その3
太陽が照りつけて、日差しが眩くなってきた。
早朝に家を離れたのに、蔵部死町内を散策するだけで、こんな足踏みをさせられるとは思わなかった。
まず呪いと遭遇するとも、思っていなかったというのが本音だ。
「なぁ! なんで、俺がコイツを持たなきゃいけねぇんだよ」
静かに歩いていたと思った矢先、サルが喚いた。サルが肩に担ぐのは、呪われていた警察官だ。気を失ったままぐったりとしているが、呪いを払ったから回復は時間の問題だ。
私はサルを一瞥することもなくただ歩いた。
この辺りは見覚えがある。確か、テレビで放送されていたのはこの近辺だ。
平日の昼間なのに人だかりが出来ている。
「この路地裏で殺人があった」
警察が現場を取り囲んで、被害者の様態はおろか周囲の被害状況などの一切がブルーシートで隠されている。昼頃になっても現場検証が一向に終わらないということは、それだけ傷痕が激しいのかもしれない。
「なぁ、ここはなんの場所だ?」
「人が殺された場所」
サルは不思議そうに人だかりを見つめている。
「人が死んだ場所にきて、なんすんだよ、バカか? 殺した奴を見つけて殺す。そしたら、手を合わせにくるんだろうが」
サルはサルなりの行動理念がある。死者を弔うことは、仇を討つこと。呪いを扱う者として単純で分かりやすい。だが、その純粋さが誤りを招いてはいけない。私はサルにも分かる言葉で説明する。
「殺した奴がどんな奴かを調べてる」
「あぁ、なるほど……。でも、こっからじゃ、なんもみえねぇよな」
すると、サルは上を見始めた。屋根や電柱をあちらこちらと探す。すると、まるで名案を思いついたかのようににやけた。
「こんな人だかりで、飛び乗ろうとしないでね」
私がぴしゃりというと、サルは唖然として固まった。どうやら名案が見透かされたことが相当、ショックだったらしい。だが、まだ名案は見つかっていない。私が真剣に思考を凝らしていると、
「直ちゃん、難しい顔をしているねー」
私の名前を呼ぶ声がした。パーカーに、キャップという変装をしているにも関わらずだ。
だけど、その声に不信感は一切生まれなかった。
「阿田さんっ!」
声が上ずった。驚きが素直に出た瞬間だ。その人を見ると頬が少し熱くなる。
別に好意を寄せてるとかではない。ただ気前が良くて、容姿もサルとは天と地の差があって、清潔感に溢れていて、しかも、呪い保持者。同じ秘密を共有する仲間のような人だ。
「チっ! 匂う奴が来た」
サルは阿田が近付くと、毛嫌いした。いつもながら、サルの嗅覚が呪いに反応しているのだ。
「古木くん、そう恐い顔しないで」
阿田はいつも通り、サルをなだめる。他人のことを愚弄しないことも彼の良いところ。
「こんなサルに気を使わなくていい」
帽子をほんのちょっぴり深く被って、女の子らしい声を意識した。いつもより気持ち大きな、声ではきはきと喋る。
「そうそう、二人はなんでここに……、なんて聞くのは愚問だよね」
阿田も呪いを扱う者。そして、この街の住人として、今回の不可思議な事件を少しでも知っておきたいのは間違いない。すると、阿田の背丈を見て、名案が降りてきた。
「――阿田さん、中を見てきてもらえませんか?」
ちょうど、手元には警察官なりきりセットがあるので、これを上手く利用して、阿田刑事になってもらった。
◇
「背の高さなら、俺も一緒だっただろうが」
サルは自分が指名されなかったことに不満を感じているようだ。私に面と向かって発言しないが、口を尖らせて、影にぼやく。成功すると思っているところが、彼の純真の恐いところだ。
私たちはただ衣服を剥かれた警察官を運んで裏路地で阿田を、待つのみ。
「ねぇ、サル。匂いで呪いが分かるんでしょ。私はどんな匂いなの?」
何を思ったのか、私はそんなことを聞いていた。こんな待ち時間、ただの無駄話でよかったのに返答次第ではストレスになってしまう。
「どんな匂いかなんて、気にしたことねぇよ」
そんな返答に私はなぜか、もどかしくなった。その気持ちが蓄積すると、後には引けない。
「――じゃあ、今、匂ってみて」
「なんだ、そりゃ。まぁ、いいけど」
すると、サルは立ちあがった。私の正面に立って目を瞑る。なぜか、その答えに緊張して喉から声が出ることはなかった。
ヒクっと、サルが鼻を動かした。
そして、目を開く。
「なんか、男の匂いがしてわかんねぇわ。出てこいよ」
サルは機嫌が悪そうに物陰を睨んだ。目を向けると、アスファルトには人のシルエットが反射している。
「いや、なんか良い雰囲気なのかと思ってね」
陰から姿を現したのは、阿田だった。情報を掴んで戻ってきてくれたが、結局もどかしさが残った。これはとばっちりだとは思うが、私はサルのすねを蹴った。
「痛ってぇ、なにしやがるっ!」
何も言わず、私は阿田の方へと近付いた。