第六話 ミカエルは決め台詞を披露し、天堂城太郎は疑問を抱く
「さっきからべちゃくちゃうるせえと思ってたら、たったひとりかよ」
「誰だアイツ」
「どーしちゃいます、タカ先輩。見られたかもしれませんぜ」
「うわ、だっせえ格好」
多分、やつらはとなり町の不良校として名高い高校の生徒だろう。
ブレザーの制服をこれ見よがしに着崩して、シルバーアクセサリーやピアスで全身をデコっている。
下っ端は四人。
金属バットにチェーンにメリケンサックに角材と、古式ゆかしい武装だ。
「へえ。もしかしてアンタ、電話に出てくれた彼氏クン?」
そして、後ろに一人。
多分、やつが「タカ先輩」だろう。
下っ端四人に比べて体格は細い。
武器もない。
髪を金色と青色に染め分け、靴も腕時計も磨かれている。
あの悪趣味な高級車の持ち主か。
どう見ても全員十八歳以下だし、高校生が持てるお値段の車ではないだろう。
親が金持ちの不良ほど、たちの悪いものはない。
ナツキの姿はなかった。
「俺の正体を説明してやる義理はねえよ」
ナツキはどこだ。
と、俺は続けようとした。
しかし口から飛び出してきたのは、
「――第七の封印が呼んでいる。我らを解き放つ鐘が鳴る」
思ってもみない言葉だった。
「神に命じられし狩人を、呼ぶ子羊の声がする」
不良たちはぽかんとしている。
俺の心もぽかんとしている。
そして俺は操り人形のように、木刀を斜めに構えてこう叫んだ。
「輝く剣は正義の証! 炎の天使、ミカエルレッド!」
誰だそれぇぇぇぇぇっ!?
横目で見たら案の定、精神体のミカエルがノリノリで俺と同じポーズを決めている。
何ですかこれ、ミカエルに操られてるんですか俺。
「真理の槌は悪を砕く! 天使戦隊エンジェルレンジャー、ここに爆誕!」
最後は『正義戦隊サバクンジャー』の丸パクリだった。
そういえば、ミカエルはやけに熱心にサバクンジャーの録画番組を観ていたな。
けれど、いまの問題はそれじゃない。
俺は不良にいらない挑発を与えてしまったようだ。
「ぶっ」
タカ先輩が吹き出したのを皮切りに、他の四人も腹を抱えて笑い出した。
「あはっ、あは、ははははははっ、おまえ、なんだソレ!?」
「寒ッ、キモッ、新手のギャグ!?」
「いまどきアホガキでもやんねえよ!」
「なんだつまらねえ、誰かと思ったらぼっちのキモオタかよ」
「独りじゃありません! ブルーとイエローとグリーンは後から来るんです!」
俺の口を使って補足説明しなくていいから。
ミカエルは俺の横で誇らしげに胸を張っている。
「ミカエル、俺の身体を勝手に使うな」
《我が主にぴったりの完璧な登場だったでしょう。我が主が録画されていたテレビ番組を参考に、神の狩人にふさわしいものを考えてみました》
ミカエルにふさわしいツッコミすら思い浮かばない。
待てよ。
俺は焦って尋ねた。
「ミカエルは自由に俺の身体を動かせるのか?」
《少しだけ。複雑な動きはできません。我が主の意志が最優先です》
「ぽかんとしてるんじゃなかったぜ」
意志を固く保っていれば大丈夫らしい。
俺は爆笑している五人から距離をとり、木刀を構えた。
左手を手前に、右手を奥に。
左手に力を込め、左足を半歩下げる。
ガキの頃、母親に散々鍛えられた成果だ。
「ナツキちゃんもかわいそーに」
タカ先輩が歯を見せて嘲笑う。
「彼氏じゃなくて頭のおかしい戦隊オタクが来やがった。アレ? もしかしてそういうキモオタカップルだった?」
俺は見た。
高級車の窓に、ナツキの顔が張り付いている。
後部座席に放り込まれているらしい。
出てこないのは、両手を縛られているためだろうか。
ナツキの顔は恐怖に歪んでいた。
「で、」
金と青に染め分けるという、斬新な髪型のタカ先輩はやっと俺に向き直った。
下っ端四人も、各々の武器を音を立てて振り回している。
「正義の味方さんは、わざわざオレ達にボコられに来てくれたのかい?」
「汚え前歯だな」
俺はタカ先輩を指さした。
「歯ぁ磨いてんのか」
「キモオタの分際でオレら馬鹿にしてんじゃねーよ」
「カリカリすんなよ、カルシウム足りてる?」
「オレら舐めてると痛い目に遭うぜ」
会話のドッジボールだ。
俺は対話を諦めた。
肉体言語で語るまでだ。
「てめえら、やっちまえ!」
最初に動いたのは金属バットの不良だった。
筋肉ダルマみたいな身体で俺に突撃してくる。
「“加速”」
だが、こっちが早くなればスローモーションも同じ。
悠々と俺は筋肉ダルマの足に木刀を引っ掛ける。
筋肉ダルマがすっ転ぶのを見送りざまに、まだ走りだしてすらいないチェーン野郎の腹に蹴りを三回入れる。
それでもまだ余裕があったから、四人の背後に回りこみ、角材を奪ってメリケンサック不良の頭に振り下ろした。
「痛えっ!」
時が元に戻る。
メリケンサック不良が頭を抱えてしゃがみこんだ。
転んだ筋肉ダルマと、腹を抑えて悶絶するチェーン野郎は、何が起きたか理解していないらしい。
角材を取られた下っ端は、丸腰で俺を見上げている。
《また加速してトドメを刺しますか?》
「もうちょっと遊んでやるよ。その前にナツキの目眩ましだな。これ以上見られたらごまかしが効かない」
俺はもう、自然と詠唱が口をついて出ていた。
まるで九九のように身体に染み付いていた。
「“天界共術・熾天使六翼結界”」
手から生まれた六枚の羽根が、宙を舞いこの空き地を囲うように突き刺さる。
結界だ。物理的なものではなく、意識レベルからこの空間を切り取る。
もちろんナツキの乗った高級車は円の外だ。
続けて俺は裁きの準備をする。
「“東座専術・焔纏”」
詠唱とともに、右手の角材、左手の木刀それぞれに真っ赤な炎が宿った。
これは東座専術。ミカエル専用の術だ。
俺は熱を感じないが、周囲に陽炎が生まれている。
「ほらよ」
試しに足元に転がっていたチェーン野郎を木刀で殴った。
ごすっ。
打撲音と共に見事に服が焦げた。火力は十分のようだ。
「死にさらせぇぇぇぇぇっ!!」
振り下ろされる金属バットを避けた。
バットは髪をかすめ、地面にバットの先がめり込む。
「あと八十年は生きる予定なんで」
燃え盛る角材を横っ腹に一発お見舞いする。
うめきと共に、バット野郎は数メートル吹っ飛んで転がった。
どうやら加速を使わなくても、基礎的な身体能力がそれなりに上がっているらしい。
「ばっ、バケモノだ」
「コイツおかしいぞ!?」
下っ端が悲鳴を上げ、俺から逃げようとする。
「情けねーな。さっきまでの威勢はどこにいった」
逃げる背中に木刀を叩きつければ、素手の角材野郎はぎゃっと悲鳴を上げて地面に転がった。
一方、タカ先輩は下っ端四人の後ろに駆け寄り、叫んだ。
「おいてめえら、何キモオタひとりにやられてんだよ!? ふざけんなよ!?」
「でもタカ先輩、コイツまじヤバイっすって!」
「てめーらオレの金で散々遊んだだろうが!?」
タカ先輩は弱った下っ端のひとりをぶん殴った。
俺は呆れた。
「分かりやすい慌てようだな、ボンボン不良。悪いけどもう逃げられないぜ」
「うるせーよ、逃げられないのはてめえの方だよ! もっと仲間が来たらてめえなんかイチコロなんだよ!」
タカ先輩はスマホを握り、必死にさっきから画面を叩いている。
どうやらこいつにはまだ仲間がいるらしい。
だけどな。
「残念」
俺は周辺に突き刺さる羽根を指さした。
さっきの熾天使六翼結界によって築かれたものだ。
「結界によってここは俺の不可侵聖域になった。意識レベルで切り取られてんだよ。電波は通じても誰も来ねえよ」
「!?」
「……って、話聞いてるのか」
せっかく解説してやったのに、不良どもが俺とてんで違う方向を見ている。
指先を追うと、憤慨するミカエルに行き着いた。
《天使の使い手たる神の狩人をバケモノ呼ばわりするだなんて許せません! 我々に対する侮辱です!》
「先輩、さっき絶対いなかったっすよアイツ!」
どうやら聖域のなかだと、精神体が見えてしまうらしい。
ああ。絶対にナツキだけは聖域に入れてはいけない。
それにしても、だ。
俺は天使どもに聞かねばならない。
いったい俺はいつどこで、血の聖書を使いこなすための詠唱を覚えてきたのか。
術に対する知識を、何故こんなにも知っているのか。
俺は天界基準で顔が良いだけの、ただの高校生じゃなかったのか。
「一分で終わらせるぞ、ミカエル。――“加速”」
「ぎゃあああああああああ!」
「たっ、助けてくれーっ!」
ともあれ、俺は不良どもを叩きのめした。
一分もかからなかった。
タカ先輩の芸術的な髪型は、焦げてアフロと化しさらに芸術的になった。




