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入れ替わり魔導師の虚言癖  作者: ACS
アカデミー入試編
11/86

さようなら日本、こんにちは異世界 11

 


  ––––風邪をひいた。


  湖での調査で何日も野宿した上に睡眠自体も不定期だったので、仕方ないと言えば仕方ない。


  街へ行けば医者も居るし、この世界の風邪薬なんかも購入できるけど、かなり熱が高くてロクに動けそうに無い。


  真冬に長期間に渡って無理を重ねた代償だ、大人しく寝てるしか無いんだけど、こんな時ばっかり自分が死ぬ夢を見せられる。


  寝込んで今日で三日目、悪夢と頭痛と咳で熟睡ができていないから体力の消耗が激しい、洒落でもなんでも無く死にそうだ。


  寝てれば治ると思って放置したのが問題だろうか、碌な食事もしなかったし日に日に体調が悪くなる。


  孤独死する危険が出始めたので、いい加減医者に行くしか無い、スライム湖で作った魔力スライムを飲めば治るかもと思ったけど、アレを今飲んだら過剰供給された魔力で身体が吹き飛ぶかも知れないのでダメだ、なんでこんな事を思い付いた。

 

 

  風邪の影響で揺れる身体に苦労しながらも、外出用の服装に着替えたら、外が大雪だった。


  ……ふざけろ神様、お前どれだけ僕が嫌いなんだよ、なんで僕に対してこんなにも殺意高いんだよ。



  コレは、アレだ、家の中に居ても薪絶やしたら凍死する奴だわ、外出ても直ぐに遭難して雪の中で凍え死にするパターンだ。


  判断が遅かったと後悔しながら暖炉に薪を焚べる、こんな時ばっかりは街で暮らしてる人が羨ましい。


  何が悲しくて他人の家で風邪をひきながら一人寂しく薪を焚べて朝になるのを待たなきゃならないのか、街中なら人が居るから全然こんな苦労無いのにな。


  発熱と暖炉の暖かさで朦朧とし始めたので、寝落ちしない様にカレンダーへ視線を向ける。


  入試まで残り三十一日、知識そのものはある程度集まったけど、合格ラインに届いたかと言われると疑問だ。

 

  ここ最近は体力作りや魔法行使の工夫に時間を割いてしまった、実戦を経験したのでどうにも自分の弱さが目立ってしまい、それをどうにかする事ばかり考えてしまう。

 

  始めの頃にはこんな事になるとは思っても見なかった、精々街の周辺で嘘八百並べながら帰る為の勉強漬けな生活を送るんだろうと、そんな予想だった。


  ……まぁ予想は予想だった訳で、その所為で実技主体になったのだけど。



  それに、この世界は言ってしまえば科学の代わりに魔法が発展した地球だ、だから僕の知識の大半は役に立たないし、科学知識を披露しても魔法の基礎知識にそれらが組み込まれてる。


  歴史書を捲ればニュートンと同じ様な発想をして重力を見つけた人間や、魔導球と言う電球に似た物を作ったエジソン紛いの人物だって存在しているのだ。


  同じ様な歴史の流れなのに発展した物が違うだけで世界の様相が丸っ切り違う、勉強を進める度にその似て非なる部分の違いが僕を混乱させるのだ。


  ある意味それも僕が実技主体に流れた理由の一つかもしれない、なまじ共通点が見つかる所為で向こうの知識を披露しそうになる。



  いっそこの胸の内を誰かにブチまけてしまいたい、そうすれば少なくともその人物には自分を偽る事はしなくて良いし、世界の違いで苦悩する事は無い。


  けどそれは無理な話、話したところで信じる者が居るとは思えないし、信じて貰えたとしても現状が変わる訳じゃない、自分の気分が晴れるだけで、悪戯に余計な混乱を生むだけ。


  暖炉の中の薪が弾けるのを見ながら、ベッドの横に置かれた鉄鞭を見る。

 

  以前の戦闘で曲がってしまったソレは既に修復して貰ってある、しかしアレで人間一人を叩きのめした事は変わらない。


  人を傷付け傷付けられて、元の世界に帰る為だからと自分を誤魔化してはいるけれど、あと何度僕は誰かと戦い、その数だけ人を傷付け殺すのか?


 

  流石にあれから時間が経ってるし、今じゃ人を殺した事への思いをある程度割り切れたけど、僕のこの思いや葛藤なんかも、次第に消えて行くんだろうな……。


  乱雑に積まれていた時空系の魔法が書かれた魔導書、本棚の中からそれを取り出した僕は中身に目を通す。


  魔法に携わったからこそ分かる異常な魔法、来たばかりの時は単に凄い魔法だとしか思わなかった。


  けど、改めて目を通すとこの魔法は魔法にしては明らかにおかしい。


  まず魔法陣に複数の空白が存在する、何かの形を成している形跡があるのにそれが読めないし、四属性のどれにも属していない。


  敢えてその部分を消した、と言う可能性はあるけれど、それにしてはその空白の部分が多過ぎるし、他の禁術にはそんな細工をしていない。

 

  空白部分を抜いて魔法を発動しようにも、線が途切れ途切れになってるので陣としての形を成していない、指輪を使えばとも思ったけど、魔法陣として完成していない物へは効果が無い。


  仮に効果があったとしても、二十画以上使う魔法陣を普通の人間が発動できる訳が無い。


  この世界の魔法は画数が増える度に消費魔力が倍増する仕組み、何かしらの方法でその膨大な量の魔力を補わなくちゃ発動なんて不可能だ。


 

  ……そして、この家にはその魔力を補うだけの機材が存在しない。


  僕の作った魔力スライムの様なドーピングを使った可能性はあるだろうけど、直前まで書かれていた日記を見てもそれらしい物を用意した事は書かれてなかった。


  自前の魔力だけで世界を越えた、そうは考えたく無いけど、もしそうならこの世界の僕は天才の一言で済む存在じゃない。



  そんな化け物なら僕を迎えに来てくれよと思いはするけど、あの世界には魔法のまの字も無いから自分の魔力が回復する為に時間がかかるのだろう。


  それに魔法が使える程度まで回復したとしても、日記から読み取れる人格を見る限り態々迎えに来る人間には思えない。


  指輪と翻訳装備渡したからチャラにした、そんな風に考える様な人種だから助けを期待するだけ無駄だ。



  ––––と、色々考えていたら夜が明けた。


  吹雪も止み、それまでの天気から一変して雲一つ無い快晴の空だった。


  今度こそ身支度を整え、街に向かって雪道を歩く。


  一歩進む事に雪の中へ脛の下あたりまで足が沈む、拠点自体には特殊な術が施されてるのか屋根に雪が積もらず、雪の重さで倒壊なんて目に遭わずに済みそうだ。


 

  拠点の心配をしなくて良い事に安心しつつ、黙々と雪道を歩いて行くと、街へ着いた頃には昼過ぎだった。


  しかも体調も悪化、頭が茹ってうまく思考がまとまらない。


  医者に行く道でとうとう僕は倒れてしまい、そのまま意識を失った。



  ––––目が覚めると、僕は何処かの部屋の中で、ベッドに横たわっていた。


  通行人の誰かが僕を医者に連れて行ってくれたのか、そう思って周りを見渡したけど、医者と言うよりは下宿先の様な感じだった。


 

  「……起きた?」



  ふと、声のした方を見ると椅子に座ったハクトが窓の外を眺めていた。


  身体の倦怠感は残っているもののだいぶマシになった、ベッドの横には水が置かれてるし簡単な看病をしてくれたのかな?


  彼女の話を聞くと、僕は彼女の下宿先の前で倒れていたらしく、見知った顔の人だから助けたくらいの感覚だった。


  丸一日は眠っていたらしく、外には夜空が浮んでいた。


  取り敢えず起き上がろうとしたのだけど、明日の朝まで寝てて構わないと言うので御言葉に甘えさせて貰う事にした。



  「貸しが出来ちゃったね、何時か必ず返すよ」


  「……別に、そんなつもりじゃないから」



  此方を向く事無く夜空を見上げるハクト、相変わらず彼女は人と一線を置いた様な子だ。


  コレがトーラだった場合、此処ぞとばかりに貸しを作ろうとするか、熱心な看護の二択だろう。


  まぁ僕的にはハクトくらいの態度の方が付き合いやすい、お互い一定の距離を置いて深く踏み入らない関係って奴だ。


  話す事も無いのでそのまま寝ようとしたのだけど、丸一日寝てた影響か中々寝付けない。


 

  そんな僕を見かねたのか、ハクトは壁に立てかけていた杖を取り、水差しの中へ向けて魔法陣を描く。


  五画の中級、其処までは分かったけど、それが何を意味する形なのかまでは分からない。


  ただ、その魔法は画数的に僕のフレイム・シュートの倍くらいの魔力消費があるのに、一切疲れた様子を見せていない事に若干凹んでしまった。


  彼女は魔法を発動した後、その水をコップに移して無言で差し出した。

 

  僕もそれを大人しく貰って口にしたのだけど、かなり不味い水だった。


  思わず噎せそうになったが、それよりも早く眠気に襲われたので、そう言った効果を持った魔法なのだろう。


  僕がその水を飲んだ事を確認した彼女は『……おやすみ』と言って再び空を見上げる。


 

  ––––その魔法に抵抗する事無く眠った僕は、次の日の朝に宿泊代を置いてハクトの部屋を出た。


  そしてちゃんと医者の診察を受けたのだけど、そうしたら悲しい事にたった二日で治ってしまった。


  こんな事なら初めから医者に行っておけば良かった、そうすれば少なくともハクトへ貸しを作る事も無かったし。



  アカデミーに入れば寮生活も選べるらしいので、今度から街で暮らすべきだろうか。


  真剣にそう悩みながら、僕は残り三十日を切った試験日に頭を悩ませる。


  勉強不足のままじゃ確実に受からない、けど落ちればまた来年、一年間待たなきゃならなくなる。


 

  なら最終手段としてカンニングをするしか無い、それも如何に自然にカンニングをするかだ。


  知識の習得が間に合いそうに無いならカンペ、問題はそれの作り方だ。


  身体チェックはかなり厳しい、以前リシーさんの話を聞いた時に、メガネすら使えないと聞いた。


  レンズの反射で回答をカンニングした人間が過去に居たかららしいのだけど、この世界の人間って身体能力が高すぎないかな?


 

  そうなると単純なカンペは作れない、そもそも紙が無いからどうしようもない。


  しかし抜け道はある、服装自体は自由なのだ。


  かなり徹底してチェックされるので、服に仕込むとかは出来ない、けど服の柄自体に細工をすれば大丈夫かもしれない。



  幸い僕は日本語と言うこの世界には無い言語が使える、それを服の柄にしてしまえば文章の持ち込み自体は出来る。


  ただ、このモノクルの様に翻訳機能を持った道具があった場合、一発アウトになる。


  日本語でカンペを作るなら、文字として翻訳出来ない形にしなきゃならない。


  漢字・平仮名・片仮名の三つを崩して組み合わせて、僕が読める形にする事も必要だ。


  どんな形にするのか、僕はその事を考えながら、下書き用の粘土を購入しに行くのだった。


 

  ––––アカデミー入試まであと二十六日。

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