧本家のお嬢さん」


 彼女の声音は昨日聞いたものと変わりなかった。だが、明らかに異質である。


「なぜ、貴方が肉体を有している?」


「お嬢さんなら、分かっているでしょう。この町の方々から頂いたの」


 尼宮はなんの悪気もなく、手を口元に添えながら笑った。上品ぶるその態度が何よりも、気に食わない。


「そういう意味で、聞いてない。なぜ、呪いのアンタが肉体を欲しがった?」


 怒りにまかせ、邪険に言い放った。そんな私の態度すら、可笑しいと笑った。


「もう人様の恋はたくさん叶えた。そろそろ、私も恋を叶えてもいいでしょ?」


 正当化する尼宮に口論をする気は無くなった。どんな道理であれ、人を殺してはいけない。呪いは、人殺しの道具ではない。


「貴方がこれ以上、この世に悪い影響を与えるというなら、呪い(あなた)を消す」


「お嬢さん、貴方、何様よ。どんな権限があって私を止める? 貴方に私を止めることなんて出来る訳がないでしょ」


 静かで重い言の葉が、散った花びらを巻き上がらせた。威圧感が今までの比ではない。呪いは想いが強く、人の心に結びついたものほど、強大となる。それどころか、尼宮の呪いは、完全に肉体と頭脳を有している。

 ここまで、完全体な呪いを見るのは初めてだ。

 空気がピリついて、頬が痛いほどだ。だが、ここで退くなら、喧嘩を売ったりしない。


「私が貴方を消す」


「俺様も忘れんなっ」


 先行したのは、サルだ。傷がまだ塞ぎきっていないのに無茶をする。身体を赤黒い痣が覆うと脚力で地面が抉れ飛んだ。


「消えるのは、貴方たちよ」


 サルが一直線に弾き飛ぶと、それを塞ぐように地面から大蛇が現れる。


 尼宮の呪いは、怨念型。

 呪いを有形な物に具現化し、使役する系統の呪いだ。それも大量の蛇を生み出すほどの大きな呪い。


「うおおおぉぉおっ、りゃぁあああああっ!」


 サルの全身全霊の大振りが蛇の腹に激突すると、蛇は破裂した。しかし、破裂した破片は小さな蛇となってサルの全身に噛みつく。


「ふふふっ。貴方、学習能力ないのかしら? 昨日と全く同じね。今日は噛みちぎるまで逃がさないから」


 尼宮は高飛車に笑った。


「まったく、無謀なことをしてる。だけど、サル知恵で考えて、貴方に勝ったところが一つだけある」


「昨日から見てることしか、出来ない箱入り娘が何をほざくのかしら?」


「それは瀧本家の門を叩いたことよ」


 正確にはただの塀だ。一度壊してしまって一カ所だけ、真新しい不格好な壁だ。だけど、彼――古木は瀧本の元へと、助けを求めに来た。

 口では決して言わないけれど、プライドを捨てて、私を頼ったのだ。


 ――この瀧本の当主を。


 サルに噛みついていた蛇は突然、力を失って地に落ちた。そして、そのまま消えていく。


「これは?」


 尼宮は予想もしてなかったとばかりに、奇妙な顔を浮かべる。さすがに笑いにも飽きが来たようだ。


「私の父の呪いは減衰。常に、本人が衰えきっているけれどね」


 父の着物に触れた呪いは徐々に力を失っていき、やがて消えていく。


「これで、馬鹿を止める術はなくなった? 尼宮さん?」


 サルの猛攻はもう止まらない。サルは一心不乱に敵陣へと突っ込んだ。


 

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