第二話 天使は通報を退け、吉乃ナツキは幼馴染の性癖を誤解する
俺は平和な夢に包まれていた。
ここは暖かい平和な場所だ。
花畑で全裸の美少女二人と幼女一人と美女一人に追いかけられている。
うふふふふ。
あはははは。
待って天堂さん。こっちだよマイエンジェル。
だが俺の前に陰がさす。
俺の楽園を誰かが踏みにじる。
『天堂くぅん?
レーズンパンを食べなさい。
レーズンパンを食べなさい!!
じゃないと、あんたを食べちゃうぞ――――ッ!』
見上げると、そこには、幼稚園以来の幼馴染が鬼のような顔で俺を見下し怪力で俺をひっつかんで頭からばりぼりむしゃむしゃと――
「崇めるから許してぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
飛び起きると、そこは現実だった。
爽やかな昼の陽気が窓からさす。
俺はどうやら悪夢を見てしまったようだ。
ハーレムは惜しかったなあ。
あの夢だけはもうちょっと見ていたかったけど……。
「大丈夫ですか我が主!」
夢じゃなかった。
天国でも地獄でもなかった。
「我が主が苦痛に満ち満ちたお顔へと変わってしまい、このミカエル、我が主を悪夢へと叩き落とした輩を捕まえ灰にしたい所存です!」
俺はかしましい全裸の女性四人に取り囲まれていた。
「悪夢の元凶が俺の目の前にいるかな」
「我が主の眼前ですか! こいつですね! このハエですね!」
紅髪の少女は恐ろしいスピードでハエを平手打ちにした。
「まずは服を着てくれると非常に俺が助かる。手も洗え」
「わたしには服なんて必要ありません! 穢れとみなすその心こそ罪! 父より造られし、ありのままの姿に恥じらいなど必要ないのです! なぜ目を逸らされるのですか!」
「ハエついた手でこっちに近づいてくるな!」
「おちついて、ミカエル。彼がボクらを恐れるのも無理はない。ここは慌てずに衣服を調達する方法を考えよう」
青髪ショートカットのの少女がやっと真面目なことを言ってくれたと思ったら、
「ガブリエルよ。万年発情オス兎に情けなどいらぬわ。退け、しょせん地獄に堕ちる魂、いまここで我が剣の錆にしてくれる」
緑色の髪をツインテールにした幼女が恐ろしいことを言っているし、
「あらあら、ウリエルちゃんったら剣を現世に持ちこんじゃったの? 早まっちゃだめよ。ところで天堂さん、この辺りに服屋さんってないかしら」
ブロンド美女から問いかけられたので、俺は最高のスマイルで、
「俺はほら、一般人だからさ。裸の女王様御用達の店は知らないんだ」
スマホをしめやかにポケットから取り出し、電話番号をタップする。
一・一・〇。
さようならハーレムな非日常。こんにちは俺の日常。
「もしもし、警察ですか? 俺の部屋に全裸の――――」
「何だと?」
俺の首元が冷たくなった。
「卑しくも我は天にまします父の命により遣わされた、熾天使ウリエル。罪人として通報されるいわれなどない」
俺は目を限界まで動かし、首元に光る刃を確認した。
それはまさしく両刃剣だった。
ウリエルと呼ばれた、ツインテールの幼女が俺の首元に切っ先を突きつけている。
不法侵入に公然わいせつ罪に銃刀法違反も追加。
発達してない幼女の肉体がまぶしく見える。
警察の優しいお兄さんが、さっきから俺の返事を催促するので、
「全裸のおっさんが居座っていると思ったら買ったばかりのソファでした」
電話を切った。
作戦は『いのちをだいじに』だ。
「わかった。そこの青髪のボクっ娘の言う通りだ。落ち着こう。まずはお互い、落ち着こう」
「ボクはガブリエルだよ、城太郎」
「オーケー。ガブリエルだな。ほら俺は落ち着いている。停戦協定を結ぼう」
誓ってもいい、全世界の男子諸君。
いま、俺は全裸の女に囲まれてもちっとも嬉しくない。
恥じらいって大切だ。
全裸のグリーンツインテール幼女から剣を突きつけられても、感じるのは生命の危機だけ。
「ふむ。交渉とはよき度胸だな。まずその通信機器を下ろすがよい」
俺は知った。
恥じらいが無けりゃおっさんの全裸も美女の全裸も変わらない。
「その前に服だけ調達させてくれ。ヌーディストは良いかもしれないが俺が落ち着けない」
「我らを侮辱するか!?」
「剣が近い近い近い! 死んじゃう!」
俺は慌ててアドレス帳から電話を発信する。
チャットアプリなんて立ち上げてる暇はない。
ワンコール、ツーコール、幸いスリーコールで相手は出た。
『さっきぶりだね。どーしたの? レーズンパンが爆発した?』
「ナツキ、助けてくれ。貸してもらいたいものがある」
『あたしいまコンビニにいるんだけど』
「頼む。いますぐおまえの服が欲しい。できればブラとパンティも四人前」
『さよなら天堂クン。17年間培った、あんたとの友情は忘れないよ』
「待ってくれ、これには語るも涙な事情がございまして――あっ! 切らないで助けて神様吉乃様ァァァッ!」
俺の腕から力が抜け、スマホが床に落ちた。
「我が主? どうされました? 涙を流されて……ああ、なんておいたわしいこと……我が主を傷つける者はこのミカエルが灰にします!」
俺は黙って立ち上がり、押入れを開けてタンスからシャツを四枚投げた。
「着ろ」
「しかし、我が主」
「いいから着なさい! 年頃の女の子が全裸でいるだなんて天が許しても天堂さんが許しません!」
制服の予備のシャツだから、四人が四人ともいわゆる「彼シャツ」状態になってかなり危うい見た目になったが、全裸よりは数倍マシだ。
俺はカーテンをきっちり閉め、その場にあぐらで座った。
四人と真正面から向かい合う姿勢だ。
さて。どう対処すべきか。
こちらは一人。あちらは四人。しかも剣を持った幼女つき。
誰かに見られたら、俺が犯罪者になる確率百パーセント。
無理に追い出しても地獄。追い出さなくても地獄。
「誰なんだ、あんたたち。あとそれ俺が買ったレーズンパンなんですけど」
我が主我が主とやかましい、ミカエルと呼ばれた少女が、ダンボール箱をこじ開けてレーズンパンの袋を破っていた。
「えっ。我が主は何も聞かされていないのですか!?」
俺の質問は無視し、ミカエルはレーズンパンにかぶりついた。
部屋にレーズン臭が充満する。
俺は鼻をつまんだ。
「……ボクはちゃんと告知したからね」
「だから言ったでしょう。いくらガブリエルちゃんが伝えたところで、彼女は息子に教えないわ。そういう女よ」
金髪美女が俺に向き直り、微笑んだ。
「驚かせてしまってごめんなさい。私は癒しの天使ラファエルよ」
「ボクは告知の天使ガブリエル」
「改めて名乗ろう。我は裁きの天使ことウリエルだ」
「そしてわたしが智と正義の天使にして天軍最高指揮官のミカエルです!」
次々と彼女らは名乗り、俺に跪いた。
「わたしたちは我が主、天堂城太郎の守護天使として天界から派遣されてきた、正真正銘の天使です」
ミカエルが俺を見上げると、他の三人もいっせいに顔を上げた。
「そして我が主は、この世の善悪の均衡を保つため、堕天使を狩る神の狩人として選ばれました。祝福申し上げます!」