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なぜ俺は放課後、天使と堕天使のハーレムと正義の味方してるんだ!?  作者: 一色一二三
第三章 正義の味方、エンジェルレンジャー部
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第二十二話 森千代子は自分で前に進む力を手に入れる

「天罰?」

「はい。このひとに下してください」


 俺たちは机上の紙を覗きこんだ。

 コピー用紙に写真がプリントアウトされていた。

 写真の女子は派手な化粧に髪をこれでもかと巻き、枯れた瞳に満面の笑みを浮かべてピースしている。


佐久島さくしま樹里じゅり


 俺は自然と名を呼んでいた。

 天使どもを見やれば、案の定苦々しい面持ちになっている。

 真っ黒な眼を伏せ、もり千代子ちよこは頭を下げた。


「きのうは佐久島さんを許してくださり、ありがとうございます」


 森は儀礼的に述べた。

 俺と天使どもの視線がいっせいに京介に向く。

 京介は数度どもり、目を泳がせて、


「ゆ、許したっていうか……ぼくは怒ってなかったし」

「理由はどうでもいいんです」


 彼女はすぐに京介から目をそらした。


「幕下さん、でしたっけ。あなたが佐久島樹里を許したから、あのひとに天罰が下らずに済んでしまいました」

「でも、ぼくは佐久島さんが罰せられなくても……」

「あなたがよくても私が許せないんです。彼女に虐げられたのは私も同じです」


 森千代子の冷たい主張に、みな一様に黙りこくってしまった。

 彼女は場を見渡し、みなが彼女に注目していることを確認したのか、口を開く。


「佐久島樹里は私の人生をメチャクチャにしました。幼稚園のころから私は樹里の奴隷でした。私が男の子にいじめられていたのを樹里は助けたんです。はじめは嬉しかった。彼女が暴君だと気づいたときには、すべてが遅かった」


 森千代子は台本を読み上げるかのように語った。


「私は樹里以外の子と遊ぶのを禁じられました。たとえ違うクラスでも、休み時間には私は樹里のそばにいることを義務付けられました。私は樹里よりかわいい鉛筆やアクセサリーや服を買うことを許されませんでした」


 俺は椅子に座り直した。

 ガブリエルは眼鏡をかけ直した。


「中学生になり私は希望を持ちました。私は樹里より良い成績を取ることが許されていませんでしたが、内申点がよくなくても私立高校ならまだ進学先を選べます。私は遠くの高校に進むつもりでした。樹里には秘密でした。願書をひとりで出しに行きました」


 ウリエルが眉をしかめた。

 俺は嫌な予感がした。


「願書の封筒を携え、志望先の高校へ赴きました。門の前に樹里がいました」


 予感があたった。

 う、と京介が小さな悲鳴を上げた。


「樹里は笑顔で言いました。もうすぐ恵田高校の申し込み期限が来るよ、と」


 ミカエルが歯を食いしばりすぎて、歯ぎしりしている。


「私に選択する権利はありませんでした。私も樹里も恵田高校の商業科を受けました。受かりました。何度彼女が落ちてくれないかと祈ったことでしょう」

「――ひどすぎます!」


 ミカエルが椅子を蹴り飛ばして立った。

 怒り心頭なのか、机に押し付けた拳が震えている。


「佐久島樹里……幕下さんを辱めるに飽きたらず、かような悪行は森さんの人生を奪ったに等しい!」

「あの教室の一員にしては、貴様が異質だったのは、そういうことだったのか」

「はい。私はいつも樹里の影でいるよう強いられました」

「天堂さん、これは正義の味方、天使戦隊エンジェルレンジャー部の出番です! いますぐにもLクラスに突撃してしかるべき罰を与えねばなりません!」


 森千代子から旋律を引き継いだミカエルが早口でまくし立てる。

 俺は眉間を指でおさえた。


「……いや、俺は」

「彼女を見捨てるのかい」


 さらに誰かが旋律を継いだ。

 わざとらしい香水のかおりがした。


「我らが恵田めぐみだ高校の正義の女神(ニケ)たちよ。彼女を見捨てるのかい」


 目に痛い真紫色の学ランをまとい、口に真っ赤な薔薇をくわえた男が、コツコツとわざとらしい足音を立てて部屋に歩み入った。

 こんな人類はこの世にひとりいれば十分だ。


畦道あぜみち先輩!」


 ミカエルと京介がそろって立ち上がった。

 そういえばこの二人、妙に畦道とウマが合っていたな。


「やあ。幼き子羊と乙女たちよ。部活動は頑張っているかい」

「畦道先輩、わたしたちのことをもうご存じでしたか」

「もちろんさ。そもそも提案したのは僕だからね。感動した。この学校には正義がないと、僕も常々感じていたんだ。でも誰もかれも自己保身エゴに夢中で、自ら行動しようとはしない。恥ずかしながら僕もそうだった」


 あんたは既に十分恥ずかしい格好をしていると思うけど。

 俺は気づいた。

 森千代子が畦道の登場に驚いていない。


「彼女をここに案内したのはあんたか?」

「そうだ。僕は清らかな乙女の願いを見捨てることはできないからね」


 畦道は佐久島樹里を『説得』したと言っていたし、そのとき知り合ったのかもしれない。

 彼は口の薔薇をつまんで振った。


「天堂城太郎。君はなにを迷っているんだい。君は既に、タカという少年たちに天罰を下していたではないか」

「タカ……って」


 俺は息を呑んだ。

 ミカエルたちも呆気にとられている。

 森千代子は構わず口を開いた。


「畦道先輩から聞きました。天堂さんは武術の達人で、幼馴染をさらった不良たちに天罰を下したんですよね?」


 ぐうの音も出ない。

 どっと背中から冷や汗が吹き出した。


「城太郎くんってそんな特技があったの? 幼馴染をさらったって」

「あとで説明するから」


 京介を黙らせ、俺は畦道と森千代子に向き合った。


「俺は確かに吉乃ナツキを助けた。けど天罰や裁きは下してない。俺はただ、あいつを助けたかっただけだ」

「それはあなたの正義に基づいたということですよね」

「そ、そういうことになるな」

「なら私が今までの罪を清算させるべく、佐久島樹里に罰を与えようというのは、あなたの正義に合わないと。私が佐久島樹里に虐げられたことは、あなたにしてみれば罪ではないと」

「そうは言ってねえけど」

「なら引き受けてくださいますよね」


 俺は返事に窮した。

 ミカエルが俺の袖を引っ張る。

 急かしているのだ。早く佐久島樹里を制裁しに行こうと。

 でも俺は嫌だった。

 正義とか何かとか理屈はさておき、ブランドもの欲しさに新聞配達のバイトをやるような、あのココア好きのただの女子を殴るのが嫌だった。


「おまえが佐久島樹里をどれだけ恨んでるかなんて分からねえし、おまえは確かに酷いことをされたと思うけど」


 うまい言葉が出てこない。


「俺は、おまえに代わって恨みを晴らすことはしない」


 最低だ。

 理屈がめちゃくちゃだ。

 森千代子の眼を俺は見据えた。

 はっと瞳が開かれて、ゆっくりと伏せられた。


「馬鹿みたい。何が正義の味方よ」

「森さん……」


 一瞬、ミカエルが無理にでも行くのではと警戒したが、俺が行かないと言ったら行かないらしい。

 森千代子はあからさまに舌打ちした。


「よくわかったわ。あなたたちが役立たずってことが」

「…………」

「ありがとう。前向きになれたわ。わたし、甘えていたのかもしれない。あとは自分でやるわ」

「待て」


 ウリエルが不意に森千代子を呼び止めた。

 彼女は頭だけ回して振り返った。 


「小学生?」

「南野ウリエルだ」


「その本。高校生にはいささか不向きな書ではないか」

「これが分かりますか」


 森は表紙を見せた。

 黒革で装丁された小ぶりな本だ。

 英和辞書かなにかかと思ったが、どうも違う。

 表題が金文字で押されているあたり、血の聖書(ブラッディ・バイブル)に似た雰囲気がある。

 飾り文字のせいでちっとも読めないけれど。


「古本屋で買ったんです。南野さんもこういうことに興味がおありですか」

「……いや。ない」

「残念です」


 森千代子は踵を返し、早足で去った。

 畦道もあとに続いて消えた。

 部屋は静かになった。

 誰も口を開かない。誰も喋らない。

 妙に気まずい雰囲気が、流れた。


「ゲーティアだ」


 ウリエルの一言が静寂を破った。

 さきほどの、森千代子に尋ねた本のことを言っているのだろうか。


「げ……なんだ?」

「知らぬのなら良いのだ。忘れるがいい」


 それきり、ウリエルはまた黙った。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 ウリエルは、ラファエルから教えられた詠唱を忘れろと言った、あのときと同じ顔をしていた。





 睡眠学習を挟んでいたら、あっという間に放課後になった。

 部室に行って、また森千代子が来たらたまったものじゃない。

 俺はさっさと帰ることにした。


我が主(マイマスター)。なにか見つけましたか?」


 それをどこで嗅ぎつけたのか、ミカエルがついてきた。

 妙な噂が立たないといいんだけど。

 夕日で真っ赤に染まった住宅街をひた歩く。

 ミカエルの赤毛がさらに毒々しい赤色に見える。


「ああ、いや」


 俺は視線を外したが、ミカエルは気づいたらしい。

 道の向こう岸に見覚えのある頭があった。

 俺は目で姿を追っていた。

 彼女はひとりだった。

 ヘアスタイルもメイクもばっちりキメているのに、誰も見ていない。

 Lクラスらしい女子たちが、彼女からきっかり十数メートル離れて、群れをつくって歩いている。

 その女子たちは彼女が見えていないかのように、自然に無視していた。


「佐久島樹里ではないですか。灰にしますか」

「しねーよ。天罰下さねえってさっき決めたばかりだろ」

「なら早く行きましょう。近づくとまた何か仕掛けてくるかもしれません」


「森千代子さんがかわいそうです」

「何度言うんだよ」

「何度でも言います。あまりにもかわいそうです」


「佐久島樹里はもともと罰を下されるに値する行いをしました」

「そうだな。法に照らしたら有罪だ」

「人の法のみならず、天に唾吐く行為でした」

「天の判断基準は知らんが、人道には反するな」

「我が主の力を使えば、いまからでも佐久島樹里にそれ相応の罰を与えることができたでしょう」

「俺は神サマじゃねーんだよ。天罰なんて下せるか」

「我が主は違います。我が主は神の狩人であり神の代理人です。審判と罰を下す権利があります」

「……それでも」


 俺は拳を強く握った。

 頭のなかで麻糸がこんがらがってしまったようだ。

 腕時計を見やる。午後の四時半。

 指先で時計の秒針をなぞる。


「恨みを晴らすことなら、丑の刻参りでもできるだろ。それで正義が解決するなら、世の中に正義の味方なんていらねえよ」


 来てくれよ、サバクンジャー。

 俺に代わって正しい正義の味方ってやつを教えてくれよ。

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