さようなら日本、こんにちは異世界
暇な時にでも見て下さい。
––––唐突だけど、学校の帰りに自分とすれ違った事は無いだろうか? 所謂ドッペルゲンガーと言う奴、僕は今ソレに出くわした。
今日はツレと遊ぶ予定も無かったし、昔からやってるゲームの新シリーズが出る日だからゲーム屋に寄ってから帰ろうかと思った矢先に不思議な格好をした自分とすれ違った。
顔はモノクルとイヤリングを付けていた事以外は鏡に映した様にそっくりだった、けど服装がなんと言うかRPGに出て来る様な魔術師の様な姿で、最強武器っぽい杖を持って居た。
僕達はお互いにえっ?となったけど、僕がそれ以上に驚いたのは踏み出した足から伝わって来た感覚がアスファルトの地面じゃなく、板張りの床の感覚だった事だ。
周りを見渡せば雑然とした室内、部屋の中に積まれた見たことの無い文字が書かれた本、明らかに見慣れた通学路じゃない、寧ろこの光景が見慣れた通学路だったら僕は自分の正気を疑うね。
「へっ? はっ? 何で?」
「–––––––君ッ!!」
僕の頭が混乱していたところに自分と同じ声が掛かり、はっとなって声の方向を向いた。
すると其処にはぽっかりと穴が開いていて、その先に僕の見慣れた光景が広がっていた。
慌てて其処へ駆け寄ったけど、既に穴は閉まり始めて僕の身体が通りそうになかった。
「君ッ!! 詳しく説明している暇は無いが、其処は君にとって異世界だ!! 帰る手段は僕の研究の中にある!! だからコレをッ!!」
急速に小さくなって行く穴の向こうから彼の付けていたモノクルとイヤリング、そして指輪を投げ込んで来た。
それを受け取った瞬間、ぽっかりと空いていた穴は完全に塞がってしまった。
「…………コレから、僕どうすりゃいいのよ?」
––––僕は暫くの間途方に暮れていたけど、取り敢えず貰った物を装着して周りを改めて見回していた。
取り敢えず付けたモノクルは如何やら翻訳機能付きアイテム図鑑的な物らしく、見慣れない文字の意味を理解出来た。
ただ、理解したら理解したでこの世界の僕が滅茶苦茶バケモノだと言う事が分かってしまった。
何と無く掴み上げた本のタイトルが『時間転移の書』だの『空間跳躍理論』だの『次元旅行の方法』だの『不老不死の秘術』だの、何と言うかラスボスの魔法ばっかなんだ、びっくりするくらいこの世界の僕が凶悪過ぎる。
チラッと本棚を見ただけでも、クラスター爆弾に核兵器詰め込んだ様な威力の魔法とか、島国をアトランティスにするレベルの魔法とかの魔道書が山ほどあるんだよ。
興味本位で棚の魔導書を何冊か取ってみる、えーっと何々?
『コロナ・ノヴァ』擬似太陽を製作し上空で弾けさせる事で地表を焼き尽くす、又は対象目掛けて墜落させる事で地域ごと蒸発させる。
……何の目的で使うんだよコレ。
『ブラックホール・ディザスター』超重力の渦を対象の胸元へ生成し、渦中に吸い込まれた者を粉微塵に粉砕する。
……あの、地上にブラックホール作って大丈夫何なんですか?
『スターダスト・フォール』惑星の外から彗星を引き寄せて地表に叩き落とす。
……シンプルイズベストって奴かな?
そも、こんな火力のモノ使ったとして術者も偉い事になるんじゃ……。
あっ、成る程その為の時間跳躍とかか。
……えっ? この家、もしかして魔王城? コッチの僕は地球侵略目論む魔王だったとか?
ま、まぁその割には気前が良いから多分普通に魔法の実験かなんかだったんだろう、研究日誌にも魔法を研究しまくった挙句、『魔法の無い世界ってどうなってるんだろ?』って思い立って別次元行ってみよう的な事が書いてあったし、うん。
僕が帰る為の魔法は多分足元に転がってる時空系の魔法なんだろうけど、悲しいかなモノクルの情報曰く今の僕じゃ発動した瞬間干からびて死ぬ。
分かってた事だけど魔力と言う物があり、それが絶望的に足りない所為で命を削る事になるとの事。
幸いこの家には保存食もあるし、薪とかも沢山あったので、この世界について学ぶ時間はある。
……ただ、魔法に関しては初級中級とかの区分けで言うなら置いてあるのが全部超上級とか禁術とかそんなレベルだから全く分からない。
大体魔法のまの字も無い世界に居たんだから仕方ないっちゃ仕方ない。
けど、辞書とかで色々調べる内に魔法を学べる学校の様な物がある事が分かった、取り敢えずは其処で魔法の基礎を学ぶ事が当分の目標、かな?
今出来る事はさっき貰った道具一式を調べる事か、さっきも言ったけどモノクルが翻訳機能付きアイテム図鑑なお陰で調べ物自体はスムーズだし。
その図鑑機能を使って貰ったイヤリングを調べると、どうやら会話を翻訳する物らしく、コッチの世界で言葉が通じないと言う心配は無いみたいで良かった。
指輪の方は魔法を使い易くする道具らしく、異世界人の僕でも一応魔法が使える超一級品だ。
試し撃ちしたくてもこの家、初心者用の魔法が無いからなぁ……異世界来ても魔法が使えない歯痒さだよ。
コッチのお金も研究机の上に置いてあるし、クローゼットの中にも私服とかローブとかもある。
うん、帰る手段はこの家にある事は分かってるし、第一折角の異世界なんだから今日はともかく最低限の用語やら常識やらを学んだら気晴らしに街へ出てみようか。
––––そしてそれから一週間後、流石に目立つだろう学生服から此方の服に着替えた僕は財布と地図を片手に街へと繰り出した。
僕の転移?した家は町外れに結界を貼って建ててたらしく、獣道を経由して街道に出る一苦労があったものの幸運にもモンスターや山賊といった異世界の定番には出会わなかった。
徒歩で一時間は歩いたけど、そんな疲れも吹っ飛ぶくらいに街の印象は良い意味でレトロな雰囲気だ、ヨーロッパの古都と言わればすんなりと信じれるくらいには綺麗で活気があった。
道路沿いにレンガ造りの家やカフェテラス、露店なんかもあって現代との大きな違いは感じられない、それでも敢えて挙げるなら道路を走ってるのが自動車か荷馬車かの違いくらいか。
見知らぬ場所に身一つで放り出されたから不安だったけど、この光景を見たらそれを上回る好奇心が擽られる。
モノクルとイヤリングのおかげで会話も出来るし、貨幣の価値も分かるからちょっとした買い物だって出来るから色々と見て回りたい欲求が沸々と湧いて来た。
元々何をする訳でも無かった僕はおのぼりさんを装いながら街を歩き回る事にした、今僕がやれる事はそれくらいっぽいし。
取り敢えずアテもなくふらふらと、途中の出店で見つけた『ブルースライムのクレープ』なる物を購入して街の中心へ向かう。
ん? クレープの味? 葛餅をブルーハワイ味にしてバニラ風味の生クリームとフルーツ乗っけた感じ、リピートはしなくて良いかなぁ……。
買い食いの合間にもぱっと見で分からなかった現代と異世界の違いが見え隠れしている、例えば剣の看板を掲げた武器屋、その向かいに鎧を置いた防具屋、モンスターを切り裂くイラストが描かれた冒険者ギルド、日本じゃまず考えられない物だ。
クレープを食べ終わった頃には街の中心に到着、噴水を中心に道案内の看板が四つ、円座する様に建てられている。
それによると僕の通って来た場所は商店街らしく、振り返って見ると大通りから枝分かれするように色んな商店への案内が掲げられているのが確認できた。
そして商店街から見て左が旅籠通り、右が住宅街だ。
左の旅籠通りは旅館街見たいな物らしく宿屋や食事処が並んでる、行き交う人も商店街の方より帯剣した人や旅装束を着た人が多い、酒場なんかもこっちにあるみたいだ。
右の住宅街は説明不要な感じ、日本の住宅地と家の造形が変わっただけの印象、ただ井戸端会議をしてる人や、遊んでる子供達を見た感じこっちの世界の方が人と人の横の繋がりが広い様にも見える。
そして最後、商店街の正面に位置するのがアカデミー。
コレが魔法を学ぶ学校的な物らしい、けど辞書でチラッと見ただけだし詳しい事は分からないんだよね。
誰かに聞くのが手っ取り早いんだろうけど、辞書に載ってるって事はそれなりに周知な物だろうからなぁ。
何を悩んでるのかって思うだろうけど、現状を日本での出来事として当て嵌めてみると、高校やら中学やらを指差して『あの建物は何をする施設なんですか?』って聞くような物だ。
流石にそれは世間知らずなんてレベルじゃ無いでしょ? しかも魔法を学ぶ事を考えてる訳だから入学するしないは兎も角として変に聞く事は辞めた方が良いと思う、入試等が有った時にそんな事も知らなかったなんて噂が入ったら余り良い印象は持たれないだろうし、少なくともアカデミーのお膝元の此処では自力で調べるしかない。
となると、本とかで情報を集める方が良い、かな? 歴史書的な物を探せば何とかいけるかも?
そう考えて商店街の案内板を頼りに本屋に向かったんだけど、この世界本がアホみたいに高い、日本円に訳すと安くて一冊五十万〜六十万、高い物で数百万、数千万とかだった。
大半が魔道書なのもあるだろうけど、現代ほど印刷・製本の技術が高く無いのだろうか? 大半が中世の聖書並みの値段なのでとても手が出せる物では無かった。
仕方無しに本を諦めて図書館を探したけど、残念ながらアカデミーの生徒限定らしく一般人に解放されてないらしい。
「うーん、手詰まり感が出て来たなぁ……」
中央の広場に置かれたベンチに座りながら歩き詰めの足を休ませていた僕は、思わずそう愚痴ってしまった。
「財布の中身的に全額叩けばギリギリ一番安い本くらいなら買えそうなんだけど……生活費を稼ぐ手段が無いからなぁ、魔法を学ぶ為とは言っても流石に其処までするのは冒険し過ぎだねぇ、割と真面目に困ったぞ」
自力で帰るにしても何にしても、確実にこの世界に長期滞在する事になる、そう考えると多少ならともかく大きな金を動かすのは控えたい。
そんな事を考えている間に気が付けば日が傾き始めて居た、帰りも獣道を通らなきゃならないから早目に帰らないと遭難しかねない。
帰り道に憂鬱さを感じながら溜息混じりベンチから立ち上がった時だ、背後から声を掛けられた。
「……貴方もアカデミーに入学する気なの?」
思わず振り返ると、白髪で紅い目をしたショートヘアーの女の子が立っていた。
見た目は僕より少し下くらいか、無表情気味で感情の起伏が感じられない声ではあるけどそれを補えるほど可愛らしい顔付きの子、だけどそんな事よりも彼女は『貴方も』と聞いた。
つまり彼女はアカデミーへの入学方法を知っている、コレは聞き出すチャンスだ。
ただ、僕自身の素性等はファンタジー世界でも君の頭大丈夫?案件な気がするからその辺りを誤魔化しつつ会話を広げなきゃね。
「まぁね、少しやりたいことがあってさ。 そう言う君は?」
「……私は他に行く場所が無いだけ」
おや? ちょっと表情が曇ったぞ? コレって何かしら重い過去抱えてるパターンじゃね? ちょっとお人好しな人なら相談のったり何なりするかもだけど、僕は今自分の事で精一杯なんだ、ゴメンね?
「そっか、まぁ僕も帰る場所が無いって言う意味なら一緒だし、深くは聞かないよ」
なんたって僕の実家別の世界だからね、帰る場所ってか帰る方法がなぁ……。
そんな事を頭の片隅で考えながら彼女の様子を見ると特に気にした様子は無いみたい、聞かれないだけありがたい的な感じだ。
まぁ彼女がどう思ってても会話自体は続けるけどね、肝心な事聞いてないし。
「ところで君はもうアカデミーへは?」
「……これから」
「なら僕も一緒に行くよ、一人で来たから心細かった所なんだ」
「……好きにしたら良い」
良しこのまま便乗させて貰おう、必要な物が有ったりした場合は忘れたフリして一旦用意しに戻れば良いし、今日が入学受け付けの締め切りだったり、実技試験をやらされたとしても最悪来年があるからもう一度改めて受験すりゃ良い。
それに、彼女の持ち物は杖くらいだから元から必要な物はあまり無いのだろう、結構な確率で入学申請ができる筈だ。
不安と緊張感が入り混じった複雑な思いを胸に、僕は少女の後を追ってアカデミーの門をくぐるのだった。
まだ嘘はつかない&魔法に関しては次回。