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青髪少女の恋煩(のろ)い  作者: chuboy
恋煩(のろ)い
3/8

その2

 スニーカーを履くと足に羽が生えたように、身軽に動くことができた。普段、着物に下駄の姿と比べれば、まるで、オタマジャクシが蛙になったかのよう。


「げろー♪ げろげろー♪」


 抑揚はなくて、上手くはないけど、たまには歌いたくもなる。

 いちいち瀧本の体裁を気にしなくてよい散歩はパーカーの時だけだ。


「ア? なんかいったか」


 私よりも大きな歩幅で前を歩くサルが振り返った。


「何も言ってない」


 サルは頭の後ろに手を回して何も考えていないかのように、左右に揺れている。いかにも、頭が抜けた雰囲気で女性をエスコートする気が微塵もないのが、一緒にいてみっともない。

 まあ、彼にエスコートしてもらうというのを考えただけで、怒りが込み上げてくるので、それはよしとしよう。不粋なサルさえ、いなければもっと楽しんで歩けたのに。


「なあ、いつも思うんだけどよっ。あの柱と柱で繋がった黒いやつってなんだ? 誰かが綱渡りでもしてんのか」


 サルは、一般常識に関わる知能がところどころ欠如している。西暦2000年代から変わらない街並みを見て、目を輝かせているのだ。とうの昔に見飽きて、もの珍しさも感じないこのありきたりな住宅街でも、サルにとって、未知の広がる世界に見えているのかもしれない。


「あれは電線」


 呆れた物言いで答えた。サルに言葉を教えたって、私としてはなんの面白みもないし、絶えず聞かれても困る。


「でんせん……。あっ! ビリビリとなんか関係あるのか?」


「詳しくは自分で調べて」


 私はいつも通り、簡単にあしらった。


「お前、物知りな癖にそういうところ冷たいよな。――じゃ、触ってみるかっ!!」


 すると、サルは電柱の頂点まで一回で、ハイジャンプ。好奇心旺盛で無邪気なのは悪いことではない。そもそも、保護者ではない私に止める義務も義理もない。

 サルの愚行に見向きもせずに、私は足を止めなかった。


「さーてと、コイツを触ったらなにか分かるんか?」


 殺人事件以外には、興味がないと行っていたのに、外に出ればすぐにこれだ。街中はサルにとって遊園地。サルとともに歩く私にとっては、まるで動物園だ。ぎゃーぎゃーと、耳が痛む。

 そのまま進行方向真っ直ぐに路地を見つめていると、横道から制服姿の男が一人。


「あれは、警察……」


 瀧本家には時折、事情聴取に来るので、緊張感より、嫌悪感の方が大きい。だけど、今日は身元を特定されるような容姿をしてないのだ。


「やり過ごそう……」


 私は口元をパーカーに隠したまま、警察官とすれ違った。すると、警察官は不審を感じ取ったのか、一点を指さした。


「君、そんなところで何をやってるんだ? さっさと降りなさい」


「ア、俺? 今、この黒いのを調べる大事な――――」


 ――ビジッジっ


「痛ってぇええ!!」


 案の上、サルは電線に触れると叫びを上げた。そして、反射的に電柱から飛び降りて着地。私が振り返ると痺れているのか、熱いのか、触った指をふーふーしている。


「全く君は何をしてるんだ。そんなところに飛び乗ったら危ないだろっ」


 サルは若い警察官に怒鳴りつけられると、口笛を吹いて上の空。そんな様子に、つい私は口を開いてしまった。彼に、言いたいことがあったから。


「すみません。おまわりさん。本当に変わってますよね」


 私は笑うでもなく、睨むでもなくただただ警察官を見据えた。


「全くだよ。電柱に飛び乗ってあろうことか触るなんて。考えられない」


 警察官は私を全肯定してくれる。やっぱり変わっているのは、私ではなく彼のようだ。


「私もすごくおかしいなって、思ったんです」



 ――なんで、おまわりさん人が電柱に飛び上がれるなんて、思ったんです? 普通は飛び乗るなんて、出来ませんよね?



「いや、だってそれは、飛び乗ったのを見てたから……」


 警察官は焦り気味に、弁解する。言葉を補足するかのように必死にジェスチャーを交えて。


「人がそんなにも、跳躍をしたのを見て、驚かないものですか?」


 ――ちっ。


 私のその一言に返事は返ってこない。返ってきたのは、僅かばかりの舌打ち。そして、警察官の近くにいるサルは、そのまま近付いた。そして、鼻を啜ると、


「お前、なんか匂うぜ」


 そう口にした。サルの嗅覚はある種のものを特定するのに、非常に優れている。


「電柱に飛び乗る。普通ダロ。ナニモ、オカシクナイ。ダッテ――オレ、ヒトヲ……クウカラァァアっ!!」


 警備員の肌が真っ白になる。

 血の気のない死人の状態。そんな、姿でアゴが肥大化し、歯がメキメキと伸びていった。

 象の牙にも、劣らぬ歯を何本も持つと、人としての顔面は崩れ、目や鼻は潰れてしまった。

 人皮を破ると、禍々しい赤黒色がむき出しになる。


「オマエヲ、クワセロォオオオオオオオオッッ!!」


 潰れた声帯から無理矢理声をだすと、それは悲鳴にも聞こえた。

 最初に狙われるのは、最も近くにいるサルだ。


「やっぱ、テメェ。呪いだなっ」


 サルの肉体より、大きく口を開く怪物に物怖じ一つしない。むしろ、本能が刺激されたように狂気的に嗤った。


「殺しに来る奴は殺される覚悟を持ちやがれぇぇっっっ!!」


 なんの変哲もない、ただの右のナックル。だが馬鹿が放つそれは、凶器に値する。

 馬鹿正直な殴打に、怪物は為す術もなく飛んだ。


「サル、気持ち悪いものをこっちに飛ばさないで」


 団子となって、転がった怪物は私の目の前で横転した。巨大な口の牙一本が綺麗に折れている。しかし、ほんの気持ち口角は上がっている気がした。推測だが、怪物は嗤っているのだと思う。


「フハハッ、オレノキバ、フレル。ノロワレルゥゥウ」


「ア? あっ……右手がビリビリだ」


 サルの殴った手が小刻みに痙攣する。呪いにはいろんな種類がある。化けるものもあれば、触れると害を及ぼすものも。止めように馬鹿力では止まらなかった。


「オマエ、ツヨイッ!! オレノアタラシイ、ウツワ」


「残念だなっ。――俺はもう呪われてるんだ」


 怪物にそう言い放つと、右手の震えはピタリと止まった。そして、サルを包み込むように皮膚には黒い痣が浮き出る。

 古木 真。彼の呪いは“憑依型”。

 呪いを身体に宿すことで、身体能力の活性化や、鎧となる単調指向。

 各種の呪いの中で知恵を必要としない、最もシンプルで、馬鹿にお似合いな力だ。


「てめぇのちっぽけな食欲はな、俺の――の呪いで食い潰してやるよっ!」


 存在だけで、迫力が違った。禍々しいのは、怪物よりも圧倒的にサルの方だ。


「コノオンナ、ヒトジチ」


 私に近付いたのを良いことに、怪物は私を(ゆび)さそうとした。

 しかし、指さす先には既に、サルが回り込んだ。


 ――消えろっ。


 サルの手刀が怪物を分断し、塵のように消えていった。

 すると、サルの前身を蠢く痣もなかったものとなる。


「――ちぇっ。手応えねぇな」


 呪いの本域を使用したにもかかわらず、サルは呼吸一つ乱さない。それどころか、退屈そうなことに変わりない。彼にとっては怪物よりも、電線の方がよっぽど手応えがあったはず。


「連続殺人犯は今のではなさそう。そうなってくると警察組織が怪しい」


 ただこの事件。これで終わりだとは全く思えない。

 だけど、一つだけ決定的かつ最重要な問題を見つけてしまったのだ。

 この事件には、呪いが関与しているということを。



「――あのさっ。俺にもわかるように言ってくれるか?」


 私は次なる目的地へと足を運んでいった。

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