嫌いなアイツに笑顔は見せない(1)
食卓に二人。
物静かな父と、喋らない私。彼が何を考えているかは未だによく分からない。
ただ彼は行動で語り、行動で語らせる人だ。彼なら、世継ぎが女に生まれても、男に生まれても瀧本を背負う者として、強く育てるという教育方針に変わりはない。
私の家族は父一人。私が物心が付く前に母は亡くなってしまった。
父からは瀧本家の先祖について、十まで教わった。父は穏便派を貫き通した。
そして、私は齢十八の時に、当主の座を譲り受けた。
「直、今日の予定は?」
父は私に目もくれず、朝食を摂る。私の発言に果たして関心があるのか汲み取れなかった。
「本日は連続殺人事件の現場に行ってみようかと思います」
瀧本家のある地域とわかっての犯罪なのか、知る必要があると踏んだ。すると、彼は箸を置く。
それはカチッと静かな音が響くほど、静寂で強烈な緊迫だった。
「…………。そうか、気をつけるんだよ」
私の目を見つめると、表情を一つ変えずにそう呟いた。まるで、衣を剥かれ丸裸にされたようだ。薄い寝間着では肌身が、寒く感じるその冷徹な視線に、私は食欲を失った。
食器を片し、席を立つ。
「それでは、行って参ります」
私は自室に戻ろうとする。すると、彼はもう一度、口を開いた。
「直はこの若さで瀧本を継ぐ優秀な子だ。心配せず、思うとおりにやりなさい」
聞こえなかったフリをして、自室に戻る。
「私の気を重くするようなことばかり、言わないでよ」
私は押し入れを開けると、文句を押し込んだ。今日は瀧本を背負う気分ではない。すると、私は押し入れから洋服を取り出した。和室に合わないラフな格好だ。
肌触りがすっきりして、動きやすいから好きな服装である。
「うん。今日は、ロック系のコーデしよう」
鏡の前で、キャップとパーカーを合わせると気分が乗った。だけど、鏡に映る私は堅い。気分が乗っても表情がほとんど変わらないのは、父親に似てしまったのかもしれない。
私は寝間着の帯を解いた。胸元に締め付けがない分、楽だが不安ではあるのだ。
「――よっしょっ!」
唐突に塀の外から男の勢いづいた声がする。すると、身長を優に超える塀を余裕綽々にひとっ飛び。宙で一回転すると男は縁側に降り立った。
「よう、直っ」
男は、破れた黒Tシャツに赤のダメージパンツ。
対する私は寝間着を解いて、かろうじて、手で隠した半裸状態。
足音が威張り、男に近付くと右腕を振り切った。野性的で厳つい顔面にどストレートをたたき込む。
「――死ねっ」
すると、男は後ろに倒れ込んだ。
縁側ギリギリで石庭に落ちる寸前、地面と水平な状態になって静止した。まるで、壁に立っているような状態だ。親指を縁側の木材に引っかけその指圧だけで身体を支えている。
「おいっ! なんで殴んだよっ。今回は塀も壊してねぇし、ナントカ庭園も触ってねぇ。それにちゃんと裸足で入っただろうがっ」
男は水平状態で、平然と腕を組んで、納得がいかなそうに怒っている。塀を壊し、石庭の砂利をぶちまけ、土足で部屋に上がり込み、この男の不法侵入は一度や、二度じゃない。
思い返すだけで、憤りが蘇った。
「着替えの最中に入ってくるなっ! サル」
「んなもん、知るかよっ。お前が隠せばいいんだろうが」
人の家に無断で入り込み、常識を知らない彼は、古木 真。通称、サル。圧倒的馬鹿力を持っているが、脳みそも圧倒的バカ。
彼とは長い付き合いをしているが、深い付き合いをしたことは一度たりともない。
「絶対に覗くなよっ」
私は刺殺するように、サルを睥睨すると勢いよく襖をしめた。
「わざわざ、覗くかよっ」
呆れるように、呟くサルの声が癇に障った。
当主になってからだろうか。自由に生きるようになってから、女の子らしさを表徴する服装や、ファッションに興味をもった。それからなんだか、女性らしい体つきを意識して、恥ずかしいという想いが躍起し始めた。
自然と自分の胸元を見つめてしまうほどに。
「私は、女なんだよね……」
さっさと着替え終わると、化粧に手を出した。
普段は化粧をしないが、サルごときに赤面してしまっている自分を見ると腹が立った。
化粧の仕方など、教わる相手がいなかったせいか、簡単に頬に肌色を乗せるだけだった。後は、キャップを被ってパーカーを口元まで締める。
一呼吸を置いて、雑念を払った。そして、静かに襖を開ける。
「取り乱して、悪かったわ。瀧本家へようこそ」
すると、サルは壁立ち状態から、ようやく地面へと起きあがった。
そして、私を凝視して、眉をひそめる。
「なんか、直。雰囲気違うよなっ」
キャップの鍔が、おでこに当たるほどにサルは顔を近づける。私の方が身長が低いため、男の彼は少し猫背になる。息が掛かるのが気に食わなかった。
「私の顔に何か、ついてるかしら?」
取り乱すこともなく、ぴしゃりと高圧的に言い放った。
「いいや、別に」
すると、彼は顔を引いて目を逸らした。
「では、お茶を淹れる」
私は当主として、来客をもてなす義務がある。それがサルであろうと客であれば、もちろんだ。
「おいおい、俺にそれは必要ねぇし。せけん話、なんてしねぇぞ」
相手が拒むなら、その義務はなくなる。私としては、端からお茶を入れようという気がなかったので、ただの決まり文句だった。性格的不一致の私とサルの共通点は、一つしかない。
「じゃあ、要件は連続殺人のこと?」
サルのように単刀直入な奴ほど、話が単純。そんな気楽な人間は、私の周りには他にいない。
「れんぞ……ちっ! よく分かんねえけど、人がころされてる話に決まってんだろうが」
知能は頼りないが、瀧本家に物怖じなく侵入する行動力には太鼓判を押そう。
私はサルと供に、出かけることとした。
今回のデレ要素はご想像にお任せします。
感情の起伏が少ないという描写が積もってませんが、萌え要素にファーストタッチしたかったので、こういった話数とさせていただきました。
夜更かしした僕らは夢をみない。より、ちゅーぼー。でした。
作者ページにリンクを貼っていますので、そちらにも、ぜひとも遊びに来て下さい。