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魔法学園と9刀流の剣士  作者: 藤峰男
6/11

6:十文字生き返る

 知らない天井だ……。

 それは天井と呼ぶにはあまりに脆く、火の手が上がれば即座に燃え崩れそうな藁の塊だった。

 

「気がついたか」

 

 少し離れた場所で声がして、俺は首を横に回す。

 

「ぐっ……ッッ!」

 

「動くな、酷い傷だったんだ」

 

 声の主は枕元まで歩みより、俺の顔を覗き込んだ。

 短く刈られた髪に、切られたような古傷の残る頬。見たことのない顔だが、どこか俺と似た雰囲気を醸す少年に、俺は痛みを堪えながら問いかけた。

 

「お前、剣士か?」

 

「あぁ、お前に果たし状を送るも無視され続けた、可愛そうな宮本流の後継者だ」

 

 しっかりと着付けられた袴からのぞく地肌は僅かだが、その小さな表面積をもってしても鍛えられていると気付くのには十分すぎるものだった。

 少年はそう答え、ふんと鼻を鳴らし微笑んだ。

 

「驚いたぜ。薪を取りに出てみれば外は山火事、火の中に倒れているのは因縁の十文字……。もちろん助けるさ。宮本と十文字には犬と猿では表せない溝がある……、だが人が人を助けるのに理由なんてあるわけがない。そうだろ?」

 

「十文字……」

 

 俺は宮本の言葉に瞳を潤ませながら、耳に残るその単語を復唱した。

 

「俺は……、俺の名は十文字というのか……」

 

「お前、記憶がないのか!? 俺は? 宮本虎鉄衛門(こてもん)という名に覚えは!?」

 

 俺はこめかみを押さえながら、必死に記憶を辿る。しかし浮かぶのは、俺が何者かから必死に逃げていたこと、その際崖から転落してしまったこと、そして俺が剣士であるということだけだった。

 

「そうか……。小学生の頃、俺のことを『小手面』だの『エテモン』だの散々馬鹿にした恨みを果たすつもりだったのだが、どうやらそれは今ではないようだな」

 

「なっ……、俺はお前のような善人にそのような無礼を……! 宮本、小太刀を寄越せ! 剣士として、腹を切って詫びねば気が済まねぇ!」

 

 宮本は驚いた様子で首を振り、そしてまた鼻を鳴らした。

 

「剣士の決着は正々堂々試合で、だろ? とにかく今は安静が必要だ。早く見積もっても後3日は動かない方がいい。……安心しろ、お前が痛みに泣きじゃくっても、3日後には立ち上がってもらわなきゃならん」

 

 俺は宮本に続きを促した。宮本は「吉報と凶報がある」と前置きすると、つらつらと話し始めた。

 

「お前を追っていた奴ら(・・)はお前が俺に助けられているところを見ていた。きっと今ごろ血眼でお前を探しているだろうな。だが幸いなことにこの森は複雑に入り組んでいて、ただ歩いているだけならこの小屋を見つけるどころが森を抜けることさえ出来ない」

 

 だが、と身を乗り出しながら付け加えた宮本は、こう続けた。

 

「もし奴らの中に植物と会話する、千里を自在に覗く、鼻が利く奴がいれば、見つかるのは時間の問題だ」

 

 宮本の言う、俺を狙う奴ら(・・)の中にその類いの能力を持った人間がいたかを、俺は覚えていない。

 しかし宮本の言う通り、仮に一人でも特定の能力を持っていたなら、俺はもちろん宮本にだって被害が及んでしまう。

 

 ならばいっそ俺だけがこの場所を離れ、自分で撒いた種を拾うべきではなかろうか。

 その考えを見透かすように、宮本は首を横に振った。

 

「剣士と剣士の約束だ。ここから生きて抜け出して、生きて決着をつけよう。その為に俺は聖ビーマ学園に入学して、こんな過酷な場所で己を磨いているんだ。お前との再開だって、お前を助ける運命だったに違いない」

 

「宮本……!」

 

 遂に俺は泣き出した。恥も外聞もない。溢れる涙は止まることを知らずに、白い布団に染みを作った。

 

「まったく、昔では考えられないな。なら約束だぞ。俺たちは揃ってこの森を出る。お前だけが欠けようものなら、俺は命を掛けてでもお前を取り戻す!」

 

「あぁ……、約束だ! 俺は逃げない! 未来からも、お前からも、そして―――っ」

 

 突如として鳴り響いた轟音。

 木が組まれただけの簡素な壁は跡形もなく吹き飛び、ぽっかりと空いた穴から見えるのは、黒い髪と鋭い爪をした少女だった。

 

「十文字君、私から隠れるなんてなかなか出切ることじゃありませんよ」

 

 その刹那、宮本は俺を抱き抱えると、少女とは反対側の扉から外へと飛び出した。鋭い痛みが俺を襲ったが、それを気にする余裕もなく俺は何かに乗せられる。

 

「流石に予想外の早さだ……。済まない、十文字。早速だが約束の半分は破らせてもらうぞ! 行け! ホワイトハヤテ号!」

 

 間もなくそれは走り出す。痛みを伴うリズミカルな振動から、俺を背に乗せているのは馬だと気付いたとき、宮本の姿は遥か後方にあった。

 

「宮本ーーーっっ!!」

 

 俺の呼び掛けに答えるように、宮本は声の限りに叫んだ。

 

「残る半分、お前との決着はしっかり果たさせてもらうぜ! それまでホワイトハヤテ号を頼んだ!!」

 

 俺が最後に見た光景は、宮本と少女が向き合い間合いを詰め飛び掛かるまさにその直前だった。

 

 やがて痛みはピークに達し、俺は意識を失った。

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