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なぜ俺は放課後、天使と堕天使のハーレムと正義の味方してるんだ!?  作者: 一色一二三
第三章 正義の味方、エンジェルレンジャー部
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第二十三話 ラムレーズンとソーダと抹茶とバニラアイスはニラになる

 魔女の釜もこんな感じだろうか。

 俺はぶくぶくと泡立つ、赤黒い水面を見つめていた。

 肉が浮いては沈み、浮いては沈みを繰り返している。


「悪の帝国ジャークダーめ! か弱き乙女をダイコンに、たくましい若人をはんぺんに変えるとはなんという所業! わたしが二次元の住人ならば、画面に飛び込み粛清したものを! ああっ、レッドの妹さんまで青首ダイコンに!」

「ああ、いいお湯だったわ。ミカエルちゃん、お風呂空いたわよ」

「ダイコンとはんぺんで混浴おでんにするとは、このミカエルが許しません!」

「お風呂入らなくていいの?」

「ああなったらミカエルはあと三十分はテレビを離れないよ。先にボクが入る」


 発酵した豆の芳香が俺の鼻をくすぐった。

 具材は小さめに切るのがポイントだ。

 味噌がしっかり中まで染みこむし、出来上がりも早い。

 よし。

 俺は火を止めた。


「ちょっと待てい。その前に夕食のお時間だ」

「ついに出来たのですね! わたしはもうお腹がすいてお腹がすいて」

「まずはレーズンパンを飲み込め。地上で至高の料理を食わせてやる」

「ふぁい!」


 食前にレーズンパンなど邪道の極み。

 俺は机に土鍋を置いた。

 四つの頭が覗きこむ。 


「見たことない料理ねえ。おうどん……?」

「味噌煮込みうどんだ」


 不敬にも天使どもは知らなかったので俺が解説してやる。

 好みのだし汁にこってりとした赤味噌を加え、ネギやダイコン、にんじん、キノコなど好きなだけ野菜と好きな肉、コシの強いうどんをぶちこみ煮込んだ、男らしい料理だ。

 ここで白味噌なんか使うやつは俺が締めあげてやる。

 肉も正直何にでも合うが、俺の好みは豚肉だ。

 母親はイノシシ肉すら煮込んでいた。


「香味は一味や七味唐辛子、ショウガ、わさびなどなんでもイケるが、俺のおすすめは生にんにくのすりおろしだ」

「赤味噌ということは、ミカエルレッドたるわたしと仲間ですね。味噌煮込みうどんさん、お友だちになりましょう!」

「おうおう、友だちになれなれ。赤味噌は便利だぞ。こいつで煮込めばだいたい食える。何にでも合う」

「ということは、レーズンパンも赤味噌さんとお友だちになれるんですね。試してみましょう!」

「待て待て待て待て! レーズンパンは入れるな! 闇鍋にする気か!」





 さすがに五人がかりだと、土鍋いっぱいの味噌煮込みうどんもあっという間に平らげてしまった。

 食器を洗い、順繰りに風呂に入り、テレビの前でだらだらする。

 本当はパジャマ越しの胸を各自チェックしたいが、反撃が怖いのでやめる。

 腹もくちくなった。外からの風が心地よい。

 うーん。こういうときは、


「……アイス食いてえな」


 俺はほんの小声でつぶやいたつもりだった。

 だが財布を取ろうと手を伸ばした瞬間、四の顔と八の瞳が俺に向いた。


「コンビニでアイスが割引セールだそうです」


 ミカエルがリモコンの一時停止ボタンを押した。

 なお彼女が観ていたのはサバクンジャーだ。

 同じ話を五回は繰り返している気がする。


「当たり前のように俺をパシるつもりかな」

「ラムレーズンアイスを食べたいです!」

「ボクはソーダがいいな」

「抹茶に決まっておろう」

「私はシンプルにバニラ気分ねえ」


 ガブリエルは薔薇の舞う漫画雑誌を片手に、ウリエルは真剣の手入れをしつつ、ラファエルは紅茶を飲みながらこともなげに言った。

 時計を見やる。二十三時を越えようとしている。

 俺の笑顔はひきつっていたと思う。


「パシリをじゃんけんで決めないか?」


 ウリエルから真剣の切っ先がつきつけられた。


「貴様の指をすべて切り落せばパーしか出せなくなるな。むしろグーか」

「喜んでパシリになります」


 諦めよう。

 ウリエルの恐怖政治には敵わない。

 それに天使どもはみんなパジャマだからな。

 万年寝間着がジャージの俺が行くべきだろう。

 俺は財布とスマホと、目についた血の聖書(ブラッディ・バイブル)ををショルダーバッグに押し込み、ダウンジャケットを羽織った。


「レーズンにソーダに抹茶にバニラな。ちょっと待ってろ」

「わたしのラムレーズンはバーゲンダッシュでお願いします!」

「そんな金あるかボケ。百円アイスに黒ゴマぶっかけてろ」

「いってらっしゃい、城太郎。何かあったら連絡してくれ」

「コンビニにアイス買いに行くだけだぜ。行ってくる」


 俺は扉を開け、隣室の吉乃ナツキの姿がないことを確認して、さっさと自転車置場に向かった。






「レーズンとソーダと抹茶とバニラ、レーズンとソーダと抹茶とバニラ、レーズンとそうだ、……レーズンとそうだ、……ニラ?」


 自転車を漕いで数分もすれば、コンビニの明かりが見えた。 

 待て待て。味がニラなわけないだろ。

 一度そう考えたらもうダメで、レーズンまでは思い出せるのだが、それ以上何も出てこない。


「ニラ、じゃなくて。レーズンと、……長ネギ? ダイコン?」


 駄目だ。聞こう。

 俺はおとなしくママチャリをコンビニの前に停め、バッグからスマホを出した。

 さてラファエルにでも訊けば平和的かな、とアドレス帳を開いたところで、俺は視界の端を人影がちらついた。

 今朝の光景がダブった。

 俺はスマホのカバーを一旦閉じて、あらためて目を凝らした。


 佐久島さくしま樹里じゅりだ。

 道の向かい側にいる。

 俺には気づいていないらしい。


 ひとりきりで彼女は歩いていた。

 俺と同じくコンビニにでも来たのかと思ったが、どうも様子が違う。

 手ぶらだ。しかも学校のセーラー服を着ている。

 佐久島は早足でコンビニを通り過ぎ、橋を渡り始めた。

 ただでさえこの地域は住宅街だ。

 橋を越えたら、めぼしい建物はひとつしかない。

 学校だ。


「こんな時間に学校……?」


 佐久島樹里の家がどこかは知らないし、考えすぎかもしれない。

 そうだ。そうに違いない。

 コンビニに足が向いて、止まった。

 街燈に照らされた佐久島の表情が見えた。


 恐怖。


 すぐに佐久島は暗がりに出てしまい、それ以上見ることはかなわなかったが、胸騒ぎを起こすには十分すぎた。

 追いかけてみるか。暇だし。

 ママチャリのブレーキを蹴りあげ、またがる。

 いや、待て。

 こういうときこそ正義の味方だろ。

 俺はスマホの通話ボタンを押した。


『なんだ』


 画面を確認した。

 俺はミカエルのスマホにかけたはずだ。

 だが声は傲岸不遜なツインテールのものだ。


「ウリエルか。ミカエルは?」

『彼奴ならテレビに齧りついている。また最初から観直しているらしい』

「そっか。うーん……悪い、アイスは後回しだ。ちょいと気になることがあってさ。四人のなかで誰が一番暇してる?」

『ミカエルはテレビで、ガブリエルは読書、ラファエルは風呂だからみな暇と言えば暇だが。貴様に時を費やすなど一秒たりとも本来なれば御免こうむるが、貴様がどうしてもというのなら我が力を貸してやらんこともない』

「じゃあ憑依させるから」

『好きにしろ』


 了解をとり、俺は通話を切った。

 ショルダーバッグに血の聖書をねじ込んでおいてよかった。

 俺は電信柱の陰に隠れた。

 該当するページを開く。

 赤黒い字に彩られた詠唱文をなぞり、小声で唱える。


「“我が前にウリエル、南座より来たれ”」


 脳裏を数多の虫が這い回る感覚。

 俺は感覚に任せるまま、力ある言葉を唱えた。


「“憑依せよ(ポゼッション)”」

《“御心のままにアズ・ユウ・ウィッシュ”》


 虚空に声が響く。

 目を開くと、そばに精神体アストラルのウリエルが浮かんでいた。


《くだらぬ用なら帰る》


 緑髪ツインテール幼女は、相変わらず不機嫌そうに眉をしかめた。

 俺はママチャリにまたがり、佐久島から距離をおいて漕ぎだした。


「見えるか」

《見える。佐久島樹里だな》


 彼女がこちらに気づく気配はない。

 競歩選手だ。

 俺はむかし見たテレビ番組を思い出した。

 ひたすら走らないように速く歩く、絵面の地味な競技だ。


《あれがどうした》

「こんな時間に制服だなんて変だろ」

《夜遊びでもしてるのではあるまいか》

「知らないオジサンに身体売ってるんなら、それはそれで止めるけど――っと」


 突然佐久島が立ち止まったので、俺はブレーキを握った。

 ききっ。

 甲高い金属音がした。

 しまった。このママチャリ、錆びてるんだった。

 恐る恐る顔を上げると、佐久島は壁をよじ登っていた。

 違った。壁ではなく、門だ。


 俺たちは学校の前にいた。

 ママチャリから降りた。足が竦んだ。

 住宅街と違って、街灯ひとつない学校は真の闇のなかだ。

 あれだけ騒がしかった校庭も、校舎も、すべてが深夜の闇に溶け込んでいる。

 夜の学校はなぜあんなに恐怖を煽り立てるのだろう。

 門を境に、世界が違って見える。


 ――いや、違いすぎる。

 なにかがおかしかった。

 俺の知っている学校ではなかった。

 学校だということを差し引いても、門の向こう側は異様だった。

 本能が告げている。行ってはいけないと。


 気づいたときには、佐久島はすでに門を乗り越えていた。

 向こう側に降り立ち、校舎へと歩いている。


《不用心だな。この学校には警報システムが無いのか》

「いや。ある。開放時間外の侵入者には警報が鳴るはずだ。深夜に忘れ物取りに戻って、俺は鳴らしたことがある」

《脳足りんなのは昔からか。……どうする、小童》

「忘れ物取りに戻っただけなら良いんだがな」


 しかたない。覚悟を決めよう。

 ここで逃げたらウリエルに斬り捨てられる。

 俺は門柱に手をかけた。息を吸って、吐いた。

 軽く膝を曲げ、跳躍する。


 憑依の効果で俺は難なく門に登れた。

 さて、向こう側に降りるか、と身体を傾けた。


 ぐわん。

 耳鳴りがした。


「――――ッ、」


 とっさに耳を抑える。


 ぐわんぐわん。

 ぐわんぐわんぐわん。

 ぐわんぐわんぐわんぐわん。


 世界がうずを巻いて、また巻き戻る。

 脳の裏側を幾千幾万の虫が這い回っている。


《小童。小童! しっかりしろッ!》


 俺は目を見開いた。

 ウリエルの声に、



“――私はあなたを讃える”



 ノイズが上書きされた。

 澄んだ少女が、ゆるやかな抑揚をつけて謳っている。



“私は謳おう。

 あなたは地の底、虚空の闇、

 すべての善の双子でありすべての人の陰。

 光の前に闇があり、水面に映る影がある。

 肉を歓び欲を尊び、邪を愛でる闇の子よ”



 ゆっくりと意識が引き戻った。

 俺は門から降り立った。


「聞こえるか。ウリエル。この声が」

《ああ。聞こえる。どうやらこの場……支配されている》

「…………」

《すでに佐久島樹里の姿がない。空間すら曲がっているかもしれぬ》


 俺は一歩、足を踏み出した。

 空気が鉛のように重い。

 この空間すべてが、俺という存在を拒否している。



“来たれ、来たれ、来たれ。

 私は天を踏み地を頭上に戴く。

 血を呑みくだし、あなたに淫し、業を孕もう。”



《急げ、小童。この詠唱が分かるか》

「ヤバそうとは思うけど」

《馬鹿者! 斬り捨てるぞ!》


 ウリエルが噛みつかんばかりの勢いで叫んだ。


悪魔召喚の魔術書(ゲーティア)だ!》


 俺はことばを失った。

 そして思い出した(・・・・・)

 

 ゲーティア。レメトゲン――“ソロモンの小さな鍵”と訳される、正真正銘の魔導書の第一部の名だ。

 古代イスラエルの王、ソロモンが使役したとされる七十二柱の悪魔の召喚方法が記された、この世でもっとも詳しい悪魔名鑑。


 それを持っていて、なおかつ佐久島樹里に関わりがある人物といえば。

 俺の代わりに、ウリエルがすべてを語ってくれた。


《森千代子だ! 不覚だ、あのとき書を奪い取るべきだった、彼奴はどこかで悪魔召喚の儀式をしている――佐久島樹里に『天罰』を下すために!》

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