表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法学園と9刀流の剣士  作者: 藤峰男
11/11

11.おかえり十文字

「はっ」

 

 うだるような暑さに堪らず、俺は目を覚ました。体中が軋むように痛く、不快な汗が額を濡らしている。

 

 ―――夢か。

 俺は自分の体が魔方陣へと飲み込まれていく感覚、時空が歪みどこか知らない場所へと転送される感触を思いだし、小さくため息をつく。

 あれは悪い夢だったのだ。俺ともあろう男が、下級生の低俗なX軸召喚魔法にまんまとかかり、挙げ句体をぐるぐる巻きにされるという醜態を晒す訳がない。

 そう、すべては夢だった。目を覚ましたらまたあのつまらない学校へと足を運ぶのだ……。そして放課後になれば、柿番や人口知能タイプβらと共にボウリングに興じるのだ……。

 

 しかし現実は非常である。

 

「ここは……」

 

「よう、目が覚めたか」

 

 街を歩けばすれ違う10人中10人が振り返るであろう整った容姿、日光を反射して輝く金色の髪。

 明治伊助がそこにいた。

 

「……ちょっと待て」

 

「言うな、察しろ」

 

 明治は俺の言葉を首を振るジェスチャーで止め、小さくため息をついた。明治が察しろと言うので、俺はなんとなく察してみた。

 

 なるほど、明治はかねてより召喚魔法に熱を出す妹明治との仲があまり良くはなく、喧嘩をしては召喚魔法でどこか別の場所へ転送されるという一種の家庭内暴力を受けていた。明治がこの十文字十一郎に嫌がらせを行ったのもそのストレスによるものだ。だが兄明治自体は内心では妹のことを大事に思っており、この兄明治に劣らぬ容姿を誇る十文字十一郎に妹明治が拐われたと知りすぐさま現場に駆けつけた。だが妹明治はそんなことなど露知らず、存在が広大すぎて邪魔物となりうるこの十文字十一郎をどこか遠くの場所へ転送するついでに、嫌いな兄明治もすっ飛ばしてやろう、そう思ったのだ。それが明治伊助が今ここにいる理由、俺はそう察した。

 

「さて、察したことだし、一応聞いてやろう。ここはどこだ?」

 

 俺は立ち上がると、尻についた砂を落とす。明治は目を丸くして、こう答えた。

 

「見りゃ分かるだろ、牢屋だよ、牢屋」

 

 俺は改めて辺りを見回す。

 灰一色の、タイルが敷き詰められた床。唯一の外へ繋がる隙間を埋める、鈍い光を放つ鉄格子。一辺3メートルほどの空間に、男が2人。申し訳程度に隅へと投げられたパンとおぼしき物体の欠片が、俺と明治に対する待遇を物語っていた。

 

「目が覚めたときにはもうここにいたぜ。俺にも訳が分からんから、ちょっとまた察してくれよ」

 

「やれやれ、『察する』のも、結構難しいんだぜ」

 

 俺は皮肉っぽくそう返すと、『察した』。

 

 

 ここは俺たちが住む国から東に数千キロ、海をわたった先に見えるモモール大陸の中央に位置する、シャンペン王国である。シャンペン王国は現在隣国であるストロゼ帝国と戦争寸前の緊迫した状況で、国王が住まう王宮の警備はネズミ一匹も通さないほど厳重なものだった。そこに突如として現れたのが、俺こと陸海空の覇者:十文字十一郎(プラス愉快な仲間)だった。警備兵たちは素行不明かつ気絶している俺と愉快な仲間を捕らえ、王宮地下の牢に監禁したのだった……。

 


 

「なるほどな。気になる点はいくつかあるがまあいい……。おい、十文字。俺とお前はどうやらセットらしい。お前に頭を下げるつもりはないが、俺たちは協力せざるを得ない状況のようだ」

 

「ふん、俺だってクソ金髪ヘタレ童貞長いものに巻かれとく体質なんちゃって坊っちゃん召喚魔法狂いの兄胸毛ジャングルの明治に頼りたくはない。だがこの状況、どうやら俺たちが思っている以上にヤバイかもしれないからな。今回に限ってはこの全世界を敵に回した才能を持つ十文字十一郎様が特別に力をほんの少しだけ貸してやろう」

 

 俺はそう言うと、スッと手を前に差し出す。明治はわずかに般若の如く顔を歪めたが、まあいい、と口元を緩めると、その手を強く握った。

 

「一時休戦だ。俺たちの決着は俺たちの場所でつけよう」

 

 その瞬間、仰々しく鎧を着込んだ10人あまりの兵士たちが、ガチャガチャと金属の擦れる音を立てながら俺たちのいる牢屋の前に並んだ。内一人が低くくぐもった、しかし威圧感のある声で言い放った。

 

「出ろ。これから刑を執行する」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 俺たち二人は手に錠をかけられ、鎧姿の兵士たちにがっちりと囲まれたまま歩かされた。俺一人ならこの兵士たちを無力化してこの場から逃走するなど造作もないことだが、あいにく明治伊助という男が近接戦闘の類いに明るくないのは、これまでクラスメイトとして関わってきたことで理解していた。

 この男、とにかく魔法しか使えないのである。加えてその魔法もこれといって特出した才能があるわけではない。俺がここで不自然な行動を起こそうものなら、真っ先に手をかけられるのは明治の方である。さすがの俺も見知った相手を囮に逃げようというつもりはなく、むしろそれは武士としてのプライドが許さない。

 俺は歩かされるままに歩き、そして立止まった。大きな扉の前だ。扉越しに感じるのは圧倒的な熱量、わずかに漏れる無数の声。

 

「入れ、ここがお前たちの処刑場だ」

 

 兵士のひとりがそう言い、扉を開けた。俺と明治は目を合わせる。そして背中を押され、前へと足を踏み出した。

 

「うおーーーーーっ!」

「罪人の登場だーーっ」

「喰われろーーっ、喰われてしまえーーっ」

 

 直径100メートルほどの巨大な闘技場、ぐるりと周囲を囲むように設けられた観客席にはびっしりとひしめく群衆。

 罵詈雑言を浴びせるそれの中に、ひときわ異彩を放つ空間があった。

 

「……ララーナ王女も来ておられたのか」

 

 兵士の一人がそう呟く。その視線は俺が違和感を感じた空間、群衆とはあからさまに隔てられた、特等席らしき場所に向けられていた。俺とそう変わらないであろう幼さの残る少女が一人、その横には豪勢な飾り物に身を包む髭の男。そして複数の兵士たち。

 

「ララーナ王女?」

 

 俺はそう聞き返す。しかし兵士はそれに答えず、「さあ進め」と俺たちを急かした。

 

「生きて帰ってこれたら教えてやる。……まあ無理だろうが」

 

 最後にそう言い残すと、兵士たちはみな回れ右をして引き返していく。そして扉は閉ざされた。

 

『レディース&ジェントルメン!! さあさあ今回も始まりました! 第3回魔獣ヴィーガス対収監囚の命を賭けたバトル! 現在無敗を誇り何人もの収監囚たちをその胃に納めてきたヴィーガスが今回も順当に喰らい尽くすのか、それとも正体不明の収監囚2人が奇跡を起こすのか!?』

 

 やかましい歓声に割り込んでくるのは、さらにやかましくテンションのぶち抜けた男の声。なるほど、察するまでもない。実況付きの見世物という訳か。

 

『さーベッドの方が締め切られました。ヴィーガスの方が圧倒的に人気、オッズは9:1を割っております! これは大穴、保身的に安定策をとった方が涙を飲む展開に期待しましょう! ……視聴率的にも』

 

「おいおい、もしかして俺たち、あんなやつと戦うのか?」

 

 明治は顔に苦笑を張り付けたままで俺を見た。

 

「はぁ? お前だって仮にも魔法使いの端くれだろうがよ」

 

 俺はそう渇を入れる。

 そうだ、ここでは俺たち二人は運命共同体なのだ。俺は明治を守りつつ、ヴィーガスとかいう厳つさにステータスを全振りしたような魔獣と戦わなくてはならない。だが、明治のことを足手まといだとかは思わない。それが運命共同体、持ちつ持たれつというやつだ。俺一人なら確かに、あの程度の魔獣ペットにして家で飼ってやってもいいくらいだが、明治という足手まといの為にも、そしてこのうるさい観客に一矢報いるために、早々に決着をつけてやろう。

 

 俺がそう決意していると、場内に設置されたスピーカーから実況を務める男とはまた別の声が流れた。

 

『あのさぁ、ちょっと提案していいかな?』

 

 若い声に嘲りを足したような、不快感を感じる物言いだった。観客の視線から自然とその声の主が明らかになる。

 

『君ら二人の内一人でいいよ、戦うのは。もう一人は無罪ってことで見逃してあげる。だから君らで話し合って、どっちが魔獣ヴィーガスと戦うのか』

 

 ララーナとか言ったか。特等席でふんぞり返っていた少女が、マイクを片手に俺と明治をなめ回すように見下ろしている。

 

『ちなみに万が一ヴィーガスに勝ったとしても、残った方は処刑するけどね』

 

 俺と明治は目を合わせた。互いに緊張感を含んだ視線を浴びせる。先に口を開いたのは明治だった。

 

「……俺が戦うよ。そもそもこんなことになったのは、俺がお前に嫌がらせをしたからだ。ここに飛ばされたのは俺の妹のせいだしな。責任は俺が取る」

 

 しばらくの沈黙。後、俺は答えた。

 

「オッケー」

 

「……は? おいちょっと待て、待て待て十文字!」

 

「いや、君言ったやん。俺が戦うって。ん? 言ってなかったっけ? 明治財閥の御曹司が嘘つくんだ。ふーん」

 

「言った! 言ったけど違うだろ! そこは『いや、ここは俺に任せろ』とか返ってくると思うだろ普通!」

 

 俺は踵を返すと、背中越しに手をヒラヒラと振る。どうやら明治が漢になったらしい。ならば俺はその生きざまをしかと見届けてやろう。

 

 俺は優雅に扉の前へ向かうと、高らかに宣言した。

 

「さぁ、俺をここから出せ。王女様の命令でもあるぞ」

 

『はい、じゃあ金髪の方は無罪放免ね』

 

「は?」

 

 ララーナの声に俺は思わず面食らった。場内からは失笑が漏れている。

 

『ここで仲間を見捨てて自分だけ助かろうなんてクズ、野放しにするわけないじゃない。クズはクズらしくここで死んでね』

 

 その直後、扉は勢いよく開かれ数十の兵士に俺は取り囲まれる。その隙に明治は兵士に連れられ、扉の向こうへと消えていった。

 

「……まぁ、覚悟決めろや」

 

 さっきの兵士が哀れむようにそう声をかけると、息のあった動きで残る兵士たちも走り出す。そして扉が閉ざされた時、またも場内が歓声に包まれた。

 

『さあさあ気を取り直して! 仲間を裏切ろうとした正真正銘の罪人と、いくつもの生態系を破壊しピラミッドの頂点に君臨する魔獣ヴィーガスの戦いが今始まろうとしています! 勝つのは非情な罪人か!? それとも無情な魔獣か!? ゴングはCMのあと、チャンネルはそのままで!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ