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入れ替わり魔導師の虚言癖  作者: ACS
アカデミー入試編
9/86

さようなら日本、こんにちは異世界 9

 

 

  ––––僕が決死の思いで山賊の頭に与えた傷は既に治癒している、悲しい事にね。


  向こうは完治してるのに僕は重傷、左手は矢に射抜かれたし、右腕には折れた刀身が深々と突き刺さっている。


  背中だって自爆したおかげで焼け爛れて酷い状態、満身創痍も良いところだ。


  それに下手に冷静になった所為か、痛みと傷口の熱で若干意識が朦朧として頭が重い。



  鉄鞭を握る手に力を入れようにも刺さり方が悪かったのか力が入らない、切り掛かって来たら反撃はおろか鍔迫り合いすら出来そうに無い。


  利き手を潰された事に歯噛みしながらも、まだ矢で射抜かれた程度の左手は動く、近接戦をするなら持ち替えるべきだろうけど、左で打ち合いが出来る自信が無い。


  相手は人殺しを生業にする連中だ、その分戦いの経験は豊富だし、人を殺す事に倫理的な躊躇いはない。


  そもそも僕は言ってしまえば純粋な魔法使いだ、リシーさんの様に剣や槍も扱える近接魔法使いではない、昔ながらの後方型。


  簡単な手ほどきしか受けていない状態で人間相手に近接戦が出来る訳が無い、勝つ道は魔法で相手を吹き飛ばす事くらいか。


  けど僕は自分の魔力量と指輪の強制力の点から、現状でもう一発魔法を撃つ事は難しい。


  仮に正確な陣を描けたとしても発動の際に魔力と体力の二つを大量に消費し、簡単に意識を失うと経験則から確信を持って言える。


 

  こんな重傷で意識を失えば仮に敵を倒したとしても失神している間に出血死、殺し損ねれば怒り狂った山賊の手で草むらの中に居た名も無き死体の仲間入りだ。



  だから僕が狙うのは奴の後ろにある湖へ飛び込む事、彼処はその性質から傷を癒す事が出来る上に先ほど奴の口から高濃度のマナプールだと聞いた。


  僕の魔力が足りないなら外から魔力を供給すれば良い、かなり単純な話だけど今はそれに賭けて一発逆転を狙うしか無い。



  ただ相手もそれを分かってるのか、剣を腰の辺りで水平に構えながら一気に踏み込んで来た。


  彼の動きの素早さに驚きそうになったけど、足や思考を止める事は死に直結するので嫌でも足を動かした。


  直線的に突っ込んで来た山賊目掛け、僕は足元に転がっていた拳大の石を蹴り飛ばし、彼にソレを回避させる為に横っ飛びさせる。


  僕はその隙に真っ直ぐ湖へ向けて走り出したが、山賊は着地と同時に身体を反転させながら再び踏み込み、彼の横を駆け抜けた僕を斜め後ろから斬り抜ける様にしながら脇腹の辺りを斬り裂いた。


 

  咄嗟に横に倒れ込む事で辛うじて致命傷にはならなかったけど、疲労困憊な状態で地面に倒れた挙句、更に重傷を負う事になった。


  そして倒れて足が止まった僕の脇腹を、傷口を抉る様に山賊が蹴り飛ばす、勿論湖から遠ざける位置へ向けてだ。


  地面を転がる僕の口の中に胃液と血の混ざった様な不快な物が広がる、蹴り飛ばされた部分に気絶出来ない程の激痛が走っていて、思わずせり上がって来たソレをぶち撒けてしまった。


 

  「ったく、一丁前に気張りやがってよ」



  勝ち誇った顔の山賊がのたうち回る僕の頭を踏み付ける、しかも踏み潰す勢いでだ。


  音を立てて骨が軋む様な音を聞きながら、頭痛がゆっくりと滲み出てくる中で打開策を考える。


  このままでは頭を踏み潰される、身体を癒そうにも湖はまだ遠い、けど一度倒れた状態だから、途切れた緊張と全身に噴き出した疲労感で立ち上がる事も抵抗する事も出来そうに無い。


 

  「そういやぁ、テメェは魔法使いだったな? なら魔法が使えねぇようにその指潰しとかねぇとな、念の為って奴だ」



  ––––その上、用心した山賊に左手を踏み砕かれた。


  指も一本一本丁重に折られて行き、折れた指先を踏み躙られる、痛すぎて悲鳴も上げられない。

 

  そんな僕の姿を見て大笑いを上げる山賊に、彼が完全に勝った気でいる事を悟る。


  慢心、それも油断し切って隙だらけなのが僕にも分かる、発動媒体の指輪や鉄鞭を奪わずに戦いは終わったと言わんばかりに嬲り物にしているのがその証拠だ。



  僕は痛みを堪えながら折れ曲がった指先を動かし、ゆっくりと正確な陣を描く、頭に踵落としが何度も打ち付けられて頭痛が激しくなり始めたが、それでも完璧な力で魔法を発動させ為に指の動きは止めはしない。


  この状態での魔法行使はまず自分が耐えられないけど構うものか、コレで死んだとしても、このまま手段を迷っていればどの道無様に僕は死ぬのだから。



  魔法を撃った瞬間気を失うのは理解している、けど今回は山賊相手では無く、狙いを自分の真後ろに向けてフレイム・シュートを叩き込んだ。

 

  案の定魔法の発動と同時に僕は意識を失うも、数秒もしない内に湖の中へと叩き込まれ、身を切る様な冬の寒さを持った水によって強制的に目を覚ます事になる。


 

  湖に浸かれば傷が治ると言う事を前提にして、着水出来る位置に本来の火力を持ったフレイム・シュートを打ち込む事で、僕は自分の体を爆風の力を利用して水の中へと叩き込んだ。


  一歩間違えたら山賊と心中だったり心臓発作を起こす可能性があっただけに内心ではかなりホッとしている。

 


  ……問題は此処からだ。

 

  傷が治癒する間、傷口が逆再生される様な感覚と共にそれまでの痛みとは比にならない激痛が走る。


  治癒の痛みと言う謎の現象とでも言えば良いのか、癒しの力に痛みを伴う事が不意討ち過ぎて何度か意識が飛んでは起こされるのサイクルが繰り返される。


 

  ある程度痛みに慣れたところで突き刺さっていた刀身を引き抜き、僕の身体が完治すると同時に再び陣を描く。


  必要な物は火力、水中から外へ向けて放つには相応の威力を持たせなきゃならない。


  魔法の火力は描いた線に込めた魔力の量によって決定する、魔力量が圧倒的に足りないから普段はこんな火力の底上げなんて使えないのだけど、この中に居ると消費した魔力と体力が僕の体へと流れ込んでくる。



  太く、濃く、死の恐怖を味合わされた怒りを込めながらも一撃で敵を消し飛ばす火力を求めて陣を描くと、湖の外からでもはっきりと魔法陣が見えたのか、山賊が水中へと飛び込んで来た。


  距離的に攻撃を受ける心配が無い、なので限界ギリギリまで魔力を込め、発動を阻止しようと接近して来た山賊へ超至近距離からフレイム・シュートを放った。



  その瞬間、今まで発動して来た中で最大のサイズを持った火球が水中を物ともせずに発現し、閃光と共に爆音を上げながら炸裂した。


  その威力は湖の中から岸へ打ち上げられるほど、僕は地面へ叩き付けられた時に腰の骨を折ったけど、それまで飲み込んでいた湖の水の魔力で折れたと同時に治癒して無理矢理立ち上がる。


  山賊は反対側に吹き飛んだ、アレが生きてるにしろ死んでるにしろ確認しに行かなくてはならない。



  ––––僕は自分に刺さっていた折れた刀身を握りしめ反対側へ走って行く。


  この時の僕はもし生きていたら、死んでいたら、そんな事が頭の中で混ざり合い、複雑に絡み合って訳の分からない思考になっていた。


 

  反対側に辿り着くと、腕や足がねじ曲がって這いずりながら水の中へ逃げようとする山賊を見つけた。


  位置的に陣を描くよりも直接的な手段を取った方が早い、そう直感した僕は握って居た刀身を握ってそのまま山賊に走り寄る。



  コレから僕が何をしようとしているのかを理解したのか、山賊は苦虫を噛み潰した様な顔をして僕を睨み付ける。


  剣も水中に落としたのだろう、無抵抗な相手なのは見て分かったけど、迷いは自分を殺す、故にそれに構わずに僕は刃を振り下ろした。



  「––––これで終わりだッ!!」



  刃から伝わる肉を貫き、骨を砕く感覚、心臓目掛けて振り下ろしたソレは背骨に当たって狙い通りの場所に当たらず、即死させる事が出来なかった上に深く突き刺さった所為で引き抜く事も出来ない。


  先ほどの嬲り殺しから反撃を受けるかもという恐怖から、僕は鉄鞭を彼の後頭部へ何度も打ち付ける。


  腕を動かす度に伝わる硬い感覚、そして少しづつそれが柔らかくなって来た頃、僕の頬に血飛沫が掛かった。


  その事で我に帰ると、僕の振り下ろした鉄鞭には血や脳味噌の破片がこびり付いて、自分が何をしたのかを理解させられる。



  ––––遂に僕は自分の意思で人を、殺したのだ。



  生き残ったと言う安堵と人を殺してしまったと言う恐怖、二つの感情が僕の中に渦巻き、意味も無く泣き笑いが出てしまう。


  止めたくても止まらない、コレは自分を偽っているからこその現象なのか。


  そんな不思議な精神状態を正気に戻す為、僕は自分の左小指をへし折って、力尽くで気つけを行なった。



  激痛でクリアになった思考で湖まで行き、折った指を治しながら無心で鉄鞭と自分の手を洗う。


  月明かりを反射する湖面に映った情け無い顔を見て、これでは余計な心配をトーラに掛ける、そう考えた僕は冷たい水で顔を洗って無理矢理気を引き締め、自分の弱さを虚勢で押し潰した。


  震える手を抑えながら、暫くの間言い聞かせる様に自分の心を偽っていると、林の中からトーラが現れた。


 

  「うっへぇ、派手にやりましたねぇ……」



  彼女はそう言って僕の倒した男の首を斬り落として用意して来た袋へ入れている。


  横目で見るとその手には他に三つの袋が握られていてそれらからは血が滴っている、数的に斬った首級の数と一致する。


  彼女は蹴られた時の汚れが目立つものの、傷らしい傷も負っておらず、僕の様に肩で息もしていないし、身体が揺れる事無くちゃんと立って歩けている。


  ……僕自身、山賊を一人殺しただけでこの有り様なのに、この世界の人間は誰も彼もが身も心も強いんだね、少しそのタフネスぶりが羨ましい。



  一旦深呼吸をして自分を切り替えた後、僕は貼り付けた表情をトーラへ向ける、これで自分を偽る理由がもう一つ増えてしまった。

 

 

  「情けない姿見せちゃったけど、明日に備えて休もうか。ゴールデンスライム探さなきゃだしね?」



  ––––自分の弱さを誤魔化す為に自分すら騙す、何時か現実と嘘のギャップで心が砕けてしまいそうだ。

 


  ––––アカデミー入試まであと六十三日。

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