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第七話 スマートフォンは天堂城太郎の法のもとに粉砕される

《ジャスティス! 正義は必ず勝つのです!》


 俺は角材を放り投げた。

 ヘルメットを脱ぎ、木刀を背中の布袋にしまう。

 足元には、いましがたぶちのめしたばかりの不良が五人転がっていた。

 金と青に染め分けたタカ先輩の愉快な髪が、焦げアフロになってさらに愉快になっている。


「それも正義戦隊サバクンジャーの決め台詞……」

《サバクンジャーは『ジャスティス! 正義は必ず勝つ!』ですよ!》

「『です』がついただけじゃねーか」

《これは天使戦隊エンジェルレンジャー隊員、ミカエルレッドの決め台詞です。ジャスティス! 正義は必ず勝つのです!》


 俺しかいないのに、ミカエルは何度もポーズをキメている。

 好きにさせておこう。少なくとも無害だ。


「ボクらが来るまでもなかったようだね」


 俺は振り返った。


《ガブリエルブルーにウリエルイエロー、ラファエルグリーン! 来るのが遅いじゃないですか!》

「ごめんなさいねえ。ミカエルちゃんと違って、生身じゃあまり早く走れないのよ。それにミカエルちゃんと天堂さんだったら大丈夫だって信じてたわ」

「予想通りの結果、ってところだね」


 ガブリエルとウリエルがミカエルの身体を担ぎ、ラファエルが後ろから歩いてくる。

 ミカエルがおみこしのようだ。


「よお。出番が無くてすまねえな」

「まったくだ。貴様の犬死を期待していたというのに」

「ウリエルちゃんったら照れ屋なんだから。道中ずーっと心配してたのに」

「我はミカエルの心配をしていただけであって、こんな塵なぞどうでもいいわ」

《わたしの心配ならご無用です! でもありがとうございます!》

「……誰もブルーやイエローには突っ込まないのか」

「魔術師や宗教者は私たちをよく色分けするもの、慣れているわ」


 ラファエルがにこにこ笑って言うので、俺は反論する気をなくした。


「ラファエル、力を借りるぞ」


 まずは現場の後始末だ。

 俺は血の聖書(ブラッディ・バイブル)の六百六十六ページを再び開いた。

 手垢の染み付いた紙に掌を置き、


「“憑依せよ(ポゼッション)”」

《“御心のままにアズ・ユウ・ウィッシュ”、天堂さん》


 傍らにいたミカエルの精神体アストラルが掻き消え、代わりにラファエルの精神体アストラルが出現する。


「とうっ」


 ガブリエルとウリエルに担がれていたミカエルが飛び降り、逆にラファエルの身体がぶっ倒れた。


「人間体ミカエル、ここにふっかーつ! です! 空気がおいしい!」

《私の身体、任せたわよ》

「もちろんお守りします!」

「あまり騒がないでくれ。これ以上人が来たら面倒だからな」

「おい、貴様」

「剣の錆は勘弁してください」

「錆がもったいない。――貴様、詠唱なしでラファエルを憑依させたな」

「はい?」

「我の言葉が理解できぬか。たわけが」


 ウリエルにそっぽを向かれてしまった。

 おいおい、何だよいきなり。


「“憑依せよ(ポゼッション)”の一言だけでラファエルを憑依させるだなんて、ボクも驚いたよ。他の術もそうなのかい?」

「ああ、それか」


 ガブリエルの補足でやっと理解する。

 確かに、最初にミカエルを憑依させたとき、アインだの何だの唱えていたな。


「唱える必要を感じなかったからな。いちいち必要なのか?」

《本当はすべての術式に詠唱が必要なのよ。無詠唱で術を使いこなす人間は滅多にいないわ》

「教えなくても数々の術を使いこなすだけでなく、無詠唱まで容易くこなすなんて……我が主には生まれもった才能があるのですね!」


 ミカエルの目が輝いている。

 ふむ。才能の問題なのか。

 そういえば。


「才能といえば、聞きたいことが――」


 いや。


「いや、後でいい。先にナツキだ」


 俺はポケットからスマホを取り出し、ミカエルに渡した。


「スマホの使い方はわかるか? 警察を呼んでくれ。不良どもを突き出す」

「こんな非道なやつらに温情など必要ありません。神の狩人の力で塵か灰にしてしまいましょう!」

「馬鹿なこと言うんじゃねえよ。ここは法治国家だ」

「提案なんだけど、ボクが彼らを主役にした漫画を描くのはどうだろう。このアフロ×チェーン野郎なんて、とてもボク好みなんだけど」

「哀れすぎるからやめてくれ。黙って通報してくれ」

「人の定めた法など何の意味がありましょうか! 我が主は偉大なる父より力を授けられているんですよ!」

「善良な市民にとっては意味があるの。110番だ」

「むうー!」

「強く握りすぎるとスマホが壊れるよ。ボクが代わりに通報しようか」

「おー、ガブリエル、ミカエルのお守りは任せた。漫画は描くなよ」


 油断も隙もあったものじゃないぜ。 

 俺は血の聖書片手に右手を掲げた。


「“解除クーリングオフ”」


 空き地一帯を囲っていた光の羽根が霧散し、結界が解除される。

 空間が元の世界に戻り、馴染んでいくのを俺は肌で感じた。


「なあ、ラファエル。ところどころに滲み出る、術式の現代的なネーミングセンスの持ち主は誰なんだ」

《古式ゆかしい美しい名前だと思うわよ?》


 突っ込んではいけないらしい。

 企業秘密の多い組織だよ、天界ってやつは。

 俺はアフロヘアの坊ちゃん不良の制服のポケットから車の鍵を探り当てた。


「ナツキ、生きてるか!」


 早足でスクラップの陰に隠れた高級車に向かい、後部座席の扉を開けた。

 むっと香料のにおいがする。

 車用の消臭剤だろうが、化学臭くて逆効果だ。

 革張りの無駄に高級そうなシートに、ナツキはいた。

 手足を縄で縛られ、口にバンダナで猿轡を噛まされている。

 俺を見上げ、声なき声を上げている。


「…………」


 不良を灰にしたい気持ちを抑え、猿轡と縄を解いた。

 春とはいえ、空気の抜け道のない車内は暑い。

 

「不良どもはぶちのめした。いま警察も呼んだ」

「あ、あー。あはは。さっきぶり、天堂クン」


 返事は、気が抜けるぐらいのん気だった。


「あいつらに何かされたか?」


 俺が尋ねても、ナツキはへらへら笑っている。

 さっきまで拉致られていた女子高生とは思えない。


「なーんにも。縛られてるだけの簡単なお仕事!」

「写真撮られたりは」

「そういえばパンツとブラ撮られた。こう、胸をはだけてM字開脚してね」

「再現しなくていいわ!」

「いまならヤケクソでサービスするけど」

「大切な彼氏のためにとっておけ」

「んんん? 恋人いない歴イコール年齢同盟結んでるじゃない、あたしたち」

「おまえならすぐできる。幼馴染の俺が保証する。おいミカエルにウリエル、その不良どものスマホを片っ端から叩き割れ!」

「良いのか? 法に反したくないと言ったのはどこの国家の猿だったか」

「俺が許す、事故だ事故」

「りょーかいです! うなれわたしの正義の鉄拳!」


 遠くで、バギメギィと遠慮容赦ない音がした。

 目を潰されないだけありがたく思え。


「ありゃ、外にだれかいるの」

「通りすがりのアホ女子どもがいる。ナツキ、目ぇ瞑ってろ」


 俺は後ろ手に血の聖書を開き、ページを指先で追った。 


「なーに、キス? キスのフラグ?」

「彼女でも何でもねえだろ」

「天堂クンは幼稚園のころからツンデレだもんね」

「アホ女子追加のお知らせ」

「もー。照れ屋さんなんだから」


 精神体アストラルのラファエルがこっちを見てにやにやしている。

 やめてくれ。

 やっとナツキが目を閉じてくれたので、俺はナツキの顔に掌をかざした。


「“西座専術ウェスト()癒霧風ベトサダ”」


 清涼な風が車内に吹き抜け、俺の手から透明な水があふれ出した。

 水はナツキの顔に滴り落ちる直前に霧と化し、彼女の身体を覆い、細かな傷や疲労を癒していく。

 ……って、何で効果を俺が知っているのかは謎なんだが。


「“離脱ウィズドラル”だ、ラファエル」

《もうちょっと傍で見ていたいのに。しかたないわねえ》

「ナツキには知られたくねえんだよ」


 小声で伝えれば、ラファエルの精神体アストラルはあっけなく霧散し、代わりにミカエルに預けていたラファエルの身体に意識が戻り、起き上がった。

 それを見届け、ポケットに血の聖書をねじ込む。


「開けていいぞ。痛くないか」

「んん……痛くない! すごい!」


 俺は彼女の手首を見た。

 縛られていたあざが消えていて、安堵する。


「さっきもごもご言ってたの、何?」

「おまじないだおまじない。痛いの痛いのとんでけー」

「天堂クンってそんな冗談言うタイプだったんだ」

「プラシーボ効果ってあるだろ。砂糖の塊でも思い込めば良薬ってやつ」

「そっか。ありがと。なんか元気出た」


 よかった、と言いかけて。

 俺の視界が一瞬暗くなった。

 全身に重みが加わり、よろめいて、踏ん張った。

 ナツキの顔が俺の真下にあった。

 違う。


「ごほうび」


 ナツキの胸が俺の身体に当たっている。

 ナツキの体温で俺の身体が温められる。

 ナツキは車から降りて、俺に抱き付いていた。


「がんばった天堂クンへのごほうびハグだよ」

「どーも。身に余る光栄だ」

「ひれ伏してオッケー」

「ご遠慮奉る」


 俺はナツキの頭を撫でた。

 幼稚園時代からの癖だ。

 こいつが俺に抱き付くのも、俺が頭を撫でるのも。

 柔らかい髪から甘い香りがする。

 こいつが買うのは薬局の激安シャンプーだから、化学由来だろうけど。


「…………こわかった」

「そうか」


 腕のなかのナツキは、やけに小さい。


「すっごく怖かった」

「ナツキは幼稚園のころから変わらねえな」

「へえ、どこがどこが?」

「怖いと笑うところ」

「……そーだね。否定できないよ天堂クン」

「もう大丈夫だ」

「うん」

「妙なのに引っかかるなよ」

「うん」

「心配させるなよ。俺はおまえの保護者じゃねえんだから」

「うん……」

「よし」


 俺は身体を離した。

 ナツキの目周りが赤い。


「ほらよ」


 俺はポケットからハンカチを取り出し、半ば投げつけた。


「泣いてないもんね、花粉症だからね」

「わかったわかった。ひっでえ顔を警察のおにーさんにさらすことになるぜ?」

「花粉症だからね!」


 ムキになるところも昔から変わらない。

 俺はつい笑った。

 ナツキはものすごい音を立てて鼻をかみ、笑った。


「天堂クン、強いんだね。見直しちゃった」

「あ? ああ、まあな……あれは……ミカエル、」


 どう説明すべきか悩み、ミカエルを呼んだ。

 返事がない。

 俺は空き地を見回した。

 不良どもが五人転がっていた。

 そばに粉々になったスマホの残骸の山があった。


 だが、天使の姿はどこにも無かった。

 遠くから、パトカーのサイレンが近づいてきていた。

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