第二十四話 信じる者は救われる、と天堂城太郎は見せつけられる
今回はかなり短いです。
また追加するかもしれません。
「でも……悪魔召喚って、そんな簡単にできてしまうものなのか」
《本気で信じるならば、幼子にもできる》
「マジかよ」
《安心しろ。多くの者は信じぬ。。貴様とて、最初は我らを天使と信じなかっただろうが。人間が具象に頼っている以上、一かけらの疑いが挟まれるものだ》
“私は謳おう。
あなたは地の底、虚空の闇、
すべての善の双子でありすべての人の陰。
光の前に闇があり、水面に映る影がある。
肉を歓び欲を尊び、邪を愛でる闇の子よ”
なおも禍々しい詠唱は、場違いなくらい明るく晴れやかに謳われている。
《心の底から悪魔を、理を超える者の存在を信じ、儀式を行えば――否、儀式すら『信じる』ための補助具に過ぎぬ》
「信じる者は救われる、ってか」
《そうだ。例え天使でも、悪魔でも、すべての父に対しても》
「それはありがたいことで。てめーら天使だろ、精神体だろ、召喚場の方向ぐらい分かんねーのかよ」
《精神体だから分からぬのだ。禍々しい気にかき乱され、上も下も区別がつかぬ》
確かに、ウリエルはくるくると頼りなく浮いているばかりだ。
仕方ない。俺は血の聖書を開いた。
指でページを弾く。
あった。予想は当たっていた。
ウリエルの詠唱が読めるようになっていた。
俺の記憶にじっとりと、血の聖書の文言がしみ込んでいく。
「太陽から地上を見下ろした、おまえの『目』を借りるぜ」
悪魔には、悪魔を裁いた天使の眼を。
「“南座専術・天通眼”」
俺は目を閉じ、開いた。
聖なる光が空間を貫き、視界が一変する。
ウリエルの姿も、禍々しい「気」とやらも、はっきりと俺の眼に映っていた。
“来たれ、来たれ、来たれ。
私は天を踏み地を頭上に戴く。
血を呑みくだし、あなたに淫し、業を孕もう。”
学校は昏い霧に包まれていた。
月明かりすらろくに映えない。
だが、そんななかで、うす紫色の光が見えた。
屋上だ。
あれは商業科棟だろう。
目と共に研ぎ澄まされた耳も、あの方向から響く詠唱を、はっきりと聞き取っていた。
“地獄の孕み子よ。
ジュデッカ、トロメーア、アンテノーラ、カイーナ、
プレゲドン、ハーデス、ステュクス、アケロンの住人よ。
セフィロートの鏡よ、実像を喰らう虚像たちよ。
罪びとを打ち据え、偉大なる堕星に仕えども、
あなたに名はなく、あなたに姿はなし。
嗚呼! 堕星のみどりごよ、罪の枝葉よ。
アドナイ、エル、エロヒム、エロヒ、エヘイエー、アシェル、
エハイエー、ツァバオト、エリオン、イヤー、テトラグラマトン、シャダイ、
言葉より先にまします主の名において、
あなたを呼び、あなたの力を願う。”
俺は目を見開いた。
天通眼は、異常をはっきりと映していた。
「まずい」
俺は商業科棟に向かって駆けだした。
耳鳴りがひどい。目まいもする。この空間全体が俺を拒否している。
「“加速”……“加速”! 畜生!」
数秒も経たぬうちに校舎に辿りついた。
佐久島の姿はない。
おそらく空間のゆがみに乗じて、もう屋上にいるのだろう。
俺はお呼びではないから自力で行かねばなるまい。
《焦るな。ことを仕損じるぞ。貴様、何が見えた》
「いたんだよ」
《なにが》
「悪魔が。思ったよりことが進んじまってる」
校舎の裏に回りこみ、梯子に手をかけた。
憑依のおかげで身体が軽い。
梯子を登れば登るほど、風が強くなる。
中学生のころ、屋上で弁当を食べる高校生活に憧れていた。
誰もいない屋上でひとりきり。
もしくは、友だちと秘密のランチ会場に。
それとも、そこで新たな出会いがあって。
でも大抵の高校生と同じく、俺も進学して幻滅した。
屋上とは名ばかり。
安全の名のもとに、扉は固く閉ざされていた。
「佐久島!」
俺は名を呼び、屋上に立った。
臭気に満ちていた。
錆びた、酸っぱいにおいだ。