プロローグ 『終わりと始まり』
―――どうして、どうして、どうして。
木々が鬱蒼と生い茂り辺り一面が暗闇の中、月光だけが夜の森を照らしだす。月光に照らされる風景の中、一人の青年がひた走る。
全身に玉のような汗をかき、恐怖で顔が歪みながら息を切らし逃げ惑う。玉のように流れる汗を、その身に纏う灰色のローブの袖で拭いながら、青年は背後へと意識を移す。
その背後からは―――複数人の男達が走る足音と怒号と息遣い。
男達の片手には一様に斧や槍といった武器が握られ、もう一方の手には松明が握られている。彼らは執拗に青年を追い駆け回している最中の様である。そんな彼らは―――皆が皆、顔に獰猛な笑みを浮かべている。
そんな彼らに跡を追われる中、青年は背後を気にしつつ、事の始まりの原因を思い返し後悔する。選択肢を間違えるべきではなかったと。容易に気を許すべきではなかったと。だが今更浅はかな自分に後悔してももう遅い。結末の時はすぐそこまで迫っているのだから。故に青年はこう思う。
―――ああ、なんで僕がこんな目に。
何故このような状況に青年が陥ってしまったのか、それは話を遡ること半日程前のことである。
※
多くの人々が、思い思いの場所に赴き、商人は今が稼ぎ時とばかりに声を張り上げる、そんな昼下がり。
雲一つない青空と輝く太陽光が大地を焦がす中、目的地が決まっているかの様子で歩みを進める青年が一人。青年が歩く先には一つの大きな建物がある。黒塗りの煉瓦造りで真新しさが目立つ外観をしているその建物は
ギルド内部に併設されている酒場で仕事に関わる情報の収集をする為に。今この町から主に出荷されている商材や高額で取引されている宝石類の価格、王国内に入ってきている物資など凡そ商人として基本的に知っておかなければならないこの町の情報を。
そういった商人や冒険者に必要な情報は、ギルド内部に併設されている酒場の店主が、独自の情報網を元に情報を収集しているのだ。そして―—繋ぎ合わせた情報を店主は限られた者達に等価交換という形で提供しているのだ。
そういった裏事情を知っているからこそ青年はこの酒場に訪れているのだ。そしてこの酒場のカウンター前のイスに座る男が一人、カウンター奥に立つ巨漢の男が一人、余所者を寄せ付けない雰囲気を醸しながら話をしている。
カウンター前のイスに座る男はこれといった特徴のない青年である。ショートの黒髪に黒色の瞳、中肉中背、やや垂れ目で優しそうな目つき。
そこに灰色のローブを全身に纏い、フードだけは外しているといったどこにでもいるような青年だ。
一方カウンター奥に立つ巨漢の男は、歴戦の猛者とも見紛う程、全身には筋肉の鎧が纏われている。顔にはいくつもの戦闘を経験したかのような深い縦傷が刻まれていた。短く整えられた白髪交じりの黒髪に鋭い目つき、片方の目は黒革の眼帯に覆われている。そんな厳つい容姿をしている彼ではあるが、仕事人然りとした服装で、黒のパンツにホワイトのワイシャツ、漆黒のエプロンを腰に巻きつけている。
そのエプロン姿の服装が彼の厳つい容姿を幾らか和らげ、気のいい店主に思わせる。