お前ら!もう勝手にしろよ!〜闖入者こと花房誠一郎の受難〜
前作「お前ら!もう勝手にしろよ!」の闖入者こと花房誠一郎視点のお話です。
前作を読んでからでないと、分かりにくいかもしれません。あしからず。
大学の入学式で、一宮薫子さんに一目惚れした俺は、四年生になった今でも告白出来ないでいた。
告白しようと決心した時には、彼女にはすでに婚約者がいた。
しかも婚約者となった男は、ゼミが一緒でそれなりに仲良くしている奴だった。
何度も諦めようと思った。
だが、諦めきれずにずっと鬱屈とした気持ちでいた俺は、ある日、研究室へと入って行く彼女の姿を見て、思わず追いかけてしまった。
そして、扉の前で耳を澄ませていると、中から「薫子、お前との婚約を破棄させてくれ」と奴の声が聞こえてきた。
婚約破棄だと!? あいつ、薫子さんのどこが不満だっていうんだ! だが、もしかしてこれはチャンスでは?
さらに奴が言った。
「お前には悪いが、俺は彼女を愛してしまった。彼女は俺がいないと駄目なんだ。お前は強いから独りででも生きていけるだろう?」
はぁ? 薫子さんのどこが強いんだ! あんなに華奢で儚げなのに! それを舐められないようにって、いつも笑顔を貼り付けて虚勢を張ってるのは見てれば分かるだろ! 何言ってんだ! あいつ!
思わず、扉を開けて言ってしまった。
「薫子さんは強いんじゃない。無理して強がってるだけだ」
薫子さん、俺があなたを守ります!
だが、その後の「天使」と呼ばれている女の口撃に、俺は思わず怯んでしまった。
奴と女の芝居がかった抱擁にうんざりしつつ、彼女のことが心配になり、そちらに目を向ける。
すると、彼女はなんだか白けたような顔をしていた。
それから、この部屋に入って初めて彼女が口を開いた。
「はぁ、私を見てくれない男も、私を暴こうとする男も、どちらもお断りだわ。ただ私にそっと寄り添ってくれる中山さえいてくれたら、それでいいのよ」
「なっ!?」
中山だとう!? 誰だっ!? 伏兵がいたとは!
「薫子様、私もあなたさえいてくれたらそれだけで幸せです」
伏兵が薫子さんを抱き締めやがった! 離れろっ! くそっ!
あっ、薫子さんの顔が真っ赤になった! なんだか目も潤んでいるような気が……。
なんだよ、結局失恋かよ……。
最後にこれくらいの負け惜しみは言っても良いよな!
「お前ら! もう勝手にしろよ!」
その後、薫子さんへの思いを振り切るようにキャンパス内にある森まで必死に走った。失恋のショックと自分の行動の間抜けさに悲しくなって、俺は泣いた。ひたすら泣いた。
暫くそうしていると、横から手が生えて来るのが目に入り、驚いて涙が引っ込んだ。
手にはハンカチが握られていた。
「すみません。声を掛けようか見ないふりをしようか悩んだんですが、こんな森の中で、もし万が一のことがあったら寝覚めが悪いじゃないですか。それで……」
ちょとバツが悪そうな顔をした女神が、俺に話しかけて下さった。
羞恥で顔が熱くなった俺は、おずおずとハンカチを受け取り、お礼を言った。
「ありがとう……ございます」
「どういたしまして」
にこっ、と彼女が微笑んだ。
これぞ女神の微笑み! ああ、後光が見える! 眩しい眩しすぎる! 泣いた後の目には刺激が――なんて思っていると、彼女が優しく訊ねてきた。
「どうして泣いてたんですか? 話したくなければ良いんですけど、私に話して少しでも気が楽になるなら、遠慮せずに言って下さい。ここで会ったのも何かの縁でしょうし」
ああ、やっぱり女神だ! 捨てる神あれば拾う神ありだ! と思ったのは、一瞬だった。
「あっ、いた清香! 探したよ! 涼先輩が待ってたよ!」
「あっ! そうだった! 今日一緒に帰る約束してたんだった! えっと、元気出して下さいね」
そう言って、心配そうに振り返りながらも彼女は去って行った。
「なんだか分かりませんけど、ドンマイ?」
彼女を探しに来た女子は、そう俺に声をかけて彼女の後を追って行った。
励まされた俺は、益々落ち込んだ。
こうして、花房誠一郎の受難の一日は終わった。
お読み下さり、ありがとうございます。
前作で闖入者だけ名前を出さなかったのが可哀想になり、彼を主人公にしてみたのですが、より可哀想になってしまったという……。
苦労した人ほど後により大きな幸運に恵まれますよ、きっと……たぶん……。