第三話 天堂城太郎は天使の性癖と幼馴染の危機を悟る
むかーしむかし、全知全能の神様が六日間で世界を作って七日目は休みました。
夏休みの工作みたいに作られた世界ですから、
なんだかんだで善悪がごちゃ混ぜになってこの世に蔓延りました。
悪の根源といえば悪魔です。
悪魔は堕天使の成れの果て。
彼らは日々、人間の欲望につけこみ、悪の道へと誘います。
神様はそんな地上を見てどうしたか?
悪を滅ぼした? かつてのソドムとゴモラのように?
いいえ。
神様は天使に命じました。
人間に天使の力を与え、悪行を正す神の狩人にせよと。
「偉大なる五人の戦士たちよ! あなたたちは何て素晴らしいのでしょう! 真理の槌で悪を砕き正義を執行する果敢なるこの雄姿! ああ、天界大戦争の記憶が呼び起されます!」
「ミカエルさーん、それ俺が今朝録画した番組!」
「『正義戦隊サバクンジャー』ですね、あなたたちが天に召されしその時は、わたしが直々にお迎えに参りましょう! おや、ここに立派なDVDボックスが」
「見ないで! 俺の隠された趣味を暴かないで!」
ミカエルが勝手にテレビに夢中になる珍事もあったが、おおよそ以上のことを説明してくれた。
もちろん俺は何百歩譲っても信じることはできない。
だが真偽を巡って議論しても不毛だ。
話し合い、丁重に退去していただくチャンスを探すしかない。
「なんでそんなまどろっこしいんだよ」
軽い話題から振ってみる。
「天使って強いんだろ? 直接悪を滅ぼしてくれよ」
「守護天使三原則にこう定められているんだ。
第一条。天使は人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条。天使は人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条。天使は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない」
ガブリエルが指を一本ずつ立てて説明してくれた。
ロボットかよ。
「手塚治虫か藤子かなんかの漫画で、そんな設定を見たことがあるなあ」
「守護天使と通常の天使業務は違うんです! できることなら、わたしも悪を自らの手で駆逐したいです!」
「ミカエルさんはどこにでも勝手に進撃してくれ。そして二度と帰って来るな」
「貴様のごとき凡夫、代わりがいればいますぐ切り捨ててくれたものを……!」
「ウリエルちゃん、神の狩人は天堂さんしかいないんだから仲良くしなきゃ駄目よ」
「ボクとしても意外なんだけどね。まさか神の狩人がここまでの地味キャラとは」
地味キャラで悪かったな。
「百万歩譲ってあんたたちが本物の天使で、話も全て本当だったとしても、だ」
俺は咳払いした。
「ウリエルやガブリエルの言う通り、なぜ俺がそんな重役に選ばれたんだ。俺はキリスト教徒じゃねーし、特別な血筋でも才能があるわけでもない、地味キャラ一般ピープルだぜ?」
自分で言ってて悲しくなってきた。
天堂城太郎、十七歳。地味キャラ人生満喫中です。
「理由、ねえ」
ラファエルが困り顔になり、他三人を見回した。
なにやらミカエルがレーズンパン片手に口ごもっている。
なんだ。そんなに言いたくないのか。
もしかして俺には秘められし過去や過酷な宿命が課せられていて――
「強いて言うなら、顔です」
「顔だね」
「顔だな」
「顔よねえ」
…………。
「はい?」
我ながら間抜けな声だった。
「我が主は天界基準だと超がつくほどのイケメンなんですっ!」
レーズンパンを飲み込み、ミカエルが力説した。
「嘘だろ」
「嘘じゃありません!」
どんっ。
ミカエルがどこからともなく雑誌を取り出した。
隣でガブリエルも雑誌を山と積み上げている。
「どこから出てきたんだソレ!?」
「企業秘密です」
ミカエルは雑誌の表紙を俺に見せつけた。
「ほら、天界雑誌『NARCISSUS』春のイケメンウォッチング特大号の表紙も飾ってるんですよ!」
「俺の風呂ヌード!? 誰得って以前にいつ撮ったんだよ!」
「この表紙はボクのイチオシだね。今月の月刊『ONAN』でも城太郎×男体ルキフェル特集が組まれているよ」
「業の深そうなその漫画でやたら薔薇に包まれてるのが俺かよ!?」
「ボクとしてはリバの方が好みなんだけどね」
「我が主は天界随一のイケメン人間として有名ですから!」
彼シャツ状態の少女二人から迫られる。
羨ましいか、全世界の男子諸君。
喜んでこのポジションを譲りたいよ。
「人間と悪魔を絡ませるなぞ、天界の風紀の乱れ甚だしい。嘆かわしいことだ」
「まあまあ。みなさん楽しんでいるから良いじゃないの」
「ラファエルはみなに甘すぎるのだ」
「……で、信じたくないんだけど、マジで顔が基準なの?」
「天界ではそれが通説ですけど、本当のところは知らされてないんです」
ミカエルが雑誌から顔を上げた。
レーズンパンの食べかすがほほについている。
「そもそも我々は主たる神の被造物。主のご意思を理解することなどできません。ただ命に従うのみです」
「つまり俺にも神の社畜になれと」
「社畜ではない! 名誉ある神の狩人と言え!」
「このお仕事にお給料は」
「残念だけど出ないわねえ」
「神の社畜の宿命か……」
高校二年生にして世知辛さを噛み締める。
あまりの衝撃に、尻までむず痒くなってきた。
ぶー、ぶー、ぶー。
俺の屁か?
いや、違う。
スマホが鳴っているんだ。
慌てて震動を続けるスマホをポケットから取り出し、画面を見る。
吉乃ナツキからの電話着信。
全身から血の気が引いた。
俺は壁を見る。
そうだ。怒涛の出来事に流されていたが、ナツキはお隣さんなのだ。
これだけ騒いで気づかれないわけがない。
「お願いだから静かにしてくれよ」
自称天使どもに念を押して、スマホを耳にあてる。
四人前の視線を感じる。
「も、もしもーし……」
『タカ先輩! マジで男が出ましたよ!』
『ちっすちっす。彼氏サンってのアンタですかぁ~?』
頭の悪そうな声が耳に飛び込んできた。
俺は画面を確認した。
吉乃ナツキのスマホからかかってきている。
「我が主、何ごとかありましたか」
ミカエルから尋ねられるまでもなく、俺は直感で悟った。
ナツキは鳥頭だが、チャラチャラした友人ができるタイプではない。
さっき言っていたじゃないか。コンビニにいると。
『いまからナツキちゃんのかーわいい写真送りますねぇ』
『彼氏サンに聞きたいんですけどお、ナツキちゃんって処女ですかァ?』
ナツキが言っていたじゃないか。
春になると頭沸いたヤンキーが飛散すると。
「我が主、眉間にしわが――」
「ちょっと黙ってろ」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
ミカエルはすぐに押し黙る。
俺は耳を澄ませ、一文字足りとも聞き漏らさぬように集中した。
『いまからタカ先輩と俺らでナツキちゃんをオモチャにするんで』
『彼氏サンはもうたっぷり楽しんだでしょ? 俺らにも使う権利あるでしょ?』
『タカ先輩、この女暴れるんですけど』
『適当に縛っとけ。今から写真撮ってやるからよ』
間違いない。
ナツキがどうやら、性質の悪い輩に拉致られたようだ。