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読書感想文というか雑感 「鶴の恩返し」

作者: イトー

 

 ふと思った雑感。

 夏休みの読書感想文



 鶴の恩返し。

 恐らく、知らない人はいないであろう昔話である。

 日本人10人に聞けば、10人が知っていると

答えるはずだ。

 それくらいメジャーであり、桃太郎や浦島太郎

などと並ぶほどの地位にある物語だろう。


 有名な作品であるため、細部やオチが違うという

ものもある。

 最もポピュラーなストーリーはこれだろう。


 おじいさんが罠にかかった鶴を助けてやり、その

出来事をおばあさんに話していると、陽も落ちた頃に

1人の美しい娘が訪ねてくる。

 道に迷ってしまったから1晩の宿を借りたいと。

 老夫婦が快諾すると、娘はお礼に機織りで反物を

作るという。

 しかし織っている姿は決して見ないでほしい。

 娘は1晩でそれはそれは見事な反物を織り上げ、

これを町で売ってきてくださいと手渡します。


 反物は大金になり、貧しい老夫婦は大喜び。

 その日の晩も娘は隣の部屋で機織りに向かいます。

 どうすればあんな反物が織れるのだろう。

 気になったおじいさんが戸を開けると──。

 そこには自分の羽を織り込みながら反物を織る

鶴の姿が。

 正体を知られた鶴は、そのまま2人のもとから

飛び去っていきました。


 絵本、紙芝居、アニメ、色々な媒体で描かれる

のはこのベーシックなタイプ。


 改めて考えると、つっこみどころは多い。

 重箱の隅をつつくように創作物にああだこうだと

つっこむのは無粋の極みだが、そういった感想が

出てくるのだから仕方がない。

 まず人に変身できる、何か特異な力を持った鶴が、

どうして罠から脱出できなかったのか?

 罠はトラバサミか、獲物の足を挟みこむような

タイプだと思われる。


 最初は簡単に抜けられるだろうと考えていたが、

よくよく考えると、罠の構造を知っている者が

どれだけいるだろうか。

 私はそれとなく仕組みは分かるが、外し方など

分からない。

 彼女(便宜上、女性の姿で現れたのでこう呼ぶ)は

1度は人の姿になって、脱出を試みた可能性はある。

 しかし、罠を解除する方法が分からなかったの

かもしれない。

 罠を当たり前のように解除できるのは専門の猟師か、

ファンタジー世界を舞台にしたゲームのシーフくらい

なものだろう。

 それに力ずくでこじ開けるほどの腕力は、彼女の

細腕にはなかったのかもしれない。

 体の構造上、腕に変わるのは多分翼だ。

 羽ばたいて飛ぶのは得意でも、何かを力強く掴む

動作は苦手だったのだろう。

 しくじったわー、人生終わったわー、と嘆いて

いたところにおじいさんの登場だ。


 おじいさんは可哀想だという理由で罠を解除する。

 状況から判断するに、おじいさんの近所か、そう

遠くではない土地にいる者が設置した罠だろう。

 獣を獲るためのものだったのか、最初から鶴を

狙ったものだったのか。

 獣用のものに掛かっていたから気の毒に、とする

展開が多いようである。

 容易く解除できるということは彼にもそれなりの

知識があったのだろうが、他人が仕掛けた罠を

勝手に外すというのも、いかがなものか。

 狙った獣でなくとも、鶴が獲れたなら、それは

それで獲物ということになるだろうに。

 可哀想という刹那的な感情だけで、人より動物に

重きを置いて行動する人間は古今東西、昔話の中に

でさえいるらしい。


 ともかくとして鶴は命拾いした。

 死を覚悟していたであろう鶴には、おじいさんが

颯爽と現れたイケメン並に見えたであろう。

 それは恩返しの1つもしたいと考えもする。

 それが世知辛くなった世間に生きる、今の人間には

軽視されがちな人情というものだろう。

 鶴は人間じゃねえじゃん、と思う人もいるだろう。

 彼女は鶴だが、人に変身できるのだ。

 人情くらい持っていたっておかしくはない。


 そんな経緯から彼女は、おじいさんの家に向かった。

 尾行したのか、上空から見つけたのかは定かではない。

 助けられて飛び去った、と書かれていることが多い

ので、飛びながら位置を確認したのだろう。

 彼女は鳥である。

 下手なドローンより空での機動力はあるのだ。

 時間帯も、この時間に追い返したら心が痛むだろうなあ、

というタイミングを計ったのだろう。


 こうしておじいさんの家に着いた彼女は、どこで

学んだのかは知らないが、機織りで恩返しをする。

 家に機織り機があったということは、おばあさんが

普段使っているものなのだろう。

 機織りが女性の仕事とされていた時代はあった。

 しかし彼女はどこで機織りの技術を得たのか。


 当然、鳥は機織り仕事などしない。

 沼でタニシでもついばんでいるのが日常のはずだ。

 もしかしたら以前にも同様の出来事があったのかも

しれない。

 紆余曲折あって、その手並みを会得したのだろう。

 手に職を付けておくのに越したことはない。


 反物を織ることで恩返しは達成できたが、この話には

私が知る中でもいくつものパターンがある。

 まず誰もが知る、部屋を覗かれて鶴が去るもの。

 他に反物を織り続けるために羽を抜きすぎ、やつれて

いく娘を心配した老夫婦が、部屋を覗いてしまうもの。

 酷いものでは反物が高価で売れるため、監禁状態で

織らせ続け、最後は鶴が泣いて家を去るというもの。

 恩返しをしに来ただけなのに、ブラック企業さながらの

劣悪な待遇におかれたら、それは涙も出るだろう。

 野生の動物ではあるが、社畜ではないのだから。

 このオチは、優しかった人間も金品への欲望で変わって

しまう、という1つの結果を描いているのだろうか。


 昔話でいじわるじいさんが悪い見本として酷い目に遭う

展開は多々あるものの、人の優しさから、欲に目がくらんで

変貌していく様までを語るのは、ストーリーに幅があって

大変面白い。


 パターンと言えば、鶴を助けるのがおじいさんではなく、

若者というものもある。

 鶴女房や夕鶴という作品がそれにあたるだろう。

 若者が鶴を助けた日の夜、彼のもとへ美しい娘が訪ねてくる。

 娘は、自分をあなたの嫁にしてほしいと願い出て、そのまま

幸せに暮らして行くのだ。

 設定だけ見てみれば、現代のラブコメ作品にまで、連綿と

受け継がれてきた展開だ。

 さすがにラッキースケベやハーレムはないが。


 人間ではない美少女が、何らかの縁で青年のもとに居つく。

 そう、恩返しであると同時に所謂、これは異類婚姻譚(いるいこんいんたん)でもある。

 そのジャンルの例に漏れず、最後はやはり悲しいものとなる。

 住む世界が違うのだ。



 決して見てはいけない。

 有名すぎる、鶴の恩返しに共通するフレーズ。

 それは約束であり、言葉による境界とも言える。

 好奇心に負け、はからずも約束を破ってしまった時、

それは一線を越えたということなのかもしれない。

 恩を返すため人に化けたものと恩返しをされるもの。

 2つの違う世界が、薄いふすま1枚を隔てて1つに

なっていた。

 正体を知るという、タブーに触れてしまった時、

そのバランスが壊れる。

 そして1度壊れた世界は元通りにはならない。

 温情へのお返し、反物を残して、鶴は動物へと戻る。


 鶴の恩返しは、優しさといった人の一面だけではなく、

多面的な部分を描いた物語なのかもしれない。


 動物を助けた夜、見知らぬ者が訪ねてきたら。

 そして恩返しをしたいが、部屋を見ないでほしいと

頼まれたら。

 私は絶対に見ずにいられる、という自信がない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「鶴の恩返し」という話しに、ここまで突っ込んで考えた事がある人は果たして他にいるのでしょうか(笑) 中々面白かったです。個人的には、あの羽からどうやって糸を生成し布を作っていたのか。それが幼…
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