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第一話 天堂城太郎は怪人レーズンパンマンに成り果て唇を奪われる

 バカ息子へ。


 高校二年生に無事に進級できたようで、お母さんほっとしました。

 そんなあなたに伝えたいことがあります。


 レーズンパンを買い占めなさい。

 いますぐに買い占めなさい。

 アパートの部屋限界まで買い占めなさい。

 谷崎製パン「極みのレーズンブレッド」だとなおよろしい。


 母より。


 追伸:

 誕生日プレゼントに呪われた聖書を送るから、ありがたく受け取りなさい。






天堂てんどう城太郎じょうたろうがレーズンパンマニアだとは知らなかったわ」

「誤解しないでくれ吉乃よしのナツキさん。俺はレーズンパンが大嫌いだ。給食のレーズンパンを全部ほじくり返して、体積の減ったパンを悲しく食べる義務教育時代だった」

「そういうやつ、クラスにひとりはいたわね」

「俺のことを普段からスーパーでレーズンパンを買い占める変人だと誤解しないでくれ。俺にそんな趣味はない」


 母親から意味不明な手紙が届いたのは、春休みが終わる数日前のことだった。

 彼女は古風な人間で、今どきスマホはおろかガラケーすら持っていない。

 俺は何度か実家の留守電にクレームメッセージを吹き込んだが、返事を期待するだけ無駄だ。


「じゃあ何でダンボール三箱分買ったの? レジ打ちのおばちゃんからの視線が痛かったよ?」

「さっきも言っただろ。母親から命令の手紙が来たんだって」

「あれ? そうだったっけ」


 こいつは吉乃ナツキ。幼稚園以来の幼馴染で、アパートのお隣さんだ。

 せっかく県外の私立高校を受験したのに、こいつが同じところを志望したせいで、地元気分が抜けきらない。


「ナツキさんの三歩歩いたら忘れる鳥頭っぷりにはいつも驚かされるぜ」

「ひれ伏してオッケー。崇めてくれるとなおよろしい」

「ご遠慮(たてまつ)る」

「ケチ」

「この日本で、そうそう崇める神を増やしてたまりますか」


 抱えたダンボール箱の隙間から、俺の大嫌いなレーズン臭が漂ってくる。

 ナツキは俺の顔をじっと見上げ、


「天堂クンがいまだに日曜朝の戦隊モノを卒業できないこと、クラス中にバラしてやろっか」

「勘弁してください神様吉乃様」

「決め台詞は『真理の槌は悪を砕く! 正義戦隊サバクンジャー!』」

「おまえだって見てるんじゃねーか! ポーズも完璧だな!」

「だってテレビのコマーシャルでしょっちゅう流れるんだもん。喋る変身グッズも揃えてるの?」

「俺はグッズ非購入・DVDコンプリート派だ」

「つまんないの。いまの天堂クンは怪人レーズンパンマンってきっとスーパーで噂されてるよ」

「アンパン怪人みたいに呼ぶな。そもそも元凶は俺の母親だぜ、怪人レーズンパンマンの称号は彼女に与えるべきだ」

「どうしてあんたのお母さんはそんな手紙送ったんだろうねえ」

「さあな。母親の思考はいつもわからん」

「愉快でエキセントリックなお母さんだもんね。大学教授だっけ?」

「非常勤の貧乏講師だよ」


 いつも通りのバカな会話をしていたら、あっという間にアパートに着いた。

 住宅街から飛び出した、六階建てアパートの最上階。

 ナツキは665号室。俺は666号室だ。

 呪われた聖書なんざ送ってこなくても、既に俺の部屋番号は呪われてるよマイマザー。


「また明日までさらばよ天堂クン。春になって頭沸いたヤンキーが飛散してるらしいわ。気をつけてね」

「ヤンキーはスギ花粉の仲間だったのか。じゃあな」


 俺は鍵を錠前に差し込み、ドアノブを持ち上げるように力を込め、膝蹴りの要領で扉を蹴り開けた。

 隣ではナツキが肩・肘・足の裏の三点を使い華麗に扉をこじ開けている。

 このアパートが安い・狭い・ボロいを売りにしているせいだ。


 俺はレーズンパンの詰まったダンボールを六畳間に置いた。

 実に三箱。ダンボールタワーだ。

 どうしてこんなものを買わせたのか。

 母親が特別レーズンパン好きだった覚えもない。

 しかし命令を無視すると「突撃☆息子の晩ごはん」された後が怖い。


 まあいいや。

 寝よう。

 惰眠をむさぼろう。


 俺は朝から敷きっぱなしの布団にダイブした。

 なんといっても今日は春休み最終日なのだ。

 いま寝なくていつ寝る。偉い人は言いました。

 春眠暁を覚えず。ボーイズ・ビー・アンビシャス。

 おやすみなさい。



 …………。

 ……………………。



 夢にしては、現実味が無かった。 

 ふつう、夢は夢だと分からない。

 だが俺はこれが夢だとはっきり自覚していた。

 俺は動けかった。 

 冬の朝、布団のなかで味わうような心地よい束縛だった。


「罪状は肉親への裏切り、祖国への裏切り、客人への裏切り、主人への裏切り」

「第九圏地獄の四円全てに該当」

「情状酌量の余地なし」

「ユダ、ブルータス、カシウスと共に、コキュトスの底で永久に凍てつくが良い」


 ふわふわとした闇のなかで、俺は誰かへの宣告を聞いていた。

 知らない声だ。

 知らない場所だ。

 俺は血と鼻を刺すにおいをかいだ。


「ですが――――使命があります」

「そう――……彼なら――……きっと適任ね」

「命じましょう。告げましょう。授けましょう」


 熱い。

 そう気付くと、熱は俺の全身を迸った。


 熱い、

 熱い熱い、

 熱い熱い熱い、

 熱い熱い熱い熱い、

 熱い熱い熱い熱い熱い!


 呼吸ができなくてあえぐ。

 引きちぎられそうな熱と痛みに俺は叫ぶも、叫ぶ舌が無い。喉が無い。

 もだえる腕が無い。足が無い。


「選ばれし者に過酷な定めを与えよう」

「二度と繰り返されぬように」

「二度と過ちが犯されぬように」


 脳裏を幾千幾万の虫が這いずりまわるような不快感に襲われる。


「そう」 


 気が狂うような痛みのさなか、

 俺の耳元で、


「罪人を屠る罪人、神の狩人(ハンター)として」


 硝子の鈴のような声が鳴った。


「――お目覚めくださいませ、我が主(マイマスター)


 ん?

 俺は目を開いた。

 覚醒の水面へと浮上していく。

 唇に柔らかく湿ったものが触れて、離れた。

 夢は夢らしくあっという間に遠ざかり、痛みも消え失せていたが、


 俺の目の前に、紅髪の少女が立っていた。


「お初にお目にかかります! わたしは天軍最高指揮官――いいえ、いまはあなたの守護天使、ミカエルです!」


 そして見た。

 俺の右側には件の紅髪少女。

 俺の左側には青髪の少女。

 そして緑髪ツインテールの幼女と金髪美女がさらに控えていて。


 全員全裸だった。

 一糸まとわぬ姿だった。

 白磁の如き肌、端正な顔立ちの女たちだった。

 胸の先からつま先まで、すべて光り輝いていた。


「…………ふ」


 俺は自然に笑っていたと思う。

 死んで天国に来てしまったのか。

 それとも地獄の一丁目なのか。

 この際なんだって構わない。

 ああ、ハーレムだ。


「あれっ? 我が主、どうしました?」


 紅髪の少女が視界に大写しになる。

 美人だ。

 彼女だけじゃない。

 俺は全裸の美人四人に囲まれていた。


「鼻から赤い液体が……血!? 血ですっ、大変ですラファエルさん、いますぐベトサダの水を!」


 我が人生に、一片の悔いなし。

 俺の意識は再びブラックアウトした。

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