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入れ替わり魔導師の虚言癖  作者: ACS
アカデミー入試編
7/86

さようなら日本、こんにちは異世界 7

 

  ––––僕がこの世界に来て四週間が経過した。


 

  それなりにこの世界にも慣れて来たけど、その頃にはどこの世界でも誰にでもある共通の悩みが僕に襲い掛かって来た。

 

  ––––金欠。


  この最近どうにもお金の浪費が激しい、数日前の怪我の治療費やリシーさんを雇った時の依頼料、鉄鞭の購入、その他食費など。


  節制を心掛けては居たのだけど、そもそも個人の財布の中にあった程度のお金だ、収入も無しに九十日間を耐えられるものじゃ無い。



  最低限アカデミーへの支度金は別に用意してあるけど、それを捻出する為に生活費が無くなった。


  今手持ちにあるのは中金貨一枚と銅貨が数枚、残り約七十日を乗り切る事は不可能だろう。


  しかも時期的には冬、自給自足をしようにも食料が限られてくる。


  保存食は尽きた、どうにかしてお金ないし食料を確保しないと冬を越せそうに無い。


  最近は冷え込みもキツくなった、コレは多少のリスクを覚悟でアルバイトをするしか無いかな?


 

  此処まで僕がアルバイトに消極的なのは、働く為に出身地やそう言った身の上話等の情報が必須になるからだ。


  アカデミーの様に誤魔化す手はあるけれど、入ってしまえば周りとの関係を薄く出来るアカデミーと違って、職場に関しては従業員の繋がりが強い。


  それの何が問題か––––情が移りそうで怖いのだ。



  もしこの世界に情が移ったら僕は帰る事に躊躇いを覚えるに違いない。


  そうならない様に僕は自分に関する本当の情報を偽り、周囲の人と一線を引く必要がある。


  だから極力人との関係を薄くしたい、そうなると顔を覚えられてしまう街でのアルバイトは控えたかった。


  けど、流石にしのごの言ってられない状況になったからなぁ……。



  冒険者ギルドで稼ぐ事も考えたけど、実力不足でどうにもならない、仮にギルドに登録してもランクEから始まるのだから稼げるお金も少ない。


  以前も言ったけど薬草が一キロで大銀貨一枚、街で食事をするには大体小金貨一枚だから二キロ稼いでやっと一食。


  仮に薬草一つを一グラムとしても一食ありつく為には二千枚は摘まなきゃならない、この時期にそれをやるのは難しく、自転車操業の様な生活をしていたら勉強に割ける時間が圧迫される。



  僕は街で働く事に決めて雪が降り始める中、行きつけのカフェへ行くのだった。


  ……直ぐに後悔する事になったけど。




  ––––街の城門を潜った先でトーラに絡まれた。


  丁度ギルドの前を通り掛った時に、いきなり肩を掴まれたから死ぬほどびっくりしたよ….…。



  「お、お金貸して下さい……」



  涙目で僕にそう言って来た彼女のお腹からは、空腹を訴える腹の虫の音が聞こえて来ている、それも結構激しく。


  可哀想とは思うけど、僕だって明日の食事すらままならない、人に奢るお金は無いので貼り付けた笑顔を浮かべて無言で彼女の手を振りほどいた。


  その瞬間、彼女は僕の膝の裏に回し蹴りを入れて体勢を崩して膝を地面へ付かせ、チョークスリーパーで僕の首を絞めやがった。


 

  「飢えた年下の可憐な美少女を放置するって貴方は悪魔ですか!? もう少しこう、人情と言う物を持ち合わせて下さいよ!!」


  「僕だってお金無いんだよ!! それと背中に硬い物当たって痛いから話してくれない!?」


  「い、言うに事かいて人の胸を硬いとか言いやがりましたね!? 私はまだ成長期なんですからね!!」


  「僕の言ってるのは君の胸当ての事だ!!」



  ……完全にタカリだけどその暴力の前に屈し、僕の奢りで行きつけのカフェで食事をする事になってしまった。


  ただ意外な事にこの子は食事の所作が綺麗だった、頭の中身や行動からは想像出来ないギャップだ。

 

  そんな僕の視線に気が付いたのか、彼女は一旦食事の手を止め『……無理矢理奢って貰った立場のトーラが言うのもなんですが、人の食事をまじまじ見るのは失礼ですよ?』と釘を刺された。


  ……本当にどの口が言うのやら。


  静かに食事を終えた彼女は、口元を拭きながら紅茶で喉を潤して頭を下げた。



  「まずは謝罪を、空腹だったとは言えあの様な無礼な真似をして申し訳ありませんでした」



  『今回の食事代はいずれ必ずお返し致します』と彼女が続けて言った矢先、丁度隣の席に座った冒険者達の話し声が聞こえて来た。


  別に盗み聞きするつもりじゃなかったのだけど、入って来た情報が情報だっただけに僕もトーラもそちらに気を取られてしまう。



  ––––そういや、俺この間ゴールデンスライム見たぜ、スライム湖で。



  スライム湖、正式名称は妖精霊の湖と言う名前らしいのだけど、一般的にはスライム湖で通っている。


  名前の通り、スライムしか居ない地域なので妖精霊の湖と呼ばれる事はまず無い、むしろ何故妖精霊の湖と呼ばれていたのかも分からないレベルらしい。


  そして肝心のゴールデンスライム。


  この世界のスライムは草食性でしかも警戒心が全く存在しない、そしてスライムの色はそのスライムが何を食べたのかで決まる。


 

  ––––つまりゴールデンスライムは、砂金を食べる珍しいスライムの事。


  僕とトーラは思わずほぼ同時に立ち上がった、どうやら考える事は同じらしい。



  「トーラに名案が浮かびました」


  「奇遇だね、僕もだ」


  「ふっふっふ、ならばゴールデンスライムを狩りに行きますよー!!」



  トーラの意気込みと共に僕らは身支度を整えてスライム湖へ向けて出発する、片道五日の旅になるので有り金叩いて食料を買えるだけ買ったのでなんとしてでもゴールデンスライムを狩る。


  本当はもう一人仲間が欲しい気がするけど、分け前が減るから仕方ない。


  独り占めしたくても僕は一人じゃ戦えない、トーラは物理攻撃の通用しないスライムが相手だからお互いwin-winの関係だからね、これくらいが丁度いい。


 

  ––––気合いを入れて出発した頃には幸いな事に雪は止んでいた。


  しかし雪自体はかなり降ったらしく、くるぶしの辺りまでの積雪が見慣れ始めた景色を一面の銀世界へと変えている。


  吐く息も白くなり、服装も厚手の物へと変えてもなお寒い。


  野宿の際には細心の注意を払わなきゃ凍死するだろう。


 

  僕らは寒さに体力を奪われるので道中は焦らず、街道沿いを歩いて魔物達との戦いを避けた。


  ただ、移動ばかりで暇になったトーラが延々と皮算用ばかりして妄想を膨らましてそれを垂れ流してる。


  しかも、その妄想が終わったと思えば身にならない話と自慢話のコンボを繰り広げる、街で見せた気品は何処へ消えたのか……。



  そんな呆れを胸に抱きながらも無事にスライム湖へは到着したけれど、流石に夜だったので調査は次の日となった。


 

  その日の夜食を食べた後、僕は夜が明けるのを待つ間に何気なく気になっていた事をトーラへと聞いてみた。


  それは魔物の事、ウルフやGリザード、挙げ句の果てにスライムすら食料や加工品として使うこの世界じゃ魔物はどんな認識なのだろうか?


  その事をさり気なく、雑談の中で聞いて見たら、その返事は意外なものだった。



  「––––一般の人は勘違いしがちですが、世に言う魔物は御伽噺に出てくる様な邪悪な存在ではありませんよ?」



  焚き火を囲んで生姜入りの紅茶を飲んでいたトーラの口から、僕の質問へのしっかりした回答が返ってくるとは思わず、少し呆気に取られてしまった。


 

  「そもそも魔物は大元を正して行けば無害な家畜や野生動物です、しかし数千年前に世界全土で起こった俗に言う古代大戦が原因で魔物と呼ばれる様になりました」



  古代大戦、数千年前は神や天使も人間に近い距離に居たらしく、古代魔法はそんな彼らから人間が神の手を離れる餞別として教えられた物だと言う。


  ただ、人間への餞別として贈られたそれが皮肉にもそれまで神を信じ、正しく生きていた人間に野心を与えてしまい、その事が原因で世界全土を巻き込んだ戦争となった。



  そこまでは勉強したから知ってるのだけど、問題はその先、何故魔物が産まれたのかと言う資料が家の中を探してもイマイチ見つからなかった。


  探せばあるのかも知れないけれど、一部の本は劣化が激しく所々判別不能になってたり、写本途中だったりで資料として役に立たない。


  第一あの家にあるのは魔法技術関連の資料ばかりで、歴史書は思った以上に少ない。



  「古代大戦の影響は一部の大陸の消滅や一部地域の異常気象を生み出しましたが、世界規模で今で言う超上級クラスの魔法や禁術クラスの魔法を際限無しに撃ち争った結果、世界全土に魔力––この場合はマナですね。とにかく高密度のそれが充満されてしまった訳ですよ」



  その結果、人間に与えられたはずの魔法の力に適応してしまったモノから魔物や妖樹を生み出す事になったと言う。


 

  「なので正確には『魔法の影響を受けた動物』と言う意味で初めは『魔法生物』と呼ばれていました、しかしそう呼ぶには余りにもの多くの動物が凶暴化していたから、御伽噺に出てくるモンスターと同一視されて『魔物』と呼ばれるようになった訳です。まぁ、あまり一般的な知識ではありませんし、アカデミーの入試には出ませんが」



 そう締めた彼女は渇いた喉を潤す様にカップに口を付ける。


  確かに凄く貴重な話だったけど、アカデミー生でも無い十三歳の冒険者が何故そこまで知ってるのかの方が気になった。

 

  言動や行動はアホなのに、時折見せる教養がこの子に謎を生んでいる、まぁ気にはなるけど深く踏み込むと付き合いも長くなるから聞かないけど。


  ……けど、からかうくらいは良いよね?



  「ふーん、勉強になったよ、賢いんだね」


  「ふふん、当然です!!」


  「一般人が知らない情報を知ってるなんて、凄いよ!! 誰か偉い人にコネでもあるのかい?」

 


  その一言で微動だにしなくなったトーラ、誰がどう見ても目が泳ぎ、冷や汗を流しながら吹けない口笛を吹いて頑張って誤魔化そうとしている。


  道中の身の無い話の仕返しにもう少し遊んでやろうかと思ったけど、湖を囲う林の中から声が聞こえたので、思わず僕らはお互いに口を閉ざして耳を澄ませる。



  ––––聞こえて来た内容は、山賊らしい人達の話し声だった。



  ––––アカデミー入試まであと六十四日。

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