エピローグ ~夏の終わりに~
夏休みが終わる頃、彼女が死んだ。
事故死だと聞いた。あの子が死んだ場所で、乗用車に撥ねられたらしい。僕がその報せを受けたのは自宅の薄暗い居間だった。残暑がまだ厳しく続いていた日の事である。
訃報を聞いた瞬間に、耳がすっと遠くなったように感じた。
蝉の声だけがやたら五月蝿く響いていた。
花祭壇の彼女は、ささやかな微笑みを見せていた。儚くはあったが、あの数日間、僕が一度も見た事のない本物の笑顔だった。おそらく壬生も、それを初めて見た筈だ。
斎場で壬生に会ったが、僕たちはお互いに一言も言葉を交わさなかった。気まずかったわけでも、互いを憎んだわけでもない筈だ。少なくとも僕は、壬生を憎む気にはなれなかった。
坊主の読経が始まった。
暫くして、三つ隣に座った壬生に視線を向ける。
壬生は泣いていた。声も出さず、瞬きひとつせず、滂沱の涙を流していた。ただ溢れるがままに任せている。そんな印象だった。そこには快活で軽妙で、ちょっぴり軽薄な真昼の壬生はいなかった。嫌味っぽく、演技じみた艶めかしさの、夜の壬生でもない。
普段とは違う別の壬生が、まるで毒を洗い流すようにひたすらに涙を流していたのだ。
それが真実の涙なのかは分からない。ただ、説得力はあった。
彼女の死には、少なからず壬生と僕の因果がある。壬生は今、ちゃんと後悔しているのだろうか。そうして僕は、どうだろう。
目を瞑ると、彼女の姿が暗がりに浮かぶ。そこには夜と贖罪と慟哭が確かに存在していた。
僕は正面に向き直る。
ぼんやりと滲む視界に、彼女の遺影が溶けていった。
了