4.十文字死す
よし、こうなったら怪しい奴は片っ端からボコボコにしていこう。
普段温厚で知的なオレが、ここまで怒りに狂っているのには訳がある。
それは今朝のことだ。オレはいつも通りの時間に起き、いつもと変わらぬ通学路をいつも通り歩いていた。すると何やら四宝院らしき女子生徒が他校の不良生徒と揉めているではないか。四宝院の隣には小さく縮こまった見知らぬ女子生徒がいて、5人の不良生徒の罵詈雑言を四宝院が一人で請け負いひたすら謝っていた。あの制服は聖ビーマ学園と対立している魔法学園「邪ゴゴゴガヌガヌイヒ燃えよ学園」のものだと気づいたオレは、幼い頃にオレの義理の妹を連れ去った邪ガイモ学園への復讐と言わんばかりに不良生徒達をかっとばし、鬱憤を晴らした。その後、すぐさま駆けつけた邪ガイモ学園七邪剣の一人と名載るなんとかかんとかを刀の錆にして、いつも通りの時間帯に学校へ着いた。
本題はここからだ。下駄箱を開けると、中には達筆な字で『果たし状』とあった。差出人は不明。放課後、演習場に来いとの旨が記されていた。
「あんた、昨日はよくもこのリリーナ・リリィとの決闘をほっぽりだして帰ってくれたわね!」
「……さて、リリリリリーよ。このふざけた果たし状の差出人はお前か?」
オレはいつのまにやら背後で憤怒の炎を燃やすリリリリリーに向け、くしゃくしゃに丸めた元果たし状を投げつけた。
「はぁ? 知らないわよ、こんなもの。とにかく、今日こそは私から逃げられると思わないことね。放課後、演習場で待ってるわ」
リリリリリーはオレの胸ぐらを掴んで「ふざけるのも大概にしろよこのエセ侍!」と勢いそのままに殴りかかってきそうな雰囲気を醸し出していたので、オレは身構えこう言った。
「悪いが、この十文字十一郎には先客がある。その紙切れの差出人をその紙切れ同様に……ッ」
言葉の途中、ただならぬ殺気を感じたオレは、咄嗟に前方へと飛び退けた。その際リリリリリーを押し倒す形になったが、どさくさに紛れて手が胸に触れてしまったり赤面するリリリリリーとのもどかしい時間が流れることはないので悪しからず。そもそもリリリリリーの胸には手が引っ掛かるだけの凹凸がない。
「ちょっ、何を……」
言いかけたリリリリリーだが、しばらくその口を唖然と開いていた。
オレがついさっきまで立っていた場所にはどす黒い魔力を垂れ流す矢が深々と突き刺さっており、矢に触れている部分はまるで火で炙られたようにジュクジュクと音をたて溶け出していた。
「僕の矢を避けるなんて、流石は七邪剣の一人を倒しただけのことはある。……でも彼は七邪剣の中でも最弱。君の命は僕が貰おう」
淡いピンク色の髪を後ろで束ね、リリリリリーとは対極のボデー(推定87-60-88)を誇る僕っ子邪ガイモは不敵な笑みを浮かべた。
「僕はエミーネ。学園序列2位のエミーネ・フィジーコさ。早速だけど、七邪剣の汚名は返上させてもらうよ」
エミーネはそう言うやいなや、魔力で形成した弓に矢をつがえ、放った。
しかし矢は頬の横を通り抜け、そのままオレの数メートル後方に潜んでいたビーマ学園の生徒目掛けて飛んでいった。
「盗み聞きとは関心ならないね」
「……お取り込み中のところ申し訳ありません。十文字君にどうしても先日の無礼を詫びたくて……」
顔に突き刺さる寸でのところで矢尻をひょいと摘まみ射撃を防いだ女子生徒は、呪文のような言葉を呟いた。
「擬態:ダチョウ」
「お前……、犬咬か!?」
矢を投げ捨てた女子生徒は確かに犬咬越之進だった。声の雰囲気、急成長を遂げた豊満な胸、顔には薄いメイクが施されており、全てが全て同じという訳ではないが、そう言えば犬咬は元々の顔の造りが美形であること、叫んだときの声の透き通るような高さを思いだし、オレは察した。
「なるほど、つまりお前は男家系の犬咬家に産まれた一人娘で幼い頃から男として育てられビーマ学園へ入学してからもサラシを巻いて胸を隠し男っぽい声や表情雰囲気を研究した結果喧嘩っぱやいキャラクターが出来上がってしまいたまたま足を引っ掛けてしまったことで後に引けなくなってしまったお前はオレの情熱パンチを受け改心しこれからは自らを隠さず女として生きていこうついでにこの十文字十一朗に惚れてしまい早速アプローチをかけに来たらオレが2人の女子生徒に両手を引っ張られていて困惑している、ということか」
「その通りです、さすが十文字君。たった数秒でそこまで完璧な考察を立てるなんて、なかなか出来ることじゃありません」
「……まったく、この僕を無視して火遊び娘やけもみみ娘にうつつを抜かすなんて、あまり感心できないね」
「そ、そうだそうだ! ……って、だれが火遊び娘じゃい!」
端で見ていた火遊び娘と滅法師エミーネはやいややいやと野次を飛ばす。オレはそれを適当にあしらいつつ、犬咬に問いかけた。
「それで、オレを訪ねてきたということは、お前もオレに何か用事があるということだろう?」
犬咬は犬耳のようにはねた髪をひょこりと動かしながら頷くと、答えた。
「はい。……十文字君、もう一度私と、今度は自分を偽らない私と勝負をしてもらえませんか? そうすれば私、もう一歩先に進める気がするんです」
オレはしばらく考えていた。
次から次へと面倒くさい奴が来て非常に面倒くさい、と。
沈黙を破ったのはエネミーが矢を射る音だったが、それはオレではなくリリーフンラキーでも、けものノンフレンズでもない、茂みに隠れた第三者に行ったものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「盗み聞きとは関心ならないね」
「ふふ……、やっぱり気付かれてましたか……」
「擬態を使わなくても分かります。……嫉妬の匂いは独特ですから」
「わ、私も分かってたもんね! ばーか! 朽ち果てろ」
どこかで見たことがあると思ったが、茂みから這い出てきた女子生徒は、今朝四宝院と共に邪ガイモたちに絡まれていたあの女子生徒らしい。
オレはまた面倒が具現化したような奴が出てきたと気が気でなかったが、取り合えず察してみた。
「なるほど、つまりお前は今朝オレに救ってもらった恩からオレに好意を抱き早速アプローチをかけに来たがオレが3人の女子生徒に囲まれ和気藹々としており混乱しつつも茂みから―――」
オレの完璧な推測語りは女子生徒による熱い抱擁によって中断された。
「―――こう見えて私、怒っているのですよ。私以外の女と話すなんて、私の恋人としての自覚はありまして?」
「なんかお前、朝とずいぶんキャラが違くないか?」
その強気な態度にオレは戸惑い、尋ねた。
「どちらも本当の私ですよ? 臆病で、泣き虫で、誰かに守ってもらわないと生きていけないほど弱い存在で……。気に入ったものは全て手に入れないと気がすまない、嫉妬のお化けです」
そう言い、女子生徒は微笑んだ。オレはもう面倒が臭くて面倒が臭くて仕方がなかったので、女子生徒を突き放すと、こう提案した。
「今日の放課後、演習場で全員まとめて相手してやる」
すると以外にも各人、あっさり納得して散っていった。
「わ、分かったわ。絶対逃げるんじゃないわよ!」
「僕も忙しいからね。君の命も今日限りさ」
「十文字君を倒して、私は過去の私と区切りをつけます」
「ふふ……、十文字様に群がる盛ったハエ共め……。鎌倉財閥の一人娘、鎌倉伊夜栞が一匹残らず駆逐してあげます」
なんやかんやで解散。4人がいなくなるのを確認すると、オレは遂に最後まで出てくることのなかった女子生徒に声をかけた。
「そこにいるんだろう、四宝院。お前もオレに何か用があるのか」
建物の角から恐る恐る顔を覗かせた四宝院は、照れたように頬を染める。
「お、おはよう、十文字君。……その、今朝はありがとう。伊夜ちゃんは私の幼なじみなんだけど、すぐ他の人に文句を言っちゃうところがあってさ」
「なるほど、あのデコポンが朝っぱらから邪ガイモの不良に喧嘩を売って四宝院共々絡まれているところにオレが颯爽と現れた、ということか」
四宝院は小さく頷いた。
「それでね、……ごめんなさい! 私、十文字君に酷いことを言っちゃった! でも、さっきの犬咬く、犬咬さんとの会話を聞いて気付いたの。十文字君は犬咬さんのことを思って行動していたんだって」
今度はオレが大きく頷いた。まさにその通り、オレは犬咬越之進の成長に繋がればとの思いで、2発の拳を叩き込んだのであ~る。
「それで、私からありがとうとごめんなさい、それに仲直りも込めて、よかったら何か甘いものでもご馳走したいな、って思うんだけど、どうかな……?」
四宝院は不安げな表情でオレを見つめる。オレはやれやれと肩を竦めると、答えた。
「ふっ、そう言えばちょうど今日の放課後は暇だったな」
「ゑ? 今日の放課後は演習場で……」
「ふっ、そう言えばちょうど今日の放課後は暇だったな」
かくして四宝院との放課後デートをとりつけたオレだが、その約束をもすっぽかして柿番ら男子生徒とボウリングに興じたのはまた別の話である。